神さま「すっげーいらない能力をあげる」

2019年09月15日
神さま「すっげーいらない能力をあげる」

1: SS速報VIPがお送りします 2015/03/10(火) 21:50:25.74 ID:/eElTH0b0
               ステアリング
神さま「君にあげる能力は『階段をつくる力』」

男「ちょ、ちょっと待ってくれ」

神さま「!」

男「いきなり夢の中に現れてこれはどういう事なんだ」

神さま「ああそうだね、事情も何も説明してないとね、やはり理解が追いつかないと言いますか」


男「全く持ってその通りです」

神さま「まぁ事情というかさ、ちょっとしたリサイクルな訳だよ。ホラ、神話とかで神々を創る時にさ、あまりに使えなくて余った超常の力があるんだけどね。ほっといても暴走するかもしれないし、いっそ世界にばらまいてリサイクルしちゃおうって話なんですよ」

男「世界はゴミ捨て場か何かですか」

神さま「だからリサイクルだよ。僕らから見たら要らないけど、けっこう掘り出し物とかあるかもよ?」

男「だからってその、能力? 第一貰ってどうするんだよ」

神さま「そりゃ、戦うんだよ」


男「……は? 階段を創る能力で?」

神さま「そうそう。 ……アレ、君けっこう眠り浅いね。もう説明する時間ないや」

男「おい!」

神さま「バイバイ♪」

6: SS速報VIPがお送りします 2015/03/10(火) 21:56:14.23 ID:/eElTH0b0
男「圧倒的に嫌な夢を見た」

女「おはよう」

男「おはよう。毎朝飽きもせず起こしに来るなんてご苦労なこったな」

女「日課というか本能に近いね」

男「怖えよ」


ピピッ


        ステアリング
≪『階段を創る能力』【S】

空間のあらゆる場所に階段を作成する。

作成箇所は生命体のある場所、階段を作成した場合に能力発動者が著しく危険を伴う場所を除く。

階段の大きさ、材質は能力者の意志にある程度沿う。≫

9: SS速報VIPがお送りします 2015/03/10(火) 22:01:18.80 ID:/eElTH0b0
女「何よ今の」

男「?!」

女「まさかあなたも能力を貰ったわけ?」

男「……おいおい、お前もかよ冗談だろ?」

女「昨日夢に神さまが出てきてどーたら」

男「マジか。どんな能力なんだ?」

女「ふふ、秘密」


ピピッ

     ライトラ
≪『右を向かせる能力』【A】

対象であるモノに、対象から見て右を向かせる。

対象は生命体に限る。また発動条件として対象に触れたことがあるか、対象を目視できているか、対象の半径5m以内に能力発動者が存在している事のいずれかを満たす≫

12: SS速報VIPがお送りします 2015/03/10(火) 22:05:30.47 ID:/eElTH0b0
男「……」

女「という訳でほいっ!」

男「ぬおっ?!」

女「あはは、本当に右向くんだ! 面白!」

男「お前よくも……うりゃ!」

女「きゃ!」


ズズゥン……


女「ちょっと高くなった?」

男「ごめん間違えてベッドの下に作った」


13: SS速報VIPがお送りします 2015/03/10(火) 22:10:34.93 ID:/eElTH0b0
男「……しっかし、ホントに何に使うんだろこの能力……棟梁とかに弟子入りしてみようか」

女「バカね、もう進路希望調査票は出したじゃない」

男「その返しは突っ込みとしてどうなんだろうか」

女「てか、何に使うって『戦う』って言ってたじゃない神さまが。イマイチよくわかんなかったけど」

男「戦う? ……ああ言ってたっけか」

女「うん、ただ殺さなくてもいいんだって。気絶させるだけで」

男「生まれてから気絶なんか一回もしたことないんだけど、怖」

女「この話神さまから聞いてないの?」

男「なんか眠りが浅かったみたいで」

女「?」

14: SS速報VIPがお送りします 2015/03/10(火) 22:14:41.17 ID:/eElTH0b0
女「……って感じ。大体だけど」

男「つまり最後の一人になったら願いを叶えてもらえて、能力者は全部で19人。 三日以上戦ってない場合は権利剥奪……か。なんかべったべただけど、そうだよな、願い叶えてくれるとかないと戦う理由ないもんな」

女「ま、それがありさえすれば皆やっきになって戦うでしょうけど」

男「ところで、能力者にあった場合はさっきみたいに能力の詳細がピピッ出てくるんだよな?」

女「え、ああ、そうなの? それは言ってなかった気がするけど」

男「マジで?」

15: SS速報VIPがお送りします 2015/03/10(火) 22:19:23.40 ID:/eElTH0b0
会社員「おお、通勤路とは案外近くにいるもんですな。能力者というのは」

会社員「ま、この町の人間19人ですから数撃てば当たりますかねぇ……。
     バトルダス
私の『相手を知る能力』にかかれば丸裸です」


会社員「しかし私はいいとして、他の能力者たちはどうやって相手を見分けられるのでしょう?」


会社員「まいっか。とりあえず今は武器も何もないし、会社行きますかね」

16: SS速報VIPがお送りします 2015/03/10(火) 22:22:53.02 ID:/eElTH0b0
―学校―


男「学校にも居たりしてな」

女「怖い事言わないでよ。襲ってきたらどうすんの」

男「んー、多分相手が来たらさっきのお知らせみたいな奴で分かるだろうし、向こうも誰が能力者なんて分からないと思うぞ」

女「だといいけどね」


ガラッ


先生「おらー席つけー。殺すぞー」

男「じゃ、俺あっちだから」

女「また昼休みに」


先生「えー朝のホームルームを始める。連絡は特になし。朝のホームルームを終わる」

19: SS速報VIPがお送りします 2015/03/10(火) 22:28:53.66 ID:/eElTH0b0
-昼休み-

オタク「ふ、ひゅ、ひゅひゅふふひふひひ、ぶぶぅりりぶつちちぶひょひょ」

オタク「つつ、ついに完成する……三か月も費やしたこの戦艦ヤマト……!」

不良「お! 面白そうなもん作ってんな!」

バキィ!

オタク「あああああああああああああああああ!!」

不良「わりーわりー。ごはん粒でもくっつけとけや!」

オタク「貴様殺してやるぅぅううううう!!」

不良「っち寄んなオラッ!!」

ボンッ!!


オタク「うわあああああああああああああああ!!」

不良「よっわ!」


男(しかしこうしてみると皆能力者に見えてきてやだな……。どの範囲に居るのかもわからんが、三日間で戦える距離という事は少なくとも県内、市内……。学校も疑ってかかった方がよさそうだ」

22: SS速報VIPがお送りします 2015/03/10(火) 22:34:07.31 ID:/eElTH0b0
不良「あんお前なんか言ったかコルァ」

男(ん、声に出てたか)

男「あの戦艦ヤマトは弁償した方がいいぞ」

不良「は?」

男「高いんだとにかく。パーツも相当オプションのっけてる」

オタク「わかるかい君ぃぃいいいいいいい!!てか見てたなら助けろよおらぁあああああ!!ぶっ殺すぞォオオオオオオ!!!」

不良「んで何お前?きっしょ」

男「ッ……」


バキィ!!


不良「ぎゃあああああああ!!」

女「アハハ、本当に右向くんだ!面白ーい!」

不良「てめっ?!」

グルッ

不良「何だこれ?!首が……!」

女「とりあえず保健室に行きなよ」

不良「そうする!」


ダダダダ……

23: SS速報VIPがお送りします 2015/03/10(火) 22:40:02.49 ID:/eElTH0b0
皆「すごい!不良君を追い払った!」

モブ「なんて強いんだ!」

モブ「あの不良、確実に頸椎損傷してるぜ!」

モブ「治療費は親御さんとかに頼むのかな?」


男「助かった」

女「よかった!」

男「けど! 学校で無暗に能力を使うな! いつ襲われるかなんて分かったもんじゃないんだぞ!!」

女「……助けてもらって置いてその言い方はないんじゃない? 階段作るしか能のない棟梁見習いのくせに」

男「おい、俺はまだ進路を棟梁に絞った訳じゃ……」

女「男のバカ! ぐちゃぐちゃのミンチになっちゃえ!!」

ダダダダ!

