チビ「一番辛いのは俺だ」デブ「いやオレだよ」ハゲ「ボクだ」

2019年08月14日
チビ「一番辛いのは俺だ」デブ「いやオレだよ」ハゲ「ボクだ」

1: VIPがお送りします 2012/08/06(月) 18:30:46.11 ID:1FML/aQv0
居酒屋──

ガラガラ……

チビ「えぇ~っと……」キョロキョロ

デブ「お~い、こっちだよ」

チビ「お」

チビ「いやぁ~悪かったな、ちょっと遅くなっちまった」

デブ「いいよいいよ」
ハゲ「ボクらもさっき来たとこだしね」

チビ「久しぶりの再会だし、今夜はパーッとやろうぜ」

10: VIPがお送りします 2012/08/06(月) 18:35:42.59 ID:1FML/aQv0
ハゲ「じゃ、小学校以来の腐れ縁が、三人そろったところで……」

チビ&ハゲ&デブ「かんぱーいっ!」カチン

グビグビ……

チビ「っふぅ~、うめぇ!」プハァッ

チビ「──にしても、二人とも相変わらずでホッとしたぜ」

チビ「ハゲは、生え際がますます後退してるし……
   デブは、一段と肉が増してるじゃんか」

ハゲ「ハハ、いくら育毛剤を使っても全然効果がなくてね」

デブ「オレ、社会人になったら体重増加に拍車がかかっちゃってさ」

チビ「ま、かくいう俺も大人になってもちっせぇけどな!
   俺たちは、やっぱこうでなくっちゃな!」

12: VIPがお送りします 2012/08/06(月) 18:39:34.28 ID:1FML/aQv0
チビ「俺たちは小学校中学校と一緒で、
   高校や大学に上がってからもちょくちょく会ってたけど……
   社会人になってから会うのは初めてだよな」

チビ「どうよ、会社の方は? なんとか就職できたんだろ?」

ハゲ「まあ、ボチボチかな……」

デブ「うん、ボチボチだね……」

チビ「…………」

チビ「……やっぱハブられてんのか」

ハゲ「うん」
デブ「うん」

チビ「心配すんな……俺もだ」

15: VIPがお送りします 2012/08/06(月) 18:45:38.03 ID:1FML/aQv0
チビ「元々俺たちは小学校の時から、
   この容姿も手伝ってハブられてた三人がつるんだグループだったからな」

チビ「俺たち三人にちょっとでも優れたところがあれば、
   もう少しちがった人生が待ってたんだろうが──」

チビ「なにもなかったからな……」

チビ「例えば俺なんかは、背が低くても可愛げがあれば
   マスコットキャラみたいな扱いをしてもらえたんだろうが
   自分でいうのもなんだが可愛げある性格じゃないしな」

チビ「つけられてたあだ名が“金持ちじゃないスネ夫”だぜ。
   アイツから金持ちとったらなにが残るってハナシだよ」

デブ「スネ夫は金持ちであるがゆえのキャラクターだからね……。
   一応デザインセンスもあるけど」

ハゲ「ボクだってそうさ」

16: VIPがお送りします 2012/08/06(月) 18:49:33.14 ID:1FML/aQv0
ハゲ「ボクもこの頭を、例えば笑いに転化できるような器用さがあれば
   またちがったんだろうけど──」

ハゲ「どうしても我慢できなかったからね。
   ボクの頭をバカにしてくるヤツに、いっつも怒ってた」

ハゲ「でも声に全然迫力がないから、さらに笑いモノにされて、
   “威厳のない波平”なんてあだ名をつけられてさ」

チビ「そういやそうだったな……。
   あの人に威厳がなきゃ、カツオやワカメが反抗しまくりだろうな……」

ハゲ「マスオさんに波平の頭を乗せたらお前じゃね、とかいわれてさ。
   それにまたボクが怒って……の繰り返しだったなぁ」

デブ「そういえば、オレもあだ名をつけられてたなぁ」

ハゲ「え、どんなあだ名だったっけ?」

18: VIPがお送りします 2012/08/06(月) 18:53:39.16 ID:1FML/aQv0
デブ「太ってるのをウリにしてる芸能人ってけっこういるし、
   デブってのもうまく生かせば利点になるんだろうけど──」

デブ「オレも二人と同じくそこまで要領がよくなったからね」

デブ「結局つけられたあだ名は“可愛くない魔人ブウ”だったっけ」

ハゲ「ああ、魔人ブウはたしかに可愛いデブだね」

チビ「たしか魔人ブウの最初の形態が、あのデブ形態なんだよな」

デブ「ちがうちがう! 魔人ブウは最初は純粋なブウで、
   背の低い、オレよりはむしろ君に近い形態だったんだよ!」

デブ「だけど、当時の大界王神を吸収したおかげで太って、
   性格も多少マシになったんだ」

チビ「わ、悪かったよ。ドラゴンボールあんま詳しくねえからさ」

19: VIPがお送りします 2012/08/06(月) 18:57:57.05 ID:1FML/aQv0
チビ「それはさておき、なんでお前ら会社でハブられちまったんだ?」

ハゲ「ボクはね、上司にキレちゃったんだ」

チビ「ほう?」

ハゲ「ボクの課長は年齢は40ちょいなのに、
   30手前っていわれても通じるような外見なんだけど……。
   いわゆる、若さを自慢するタイプの人間でさ」

チビ「いるよな、そういうヤツ」
デブ「ふんふん」

ハゲ「ことあるごとに、ボクの頭を引き合いに出して、
   “コイツより俺のがよっぽど若い”みたいなこといってきてさ」

ハゲ「ある日、みんなの前でボクの頭をペチペチ叩いて笑ってきたから、
   いい加減にして下さい! って怒鳴っちゃったんだ」

ハゲ「そしたら部屋全体が“ジョークにキレた”みたいな空気になって……
   なんか課のみんながよそよそしくなっちゃってさ」

デブ「ひどい話だねぇ」
チビ「それ、パワハラとかで訴えたらイケるんじゃねえの?」

ハゲ「う~ん、でも今はとてもそんな気分にはなれないな。
   うまくいったとしても、会社を辞めることになりそうだし……。
   せっかく入れた会社だからね」

22: VIPがお送りします 2012/08/06(月) 19:06:07.01 ID:1FML/aQv0
チビ「デブ、お前は?」

デブ「オレは単純なハナシだよ」

デブ「このとおりトロくて、汗もよくからさ。男社員からは足手まとい扱いだし、
   女社員にいたってはオレが近づくと露骨に顔をしかめるよ」

デブ「嫌がられるのはもう慣れっこだからいいんだけど、
   もう少しオブラートに包んで欲しいよね」

チビ「近頃の女は遠慮ってものがないからな」

ハゲ「チビ君は?」

チビ「俺? 俺はまぁ……この性格だからさ。
   会議とかでも、相手がだれだろうがギャーギャー噛みついてたら、
   “やかましいチビ”みたいなポジションになっちまった」

チビ「上司にもにらまれちまって……今日だって仕事終わったら
   とたんにややこしい仕事を回されてさ……参ったぜ」

ハゲ「やっぱりみんな、あの頃と変わってないね」

デブ「なんだかホッとしたよ」

チビ「ある意味、自分だけが不幸じゃないってのを確認したくて
   久しぶりに集まったってとこもあるしな」

23: VIPがお送りします 2012/08/06(月) 19:08:38.83 ID:1FML/aQv0
ハゲ「アハハ……」

デブ「フフフ……」

チビ「ハッハッハ……」

チビ&デブ&ハゲ「アッハッハッハッハッハ!」

チビ&デブ&ハゲ「アーッハッハッハッハッハッハッハッハ……!」

チビ&デブ&ハゲ「ハハハハハ……」

チビ&デブ&ハゲ「…………」

チビ&デブ&ハゲ「……はぁ」

25: VIPがお送りします 2012/08/06(月) 19:15:31.85 ID:1FML/aQv0
一時間後──

チビ「うぅ~……ヒック」

チビ「ぶっちゃけさ、この中で一番不幸なのは俺なんだよ!」

チビ「満員電車じゃいつも窒息しそうになるしよ……。
   店員に大して高くない場所にある商品取ってもらう時の
   情けなさったらないぜ!」ヒック

チビ「俺に比べりゃお前らなんて恵まれてるよ!」

チビ「背が低いってのはホントどうしようもないんだぜ。
   思春期には牛乳下痢するほど飲んだが、このザマだもんな」ヒック

チビ「ハゲはカツラ被ればいいワケだし、デブにいたっては痩せれるだろうが!」グビッ

チビ「あ、店員さん、生中追加ね!」

27: VIPがお送りします 2012/08/06(月) 19:19:43.86 ID:1FML/aQv0
デブ「そこなんだよ!」

デブ「痩せてる人たちは、
   オレの体型を100パーセント不摂生の結果だと決めつけてるんだ!」

デブ「背が低かったり髪の毛が薄くても、まぁしょうがないよねって風潮があるけど、
   デブにはそれが全くないんだ!」ヒック

デブ「オレだって、そりゃあ痩せられたらとは思うよ?」

デブ「でも太りやすい体質ってのはホントにあるんだ!
   まして社会人になったら、どうしても食事や睡眠が不規則になる!
   運動する時間なんかほとんど取れない!」ヒック

