旅人「死者に会える湖」
1: SS速報VIPがお送りします 2016/05/14(土) 22:18:39.39 ID:hyNfbz4e0
旅人「……」ザッ
旅人(暗い暗い森の中、手にした灯りだけを頼りに、僕は一人歩く)
旅人(灯りにしているのは、小さな瓶だ。内部の土に混ざった色とりどりの鉱石は、それ自体が魔力を宿している)
旅人(そして、その中には、蛍光色に発光するキノコが生えている)
旅人(「月蛍茸」と呼ばれるキノコだ。魔力に反応して、強く光る性質を持つ)
旅人(時刻は……深夜だろうか。満月の月明かりが仄かに森を照らしている。どこからか梟の鳴き声も聞こえる)
旅人(それなりに歩いた。羽織っている服は、汗ですこし湿ってきている。足も随分と疲労が蓄積しているようだ)
旅人(僕は何故この場所に居るんだろう。記憶が定かではない)
旅人(しかし、この先に、どうしても会いたい人がいる……そんな気がするんだ)
旅人(暗い暗い森の中、手にした灯りだけを頼りに、僕は一人歩く)
旅人(灯りにしているのは、小さな瓶だ。内部の土に混ざった色とりどりの鉱石は、それ自体が魔力を宿している)
旅人(そして、その中には、蛍光色に発光するキノコが生えている)
旅人(「月蛍茸」と呼ばれるキノコだ。魔力に反応して、強く光る性質を持つ)
旅人(時刻は……深夜だろうか。満月の月明かりが仄かに森を照らしている。どこからか梟の鳴き声も聞こえる)
旅人(それなりに歩いた。羽織っている服は、汗ですこし湿ってきている。足も随分と疲労が蓄積しているようだ)
旅人(僕は何故この場所に居るんだろう。記憶が定かではない)
旅人(しかし、この先に、どうしても会いたい人がいる……そんな気がするんだ)
2: SS速報VIPがお送りします 2016/05/14(土) 22:27:10.00 ID:hyNfbz4e0
旅人「!」
旅人「……小屋?」
旅人(一つの小屋が目に付いた。御世辞にも綺麗とは思えないが、明かりがついている)
旅人(……怪しい……しかし、少し休みたいと思っていたところだ)
旅人(僕は意を決してドアを叩いた)
男「……珍しい、人がここに来るなんてな」
旅人「旅の者です。少し脚を休ませたいのですが……構いませんか?」
男「ああ……ほら、薬草を調合した茶だ。苦ェが効くぞ。干し肉も喰いたきゃ喰え」
旅人「ありがとうございます」
旅人(……毒は入っていないようだ。いただこう)
旅人(ぐっ……すこぶる苦いっ、肉も……なんだこれは、一日放置したパンのようだ……と言うより、肉の方は味がしない?)
男「へえ、マズいか。そりゃ良いね、生身が機能してる証拠だ」
旅人「……?」
男「何故ここに?」
旅人「分かりません……ですが、この先に居る誰かに会いに行く、という事を覚えています」
男「だろうな」
旅人「あなたは……どうしてここに?」
男「俺ァとある夜の街に居たんだがな」
男「まぁ……そこから色々あってな。探し物をしてたんだが、途中で諦めちまって、身体が此処に留まっちまった」
旅人「?」
男「……もう行きな、「お前は」まだ間に合うぜ、日の出まで時間がある」
旅人「はい……ありがとうございました」
男「……これを持って行け、俺には適合しなかったが、役に立つかもしれない。じゃあな」
旅人「……小屋?」
旅人(一つの小屋が目に付いた。御世辞にも綺麗とは思えないが、明かりがついている)
旅人(……怪しい……しかし、少し休みたいと思っていたところだ)
旅人(僕は意を決してドアを叩いた)
男「……珍しい、人がここに来るなんてな」
旅人「旅の者です。少し脚を休ませたいのですが……構いませんか?」
男「ああ……ほら、薬草を調合した茶だ。苦ェが効くぞ。干し肉も喰いたきゃ喰え」
旅人「ありがとうございます」
旅人(……毒は入っていないようだ。いただこう)
旅人(ぐっ……すこぶる苦いっ、肉も……なんだこれは、一日放置したパンのようだ……と言うより、肉の方は味がしない?)
男「へえ、マズいか。そりゃ良いね、生身が機能してる証拠だ」
旅人「……?」
男「何故ここに?」
旅人「分かりません……ですが、この先に居る誰かに会いに行く、という事を覚えています」
男「だろうな」
旅人「あなたは……どうしてここに?」
男「俺ァとある夜の街に居たんだがな」
男「まぁ……そこから色々あってな。探し物をしてたんだが、途中で諦めちまって、身体が此処に留まっちまった」
旅人「?」
男「……もう行きな、「お前は」まだ間に合うぜ、日の出まで時間がある」
旅人「はい……ありがとうございました」
男「……これを持って行け、俺には適合しなかったが、役に立つかもしれない。じゃあな」
4: SS速報VIPがお送りします 2016/05/14(土) 22:36:51.90 ID:hyNfbz4e0
旅人(妙な人だったなぁ……手に何握らされたんだ?)