男「おい女!」

モブ「あーあ、泣かした」

モブ「泣かした」

皆「「泣かした」」

男「くっ!」

ダダダダ

39: SS速報VIPがお送りします 2015/03/10(火) 23:38:38.32 ID:/eElTH0b0

男「……クソ、どこ走ってったんだアイツ……」

先生「こらー廊下は走るなー殺すぞ」

男「先生! すみません女見ませんでしたか?」

先生「女? ……さっきあっちに行ったぞ」

男「そうですか! ありがとうございます!」

ダダダダ


先生「……馬鹿が、簡単に後ろ向きやがって。 殺すぞ」

      ギガノプラス
先生「『衣類を重くする能力』」


男「うぉおっ?!」ズシン

男「何だこれ……身体が急に重」

先生「つーまーり、俺の能力にかかった訳よ、お前も」

男「なっ、先生?! これはどういう……」

先生「ギガノプラス……『着ている服の重さを着用している者の体重に変える力』さ。 風俗嬢に貢いで作ったでっかい借金があってよ……願い叶うならそれも帳消しだな」

男「そんな事を生徒に漏らして……タダで済むと思うなよ!!」

先生「安心しろ……殴って気絶させると同時にその記憶も飛ばしてやる」

男「……クソ、逃げないと……」ズルズル

先生「おいおい、自分の体重着てまともに動ける奴がいるかっての」


40: SS速報VIPがお送りします 2015/03/10(火) 23:43:58.03 ID:/eElTH0b0
先生「さぁ、殺しの時間だ」

男「何で俺が能力者だって分かった……」

先生「ん? お前よっぽど焦ってたのか? 能力者同士が半径10m以内に近づくと自分の身体能力が上がるんだ」

男「何?!」

先生「何だァ知らなかったのか。 神さまに何も聞いてないんだな」

男「そうか、……ん? じゃあ朝の奴は……」

先生「それじゃ、一人脱落という事で」

男「ちくしょッ……」

42: SS速報VIPがお送りします 2015/03/10(火) 23:59:23.49 ID:/eElTH0b0
男「なんてな!」

先生「むぅっ?!」


ズズゥン……


男「いきなり階段が出てきたら転ぶよなそりゃ」

先生「これがお前の能力か……」グググ

男「これでお互いの種が割れたって訳ね。でも先生、俺も起き上がれないけど、何で先生も起き上がらないの?」グググ

先生「……チッ」

男「発動条件だよな。自分の服も重くしなきゃいけないんだろ。だからさっきもったいぶった風でゆっくりとどめ差しに来たのか」

先生「ぬぅん!黙れい!」

男「そうと分かれば話は早い。こうして俺の下に階段を作ってと」


ズズズ……


先生「……! おいバカ、止めろ!よせ!!」

男「体重二倍ダーイブ!」

先生「ひっ能力解……」


ズガァアァアアアアンッ!!





男「うー体が軽い……」

先生「」

43: SS速報VIPがお送りします 2015/03/11(水) 00:08:01.39 ID:2lKaGj610
これまで出てきた能力


   ステアリング
『階段を創る力』【S】

   ライトラ
『右を向かせる力』【A】

   バトルダス
『相手を知る力』【A】

   ギガノプラス
『衣類を重くする力』【B+】

45: SS速報VIPがお送りします 2015/03/11(水) 00:32:00.41 ID:2lKaGj610
-裏路地-

会社員「……あなたも能力者ですか?」

ヤクザ「如何にも。カタギの連中とは関わり薄いが今回ばかりは話がちげぇ」

会社員「しかし、人によって教えてもらっていることが違うというのは驚きですねぇ。てっきり能力者探しにもっと手こずるモノかと」

ヤクザ「身体能力が上がるってのは分かりやすくていい。神さんとしちゃ何より、バトルが盛り上がる方が楽しいんだろうよ」

会社員「それで、私に話とは? まさかここで戦うので?」

ヤクザ「まだアンタの能力は知らねぇし、ここは少々分がワリィからな、そうじゃねぇんだ」

会社員「?」

ヤクザ「俺と組もうって話よ」

会社員「! ……見返りは?」

ヤクザ「アンタの願いを叶えてやる」

会社員「! 少々お人好しが過ぎますよ、流石に……」

ヤクザ「ヘッ、金が溢れるほどありゃ、俺の願いもアンタの願いも叶うんじゃないのかい?」

会社員「……なるほど、無限の金を山分け」

ヤクザ「そういうこった。 ま、他の連中も同じこと考えてるかも知れねぇか」

46: SS速報VIPがお送りします 2015/03/11(水) 00:43:18.28 ID:2lKaGj610
-とある家-


ニート「……カウント開始……4、3、2、1、0……カウント終了。10秒のリカバリーの後、再びカウント開始……」


ニート「再びカウントを開始します。……カウント開始……4、3、2、1、0……カウント終了」


ニート「本日は晴天なり。本日は晴天なり。あーあーあー、マイクのテスト中、マイクのテスト中」


ニート「ジーボルトドラゴンの討伐に成功。テレレッテレー、ニートはレベルが上がった」


ニート「素早さが4上がった、精神力が3上がった、魔法が1上がった、体力が2上がった、とくぼうが1あがった、明日への扉を開いた」


ニート「あーあーあーあーあーあーあーあーあーあー……日常日常日常日常日常日常」


ニート「平日のお昼だから皆働いてるのねん。となると」


ニート「仕掛けるのは夜かな」


ニート「あー……カウント開始……」

47: SS速報VIPがお送りします 2015/03/11(水) 00:46:28.99 ID:2lKaGj610
アイドル「みんなーっ!今日は来てくれてありがとう!」

オタク「うううううぅぉおおおおああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」


アイドル「今日は嫌な事みーんな忘れて、歌って踊って飛び跳ねて! そんな、えー一日にしたいと思ってます! 皆さんと私、素敵で、キラキラな感じで行っちゃってください!!」


オタク「ひぎぃぃいいいぇええええええええええええええげぼごぼげぎえh3うbでいdじぇお;2jぢmc;え」


アイドル(それにしても妙に具体的な夢だったわね……まいっか、忘れよ)

49: SS速報VIPがお送りします 2015/03/11(水) 01:15:49.51 ID:2lKaGj610
-帰路-


男「全く、もうあんな無茶はしないでくれよ?」

女「……」

男(まだ怒ってるのか……)


男「ま、今日のでいくつか分かったことがあったな」


①能力者同士が近づくと身体能力が上がる。

②能力は能力者以外にも作用する。

③相手の能力は出会った時点では分からない。


男(特に③なんかは危険だよな……朝のアレは間違いなく能力だって言ってるようなもんだからな……)

64: SS速報VIPがお送りします 2015/03/11(水) 12:34:21.17 ID:2lKaGj610
男(後俺の能力についても……、実際に使ってみて大体勝手が分かってきた)


男(まず、階段は『一つ』しか作成できない。別の場所に出現させると同時に、それまであった階段は消える。朝ベッドの下に出した階段は俺の意志で消せたから、相手を階段に乗っけておいて落とす、なんてことも出来るかもしれない)

男(そして階段の『段数』と『高さ』が決まっている。多分今の俺に出来るのは『高さ2mまで』『段数は7段まで』。今日先生と戦った時に願った『出来るだけ高い階段』で出現したのがこれだ。 天井がなければもう少し出来るのか? ……それは分からない)