デブ「そうなると、オレみたいな人間はブクブク太るしかないワケだ」

デブ「なのに、一方的に努力を怠ってるからみたいな扱いをされて……
   この中で一番不幸なのはオレだね!」グビグビッ

28: VIPがお送りします 2012/08/06(月) 19:23:56.22 ID:1FML/aQv0
ハゲ「ボクだって心外だな」

ハゲ「カツラを被ればいいっていうけど、
   そんなもの被ったらかえって変な目で見られるだけだよ」

ハゲ「しかも低身長も、肥満も、なんだかんだいっても愛される要素はある。
   背が低い人や太ってる人が好きって女の人もいるからね」

ハゲ「だけどね、ハゲてる人が好きって女性は見たことないよ!」ヒック

ハゲ「それに、君ら二人がボクの髪型にしようと思えばすぐにでもできるけど、
   ボクが君らの髪量になるのは不可能なワケだからね」

ハゲ「この三人の中で一番不幸なのはボクだ!」

30: VIPがお送りします 2012/08/06(月) 19:29:41.50 ID:1FML/aQv0
チビ「一番辛いのは俺だ」

デブ「いやオレだよ」

ハゲ「ボクだ」

チビ「やるか!?」ガタッ

デブ「いいとも!」ガタッ

ハゲ「表に出ようじゃないか!」ガタッ

チビ&デブ&ハゲ「…………」

チビ「この辺にしとくか、不幸自慢は。
   いくらやったって、現状がよくなるワケじゃないし……」

デブ「そうだね」

ハゲ「熱くなった分、なんか空しくなってきたよ」

32: VIPがお送りします 2012/08/06(月) 19:35:35.98 ID:1FML/aQv0
ガラガラ……

チビ&デブ&ハゲ「!」

女数人を伴ったイケメンが、店に入ってきた。

ワイワイ…… キャピキャピ……

女A「イケメンさんって、ホントステキ!
   仕事もできるし、運動もできるし、ファッションセンスもいいし~」

女B「あたし、イケメンさんと結婚したぁ~い」

女C「あ、ずる~い」

イケメン「ハハハ、弱ったな」

チビ&デブ&ハゲ「…………」

34: VIPがお送りします 2012/08/06(月) 19:41:30.54 ID:1FML/aQv0
女A「あたし、どれにしようかしら」

女B「サワー系にしよっと」

女C「えぇ~と、じゃああたしは……」

イケメン「なんでも好きなのを頼んでいいよ」

チビ&デブ&ハゲ「…………」

35: VIPがお送りします 2012/08/06(月) 19:44:55.81 ID:1FML/aQv0
チビ「はぁ……」

チビ「分かっちゃいることだけど……。
   世の中には、俺たちみたいなヤツもいれば──ああいうヤツもいるんだよな」

チビ「背は高いし」

デブ「スタイルいいし」

ハゲ「当然ながらヘアースタイルもバッチリ決まってる……」

チビ「不公平だな、神様ってのは」

チビ「……帰るか」

デブ「うん」

ハゲ「そうしようか」

チビ「店員さん、お勘定ーっ!」

38: VIPがお送りします 2012/08/06(月) 19:50:47.63 ID:1FML/aQv0
店を出て──

チビ「今日は楽しかったぜ。久々に色々吐き出せたよ」

デブ「オレもだよ、二人ともありがとう!」

ハゲ「ボクも楽しかったよ」

チビ「……またちょくちょく会おうや」

ハゲ「うん、そうだね」

デブ「またね!」



この後も、三人はたびたび会うようになった。
ただし、話すことといえば愚痴や不幸自慢ばかり。

こんなことばかりしていても、現実は変わらないと分かってはいるのだが──

40: VIPがお送りします 2012/08/06(月) 19:52:46.64 ID:1FML/aQv0
そんなある日のことだった。

仕事時間中──

チビ(なんだぁ……デブからメール?)



ハゲ(おや、デブ君からメールだ)



メール『自分に自信がつく、自信増強セミナーってのに出てみない?』

42: VIPがお送りします 2012/08/06(月) 19:57:32.29 ID:1FML/aQv0
次の日曜日、三人はメールに従って集まった。

チビ「よう」

ハゲ「やあ」

デブ「二人とも、来てくれてありがとう!」

チビ「なんか自信がつくセミナーだとかメールには書いてあったが……」

デブ「うん、ネットで見つけたんだ。今日無料体験セミナーをやるって。
   一人で行くのもなんか恥ずかしかったからさ……」

チビ「ふぅ~ん……なんかうさんくさいけど、無料なら受けてみて損はねぇな」

ハゲ「つまらなかったら、途中で抜ければいいしね」

43: VIPがお送りします 2012/08/06(月) 20:00:54.94 ID:1FML/aQv0
セミナー会場──

ザワザワ…… ガヤガヤ……

会場には50人ほどの男女が集まっていた。

チビ「へぇ~……けっこう人が来てるな」

デブ「自分に自信がない人が、それだけ多いってことだろうねえ。
   中には冷やかしで来た人もいるんだろうけど」

ハゲ「話を聞くだけで自信がつくなんて、なかなか難しいだろうけど……。
   どんなセミナーなのか、ちょっと楽しみだね」

44: VIPがお送りします 2012/08/06(月) 20:07:52.81 ID:1FML/aQv0
まもなく、会場に講師が入ってきた。

講師「皆さん、こんにちは!」

講師「今日ここに集まった皆さんは、自分に自信がない方ばかり!」

講師「自信とは、すなわち自分を信じることです!」

講師「自分を信じることができなければ、
   なにをやるにしても、常に不安感がつきまといます」

講師「これでは勉強も仕事も恋愛も、うまくいくワケがありません!」

講師「ましてや、現代はストレス社会!」

講師「他人とのせめぎ合いが絶え間なく続く中──
   せめて自分くらいは自分を好きになってやらなければ、
   ストレスやプレッシャーに身も心も押し潰されてしまいます!」

47: VIPがお送りします 2012/08/06(月) 20:12:59.95 ID:1FML/aQv0
講師「ハッキリ申し上げましょう」

講師「今の時代、自分に自信を持てない人間は欠陥品です!」

ザワザワ……

講師「自分のやることなすことに自信を持てないまま失敗と挫折を繰り返し、
   みじめに朽ちてゆくのです」

講師「つまり──」

講師「今日ここにいる皆さんは、全員現代人として終わっているんです!」

ドヨドヨ……

チビ(オイオイ、どこが自信増強セミナーだよ)

デブ(ひどいよ、欠陥品だなんて……!)

ハゲ(なんだか、余計自信を喪失しそうだ……今のうちに帰ろうかな)

49: VIPがお送りします 2012/08/06(月) 20:20:34.74 ID:1FML/aQv0
講師の辛辣な言葉に、会場内には泣き出す者まで現れた。

講師「──しかし、ご安心下さい」

ザワザワ……

講師「自信が持てないのならば、持てるようになればいいだけのことです!」

講師「いいですか」

講師「ここにいる方々は、みんな素晴らしいのです!」

講師「なのに、わざわざ隣の芝生を見るようなマネをして、
   自信を失ってしまっているんです! これではいけません!」

講師「いいではありませんか、ありのままで!」

講師「あなた方は今のままで素晴らしい!」

講師「変わる必要などないのです!」

50: VIPがお送りします 2012/08/06(月) 20:25:56.56 ID:1FML/aQv0
講師「ほら、そこのあなた!」ビッ

デブ「えっ、オレ!?」ビクッ

講師「あなたも自分に自信がなくて、ここに来たのでしょう?」

デブ「えぇ、まぁ……」

講師「自分のどこに自信がないのですか?」

デブ(なにもこんな大勢いるところでいわせなくても……)
  「オレ、このとおり太ってるから……」

講師「ほら、それがいけないのです」

講師「太っているからなんなのです!?」

デブ「えっ」

講師「いいではありませんか、太っていて!
   ちゃんと食欲がある証拠ではありませんか!
   太っていていいのです! 太っているからこそいいのです!」

デブ「な、なるほど……」

51: VIPがお送りします 2012/08/06(月) 20:31:11.18 ID:1FML/aQv0
その後も講師は来場者たちに、自分の欠点を打ち明けさせ──

客A「怠け癖が抜けなくて……」

客B「ついつい人の秘密をしゃべってしまうんですよ」

客C「俺、口臭がひどいんです」

講師「いいではないですか!
   怠けることで心にゆとりが生まれ、よりよい人生が送れるのです!」

講師「正直な証拠です! 本来、人と人はボーダーレスでなければならない!
   秘密などあってはならないのですから!」

講師「ドリアンやくさやをご覧なさい!
   臭いことは一流の証! すなわち、あなたの口は一流なのです!」

すべてを肯定した。

52: VIPがお送りします 2012/08/06(月) 20:33:34.04 ID:1FML/aQv0
およそ二時間のセミナーが終わる頃には──

チビ(俺はすごい人間なんだ……このままでいいんだ……!)