旅人(この深いブランデー色は……琥珀か。随分と質の高そうなものだ)
旅人(……月が雲に隠れた。キノコの光だけでは厳しくなってきたな)
旅人(此処から先は松明を使おう、魔力も温存してられない)ボッ
旅人「ハァ、ハァ……」
旅人(……魔力の消費量が大きい。そこまでコントロールが下手な覚えはないが……)
旅人(足を一歩踏みしめるごとに、疲労がじわりと重みを増やしていく)
旅人(先ほど休んだばかりだと言うのに……どうしてこんなに疲れているんだ)
旅人(まずい、感覚が無くなってきた……)フラ
旅人「!」
旅人(何だ? 琥珀が熱を……力が湧いてくる!)
旅人「僕の魔力を引き出してくれてるのか……? 何にせよ、まだ進めるぞ」
旅人(……しかし、この森……魔物に出くわさないな)
旅人(いや、居るのかもしれないが……殺気を一度も感じない)
旅人(……まるで僕に関心が無いみたいだ)
旅人「!」
旅人(この深いブランデー色は……琥珀か。随分と質の高そうなものだ)
旅人(……月が雲に隠れた。キノコの光だけでは厳しくなってきたな)
旅人(此処から先は松明を使おう、魔力も温存してられない)ボッ
旅人「ハァ、ハァ……」
旅人(……魔力の消費量が大きい。そこまでコントロールが下手な覚えはないが……)
旅人(足を一歩踏みしめるごとに、疲労がじわりと重みを増やしていく)
旅人(先ほど休んだばかりだと言うのに……どうしてこんなに疲れているんだ)
旅人(まずい、感覚が無くなってきた……)フラ
旅人「!」
旅人(何だ? 琥珀が熱を……力が湧いてくる!)
旅人「僕の魔力を引き出してくれてるのか……? 何にせよ、まだ進めるぞ」
旅人(……しかし、この森……魔物に出くわさないな)
旅人(いや、居るのかもしれないが……殺気を一度も感じない)
旅人(……まるで僕に関心が無いみたいだ)
旅人「!」
5: SS速報VIPがお送りします 2016/05/14(土) 22:43:01.11 ID:hyNfbz4e0
旅人(奥の暗闇で……何かが光っている……誰かいるのか?)
旅人「……違う、これは」
旅人(すごい……辺り一面に、月蛍茸が群生してる!)
旅人(しかも、全部が一斉に胞子を放ってる……薄い翡翠色のカーテンが揺らいでるみたいだ)
旅人(先ほどの疲れは何処へやら、僕は誘い込まれるように奥へ進む)
旅人「……」
旅人「……これは……」
旅人(そこは、翡翠色のオーロラが棚引く湖だった)
旅人「あれは……孔雀?」
旅人(中央の水面には、真っ白な孔雀がこちらを見ている)
旅人(湖の上には、無数の小さな炎のようなものが、ふわふわと浮遊している)
旅人(あれは、きっと……魂)
旅人(光を奪っていた雲も消え、月の光が湖を照らす。まるで月光の橋のようだ)
旅人「あ……」
旅人(奥の方から、その橋を渡るかのように、水色の魂がこちらへやってきた)
旅人(そうだ、僕はこの人を探していたんだ)
旅人「……父さん」
(……立派になったな)
旅人「……はいっ……!!」
旅人「……違う、これは」
旅人(すごい……辺り一面に、月蛍茸が群生してる!)
旅人(しかも、全部が一斉に胞子を放ってる……薄い翡翠色のカーテンが揺らいでるみたいだ)
旅人(先ほどの疲れは何処へやら、僕は誘い込まれるように奥へ進む)
旅人「……」
旅人「……これは……」
旅人(そこは、翡翠色のオーロラが棚引く湖だった)
旅人「あれは……孔雀?」
旅人(中央の水面には、真っ白な孔雀がこちらを見ている)
旅人(湖の上には、無数の小さな炎のようなものが、ふわふわと浮遊している)
旅人(あれは、きっと……魂)
旅人(光を奪っていた雲も消え、月の光が湖を照らす。まるで月光の橋のようだ)
旅人「あ……」
旅人(奥の方から、その橋を渡るかのように、水色の魂がこちらへやってきた)
旅人(そうだ、僕はこの人を探していたんだ)
旅人「……父さん」
(……立派になったな)
旅人「……はいっ……!!」
6: SS速報VIPがお送りします 2016/05/14(土) 22:53:36.35 ID:hyNfbz4e0
(……お前の顔が見れて満足だよ、まだ帰りは間に合う。早く帰りなさい)
旅人「間に合う……どういう事ですか?」
(この死の森は、生者が夜が明けるまでいると、魂が囚われてしまう)
旅人「え?」
(この湖は、死者の魂が辿り着く場所……本来、我々が会う事は出来ない)
(お前が此処までたどり着けたのは、森に生命力を吸われ、こちら側へ近づいているからだ)
男『へえ、マズいか。そりゃ良いね、生身が機能してる証拠だ』
旅人「あ……だから……」
(……分かったな、今すぐ出るんだ)
旅人「……わかりました。あの白い孔雀は一体?)