女「ねぇ」

男「どうした?」

女「今日の、廊下で先生が気絶してたのってさ、男がやったんでしょ?」

男「ああ、うん。先生も能力者でさ」

女「人に無茶するなって言っておいて、自分はするんだね」

男「! え、いやその……」

女「心配してるのが自分だけだとでも思ってるの? 無茶な事して怪我して、私が喜ぶとでも思ってる訳?」

男「いやあれは向こうから襲ってきて、仕方なく…… まあ何もなかったし良かっ」

女「じゃあ何よこれは?」


バッ


女「こんなに赤くはれ上がって……。体当たりでもしたのか知らないけど、下手したら内臓破裂起こしてるとこよ」

67: SS速報VIPがお送りします 2015/03/11(水) 12:40:53.01 ID:2lKaGj610
そりゃそうだ。

鉛を着込んで相当の高さからダイブした。


運よく先生は気絶で済んだが、本当に無謀な行為だった。

少し当たり所がずれるだけで、お互いどうなっていたか分かったもんじゃない。


女「他にも色々言いたいことはあるけど、言葉では何言っても無駄みたいだし」スタスタ

男「おい、どこ行くんだ」


女「私も一人能力者を倒してくる」

男「はぁ?!そんな危な――――」

女「まさか『危ない』なんて言うつもり? ……少しは私の気持ちも理解できるでしょうよ」

男「そんな……」


彼女を止める言葉がどうしても見つからず、男はついに立ち止まってしまった。

腹の傷が今更になってじくじくと痛んだ。

68: SS速報VIPがお送りします 2015/03/11(水) 12:51:36.11 ID:2lKaGj610
-夜道-


女「……!」

ニート「やあ、JK。ああこの場合のJKは女子高生の方だよ。常考じゃなくて」

女「あなた、まさか能力者?」

ニート「ああ、そうさ。普段は家の警備やってるから外に出たの久々だよ。 しかしアレだね、能力者同士には引き合う性質があるみたいだ」

女「引き合う性質?」

ニート「うーん、どういったらいいのかな、運命が無理やりにでも鉢合わせようとするのかな? いかに町内という狭い範囲であったって、身体能力が上がる程度の見分けかたで全員が鉢合わせる訳がないんだよ」

女(身体能力…… 能力者同士が相対した時に上がるの? それが判別方法?)

ニート「まぁ勝ち進んでいけばいずれ、全ての能力者に会えるという訳で」

女「そうね」

ニート「出来るだけ人に会いたくないボクちゃんだけども、今回ばかりは願い欲しさに頑張っちゃうよ」

女「そう、残念ね。私に倒されるのに」

ニート「はは、これだからま~ん(笑)は困る」

69: SS速報VIPがお送りします 2015/03/11(水) 12:58:27.16 ID:2lKaGj610
ニート「では、行くよ。気絶で済むといいけどね」

女「?」

       ゼノマゼンタ
ニート「『黒い虫を操る力』」


ザザザザザザザザザザ ザ ザ  ザ


女「……ちょっと待ってよ……聞いてないわよこんな能力……」

ニート「『一度でも触れたゴキブリを操る力』だお。 ははっ、汚部屋ニートで良かったマジ」


ざっと見て100匹は居る。

半そでの服の中から出てくる黒いカタマリは見るに堪えない光景で、もうテカテカ光る背中を見るだけで死にそうだった。


女「うげぇっ……」

ニート「あーあー、汚いなぁ」

105: SS速報VIPがお送りします 2015/03/12(木) 12:02:58.39 ID:u9ckzFEB0
込み上げてくるものを抑えきれず嗚咽を漏らす。


女「げっ、ほ……はぁっ、はぁっ」

ニート「んー、ボクちゃんの可愛いG達を見て嗚咽とはひどい」

女「そんな汚いモノ見せられて気分悪いのよ、……話しかけないで」

ニート「それとさ、そろそろこのGちゃんたちで気絶に追い込もうと思うんだけど、君も能力発動させた方がいいんじゃない?」

女「……余計なお世話」

ニート「あっそ」


ザザザッ


ニート「全軍突げ……っ?!」


突如、ニートはぐいっと首を持っていかれる感覚を覚えた。

慌てて女の方を見ると、平手打ちを終えた格好をしている。

                       ゼロトナ
女「ホラ、発動させたわよ? 私の能力……『距離をなくす力』」

ニート「ぬぬっ、小癪なま~ん(笑)だ」

107: SS速報VIPがお送りします 2015/03/12(木) 17:20:58.03 ID:u9ckzFEB0
嘘をついた。

   ライトラ
『右を向かせる力』は能力が分かりやすいし強い訳じゃない。

はったりでも相手に恐怖心を抱かせれば儲けものだ。


ニート「神さまの奴、何が要らない能力だ! 相当な当たりじゃないか」

女「ま、運が悪かったという事かしらね」

ニート「フン、それはボクちゃんを気絶させてから言うべき台詞じゃないの?」


ザザザザザッ!!


規則正しく整列していたゴキブリが一斉に襲い掛かってきた。


女「ひぃいっ!」

     ゼロトナ           ライトラ
女(『距離をなくす力』にしろ『右を向かせる力』にしろ、これは対処できない! ひとまず逃げる!)

ニート「んふふふ、能力同士の相性ってあるよね」

108: SS速報VIPがお送りします 2015/03/12(木) 18:02:28.12 ID:u9ckzFEB0
ニート「辺りが暗いからGの姿が捉えにくいだろう?」

女「くっ!」


走って逃げればゴキブリの速度には負けないが、自分の目的はそうではない。

『能力者を一人倒してくる』事。


そう言って男を突き放しておいてやっぱりできなかったじゃ話にならない。


後ろから迫ってくるたくさんの羽音に鳥肌が立ったが、女はくるりと反転して彼らに相対した。

勝つ方法は見つける。

絶対に見つける。


女「戦って、勝たないと」

ニート「んはっ、はぁっはぁっはぁっはやいぃい……待てJKマジで……っは」


女を追って軽く走っただけでニートは息も絶え絶えだ。

暗い部屋で寝転んでばかりの生活を送っていたのだから、当然と言えば当然か。


女(いくら能力でもあれほどの数のゴキブリを一斉に右に向かせるのは不可能。 でも操り手である彼の判断能力を鈍らせれば)

ニート(クソ、また逃げられたんじゃ今度こそ追いつかない。 能力は怖いがゴキブリを中心に攻撃してビビらせれば、後はどうとでも気絶に追い込める)

113: SS速報VIPがお送りします 2015/03/13(金) 10:17:36.55 ID:GjVil2eN0
ニート「はぁっ!」


ザザザザザッ!!


ゴキブリは一斉に空を舞う。

色々と込み上げてくるものはあったがどうにか抑え、女は左側に横っ飛びでゴキブリをかわす。


ニート「わざわざ体勢を崩してくれるとはありがたいねぇ」


当然追尾してくるゴキブリ。

しかし彼ら全てが、女の半径5m以内に入っている。


発動条件は『生命体であること』『能力発動者から半径5m以内に入っている事』。

     ライトラ
女「『右を向かせる力』」ボソッ

ニート「なぁっ?!」


これで完全に方向転換する形となった。

首を右に向けられたゴキブリたちは反転、ニートに向かって一斉に飛んでいく。


女(それでも……)


攻撃としては浅い。

ゴキブリの構造は良く知らないが、真っ直ぐしか飛べない訳がない。

『ニートに襲い掛かるように』見せられるのは一瞬。


かと言ってずっと右を向かせたままなら、ゆっくりと旋回しながらまた女に向き直ってしまう。

130: SS速報VIPがお送りします 2015/03/14(土) 15:01:37.59 ID:AVlSueFZ0
ニート(今あのJK……ゴキブリの向きを変えた! って事は能力は
   ゼロトナ
『距離をなくす力』じゃない!)


ニート「騙したなクソJKがぁあ!」

女「さすがにばれるか……」


言われてみればさっきの張り手も『殴られている感覚はなかった』。

向きを変える能力か。


それなりのゲームをそれなりにやり込んでいたニートは、その結論に行きつくまで大してかからなかった。

ホントにいらない能力じゃないかコイツ。


何とか不意をつかれないようにすれば全然問題ない。


ニート「G達ぃい!全軍方向転換!」


ジジ サザザ ッザザザ!