デブ(今日はここにきてよかったなぁ……)

ハゲ(なんていうのかな、救われた気分だ……)

三人はすっかりセミナーの虜になっていた。

53: VIPがお送りします 2012/08/06(月) 20:37:53.57 ID:1FML/aQv0
講師「皆さん、自信はつきましたか!?」

「はいっ!」 「つきましたっ!」 「ありがとうございます!」

講師「では最後に……皆さんご一緒に!」

講師「ありのままでいい!」

「ありのままでいい!」 「ありのままでいい!」 「ありのままでいい!」

チビ&デブ&ハゲ「ありのままでいいっ!!!」

58: VIPがお送りします 2012/08/06(月) 20:45:44.59 ID:1FML/aQv0
講師「これで本日の自信増強セミナーは終了です」

講師「第二回以降は会員制となりますので、
   さらにセミナーを受けたいという方は、ぜひお申し込み下さい」

「申し込みますっ!」 「申し込むぞ!」 「ぜひ次も!」

チビ(申し込む人、けっこう多いな……)

チビ「……お前ら、どうする? 入会金3万円だってよ」

デブ「もちろん、オレは入会するよ!
   デブであることをこんなに褒めてくれる人はいなかったからね!」

ハゲ「ボ、ボクも……」

チビ「──だな!」

こうして三人は正式に自信増強セミナーの会員となった。

60: VIPがお送りします 2012/08/06(月) 20:49:37.74 ID:1FML/aQv0
チビ「いやぁ~今日は来てよかったなぁ」

チビ「なんつうか、生まれて初めて報われたって気分になったよ」

ハゲ「ボクもだよ、誘ってくれてありがとうデブ君」

デブ「いやぁ、オレだって一人で行くのが恥ずかしかったから誘っただけだし。
   喜んでもらえて嬉しいというか、ホッとしてるよ」

チビ「俺たちはありのままでいいんだ!」

ハゲ「ありのままでいいんだーっ!」

デブ「いいんだーっ!」

チビ&デブ&ハゲ「アッハッハッハッハ……!」

61: VIPがお送りします 2012/08/06(月) 20:53:50.96 ID:1FML/aQv0
それからというもの、三人は定期的に開かれるセミナーに通い続けた。

チビ「今日もよかったなぁ」

チビ「向上心は身を滅ぼす、って言葉に共感しちゃったぜ!」

デブ「うん、現実は理不尽なことばかりだけど
   セミナーで話を聞いている時だけは生きてるって感じがするね!」

ハゲ「今日買ったこの本もさっそく家に帰ったら読んでみるよ!」

チビ「“読むと自信がつくテキスト”だっけか?
   たった一万円で自信がつけば安いもんだよな」

ハゲ「うん、なんたって自信を持つことは現代人にとって必須課題だからね」

デブ「やっぱり、ありのままだよねぇ」

62: VIPがお送りします 2012/08/06(月) 20:57:02.98 ID:1FML/aQv0
セミナーは続いた。

講師「こちらは自信のつくネックレスです」

講師「追加料金を払って頂き、中級会員になりますと
   この自信がつくDVDを無料で差し上げます!」

講師「自信をつけることにお金を惜しんではいけません!」

講師「お金を払う……代価を支払うという行為そのものが
   自信を得ることにつながるのですから!」



チビ「やべぇ、俺、ますます自信がついてきたよ」

デブ「オレもだよ! 生きてるってこういうことだったんだね……」

ハゲ「時々自分は世界一の人間なんじゃないか、なんて錯覚してしまうよ」

63: VIPがお送りします 2012/08/06(月) 20:59:35.34 ID:1FML/aQv0
講師「では皆さんご一緒に!」

チビ&デブ&ハゲ「はいっ!」

講師「ありのままでいい!」

チビ&デブ&ハゲ「ありのままでいい!」

講師「ありのままでいい!!」

チビ&デブ&ハゲ「ありのままでいい!!」

講師「ありのままでいいっ!!!」

チビ&デブ&ハゲ「ありのままでいいっ!!!」

67: VIPがお送りします 2012/08/06(月) 21:08:48.40 ID:1FML/aQv0
しかし──

チビ「……やべぇな」

チビ「セミナーに金つぎ込みすぎて、貯金がなくなってきた。
   ただでさえ安月給だってのによ……」

ハゲ「ボクもさ」

デブ「このままじゃマズイよね。
   でもオレ、自信増強グッズを買わないと、なんか不安になってくるんだよねえ」

デブ「今までに培った自信が丸ごとなくなっちゃう気がして……」

ハゲ「分かる分かる。買い損ねると、取り残される気がするんだよ。
   といってもこのままじゃ、三人とも破産してしまうからね……」

ハゲ「さすがに借金ってのはマズイし……」

ハゲ「──そうだ!」

ハゲ「あの講師の人に相談して、どうすればいいか聞いてみるってのはどう?」

チビ「そうだな。次のセミナーが終わった後、講師さんに相談してみようぜ」

68: VIPがお送りします 2012/08/06(月) 21:14:55.52 ID:1FML/aQv0
次のセミナーの日──

講師「この世に自分はたった一人しかいないのです!」

講師「人生はたった一度きりなのです!」

講師「自信を持って、好きなように生きるのです!」

講師「たとえ世間が敵に回ったとしても、私は皆さんの味方です!
   なにも恐れることはありません!」

講師「ありのままでいればいいのです!」

チビ(ああ……落ち着く)

デブ(やっぱりこのセミナーはいいなぁ)

ハゲ(ボクたちの全てを肯定してくれるもんな)

69: VIPがお送りします 2012/08/06(月) 21:20:56.77 ID:1FML/aQv0


……

………

講師「では、これで本日のセミナーは終了です。気をつけてお帰り下さい」

「今日もよかったぁ~!」 「ありがとうございました!」 「自信がついたぞっ!」

講師「さてと……」スッ

チビ「あの、すみません」

講師「ん? なんですか?」

デブ「講師さんに相談したいことがあるんですが」
ハゲ「少しだけお時間をいただけないですか?」

講師「…………」

講師「申し訳ありませんが、私も忙しいのでこれで……」ザッ

70: VIPがお送りします 2012/08/06(月) 21:25:40.53 ID:1FML/aQv0
チビ「なんだよ、つれねえなあ」

デブ「すばらしい人だから忙しいのは分かるけど、
   少しくらい話を聞いてくれてもいいのにねえ」

ハゲ「う~ん……」

ハゲ「どちらにせよこのままじゃマズイし、追いかけて話を聞いてもらおうよ。
   そんなにややこしい話ってワケでもないしさ」

ハゲ「グッズを買いたいけど、
   お金に余裕がない場合どうすればいいのかってだけのことだし」

チビ「……そうだな、追いかけてみるか!」

71: VIPがお送りします 2012/08/06(月) 21:30:58.71 ID:1FML/aQv0
セミナー会場 控え室──

講師「あ、もしもし……」

講師「ただいまセミナーが終わりました」

講師「……えぇ、今日もバッチリですよ!」

講師「それにしても、こんなにボロイ商売ってないですねぇ」

講師「ヤツら、涙を流して俺のデタラメを聞いてますよ。
   私はただあなたがいったとおり、アンタらは全部正しい!
   っていってるだけなのに」

講師「なんの効果もないグッズにも、面白いように金を落としていきますしねぇ」

講師「普段、ろくに人から褒められたことがないヤツらでしょうから、
   一度肯定してやるとコロッといきますね」

講師「あとは、サクラを用意していたってのもデカイでしょうけどね」

講師「それにしても、あなたのいうとおりですねぇ」

講師「──今の世の中には、バカが多すぎるって」

73: VIPがお送りします 2012/08/06(月) 21:37:40.46 ID:1FML/aQv0
チビ「…………」

デブ「…………」

ハゲ「…………」

チビ「どういうことだ、こりゃあ」

デブ「えぇ~と、どういうことだろうね」

ハゲ「なかなか受け入れがたいものがあるけど、つまりこれは──」

チビ「俺たちはバカだった、と」

デブ「そういうことになるのかな」

ハゲ「そういうことになるだろうね」

74: VIPがお送りします 2012/08/06(月) 21:40:59.96 ID:1FML/aQv0
デブ「……ごめんよぉ、チビ君、ハゲ君。
   オレがこんなセミナーを勧めたばっかりに二人にも迷惑を……!」