(彼女はこの森の神だ。未練を残した魂を呼び寄せている)
旅人「そうなんですか……」
(旅人、達者でな)
旅人「……はい、父さんもお元気で」
(彼を送ってくれないか?)
白孔雀「……」コクリ
旅人(……何だ? 急に眠く……)
(お前と会えて良かったよ、もう私も思い残す事はない)
旅人「……父さん」
(愛しているよ、我が息子よ)
旅人「……」
旅人「間に合う……どういう事ですか?」
(この死の森は、生者が夜が明けるまでいると、魂が囚われてしまう)
旅人「え?」
(この湖は、死者の魂が辿り着く場所……本来、我々が会う事は出来ない)
(お前が此処までたどり着けたのは、森に生命力を吸われ、こちら側へ近づいているからだ)
男『へえ、マズいか。そりゃ良いね、生身が機能してる証拠だ』
旅人「あ……だから……」
(……分かったな、今すぐ出るんだ)
旅人「……わかりました。あの白い孔雀は一体?)
(彼女はこの森の神だ。未練を残した魂を呼び寄せている)
旅人「そうなんですか……」
(旅人、達者でな)
旅人「……はい、父さんもお元気で」
(彼を送ってくれないか?)
白孔雀「……」コクリ
旅人(……何だ? 急に眠く……)
(お前と会えて良かったよ、もう私も思い残す事はない)
旅人「……父さん」
(愛しているよ、我が息子よ)
旅人「……」
7: SS速報VIPがお送りします 2016/05/14(土) 23:01:30.38 ID:hyNfbz4e0
旅人(目が覚めると、滝の目の前に居た。そうか、僕は此処から落ちて、あちらの世界へ……)
旅人「……」
旅人「……小屋の彼は、辿り着けなかったのかな」
旅人(僕だってそうだ。彼がくれた琥珀が無ければ、途中で力尽きていた)
旅人(彼は今も一人で、あの森に居るのだろうか)
旅人(……彼も、誰かを探していたのかな)
旅人「……行こう」
旅人(今度家に帰ったら、あの湖の事を母さんに話そう)
旅人(ホラ話だって笑われるかもしれないけれど……あっ)
旅人「……残ってたんだ。ありがとう」
旅人(ポーチに入っている琥珀を、ぎゅっと握りしめ)
旅人(僕はまた、見知らぬ土地へ歩き出した)
旅人「……」
旅人「……小屋の彼は、辿り着けなかったのかな」
旅人(僕だってそうだ。彼がくれた琥珀が無ければ、途中で力尽きていた)
旅人(彼は今も一人で、あの森に居るのだろうか)
旅人(……彼も、誰かを探していたのかな)
旅人「……行こう」
旅人(今度家に帰ったら、あの湖の事を母さんに話そう)
旅人(ホラ話だって笑われるかもしれないけれど……あっ)
旅人「……残ってたんだ。ありがとう」
旅人(ポーチに入っている琥珀を、ぎゅっと握りしめ)
旅人(僕はまた、見知らぬ土地へ歩き出した)
8: SS速報VIPがお送りします 2016/05/14(土) 23:11:37.42 ID:hyNfbz4e0
終わりです。ありがとうございました。
前作
男「夏の通り雨、神社にて」
男「夏の通り雨、神社にて」
少年「鯨の歌が響く夜」
男「慚愧の雨と山椒魚」
少年「アメジストの世界、鯨と踊る」
男「とある休日、昼下がり」
男「とある街の小さな店」
「奇奇怪怪、全てを呑み込むこの街で」
前作
男「夏の通り雨、神社にて」
男「夏の通り雨、神社にて」
少年「鯨の歌が響く夜」
男「慚愧の雨と山椒魚」
少年「アメジストの世界、鯨と踊る」
男「とある休日、昼下がり」
男「とある街の小さな店」
「奇奇怪怪、全てを呑み込むこの街で」