ゴキブリたちは命令通りその場で飛行しながら向きを変え、女の方に再度突撃する。


女「ゴキブリに右向いたまま真っ直ぐ飛ぶ構造はないわよ」

ニート「だから何? 何回でも」

女「突撃させても私は気絶しないわよ。 何かもう慣れちゃったし」

ニート「フン、こいつらが身体中にへばりついてもそんな事言える?」


ザザザザザザザ


女「キャぁああああぁああ?!」

ニート「飛んでる方はカモフラージュ。 本命は暗い足元に配置しておいた地上部隊さ」

136: SS速報VIPがお送りします 2015/03/15(日) 02:31:58.60 ID:3A9qCmsn0
ニート「ブッハはハハハ!! 何か悪い事してる気分になってくるんだおおおお! JKの身体中にG…… そんな背徳感にエクスタシィィイイイイイ!!」

女「こ……ッのぉ!」

ニート「下手に剥がしてつぶれないといいねぇ、えふ、えふ、えふ」


能力には相性がある。

多対一を強いられるこの状況では相手が有利。

夜の闇を利用できる点で向こうが有利。


そんな言い訳を並べてみても明らかに作戦負けだ。

普通に考えたら分かるだろう、地面にゴキブリがいる事くらい。


ゴキブリの進軍を能力で止められて浮足立った。

考えが足りなかった。


女「ひぃっぃいいいああああ……」ガクガク

ニート「あらあらしゃがみこんじゃった。 ま、一発ぶん殴ったら気絶するからそれまでの我慢我慢」

137: SS速報VIPがお送りします 2015/03/15(日) 02:54:19.69 ID:3A9qCmsn0
兄「出ておいで! 『くまくま』『アドマリオ』!」

ニート「っ?!」

女「……え……?」


声と共に現れたのは前衛的すぎるデザインの動物(?)とスライム(?)。

動物は奇声をあげながら女についたゴキブリを引きはがし始め、彼の手を免れたゴキブリも、命令を無視してスライムに飛び込んでいった。


誘われてやってきたゴキブリをスライムは呑み込んで捕食する。


兄「女性をいじめるのは穏やかじゃないね」

妹「お兄ちゃん、アドマリオは何でも食べるんだよ」

兄「そうだね、妹が考えたデザインだ。 とっても強いよ」


ニート「……んだ、お前ら」

兄「ま、僕は能力者で、妹は僕の協力者。そんな感じかな」

妹「絵を描くんだよ」

144: SS速報VIPがお送りします 2015/03/16(月) 09:34:34.96 ID:FXxuJLph0
>>143
すみませんどうやって見るんでしょう?

147: SS速報VIPがお送りします 2015/03/16(月) 10:26:51.96 ID:FXxuJLph0
>>145
ありがとうございます。
このスレで出てる能力ばっかで何の参考にもならない……

149: SS速報VIPがお送りします 2015/03/16(月) 11:44:22.46 ID:FXxuJLph0
くまくま「……」

女「あ、ありがとう、助けてくれて」

くまくま「……」

兄「そいつらは喋らないよ。そういう設定では作られてないハズ」

妹「うん。急いでやったから喋れないと思う」


兄は優しく女を抱き起こした。

近くでよく見ると整っている顔だ。

 
ニート「は? 何お前ら? 何俺悪者? リア充なの? え?」

兄「ん? 君の能力はゴキブリを生産?操作?するんだろう。 まぁどっちでもいいけどさ、『くまくま』と『アドマリオ』を出してる限りは意味がないと思うよ」

ニート「……」

兄「見逃してあげる理由も義理もないしね。 『くまくま』、行って」


『アドマリオ』というらしいスライム体に取り込まれたゴキブリは皆、完全に消化されてしまっている。

にやりと笑っている(?)目と口をによによと動かしながら、スライムはその場で跳ね続けていた。


『くまくま』は口元が特に大きく捻じ曲がっているが、かろうじて二足歩行型の動物らしかった。


兄「とどめ!」

ニート「ひっ……!」


ゴスッ!


足は速く、ニートに襲い掛かると途端に気絶させてしまった。


女「強すぎ……」

150: SS速報VIPがお送りします 2015/03/16(月) 12:14:36.91 ID:FXxuJLph0
兄「大丈夫だったかい?」

妹「だいじょうぶ?」

女「あ、ありがとうございます……、あなた達も能力者なのね?」

兄「はは、敬語はくすぐったいから止めてくれ。さっきも言ったけど、能力者は僕。妹は協力してくれてる」

妹「ふつかものですが」

女(……まだ小学校にも行ってないくらい幼い。こんな子を能力者の戦いに巻き込んで)

    パレットスケッチ
兄「『絵を具現化する力』。 四歳以下の子供が描いた絵を具現化する力だ」

女「! ……何で能力を」

兄「僕が妹を巻き込んでいる理由とか、信じてもらうのに一番手っ取り早いと思ったからね」

妹「ふふつかものです」

女「でも、だからってそんな簡単に敵に情報を教えるのは無防備が過ぎませんか?」

兄「大丈夫。君は僕の能力を破れないから」

女「え?」

兄「君は僕の能力を破れないから」


兄は微笑んでいた。

助けてもらったのに、その笑みはすごく怖い物に思えた。

151: SS速報VIPがお送りします 2015/03/16(月) 13:19:20.14 ID:FXxuJLph0
兄「君を助けたのは放っておけなかっただけ。もしくはあのデブった人がムカついたから……程度にしておこうか」

女「でも、あなたも勝ちたいんですよね? 助けてもらってこう言うのもなんですが、私を助ける義理はなかったでしょう? むしろ私がやられるまで待って、それからあいつを倒しても……」

兄「君は随分おしゃべりだな」

女「!」


ぞわり。

背中を舌が這いずりまわるような感覚が襲う。


威圧感……?


兄「助けてもらってそう言うのは『なん』だよ、ホントに。今この場ではただの『助けられたお姉さん』で居る方が幸せだと思うけどね」


息も出来ない閉塞感を覚えた。

この全てを見透かす暗い眼は何だ。


妹「おにいちゃん」


と、不意に辺りに満ちていた影がなくなった。


妹「おにいちゃん、おねえちゃん大丈夫ならはやくかえろぅよぅ」

兄「ああ、ごめんごめん」


女「……いえ、ホントにもう大丈夫です。ありがとうございました」

兄「そう? 気を付けて帰るんだよ」

妹「バイバイお姉ちゃん」


何て得体のしれない……

152: SS速報VIPがお送りします 2015/03/16(月) 14:01:03.72 ID:FXxuJLph0
出てきた能力

  ステアリング
『階段を創る力』【S】

   ライトラ
『右を向かせる力』【A】

  バトルダス
『相手を知る力』【A】

  ギガノプラス
『衣類を重くする力』【B+】

  ゼノマゼンタ
『黒い虫を操る力』【B】

  パレットスケッチ
『絵を具現化する力』【S】

154: SS速報VIPがお送りします 2015/03/16(月) 14:40:18.32 ID:FXxuJLph0
-※-


男「ハァッ、ハァッ、ハァッ……」

金髪「あははははっ! まだ逃げる気? いい加減捕まってさぁ、アタシとイイ事しようよ!」

男「うるせぇ……ハッ、気絶させるだけだろどーせ……」

金髪「キャハァ、気絶させた後でたぁあっぷり可愛がってあげるからさ♪」


時刻は深夜をとっくに回っていた。

女と別れた後、この金髪の女に夜道をいきなり襲われた。


男「ったく、こんな時間まで…… そろそろ諦めろ……ッやぁあ!」

金髪「っとぉ! 厄介だけど屋外だと規模は大きくないね、その階段」


午前2時44分。

能力者同士の間で起こる身体能力上昇があってどうにかなっているが、流石に体力的にきつい。


階段を創れるといってもそれだけで決定的な攻撃にはなり得ない。

かれこれ8時間ほども続く鬼ごっこは、まだまだ終わりそうにない。


男「何なんだ……あの女の能力……」



156: SS速報VIPがお送りします 2015/03/16(月) 23:40:36.50 ID:CwEp5eVP0
金髪「キャハハ、朝までだって何日だって付き合うよぉ」

男「マジか……また見つかって……クソ」


階段を創るのもある程度体力を使うらしい。

無制限に理想の大きさで出るわけではなくて、調節もせずに適当に作ればでたらめのモノが出来る。


逆に言えばその程度の消耗なのだが、結論から言うと疲れた。

いつでも戦うから明日に回して欲しい。


相手も疲労がたまっているのかと思いきや、元気にいつまでも追いかけてきそうな勢いがある。

夜型なのだろうか。


金髪「YOU、諦めて眠っちゃいなよ」

男「いやぁ全然眠くねぇよ……ッオラぁ!!」

金髪「とぉお?! ……へへ、だんだんその能力にも慣れてきたよ!」


クソ、緊張状態なのに欠伸が出る。

脳に酸素が足りてないんだ。 


金髪「サァ、いつまでまともに逃げられるかな?」


判断力が、鈍る。

157: SS速報VIPがお送りします 2015/03/17(火) 00:09:18.59 ID:+ux6NTwO0
眠い。


金髪「ほらぁ童貞クン、お姉さんと寝ようぜー!!」

男「……ッ」


もう言葉を振り絞る余裕もない。

瞼が痛くなってきた。


頬を引っ張る。

絶対に眠っちゃいけない。


空腹と疲労とで足が震えてきた。


金髪「へへ、また見っけ!」

男「……」


何より怖いのが、金髪がまだ能力を使っていないことだ。

158: SS速報VIPがお送りします 2015/03/17(火) 00:30:57.81 ID:+ux6NTwO0
どこかの路地に出た。

もう自分がどこを走っているのかすら危うい。

学校からどのくらい離れた?