ハゲ「デブ君だけのせいじゃないよ、これはみんなの責任だ。
   しかし……まさか、こうもみごとにだまされるなんてね」

チビ「……どうするよ、お前ら」

ハゲ「このままじゃ……悔しいね」

デブ「うん……一矢報いたいよ」

チビ「決まりだな」

チビ「あの講師を使ってる黒幕に詰め寄って、抗議してやろうぜ!
   できるもんなら、今までに払った金を取り戻すんだ!」

デブ「うん!」
ハゲ「そうしよう!」

76: VIPがお送りします 2012/08/06(月) 21:44:57.74 ID:1FML/aQv0
講師「──あ、はい、かしこまりました」

講師「えぇ……では、いつもの東地区の廃ビルで落ち合いましょう」

講師「はい、失礼します」ピッ

講師「さてと──」

チビ「オイ」

講師「!?」ビクッ

デブ「よくもオレらをだましてくれたな、このインチキ講師!」

講師(しまった……さっき相談に乗ってくれとかいってた会員か!
   まさかこんなところまで来ているとは……)

講師「だ、だましたなんて人聞きの悪い……」

ハゲ「しらばっくれても、今ボクらは全部聞いてたんですよ。
   あなたが上司らしき人に報告してる内容をね」

チビ「さぁて……今すぐ責任者をここに呼びだしてもらおうか」

77: VIPがお送りします 2012/08/06(月) 21:48:51.81 ID:1FML/aQv0
講師「それは……勘弁して下さいよ。
   いいたいことがあるなら、私が聞きますから……」

チビ「ふん、そんなこといって適当なこといってごまかす気だろ?
   いつものセミナーみたいにな」

チビ「せっかくシッポを掴んだんだ、ここで黒幕を引っぱりだしてやる!」

講師「で、ですが──」

チビ「いっとくけどコイツ」ポン
デブ「?」

チビ「ただ太ってるワケじゃない、元力士なんだぜ?」

デブ(えぇ~~~~~っ!?)

チビ「力士のパワー……知ってるだろ?
   ぶちかましの威力が1トンを超えるとかなんとか……」

講師「うぅ……っ!」ゴクッ

講師「わ、分かりました……もう一度電話してみます……」

ハゲ「よくもまぁ、あんなデタラメを……」ボソッ
デブ「ホントだよ、まったく」ボソッ

チビ「ふん、目には目を、デタラメにはデタラメを、だ」

78: VIPがお送りします 2012/08/06(月) 21:52:57.25 ID:1FML/aQv0
講師「──というワケなんです。
   元力士だっていう会員もいて、今、問い詰められてまして……」

講師「た、助けて下さい!」

電話『……分かった、すぐ向かおう』ピッ

講師「す、すぐ来るそうです」

チビ「オッケー」

ハゲ「でもさ、上司が来たらこの話をどう切り出す?」

チビ「んなもん、決まってんだろ!
   強引に押して押して押しまくって、金返してもらうに決まってんだろ!
   こんなもん、詐欺じゃねえか!」

チビ「俺は背はちっこいが、声と態度はデカイからな!」

ハゲ(こういう時、チビ君は頼りになるなぁ)

79: VIPがお送りします 2012/08/06(月) 21:57:13.39 ID:1FML/aQv0
30分後──

講師の上役にあたる男がやってきた。

講師「あ、ハンサムさん!」

ハンサム「どうしたんだ、いったい?」

講師「あ、あの……この人たちが……」

ハンサム「私が当セミナーの責任者です。
     なにかご不満な点があったとうかがっていますが?」

ハゲ(うわっ、かっこいい! 雰囲気が芸能人みたいだ……!)

デブ(こりゃ絵に描いたような二枚目だねぇ)

チビ(俺たちの金がこんなヤツの懐に入ってたと思うと
   ますます腹立ってきたぜ……)

チビ「ご不満な点、どころじゃねえ!
   こんなふざけたインチキセミナーに、散々金を使わせやがって!」

デブ「そうだそうだ!」

ハゲ「お金を返して下さい!」

ハンサム「…………」

80: VIPがお送りします 2012/08/06(月) 21:59:53.31 ID:1FML/aQv0
ハンサム「証拠は?」

デブ「へ?」

ハンサム「私どもがインチキのセミナーを開いてるという証拠は?」

ハゲ「証拠もなにも、ボクたちはそこの講師さんが
   自分がデタラメを話してるってちゃんと聞いたんですよ!
   高価なグッズも全部なんの効果もないってね!」

ハンサム「ですから、その証拠は?」

ハンサム「なにかの聞き間違いなんじゃないですか? 彼はいたって真面目な男ですよ。
     デタラメなんていうハズがない」

ハンサム「グッズも個人差はありますが、効能はあります」

ハンサム「──ねぇ?」

講師「え……あ、そうですそうです! きっと聞き間違いですよ!」

ハゲ「な……!」

チビ(ここで退いたらマズイな。ハッタリでもいいからなにかいわなきゃ)
  「ふざけんな! なんだったら、とことん争ってもいいんだ!」

ハンサム「争う、ねぇ」

ハンサム「では私としても面倒ごとにはしたくないので、
     クレーム処理専門の方々に登場してもらいましょうか」

82: VIPがお送りします 2012/08/06(月) 22:11:20.70 ID:1FML/aQv0
ゾロゾロ……

ハンサムの後ろから、四人の男が現れた。

チビ(な、なんだコイツら……)
デブ(ひぃっ!)
ハゲ(どう見ても……そのスジの方々って感じなんだけど……)

若頭「おう兄ちゃんら、まるでこの人らが詐欺でもしてるような口ぶりだったが、
   どこが気に入らないって?」ズイッ

チビ「…………」ゴクッ

チビ「だ、だから──」

ヤクザA「あぁ!?」

チビ「!」ビクッ

ヤクザA「ドチビが、もっとデカイ声でハッキリいわんかい! ゴラァ!」

チビ&デブ&ハゲ「…………!」

若頭「お前は声がデカすぎるんだよ」

ヤクザA「へい、すみません」

チビ(ビ、ビビるな、こんなところでムチャはできないハズだ)
  「いっとくが、コイツは元力士なんだぞ! お前らなんか怖くないんだ!」

83: VIPがお送りします 2012/08/06(月) 22:16:58.66 ID:1FML/aQv0
若頭「元力士、ねぇ……オイ」

ヤクザB「へい」ズイッ

ヤクザB「アンタ、力士だったのか」

デブ「そ、そうだ!」

ヤクザB「へぇ……」キュ…

ヤクザBが、デブの首に軽く手をかける。

ヤクザB「張り手でもなんでもやってみろよ。訴えたりはしねぇからさ」

デブ「ひっ!」

ヤクザB「やってみろってんだよ! 力士だったんだろォ!?」

デブ「ご、ご、ごめんなさい……! オレ、力士なんかじゃないです!」ジョボボ…

ヤクザB「うわっ、コイツ漏らしてやがる!」

若頭「フン、どうやら詐欺師はアンタらの方だったようだな」
  (ただのデブか相撲取りかどうかぐらい一目で分かるわ、ボケが……)

84: VIPがお送りします 2012/08/06(月) 22:19:53.99 ID:1FML/aQv0
ハゲ「脅すようなことはやめてください!」

ヤクザC「なにがやめろ、だ?」

ヤクザC「ただのデブを元力士だのと偽って、
     セミナー主催者を脅そうとしたのは、どこのどいつだ!?」

ヤクザC「お前らに、俺たちになにかいう資格があんのか!?」

ハゲ「い、いや……」

ヤクザC「いや、じゃねえだろ! あんのかないのか答えろや!
     グダグダいってっと、残り少ない毛をむしり取っちまうぞ!」

ハゲ「…………」ゴクッ

ハゲ「し、資格は……ありません……」

85: VIPがお送りします 2012/08/06(月) 22:23:42.35 ID:1FML/aQv0
ハンサム「さてと」

ハンサム「私どもがインチキかどうかの話、続けますか?」

チビ「い、いえ……」
デブ「うっ、うぅっ……」グスッ
ハゲ「…………」ガタガタ

ハンサム「ご理解いただけたようで、なによりです」ニコッ

ハンサム「今日限りでセミナー会員から、あなたがたは除名いたします。
     我々とあなたがたの縁はこれっきりということで」

ハンサム「もし今後、なにかしてきた場合……分かりますよね?」

チビ「はい……」
デブ「はい……」
ハゲ「はい……」

ハンサム「ではどうぞ、気をつけてお帰り下さい」ニコッ

87: VIPがお送りします 2012/08/06(月) 22:28:07.19 ID:1FML/aQv0
会場から立ち去る三人の背中から、話し声が聞こえた。

ハンサム「どうも、ありがとうございました。若頭さん」

ハンサム「私の部下の不手際で……」
講師「助かりました……」

若頭「こういうことは穏便にすまさんとな。
   派手にやって、オヤジにこのことがバレたらマズイことになる」

ハンサム「そうですね」

若頭「それにしても、見るからにダメそうな三人組だったな」

ハンサム「せっかく自信をつけてやったのに、アイツらはもうダメですね。
     二度と会うこともないでしょう」

ハッハッハ……

チビ&デブ&ハゲ「…………」

89: VIPがお送りします 2012/08/06(月) 22:34:27.49 ID:1FML/aQv0
デブのズボンとパンツを買い替えた後、三人はいつもの居酒屋に向かった。