自宅からどのくらい離れた?


分からない。

アイツから逃げる、という強迫にも似た目的だけの為に体は動かされ、そのために手段は問わない。

ただひたすら逃げる。


男「……」


助けを呼ぶことも考えないではなかった。


『無茶な事して怪我して、私が喜ぶとでも思ってる訳?』


……ダメだ。

やっぱり巻き込めない。

159: SS速報VIPがお送りします 2015/03/17(火) 00:46:39.93 ID:+ux6NTwO0

能力を見破れば勝てると思う。

というか『勝てる目が出てくる』。


逆に言えば能力を使わせないうちは相手の手の内が分からないから、倒しようがない。

……いや、本当にそうか?


金髪「何考えてんの?」

男「くっ?!」

金髪「考える暇なんか与えるわけないでしょ~♪ どこまでだって追いかけちゃうよ~」

男「……なら」

金髪「ん?」

男「捕まえる!」


ゴゴゴッ……!!


奴の足元に階段を創った。

1.5m6段。

今のコンディションで作成できる最大の大きさだ。


金髪「ふふ、もう体勢少し崩すしか」

男「ウォオオオッ!!」ダダダダダ

金髪「えっ」

男「だぁあっ!!」ガシッ

金髪「キャァアアアアァアアッ?!」


そのまま階段を上り突進して、勢いのままに抱え込んだ。

普段ならこんなアホな事はしなかっただろうか。


捨身のタックル。

効果はきっと今一つだが……


男「あああああああああああああああっ!!」

金髪「離せよォオオオ!!」


少しでもダメージを与えられるならいいや。

160: SS速報VIPがお送りします 2015/03/17(火) 01:06:34.46 ID:+ux6NTwO0
ドシャ


金髪「っキャ!」

男「痛ってぇ!!」


二人とも無様に地面に落ちる。

相手の身体と地面との間に手を入れてしまっていたため、どうやら着地の瞬間にひねったようだ。


ついでに昼間に受けた腹の傷も今更ながら効いてきて、男は悶えた。


金髪「ゲホ、おいいつまで私のおっぱい揉んでんだお前! 殺すぞ!!」

男「は? え、ああマジですんませんこれはマジでわざとじゃないんです!!」

金髪「ハァ、いいからさっさとどけっつってんでしょ!!」ドコォ

男「げぼぇ!!」


苦しさに地面を転がる。

金髪女はパンパンと埃を払うと、男を見下しながら言った。


金髪「ようやく動けなくなったみたいだねぇ、最後におっぱいまで触ろうとするし」クスクス

男「クソ……ッ、捨身の攻撃だったんだけどな。高さが足りんかやっぱ」

金髪「そこまでしなくてもおっぱいくらい触らしてやるっつの」

男「マジすか?!」

金髪「ほれ、触るがよい」

男「おぉおおおおおおおおおおおおおおおお?!」モニュモニュ

金髪「とまぁ女の武器は置いといて」

男「あ……」

金髪「残念そうな顔するね。場合によっては後でまた触らしたげるからさ」

男「マジで?!」

金髪「うん、大マジ」

161: SS速報VIPがお送りします 2015/03/17(火) 01:12:42.09 ID:+ux6NTwO0
金髪「ここからが本題。君私の能力分かった?」

男「は、使ってもねぇのに分かる訳ないだろ」

金髪「あ、やっぱり気づかないもんなんだね。じゃあ私が途中で遠回りしながら君を追ってたのも?」

男「ああ、それはなんとなく……。 巻いたと思った時が何回かあったし」

金髪「実を言うとそれが私の能力に関わるんだけどね」

男「遠回りが?」

金髪「いんや、遠回りして『光に当たる事』だね。私の能力は

   ファルコ
『夜更かしする力』。 光に当たる事で眠気をリセットできるんだ」

男「……よ、夜更かしできる、だけ?」

金髪「そうだね」


い、要らねぇ……

それちょっとすごい人位の能力じゃん。

全然戦えないじゃん。


……いや。


男「……案外強いな、その能力」

金髪「現に君を追い詰めるくらいの力はあったって事だからね。私は初め貰った時幻滅したけど」

162: SS速報VIPがお送りします 2015/03/17(火) 01:23:19.27 ID:+ux6NTwO0
金髪「さて、ここで脅迫を含む勧誘です」

男「?」

金髪「ここで見逃してあげるのとおっぱいを触らせてあげるのを条件に……」


何だ。

気絶を免れるなら相当の条件を出されてもおかしくはない。

金か、もしくはこの女の後ろに誰か別の能力者が居たら、女のことまで調べられてるかも知れない。


あいつだけは守らないと。


数秒の沈黙ののち、女はにっこり笑って言った。


金髪「私とチーム組んでよ」

男「断る理由がないんだが?」


こうして変な仲間が一人増えた。

173: SS速報VIPがお送りします 2015/03/18(水) 16:23:43.08 ID:bkkkJLKC0
-※-


??「……能力者は全部で19人だと、奴はそう言っていたな」

??「そうですね」

??「中途半端ではないか、と思ったんだよ。例えばトーナメントでも19人だとシードやらなんやらで面倒なことになる」

??「しかし、この戦いがバトルロワイヤル方式で行われている以上、人数に制約はないはずなのでは?」

??「いや、『20人目』の存在はこの戦いを根本から、前提から覆すような事件だ。こいつの能力によってそれが明らかになった」

??「そこの男、ですか?」

会社員「どうも、しがない会社員です。ようやく裏が取れました」

??「この男の能力は役に立つ。相手の能力の簡単なプロフィールを表示させることが可能で、使いようによっては索敵に近いことが出来る」

??「ほう」

会社員「では改めましてご報告させていただきます」









会社員「『能力者はこの町に20人居ます』」

182: SS速報VIPがお送りします 2015/03/19(木) 14:37:26.49 ID:h7iRgBti0
-※-


女「んで、その人が仲間になったと」

金髪「よろしくぅ! おっぱいと夜更かしには自信あるぜ」

男「うんまあ、実際負けてたの俺だし、ほぼ脅迫に近い感じで何というか」

金髪「おっぱいにつられたんだよ」

女「……は?」

男「いやいやいやいやいや!! そんな事ないッテ!」

女「語尾上がってるわよ」


男「んで、お前は結局一人倒したのか」

女「私がじゃないわ。助けに来てくれた兄妹が……」

金髪「ふうむ、その兄妹の能力が強いって話だったよね」

    パレットスケッチ
男「『絵を具現化する力』……四歳以下の子どもが描いた絵を具現化させる能力か。……使う条件がよく分からないけどかなり強いよな、それ」

女「能力もそうだけど、何より得体のしれなさがあるの。それがとても怖かった」

男「全く、助けてもらえたからいいようなものの気絶じゃすまなかった事だって考えられるんだぞ。お前は無茶ばっかりして」

女「はあ?!アナタがそれを言う?!散々言ってあげたのに結局昨日別れた後だって戦ってるじゃない!」

男「それはこいつに襲われて仕方なくだな!」

金髪「はいはい、とか言ってるうちに学校着いたよ」

男「あ、ホントだ」

女「ところでお姉さんどこまでついてくる気? 仕事は?」

金髪「え? 私、仕事先、ここ」

男「……は?」


金髪「おで、ここの、保健医。 おで、生徒の、病気、治す」

183: SS速報VIPがお送りします 2015/03/19(木) 14:49:14.39 ID:h7iRgBti0
金髪「それじゃ、勉強頑張れよ若人たちよ」

男「すげえ、ホントに保健医なのか。保健室とか行かないから知らなかった」

金髪「おう、これからはおっぱい揉みに来い」

女「くたばれ」


女「はー、まさか学校に四人も能力者が……」

男「この小さな町の中に19人だろ? 案外まだ近くに居たりしてな」

女「怖い事言わないで」

猫「ニャーン」

男「あ、猫だ」

女「可愛い! でも珍しいね、こんな人通りの多い玄関をうろうろしてるなんて」

男「だな。ちちっ、ちっ、おいでおいで」

女「割と人懐っこそうね、誰かの飼い猫かしら?」

男「首輪ついてないしそれはないんじゃね?」

女「ま、程々にして行きましょ。遅刻しちゃうわ」

男「そうだな」

猫「なーご」

191: SS速報VIPがお送りします 2015/03/20(金) 01:46:50.58 ID:k3vhhvJe0
男「はぁ……授業つまんね」


携帯を取り出し教科書の陰で弄る。

肘を突きながら、ふと思いついたワードを検索に入れてみる。


【〇〇町 能力者 戦い】


さて、流石にないか……?

下に下にスクロールしてゆく。


企業能力、〇〇町の機能…… 検索結果か通り過ぎていく。




おお、やってみるもんだな。

2ページ目の一番下にそれはあった。


『要らない能力をもらった者です。能力者でない人、信じない人は結構……』


非常に興味深い、一件のブログ。

192: SS速報VIPがお送りします 2015/03/20(金) 02:28:18.20 ID:k3vhhvJe0
『要らない能力をもらった者です。
能力者でない人、信じない人は結構。

私が急に頭がおかしくなったとか、妄想を口走るようになったのではない。

能力者になった。
嘘だと思うあなたの目の前で能力を使い、証明することも出来る。

どんな能力かはここでは教えられない。
ただ戦闘では一切の役に立たない能力だと思ってくれていい。

能力者はこの町に19人。
最後の一人になるまで戦い合って、残った者は願いを叶える権利を得る。

簡単に説明すればこういう事情で私は戦いを続ける。
既に何人かの能力者には出会っているから、どちらにせよ戦いは避けられないのだと思う。

きっと確率を超えたところで、能力者同士が会い、戦うように仕向けられているのだ。


さて、今何人生き残っているかは正直分からないが、一つだけ。

この戦いにおいて仲間を見つけることは可能だろうか。

この問いにYESでもNOでも、答えてくれる能力者だけ連絡をくれ。
私に言えるのはそれだけだ。

それだけのためにこのブログに書きこんだ。
検索でひっかける奇特な能力者がいることを期待するよ。


ま、私の予想通りだと『絶対能力者の誰かが検索するよう運命づけられている』はずだがね』

196: SS速報VIPがお送りします 2015/03/21(土) 01:03:15.24 ID:SF/QS3+w0
男「放課後その人に会いに行くんだ」

女「へえ、ブログでねぇ。案外盲点だったわね」

金髪「書かれてることがけっこう気になるね。運命づけられてるみたいな」

女「何、アンタも行くの」

金髪「えーいけずー仲間じゃなーい」

男「ま、とにかく三人で行ってみよう。場所指定されたけど電車ですぐ行けるとこだし」

女「そうね。仲間が増えるのはいいことだし」

金髪「でも仲間が増えたら願いどうするの? 私けっこう願い叶えたい願望強いよ?」

男「え、いや俺たちは特に叶えたい願いとかないんだけど」

女「え、一緒にしないでよ」

男「あるの? 願い」

女「さあね」

197: SS速報VIPがお送りします 2015/03/21(土) 01:54:36.06 ID:SF/QS3+w0
-※-


指定された公園に着く。

ジャングルジムの上に白いひげを蓄えた老人が座っていた。


男「……あなたが、能力者ですか」

爺「そう思ってもらって構わんぞい。お前さんは確かに能力者じゃが、後ろの花束は何故連れてきた?」

金髪「そ、そんなぁ花束なんて……私たちも能力者なのよお爺ちゃん」

女「よろしくお願いします」

爺「ホッ、そうかそうか」


能力者である事を明かすと爺さんはほっとしたような顔になった。

部外者がこの場にいないという安心感だろうか。


爺「いやはや、恥ずかしい話『パソコン』を弄ったのは初めてでな、息子に手伝ってもらいながらどうにか文章をな、はは」

男「あ、そうなんですか」

爺「そうそう、しかしこんなに能力者が一気に集まるとは思わなかったがのう」

女「私たちも……男は別として、この金髪とはつい最近知り合ったばっかりで」

爺「ほう、まあそれはよいよい」


トンッ


軽い音がした。


爺「ま、せいぜい退屈させんでくれよ」


次の瞬間、目の前に爺さんが立っていた。

198: SS速報VIPがお送りします 2015/03/21(土) 02:11:03.72 ID:SF/QS3+w0
爺「ほっ」


何でもないような声で突き出された凶器は、合わさった中指と人差し指。

のけぞるようにして後ろに避けると軽く腕をつかまれ、するりと左足を完全に刈られた。


大きくバランスを崩し、地面に叩き付けられる。


男「かっは!」

爺「寝る間はないぞい」


また音もなく手を握ると、造作もなく簡単に捻る。

組み伏せられた痛みによってやっと状況の理解が追いついた。


男「らっ!」

爺「ぬぉおっ!?」


とりあえず抜け出さなければ!


二人の下に階段を出現させてバランスを崩させる。

爺さんは少しよろけたものの、手を放すには至らなかった。


男「んのおぉおっ!」

爺「むっ!」


だが隙は出来た。

空いている手で肩口を掴むと、爺さんもろとも階段を思い切り転がる。

流石に重力に逆らえなかったか、爺さんは階段の下に着地し、そこでようやく手が離れた。


男は無様に階段の中腹に伏せる。

199: SS速報VIPがお送りします 2015/03/21(土) 02:25:19.94 ID:SF/QS3+w0
男「げぼっ……」

爺「何じゃ、階段を創る能力か? それにしてもワシを払うだけでこのザマとのう」

女「このっ!」

男「よせ!」

爺「ぉお?!」


爺さんの顔はすでに右を向いていた。

女は能力を発動させたまま襲い掛かる。


爺「ぬるいわ」

女「え?!」


爺さんの顔は正面にあった。

一瞬、能力の発動停止を疑うもそんなことはない。


『爺さんは右を向いたままだ』


このわずかな時間で『回転して女に向き直ったのだ』。

首の角度が変わらないのを瞬時に判断し、身体だけで。


爺「ほっ、かわいい顔がよく見えるのう」

女「うっ?!」


指でおでこを小突かれると女は大きくのけぞり、尻餅をついた。

      ライトラ
反動で『右を向かせる力』が解除され、爺さんは首を鳴らす。


金髪は男がやられた時点で潔く両手を挙げていた。

204: SS速報VIPがお送りします 2015/03/21(土) 20:48:52.19 ID:SF/QS3+w0
爺「何じゃつまらん。お主ら能力ありきでその程度か」

金髪「おじいさん強いねぇ。能力使ってないでそれなんだね」

爺「フン、この程度造作もないわい」


爺さんは息の一つも乱さずにくるりと男に向き直った。


爺「特にお前さんは能力が強いのに使い方が非常によくない。階段を下に出現させるだけで体勢を崩す訳がなかろう」

男「っ痛……今まではそれでどうにかなってたんだけどな……」

爺「甘いのう。ワシが会った能力者と戦ったら5回は死んでおるわい」


爺さんは止めを刺さなかった。

差す価値もないという目をしていた。


爺「仲間が出来ればそいつに勝てるかとも思うたがやめた。ワシャ帰る」

205: SS速報VIPがお送りします 2015/03/21(土) 21:07:17.16 ID:SF/QS3+w0
男「待ってくれ……その能力者ってアンタより強いのか?」

爺「強いに決まっとろうが。ワシが3人おって引き分けじゃ」

男「マジか……」

女「で、でもお爺さんが能力を使えばどうにか」

爺「お主ら阿呆か。あの変なのから貰った能力は『要らない能力』じゃろ? ワシは元々能力に頼るつもりはないし、パソコンでも書いたが戦闘で役に立たん」


能力を使う、使わないは問わない。

とにかく気絶させたら権利をはく奪し、勝利となる。


そうして残った最後の1人だけが、願いを叶える権利を得る。


爺「ワシは不妊の嫁に孫を宿す。ワシが生きているうちに息子夫婦に我が子を抱かせてやる。絶対にだ」


願いの形はそれぞれであれ、願いのある者は強い。

爺さんは先ほど見せた強さ以上に大きく見えた。


爺「半ば諦めておった願いに火がともった。貰った力が何であれ、負けるわけにはいくまい」


爺さんはそう言って人差し指を銃の形に突き出した。

その指先から撃ち出すように、赤い矢印がにゅうっと出てくる。

     ア ポ ロ
爺「『矢印を表示する力』。空中に触れない矢印を表示する力じゃ。その矢印の長さと持続時間は能力使用者の力量に比例する」


216: SS速報VIPがお送りします 2015/03/23(月) 00:37:15.63 ID:3v5whnnk0
爺「ま、もっと強い奴が現れるのを気長に待つとするかの。幸い戦いに期間は設けられておらん」