チビ「驚いたぜ、まさかヤーさんが出てくるとはな!」

デブ「オレもビックリしたよ!」

ハゲ「さすがにあんなのが背後にいたら、もうどうしようもないね……。
   ヘタに手を出したらなにされるか分からないもの」

チビ「結果は残念だったけどよ、セミナー退会できてよかったよな!
   あのままズルズルいってたら確実に一文無しになってたし」

デブ「うんうん、破産するよりはマシさ」

ハゲ「結果オーライだよ」

チビ「それにしても、悪かったなデブ……。
   俺が勢いでホラ吹いたから、あんな目にあわせちまって……」

デブ「いやいや、こんなセミナーに君たちを誘ったオレが悪かったんだよ」

90: VIPがお送りします 2012/08/06(月) 22:37:07.11 ID:1FML/aQv0
チビ「…………」

デブ「…………」

ハゲ「…………」

チビ「くそっ……!」

デブ「うぅぅ……」

ハゲ「悔しいね……」

三人はこの一件で、金だけでなく自信までも失ってしまった。

92: VIPがお送りします 2012/08/06(月) 22:41:59.12 ID:1FML/aQv0
結局、三人は以前のように定期的に会っては、愚痴り合う生活に戻ってしまった。
それどころか、愚痴の方向性はむしろ悪化していた。

チビ「──結局さ、俺らは人間として欠陥品なんだよ」

チビ「だからあんなクソセミナーにだまされちまうんだよ。
   あの件以来、仕事にも身が入らなくなっちまったしさ」

デブ「まったくだね、やってらんないよ。
   悔しいやら情けないやらで……とことん自分が嫌いになったよ」

ハゲ「いっそ、ボクらもなんかセミナーでも開く?
   不幸自慢をしまくる会、とかさ」

チビ「あ、いいかもなぁ~! けっこう需要あるんじゃないか!?」

デブ「不幸自慢なら負けないよ!」

チビ&デブ&ハゲ「アハハハハハ……!」

三人は笑った。
今にも劣等感に押し潰されそうな自分をごまかすために。

93: VIPがお送りします 2012/08/06(月) 22:44:51.87 ID:1FML/aQv0
それからしばらくして、三人はいつものように居酒屋に集まっていた。

居酒屋──

セミナーでの一件以来、すっかり荒んだ三人は、ひどく酔っていた。

チビ「ったく、世の中腐ってやがんだ……」ブツブツ

デブ「どいつもこいつもオレらをバカにしてさ……」ブツブツ

ハゲ「好きでハゲてるワケじゃないんだ……」ブツブツ

チビ「ん? あそこで一人で飲んでるヤツ──いつぞやのイケメンじゃないか?
   今日は女連れ回してねえのか」

デブ「あ、ホントだ」

ハゲ「いつぞやのセミナーの責任者もそうだったけど、
   ああいう人は人生ラクでいいだろうな。うらやましいよ、ホント」

デブ「イージーモードってヤツだね」

チビ「ウゼェなぁ……よし、文句のひとつでもいってやろうぜ」スッ

95: VIPがお送りします 2012/08/06(月) 22:48:01.80 ID:1FML/aQv0
イケメンを取り囲むように、席につく三人。

チビ「よう」

イケメン「は、はい……?(なんだ、この人たちは……!?)」

チビ「アンタみたいな恵まれたヤツでも、
   こんなところに一人で飲みに来ることがあるワケだ?」

デブ「オレらみたいなダメ人間を観察しようってのかい?」

ハゲ「ちょっとボクらに付き合って下さいよ」ヒック

イケメン「は、はぁ……」

97: VIPがお送りします 2012/08/06(月) 22:51:08.31 ID:1FML/aQv0
チビ「いいよなぁ。俺らみたいなのとちがって、アンタは人生楽しそうだ。
   人生で辛いことや苦しいことなんてほとんどないだろ」

デブ「なにもしなくたって、お金や女の子が寄ってくるんだろう?」

ハゲ「ボクらとは、スタート地点からしてちがうってワケだ」

イケメン「…………」

イケメン「……そんなことは、ないですよ」

チビ「そんなことはない?
   オイオイ、まだ満足してないってのか? 俺らからすりゃ──」

イケメン「ほら……これ」スッ

ハゲ「なんだこりゃ……」ピラッ

チビ&デブ&ハゲ「!?」

101: VIPがお送りします 2012/08/06(月) 23:04:43.76 ID:1FML/aQv0
チビ「これ……まさかアンタなのか!?」

一枚の写真だった。

髪型も服装も体格もみすぼらしく、
顔も造形は同じなのに他人の顔色をうかがうような目つきで、まるで別人だった。

イケメン「高校……の時の写真ですかね。
     なんか捨てられなくて……財布の中に入れっ放しになってたんです」

イケメン「ボクは暗くて……彼女はおろか友だちもいませんでした」

イケメン「大学に入ってはじめて地元から出て……
     チャンスだ、なんとか自分を変えよう! と思い立ったんです」

イケメン「勉強してオシャレして筋トレして……ガムシャラに……。
     少しでも自分をよくしよう、と……」

イケメン「ハッキリいって最初は苦痛でした」

イケメン「さすがにもう慣れましたけどね」

イケメン「とはいっても根っこの部分はやっぱり変わってませんから、
     たまにはこうやって一人で飲みたくなるんですよ、ハハ」

チビ&デブ&ハゲ「…………」

102: VIPがお送りします 2012/08/06(月) 23:11:35.06 ID:1FML/aQv0
チビ「……出よう」スッ

デブ&ハゲ「うん」スッ

チビ「ありがとう、アンタは俺たちの心の師匠だ」

イケメン「師匠? ボクが?」

チビ「突然ジャマして悪かった、俺たちはアンタを誤解してたみたいだ。
   なんの努力もせず、アンタみたいなイケメンになれるワケがなかった。
   どうか許して欲しい」

イケメン「へ? い、いや……別にボクは」

三人はイケメンに礼をいうと、店をあとにした。

イケメン(なんだったんだ……いったい)

103: VIPがお送りします 2012/08/06(月) 23:18:40.35 ID:1FML/aQv0
チビのアパート──

ガリガリガリガリ……

ノートに文字を書きなぐる三人。

チビ「俺たちからすれば全てを持ってるようなあのイケメンだって、努力してきたんだ。
   それに比べて、俺らはただただ愚痴ってただけだ」ガリガリ

デブ「持って生まれたものって、やっぱりあるけど……。
   オレらが持ってるものでも……絶対なにかやれるハズだよ」ガリガリ

ハゲ「背が低くても、太ってても、髪が薄くても……
   ボクたち三人でもなにかをやれるってことを証明しよう!」ガリガリ

ガリガリガリガリ……

はっきりいってしまえば、酔いに任せた稚拙な決意だった。

だが、三人の酔っ払いによってノートに描かれた“それ”は──
シラフに戻った三人に決意を持続させるに十分な説得力を持っていた。

104: VIPがお送りします 2012/08/06(月) 23:23:45.40 ID:1FML/aQv0
チビ「これさ……イケるんじゃないか!?」

デブ「うん……やれるよ!」

ハゲ「それにしてもひっどい字だね、これ」





『インチキセミナーをぶっつぶせ大作戦』

105: VIPがお送りします 2012/08/06(月) 23:31:43.80 ID:1FML/aQv0
チビ「──さてと、けっこう道具が必要だが、
   それは各自で分担して買い集めるとして……」

デブ「問題はいつどこで決行するか、だねぇ。
   セミナーの開催スケジュールがオレらがいた時のままならいいんだけど」

ハゲ「おそらく彼らはボクらのことなんか、屁とも思ってない。
   変えてないよ、きっと」

デブ「じゃあ、決行場所はセミナー会場、でいいかな?」

ハゲ「いや……たしかボクらが講師に詰め寄ったあの日、
   講師の人が“東地区の廃ビル”っていっていた」

ハゲ「おそらくそこで、セミナーについての打ち合わせをするんだろう」

ハゲ「廃ビルなら他に人もいないだろうし……やるんならそっちの方がいい」

デブ「よく覚えてたねぇ、そんなこと」

ハゲ「多分、記憶力の分、頭が薄くなっちゃったのかな」

チビ「そりゃいいや、ハッハッハ」

109: VIPがお送りします 2012/08/06(月) 23:37:42.70 ID:1FML/aQv0
チビ「だがよ、なんでわざわざ廃ビルなんかで打ち合わせするんだ?」