男「ちょ、ちょっと待ってくれ!」

爺「ん? まだ用があるのか。気絶させんだけでもありがたいと思え」

男「そうじゃないんだ。爺さんが出会った能力者ってのはどんな奴なんだ?」

金髪「あー、それ私も知りたい!」

女「確かに。教えていただきたいです」

爺「……そうじゃのう。話す分にはタダか」


爺「一週間前の夜じゃった。そいつに出会ったのは」

爺「何食わぬ顔で人を殺しておったよ」

男「?! で、でもそんな事したら誰かに……」

爺「見られて通報、実刑は免れんじゃろうの。実際その現場を見た者はおったが、何食わぬ顔で通り過ぎていきよった」

女「……それが、その人の能力ですか?」

爺「さあのう、ワシが直接戦ったわけでは無いから、そこは分からん。ただ『恐ろしく強い』ぞ、そいつは。お主らをあしらったワシの言葉じゃ、信用せい」

金髪「こっわ!能力者ってそんなガチの奴居るんだ、お爺さん、そいつの特徴は?」


爺「ひとつも思い出せん」


金髪「ええ?!そんだけ見てたなら何かひとつくらい覚えてるでしょ普通!」


爺「ひとつも思い出せんのじゃ。何一つな」


爺「ワシはそれが一番怖い」


218: SS速報VIPがお送りします 2015/03/26(木) 19:10:40.23 ID:Sz1bvpvm0
爺さんが帰ってからみんな、しばらく無言だった。

これまでまだどこか、ゲームのように捉えていたのかもしれない。


甘かった。

命を奪って平然とできる能力者がいる以上、もう能力を玩具みたいな使い方はできない。

本当に使い道がひとつなのか、どこまで使えるのか。


そしてそれらを、次の能力者が現れるまでに把握することができるのか。


金髪「ま、気にしたってしょうがないさ」

男「何言ってんだよ、命の危険だった出てきたってのに!」

金髪「『それは今までもそうだっただろ?』」

男「!」

金髪「自覚が足りなかっただけなんだよ。私なんかはほら、超常の力とはとても言い難い能力だからさ。これから少ない使い道を必死に探さないといけないしね、二ヒヒヒ」

219: SS速報VIPがお送りします 2015/03/26(木) 19:19:52.89 ID:Sz1bvpvm0
女「……とにかく、私たちも帰りましょう。詳しいことは明日」

男「そうだな」

金髪「明日から特訓だぜ!」


一同は夕日に照らされながら帰路についた。


そんな彼らを


      ステアリング
警察官「『階段を創る力』か。面白い能力の使い手が居るな」

兄「……あの男……」

妹「次はどうすればいいの?」

会社員「ま、とりあえずは様子見ですかね」

ヤクザ「まだ見つかってない能力者も居るわけだしな。あんな雑魚共は放っておいて、当面はそっち優先で行くぞ」


じっと観察する五つの影があった。


警察官「次はどうすんだい?」

兄「『そっち』優先なのだろう? 当面かかるべき問題は奴だな」

ヤクザ「厄介な奴に引っかかっちまったが言っても始まらねぇ。叩くぞ」

221: SS速報VIPがお送りします 2015/03/28(土) 12:29:34.96 ID:MBT5BS8Q0
-※-


そこは山奥だった。

人里離れた場所に不似合いな大きな屋敷は、宮殿と言っても差支えないほどに聳えていた。


巨大な玄関から入ってすぐの大広間には、人影が二つ。


貴族「ははは、こりずにまた来たのかね。庶民の感覚は分からないがそんなにお金が大事かい?」

ヤクザ「アンタにゃ一生かけても悟れんだろうよ。世の中金さえありゃ何でも出来んだ」

貴族「んー……察するに君は何か、のっぴきならない事情とやらで大金が要る……と」

ヤクザ「ああそうだ、組を再興するには金が要る。枯れ木のようになったオジキも逃げ出した若い衆も、金さえありゃ取り戻せる」

貴族「随分御大層な願いで結構、結構。叶う事を祈ってるよ」

ヤクザ「へ、祈りついでにちょこっと気絶してくれるとありがたいぜぇ」

貴族「君の願いが叶うのは我輩としてもそれほど嬉しいことはない。ただし、君の如き庶民のためにそこまでしてやるのは我輩の流儀に大きく反する……」

ヤクザ「相も変わらず嫌な野郎だな、お前」

貴族「嫌なのは君の方だ。ヤクザはカタギに手を出さないと聞いていたのだが、もう目も見えないか」

ヤクザ「組を失った俺はヤクザなんかじゃねぇ。ただのその辺歩いてるチンピラだ」

貴族「最近のキンピラはわざわざこんな屋敷にまで殴り込んでくるのだな。畏れ入ったよ」

ヤクザ「キンピラじゃねぇ、チンピラだ。もうなりふり構ってられねぇんだよ」


貴族はやれやれと天を仰ぎ、それから両手を大きく広げた。


貴族「招かれざる客にはそれ相応の馳走を喰らわせてやらなければなるまい。いいぞ、どこからでも。

      パラキオン
我輩の『血を吹き出す力』でお相手致そう」

225: SS速報VIPがお送りします 2015/03/28(土) 16:22:00.35 ID:MBT5BS8Q0
   パラキオン
『血を吹き出す力』。

以前にも戦った事があるからどんな能力なのかは知っていた。

                バトルダス
もっと言えば、その更に前に『相手を知る力』で調査済みだったため、戦う前から能力は知っていた。

でもボロボロに負けた。


ヤクザ「うぉおおおおおおおおっ!」

貴族「愚かな」


銃は使えない。

痛みで気絶しにくいからだ。


条件はあくまで『気絶させること』。

最悪の場合即死の可能性がある武器は使用できないのだ。


まぁ、『気絶させた後に殺す』なんて例外中の例外も居ない事はないが。


ヤクザ「ッハァ!」

貴族「この程度」


ヤクザの繰り出す拳や蹴りは簡単にあしらわれる。

彼の武術は組に入ってから培われたものだが、貴族はどうやら幼少期から叩き込まれているらしい。


ヤクザ「つくづくムカつく野郎だな……!」

貴族「それはどうもね」


何よりムカつくのは、ここまで接近しても能力を使ってこない所だ。

舐められている。

226: SS速報VIPがお送りします 2015/03/28(土) 16:28:40.49 ID:MBT5BS8Q0
貴族「舐めている訳ではないがね、あまり使いたくないのだよ。床が汚れる」


貴族は見透かしたように言う。


ヤクザ「どっちでもいいがよ、ここまで来て血ィ見ずに帰るなんて出来んぜ俺ぁ……」

貴族「だったら自分の血を噴き出して帰るかい」


貴族は軽い動作で拳を受け止め、弾き返した。

ヤクザは若干体勢を崩したものの、貴族からの追撃はなかった。


貴族「君の愉快な仲間のおかげで能力は知っているのだろう? 前回も見せたし」

ヤクザ「ああ、おかげさまでな」

貴族「『だったら何故近接格闘を挑むんだ』?」

ヤクザ「お前は一発殴らなきゃ気が済まん」

貴族「は、蛮族めが」

227: SS速報VIPがお送りします 2015/03/28(土) 18:22:30.72 ID:MBT5BS8Q0


貴族「『また腕を掴まれたいかい』?」


こいつに『触れられたら終わる』。

一度やりあった時に油断して掴まれ、右腕に風穴があいた。


勝利の条件的に銃やナイフが使えない以上、あくまで近接格闘なら素手、もしくは鈍器。

杖術、剣道には嗜みがないため武器はかえって邪魔になると判断して持ってこなかった。


貴族「オモチャは使わなくていいのかね?」

ヤクザ「余計なお世話だ!」


素手、もしくは鈍器、あるいは能力!