デブ「詐欺についての打ち合わせをするワケだし、
   やっぱり人気のない場所でやりたいんじゃない?」

ハゲ「それもあるけど……おそらく彼らも危険な橋を渡っているんだろう」

デブ「どういうこと?」

ハゲ「あのヤクザの資金でハンサムたちがセミナーを開いて、
   得た利益をヤクザたちにバックしてる、という構図は間違っていないと思う」

チビ「ああ」

ハゲ「ただ……ヤクザの若頭が最後にいっていた言葉……。
   きっとあれが急所になるにちがいない」

チビ「へへっ、なんかホントにやれそうな気がしてきたぜ」

デブ「うん!」

112: VIPがお送りします 2012/08/06(月) 23:43:32.66 ID:1FML/aQv0
デブ「この鉄板で大丈夫かなぁ? お、重い……!」

チビ「いいんじゃねえか? あとでブッ壊れないかどうかテストしてみよう」

ハゲ「この罠はデブ君にかかってるからね」



チビ「例の廃ビルに忍び込んできたぜ」

ハゲ「ありがとう、中の構造を見て作戦を練り直そう」

デブ「天井裏があるのか、これは使えそうだねぇ」



ハゲ「ガソリンスタンドに行ってきたよ」

デブ「取扱いに気をつけないとね」

チビ「コイツは切り札だ。合図を決めて、タイミングよくやらないとな」



こうして作戦は練り上げられ、決行に向けた準備も着々と進んでいった。

113: VIPがお送りします 2012/08/06(月) 23:49:46.54 ID:1FML/aQv0
そして、一ヶ月後──

チビ「……いよいよだな」

ハゲ「今日もあの自信増強セミナーが開かれる。
   その後、ハンサムと講師、あのヤクザたちが廃ビルに集まるハズだ」

デブ「先にオレらは、ビルに忍び込んでおくんだね」

チビ「ああ、そうだ」

チビ「できれば罠は使わず、俺だけで終われば一番いいんだがな」

デブ「そうだね、準備は万全だけど……なにしろ相手が相手だしね」

ハゲ「じゃあ、ボクはこれをかぶって……と」カポッ

チビ「作戦開始だ!」

116: VIPがお送りします 2012/08/06(月) 23:52:44.90 ID:1FML/aQv0
セミナー会場──

講師「では最後に、皆さんご一緒に!」

講師「ありのままでいい!」

「ありのままでいい!」 「ありのままでいい!」 「ありのままでいい!」

講師「はい、本日のセミナーはこれまでです。
   では、また次回お会いしましょう!」

「ありがとうございました!」 「また来ます!」 「今日も感動しました!」

講師「いえいえ、私の言葉が皆さまの自信につながれば幸いです」

講師(ふん、バカどもが……)

117: VIPがお送りします 2012/08/06(月) 23:54:28.63 ID:1FML/aQv0
セミナー会場 控え室──

講師(よしよし、着実に会員と利益が増えている……計画は順調だな)

講師「もしもし、講師です。セミナーが終わりました」

ハンサム『ご苦労、じゃあいつもの廃ビルに来てくれ。
     そろそろこの計画も次の段階に進むことになる』

講師「はい、分かりました」

講師(いよいよか……)

118: VIPがお送りします 2012/08/07(火) 00:00:47.90 ID:tHaG9MOo0
廃ビル──

講師「お待たせしました」

ハンサム「ご苦労」

若頭「にしても、いつも思うがここはこういう話し合いにもってこいの場所だな」

ハンサム「どこに耳や目があるか分からないような場所で、
     話すような内容ではありませんからね。
     私にとっても、あなたがたにとっても……」

若頭「たしかにそうだ」

若頭「特にこの部屋はガキでもなきゃ隠れる場所もない。
   こんなところでかくれんぼするようなガキもいないだろうしな」

部屋の中にある小さな木箱の中。

チビ(いるんだな、それが……いい大人だけどよ)コソッ

120: VIPがお送りします 2012/08/07(火) 00:06:57.64 ID:tHaG9MOo0
ハンサム「さてと、講師君」

講師「はい」

ハンサム「どうだ、会員は増えてるか?」

講師「えぇ、順調に増えていますよ。これが本日の活動報告書です」スッ

ハンサム「ふっふっふ、順調だな。順調すぎて怖いくらいだ」ペラペラ

若頭「そろそろ次の段階に移す時が来たようだな」

ハンサム「えぇ」

ハンサム「このセミナーを宗教団体にランクアップする時がきたようです」

チビ「!」

121: VIPがお送りします 2012/08/07(火) 00:13:57.13 ID:tHaG9MOo0
ハンサム「一時期は新興宗教に対する世間の風当たりは強かった。
     しかし、今やその風潮もさまざまな世情不安で薄れつつある」

ハンサム「皆が心のよりどころを求める時代となっているのです」

ハンサム「ひとたび宗教法人になってしまえば、
     税制面での優遇はもちろん、外部からも手出しがしにくくなる。
     いわば独立国家のようなものです」

ハンサム「会員あらため信者からはこれまで以上に金を巻き上げ……
     信者には次々と新しい信者を増やさせる」

ハンサム「そうなれば、あなたがたにも莫大なマージンが転がり込みます」

若頭「くっくっく……」

若頭「まったく、俺がいうのもおかしなハナシだが
   アンタって人は容姿端麗、成績優秀、スポーツ万能、ときて
   悪党としての才能までAランクだ」

若頭「とんだ怪物だぜ。もっとも敵に回したくないタイプだ」

ハンサム「私は自分の才能を最大限に生かす方法を知っているだけですよ」

ハンサム「才を生かせない怠け者、才すらない無能者は、
     私のような優れた人間の餌になるだけなのです」

ハンサム「……おたくの組長さんのようにね」

若頭「フフ、ちげぇねえ」

123: VIPがお送りします 2012/08/07(火) 00:20:55.27 ID:tHaG9MOo0
若頭「オヤジ(組長)は愚直すぎる」

若頭「なにが“カタギを巻き込むような商売はご法度”だ。
   ふざけやがって……」

若頭「おかげで数人の部下を連れて、
   こうやって汚いビルでコソコソ打合せするしかねえ」

若頭「今や極道も新しい商売に手を出す時代だってのによ」

若頭「だが、それももう終わりだ」

若頭「あの老いぼれがくたばれば、俺が跡目を継ぐことになるだろう」

若頭「そうなりゃもう、コソコソする必要もなくなる」

若頭「俺は弱小組の組長、なんて地位で満足するつもりはねえ。
   アンタの知恵を借りて、とことんのし上がるつもりだ」

ハンサム「私は宗教法人の長として表世界でのし上がり、
     あなたは組長として裏社会でのし上がる」

ハンサム「表と裏が手を取れば、もうこの国で怖いものはありませんよ」

124: VIPがお送りします 2012/08/07(火) 00:25:40.64 ID:tHaG9MOo0
チビ(俺たちが思ってた以上に、とんでもねえヤツらだ……)

チビ(そしてハゲのいうとおりだったな)

チビ(あのヤクザのリーダーには、
   この商売を内密にしなきゃいけない理由があったんだ)

チビ(ようし、今の会話はバッチリ録音したし……)

チビ(これ持って警察に駆け込んでやる!)

チビ(組に内緒ってことは、セミナーの裏の繋がりが表ざたになった時点で、
   コイツらはゲームオーバーだからな)

チビ(どうやら、用意した罠を使う必要はなさそうだぜ)

チビ(俺は背は低いが執念深いんだ、ざまあみろ!)

125: VIPがお送りします 2012/08/07(火) 00:31:29.02 ID:tHaG9MOo0
若頭「──さて、今日の打合せはこの辺にしとくか」

若頭「どうだい、このあと可愛い女の子がいる店にでも」

ハンサム「いいですね」

若頭「決まりだな、よし車出してこい」

ヤクザA「へい!」

チビ(よ、よし……やっと出ていくか)ホッ

ガタッ

チビ(──しまったっ! つい気が抜けちまった……!)

126: VIPがお送りします 2012/08/07(火) 00:38:05.83 ID:tHaG9MOo0
ハンサム「ん」

講師「どうしました?」

若頭「今物音がしたな」

ヤクザA「だれかいやがんのか、ゴラァッ!」

ハンサム「……あそこにある古い木箱から聞こえましたね」

若頭「オイ、調べてみろ」

ヤクザA「へい!」ツカツカ

チビ(くっ、くそぉ~っ! 俺としたことがなんてドジを!
   こうなったら不意を突いて飛び出すしかない!)

127: VIPがお送りします 2012/08/07(火) 00:44:19.54 ID:tHaG9MOo0
チビ「うおおおおっ!」バッ

ガツンッ!

箱から飛び出したチビの頭が、ヤクザAの顔面に当たった。

ヤクザA「──おごぅっ!」

若頭「なんだテメェは!?」

チビ(逃げなきゃ!)ダッ

講師「あっ、アレは昔ウチの会員だったヤツですよ!」

ハンサム「なるほど、あの時の……まさか話を聞かれてしまうとはね」
    (となると、残り二人もこのビルにいる可能性が高い……)

若頭「クソッ、追えっ! 逃がすなっ!」

ヤクザA「ブッ殺してやる!」ダッ
ヤクザB「待ちやがれっ!」ダッ
ヤクザC「クソがっ!」ダッ

128: VIPがお送りします 2012/08/07(火) 00:49:08.07 ID:tHaG9MOo0
チビは背の低さを利用し、なんとかヤクザ三人から逃げまくる。

ヤクザA「ドチビがっ!」ブンッ

ヤクザB「ちょろちょろすんな!」バッ

ヤクザC「ちくしょうっ!」ブオンッ

チビ(予定が狂っちまった……こうなったら罠を発動するしかない!
   なんとかあの場所に誘いこんでやるっ!)ダダダッ

129: VIPがお送りします 2012/08/07(火) 00:55:42.06 ID:tHaG9MOo0
チビ「ううっ……」ジリ…

ヤクザA「追い詰めたぞ、ドチビがっ!」

ヤクザB「さらってたっぷり拷問してやるから、覚悟しな」バキボキ

ヤクザC「今時のヤクザはムチャしないなんて思ってたら大間違いだぜ。
     やる時はやるのが、俺たちの稼業ってもんだ」

チビ「く、くそっ……」ジリ…

ヤクザA「ん?」ゴトッ

ヤクザB「なんだこれ」ゴトッ

ヤクザC「板が斜めに置かれてる……?」ゴトッ

チビ(三人とも乗った……今だっ!)

チビ「飛べぇっ!」

130: VIPがお送りします 2012/08/07(火) 01:00:45.71 ID:tHaG9MOo0
デブ「うわぁぁぁっ!」

ドズンッ!

天井裏に隠れていたデブが、鉄板の上に飛び降りる。

すると──

シーソーのように配置されていた板が、
デブの重さで跳ね上がり、ヤクザたちを吹っ飛ばした。

ヤクザA「うわぁぁぁっ!?」ゴンッ

ヤクザB「おぉぉぉぉっ!?」ゴッ

ヤクザC「うえぇぇぇっ!?」ガンッ

チビ「よっしゃ、アイツら天井に頭ぶつけやがった!
   デブ、逃げるぞ!」ダダダッ

デブ「う、うん」ドスドス

132: VIPがお送りします 2012/08/07(火) 01:07:55.11 ID:tHaG9MOo0
ハンサム「そこまでだ」ザッ

若頭「ナメたマネしてくれやがって……」ザッ

チビ「ゲッ!?」
デブ「ううっ……」

ハンサム「やっぱり仲間が潜んでいたか。
     ってことは、残りのハゲもどこかにいるってことだな」

若頭「さすがにハジキは使えねぇが……お前らならこれで十分だ」ジャキッ

デブ「ひぃっ! ドス!?」
チビ「くそぉ……!」

若頭「覚悟しな」ズイッ

「待った!」

133: VIPがお送りします 2012/08/07(火) 01:14:39.30 ID:tHaG9MOo0
ハゲ「ここはボクが相手をしよう」

若頭「なんだお前は!?」
ハンサム(あれ? コイツはたしかもっとハゲてたハズ……)

ハゲ「…………」スッ

ズポッ

若頭「うわっ!?」
講師「え」
ハンサム「な……っ!」

突然カツラを脱いだハゲに驚き、三人は一瞬固まってしまった。

ハゲ「逃げろ!」

チビ「おうっ!」タタタッ
デブ「ありがとうっ!」ドスドス

ハンサム「──ちいっ、こんな手に!」

135: VIPがお送りします 2012/08/07(火) 01:19:48.74 ID:tHaG9MOo0
ヤクザA「す、すんませんカシラ……」ヨロッ

若頭「バカヤロウ! なにやってやがる!」
  (残りの二人は……すぐには動けそうもねぇな、役立たずが!)

講師「今のスキに、あのチビとデブはどこかに逃げてしまったようです!」

ハンサム(この分だと他にも罠があるかもしれないな。
     姿が見えないチビとデブを追うのは得策じゃない……)

ハンサム「若頭さん、まずはあのハゲを捕まえましょう。
     コイツらのような人間は底辺同士、無駄に仲間意識が強い」

ハンサム「一人捕まえてしまえば、
     残りの二人がヤツを見捨てることはできないハズです」

若頭「なるほど」ニィッ

若頭「聞いたとおりだ、あのハゲを意地でもとっつかまえろ!」

ヤクザA「へ……へいっ!」

ハゲ「捕まってたまるか!」ダッ

137: VIPがお送りします 2012/08/07(火) 01:25:44.61 ID:tHaG9MOo0
タッタッタ……

ヤクザA「(くっ、頭がズキズキしやがる!)待ちやがれ、ハゲ野郎!」

ハゲ「だれが待つか!」ハァハァ

ハゲとヤクザAは、広い部屋に到着した。

ハゲ「くそっ……!」

ヤクザA「さあ、もう逃げられねえぞ。
     殴られたくなきゃ、さっさと残り二人を呼び出すんだな」

140: VIPがお送りします 2012/08/07(火) 01:32:32.69 ID:tHaG9MOo0
まもなくハンサム、若頭、講師の三人も追いつく。

ハゲ「ぐっ……!」

若頭「とりあえず、お前には人質になってもらおうか」

ハンサム「ここまでだね……なんの取り柄もないチビとデブとハゲが
     出過ぎたマネするからこうなるんだ」

ハンサム「あのまま自信増強セミナーの会員であり続けていれば、
     それなりに幸せな人生が送れたものを……」

ハゲ「あんなもののどこが幸せだ!」

ハゲ「ボクたちは気づいたんだ! 自信を持つことはたしかに大事だ」

ハゲ「でもそれは、現状の自分に満足するってことじゃない」

ハゲ「常によりよい自分になれるよう努力する!
   それが本当の自信を手に入れられる、一番の方法なんだ!」

142: VIPがお送りします 2012/08/07(火) 01:37:22.32 ID:tHaG9MOo0
ハンサム「若ハゲになにをいわれても、これっぽっちも心に響かないな。
     ゼロになにをかけたって、ゼロにしかならないんだよ」

ハンサム「自信を持つというのは、私のような選ばれた人間の特権だ」

ハンサム「ダメなヤツはなにをやってもダメなんだ。
     君らのような人間は、金でも払って自信を買うしかないんだよ」

ハンサム「あのセミナーは詐欺なんかじゃない。救済なのさ」

ハゲ(ま、まだか……!?)

ハンサム「さてと……もうケリをつけましょうか」

若頭「よし、あのハゲ野郎を死なない程度にいためつけろ!
   悲鳴でも聞かせりゃ、他の二人も出てくるだろ」

ヤクザA「へいっ!」

ハゲ「!」ピクッ

ハゲ(──きたっ!)

144: VIPがお送りします 2012/08/07(火) 01:43:43.68 ID:tHaG9MOo0
ダダダッ!

突如、ハゲは部屋の隅に向かって走った。

講師「へ……?」

ヤクザA「なんだぁ!?」

若頭「バカが、自分から逃げ場を失いやがった」

ハンサム「髪の毛だけでなく、脳みそも足りないようだね」

すると──

ザバァッ!

147: VIPがお送りします 2012/08/07(火) 01:50:41.52 ID:tHaG9MOo0
天井裏からハンサムたちに、液体がブチまけられた。

講師「うわっ、なんだこれは!?」ビショビショ

ハンサム「こ、これは──」クンクン

ハンサム「灯油だ!」

若頭「なんだとぉっ!?」

さらに、天井裏からチビとデブが降りてきた。

チビ「よっと」スタッ
デブ「いでぇっ!」ドシン

チビ「お前ら動くなよ……ここにマッチとチャッカマンがある。
   火ィつけたらどうなるかなぁ……」ニヤッ

講師「なっ!?」

若頭「よ、よせ!」

148: VIPがお送りします 2012/08/07(火) 01:55:46.20 ID:tHaG9MOo0
ハンサム「くっ、なんでだ!?
     なぜ、あのハゲは都合よく灯油から逃れられたんだ!?」

デブ「ふふふ、オレらは灯油をバラまく寸前の合図を決めてたんだよ」

ハンサム「合図だと!? ハゲは天井を全く見ていなかったし、
     そんなものなかったハズだ!」

デブ「オレらが決めた合図はね──」

デブ「手を洗った時にハンカチがない時やるみたいに、
   天井から灯油をピッピッとはじくことだったのさ」

チビ「そういうこと」

ハゲ「そうすると、上から降ってくる灯油のしずくに
   真っ先に気づくのは髪が薄いボクになるってワケだよ」

ハンサム「ぐ、ぐぐぅ……!」

チビ(本当は証拠になりそうな音声を録音できなかった時に
   脅して白状させるための罠だったが……準備しておいてよかったぜ)

149: VIPがお送りします 2012/08/07(火) 02:02:33.77 ID:tHaG9MOo0
チビ「さてと……俺たちはヤクザとコトをかまえるつもりはない。
   アンタら二人、逃げたきゃ逃げてもいいぜ」

チビ「……焼け死にたくなきゃな」

若頭「ううっ……」

若頭「うわぁぁぁぁぁっ!」ダダッ

ヤクザA「カシラ、待って下さい!」ダダッ

ハンサム「ああっ……!」

講師「あ、あの……私も逃げていいですかね……?」

デブ「どうぞどうぞ」

講師「あ、ありがとう!」ダダッ

ハンサム「ア、アイツ……!」

部屋に残されたのはチビ、デブ、ハゲ、ハンサムとなった。

151: VIPがお送りします 2012/08/07(火) 02:10:06.84 ID:tHaG9MOo0
チビ「あ~らら、置いてかれちゃったな」

ハンサム「ひぃっ……やめろぉっ! 命だけは……っ!」

チビ「ったく、チビでもハゲでもデブでもないくせに、
   こんな悪党になりやがって……もったいないヤツだぜ」

チビ「そういや俺……一生に一度でいいから、いってみたいセリフがあったんだ」

チビ「ぜひ今、そのセリフをいってみたい」

デブ「奇遇だね、オレもだよ」

ハゲ「ボクも」

チビ「……じゃあ、一斉にいうか」

チビ&デブ&ハゲ「せぇ~の」

チビ「チビでよかった」
デブ「デブでよかった」
ハゲ「ハゲでよかった」

ハンサム「!!!」

152: VIPがお送りします 2012/08/07(火) 02:17:24.06 ID:tHaG9MOo0
チビ「俺たちの夢は叶ったし……あとはコイツに火をつけて、ジ・エンドだ」

ハンサム「あぅぅ……ひぃぃぃっ……!」

デブ「焼け死ぬって相当苦しいらしいねえ」

ハンサム「し、死にたくないですぅ!」

ハゲ「黒幕であるあなただけは、許すワケにはいかない」

ハンサム「う、う、う、う、うぅぅぅ……!」

チビ&デブ&ハゲ「シュボッ」

ハンサム「うぎゃあああああああああっ!!!」

チビ「……なぁ~んてな、つけるワケねえじゃん」

ハンサム「あ、あわわ……」ジョボボ…

ハンサム「あふぅ……」ガクッ

154: VIPがお送りします 2012/08/07(火) 02:21:33.63 ID:tHaG9MOo0
ハゲ「これは……完全に失神しちゃってるね。やりすぎたかな」

チビ「いいんだよ、これぐらいやったって。いい気味だぜ」

デブ「じゃあコイツはオレが運ぶよ」グイッ

ハゲ「うん」

チビ「さっき逃げたヤクザどもも多分すぐ戻ってくるし、
   さっさと裏口から退散しよう」

チビ「──で、この録音データとコイツを警察に引き渡す」

デブ「ふんっ、ざまあないね!」

ハゲ「これで全てが解決するとは限らないけど……
   少なくとも彼らの野望は食い止められるハズだ」

156: VIPがお送りします 2012/08/07(火) 02:27:55.80 ID:tHaG9MOo0
その後、自信増強セミナーは警察の捜査を受け、
その悪辣な手口の数々が白日の下に晒されることとなる。


さらに主犯格であるハンサムはその頭脳と容姿を生かし、
振り込め詐欺や結婚詐欺の元締めも行っていたという事実が判明した。


自分たちでもなにかできることを証明するため──と
酔った勢いで始めた『インチキセミナーをぶっつぶせ大作戦』であったが、
とんだ大悪党を捕まえる結果となった。

158: VIPがお送りします 2012/08/07(火) 02:34:15.46 ID:tHaG9MOo0
ちなみに若頭はというと──

若頭(くそっ、ハンサムのヤツ、しくじりやがって……!
   あの三人も結局逃がしちまったし……)

若頭(俺とあのセミナーの関係が露呈するのも、時間の問題だ!)

若頭(なにか手を打たねえと、組での俺の立場が──)

ヤクザD「あの……カシラ」

若頭「なんだ!?」

ヤクザD「組長から伝言です」

若頭「オ、オヤジから!?」

ヤクザD「ワシに黙ってやっていた商売の件についてハナシがしたい、と」

若頭「!」ギクッ

若頭「……なんのことだ! お、俺はなにも知らんぞ!」

ヤクザD「あの三人はもう……全て白状しましたよ」

若頭「う……うぐぅ……」ガクッ

その後、極道の世界で彼を見た者はいない。

160: VIPがお送りします 2012/08/07(火) 02:42:16.47 ID:tHaG9MOo0
居酒屋──

チビ&デブ&ハゲ「かんぱーいっ!」カチン

チビ「いやぁ~大成功だったな! ……俺はちょっとミスったけど」

デブ「ホントホント! まさか、ここまでうまくいくとはね!」

ハゲ「それに、被害者の会とやらもできて裁判を起こしたようだし
   もしかしたらお金も戻ってくるかもしれないね」

チビ「ま、期待せずに待とうや。
   ぶっちゃけ俺、金にはそんなに執着してないんだ」

チビ「なにせヤツらのおかげで、手に入れられたからな」

チビ「本当の自信ってヤツを」

デブ「たしかにね……なんだか心がポカポカするよ」

ハゲ「自信増強セミナー……色々あったけど、最後はボクらに自信をつけてくれたね」

162: VIPがお送りします 2012/08/07(火) 02:48:55.68 ID:tHaG9MOo0
チビ「ところで……二人に提案があるんだ」

デブ「ん?」
ハゲ「なんだい?」

チビ「俺たち……こうやって集まるのを当分やめねーか?」

デブ「えぇ!? どうしてだよ!
   せっかくこの三人であんな大捕り物を演じたっていうのに」

ハゲ「いや……ボクもなんとなくそうすべきだと思っていた」

ハゲ「ボクらはこのとおり気軽に愚痴り合える仲だ。
   これ自体は決して悪いことじゃないし、貴重なことだと思う」

ハゲ「でも……逆にボクらは互いに甘えていた部分もあるんじゃないかな」

チビ「あのセミナーに引っかかったのは、俺たちにも落ち度があると思う。
   ……で、三人で力を合わせてあんなデカイこともやれた。
   だから、今度は一人でどこまでやれるか、やってみようぜ」

デブ「…………」

デブ「たしかにね……分かった、そうしよう」

165: VIPがお送りします 2012/08/07(火) 02:52:36.69 ID:tHaG9MOo0
チビ「じゃあ……またな!」

デブ「うん、今度会った時は少しくらいはマシになったオレを披露してみせるよ!」

ハゲ「ボクだって負けないよ!」





そして半年後──

167: VIPがお送りします 2012/08/07(火) 03:00:12.12 ID:tHaG9MOo0
居酒屋──

チビ「おぉ~久しぶりだな、二人とも!」

チビ「ん!? デブ、ずいぶん痩せたじゃねえか!
   前は力士だったのが、レスラーっぽくなってるぞ」

デブ「仕事の合間にちょっとずつ運動したり、食事を見直したりしてね。
   リバウンドしないように気をつけて、もっと痩せてみせるよ」

チビ「あんまムチャすんなよ」

デブ「でも、ハゲ君もかなりかっこよくなったよね」

ハゲ「薄い髪の毛を薄いなりにオシャレにしてみたんだ。
   苦肉の策ってやつだね」

ハゲ「あとどうやらボク、ストレス性の脱毛症にもかかってたみたいで、
   ストレスを発散するようにしたら少しだけど髪の量がマシになったよ」

チビ「いいじゃんか、いいじゃんか! 前とは全然ちがうぜ!」

168: VIPがお送りします 2012/08/07(火) 03:05:57.29 ID:tHaG9MOo0
チビ「ま、かくいう俺も少ししゃべり方を柔らかくしたんだぜ。
   さすがに身長は骨でもいじらねえと伸ばせないからな」

ハゲ「うんうん、前より声の感じが柔らかくなったよ」

デブ「前のグサッとくる感じがなくなってるねえ」

チビ「へへへ、だろ! おかげで少し印象がよくなったっていわれたよ」

デブ「今夜は楽しく飲めそうだねえ」



どうやら今日の彼らは、不幸自慢ではなく自慢話に花を咲かせることができそうだ。



                                   <おわり>

オリジナルSS 特集ページへ ▶

このページのトップヘ