能力はこいつにまだ見せていない!


貴族「さぁ、今日君は我輩の能力が見られるだろうか?」


肉弾戦ではやはり分が悪いか。

がら空きの腹に拳が迫る。

        アドランダム
ヤクザ「『無作為に召喚する力』!!!」

貴族「むぅうっ?!」


ぽんっ!


出てきたのは大きな熊のぬいぐるみ。

突如出現したそれに驚いたこともあり、拳は簡単に止まった。


ヤクザ「おら、休んでる暇ねぇぞォ!!」

貴族「しまっ」


パァン!!


貴族の右頬に重心の乗った拳がめり込んだ。

228: SS速報VIPがお送りします 2015/03/28(土) 18:28:06.73 ID:MBT5BS8Q0
出てきた能力

  ステアリング
『階段を創る力』【S】

  ラ イ ト ラ
『右を向かせる力』【A】

  バトルダス
『相手を知る力』【A】

  ギガノプラス
『衣類を重くする力』【B+】

  ゼノマゼンタ
『黒い虫を操る力』【B】

  パレットスケッチ
『絵を具現化する力』【S】

   フ ァ ル コ
『夜更かしする力』【C】

    ア ポ ロ
『矢印を表示する力』【C+】

   パラキオン
『血を噴き出す力』【A+】

   アドランダム
『無作為に召喚する力』【A】

230: SS速報VIPがお送りします 2015/03/28(土) 20:35:45.68 ID:MBT5BS8Q0
貴族「貴様……我輩の顔に傷を……」

ヤクザ「男がピーピー喚くな。たった一発だろうが」

貴族「ハチの巣にしてやる」


掌を見ながら避ける。

相手の狙いが分かっていれば幾分やりやすいな。


しかしそれを補って余りあるこの……


貴族「ハァッ!!」

ヤクザ「っつあぶねぇ!!」


でたらめな近接の強さだ。


こんな山奥に籠ってるボンボンが、一体何したらこんなに強くなるのか。

能力は【A+】だったが、攻撃力だけ見れば間違いなく【S】だ。

          パレットスケッチ
【S】クラスの『絵を具現化する力』でも絵によっては勝てない可能性が十分にある。

血を放出した分貧血になる事を考えて、ようやく【A+】というところだろう。

231: SS速報VIPがお送りします 2015/03/28(土) 20:45:35.58 ID:MBT5BS8Q0
貴族「捉えたぞ!」

ヤクザ「さっ、せ、る、か!!」


ガシッ!


まずい少しリーチを見誤った!

指先を掴まれる。

      パラキオン
貴族「『血を噴き出す力』!!」

ヤクザ「っぎぃいいいいああああッ!!」


握られた拳の中で、指先が跡形もなく吹っ飛ばされる。


これだ。

奴の能力の真骨頂。


自らの血を超弩級の高圧で噴出させることにより、近距離限定のウォーターカッターのようなものが飛び出してくるのだ。


ウォーターカッターの水はやすりの破片を混ぜ込んである。

奴の能力がもし『水を放出する』だったら、人体を切断するほどの威力は出せなかったろう。


ヤクザ「あっつぅ……ぁあ゛」

貴族「次は指先では済まさない。何故なら我輩は君をうまく気絶させようなどという考えは毛の先ほども持っていないからだ」

ヤクザ「……お、お前に願いはないのか?」

貴族「ないね」


言い切りやがった。


貴族「強いて言うなら納豆をこの世から消し去りたいがね。それよりも山奥の平穏が荒らされるのが煩わしくてならない」

233: SS速報VIPがお送りします 2015/03/28(土) 21:40:35.74 ID:MBT5BS8Q0
貴族「時に君は、人がどれくらいの血液を湛えているか知っているかい?」

ヤクザ「なんだ急に」

貴族「体重が60㎏の男性の場合、体内の血液量は約4,8l。失ってもいい血液量は静脈血か動脈血かで全然違う。静脈では全体の血液の1/2が出血しても処置がよければ生命は助かるが、動脈では1/4が出血しても生命が危険にさらされる。分かるかい、吾輩の能力は『血を失う量』も『血を出す箇所』もすべて計算しなきゃいけないんだよ」

ヤクザ「だからどうした?!」

貴族「君に使うには1mlの血液でももったいないんだ。実力の差が分かったら、去れ」

ヤクザ「はっ、生憎その手の脅しは総じてひっくり返して来たぜ」

貴族「そうかい。まだわかっていないようだが、吾輩は君を殺すことだって出来るんだぞ」

ヤクザ「死ぬような目には何度も遭ってきた」

貴族「それは不幸自慢か? 自身の不注意の回数をひけらかすとは滑稽な」

ヤクザ「……てめぇ、死にてえのか」

貴族「何度も言ったぞ。君は吾輩を殺せない上に、吾輩は君を殺してもいいと思っている」

ヤクザ「とっくに知ってるぜ」


何と言われても引き下がるつもりはない。

貴族はヤクザの目を見て、再び天を仰いだ。


貴族「『今まで体内に触れなかっただけありがたいと思えよ』」

243: SS速報VIPがお送りします 2015/03/29(日) 14:24:19.35 ID:0eeHJv9j0
雰囲気が変わった?

長年の経験でそこは分かるようになった。


人の持つ感情の波や自分への敵対心、つまりは『殺気』。

何となく分かるこの感覚に何度助けられてきたことか。


貴族「さんざん警告を無視したのだ。もう生きては帰さん」

ヤクザ「お前を倒しゃそれで済む」


口ぶりからして狙いは一つだ。


―『異型輸血』―


そもそも血液型とは、血球の持つ抗原の種類によってABOABの4タイプに分類されたものを言う。

A型はA抗原を発現する遺伝子を、B型はB抗原、O型はどちらも持たず、ABはどちらも持っている。


『抗原のない血液にある血液を入れた場合拒絶反応が起こる』。O型の血液が輸血で重宝される理由である。

簡単に言ってしまえばこれが異型輸血であり、最悪の場合死に至る。


急性症状として悪寒や発熱、また時に急性肺障害やアナフィラキシー反応を起こす。


ヤクザ「ま、無事では済まねぇだろうなぁ」


第二関節より先が吹き飛んだ自分の指を見る。

熱を持ってじくじくと熱く、痛い。


ここから奴の血液を注ぎ込まれれば負ける。

244: SS速報VIPがお送りします 2015/03/29(日) 14:33:14.58 ID:0eeHJv9j0
貴族「ちなみに我輩はABなのだが、君はどうだろうね?」


……残念、O型だ。

O型の輸血にはO型しか使えない。


貴族「俺も同じだ……という顔ではないな。さしずめO型と言ったところだろう。大雑把だし」


バレテル……

血液型での性格診断に科学的根拠などないが、ある程度当たってしまうのが怖いところだ。


貴族「さぁ、面会時間は終了だ」

ヤクザ「まだ茶も飲んでねぇってのによ」


先に駆けだしたのは貴族。

注意するのはやはり手首から先だろう。


特に、先ほど奴が能力を使用した際の傷。

   パラキオン
『血を噴き出す力』は、能力によって血を噴き出した箇所の治療が出来ない。

奴の手には大きめの傷が残っているはずだ。

247: SS速報VIPがお送りします 2015/03/29(日) 18:35:39.90 ID:0eeHJv9j0
       アドランダム
ヤクザ「『無作為に召喚する力』!」

貴族「またそれか!」


出てきたのは割り箸だった。

見る間もなく捨てる。


チッ、運とか、元々自分にない力に頼ってちゃいかんな。

それに本来近接、もしくはスピードのある勝負の中で使える能力じゃない。

熊のぬいぐるみが出てきたのは単純にラッキーだっただけだ。

  
『世界中のあらゆるものの中からランダムで召喚する力』。

代償は召喚したものの代金。


一回宝石が出てきた時には肝が冷えた。

きちんと調べて元の場所に返さなければ、今頃俺の通帳は空だ。

閑話休題どころか、今はそんな話をしている余裕はない。


貴族「新しいおもちゃを召喚しないのか?」

ヤクザ「ホントにおもちゃが出そうで嫌だな、それッ……」


矢のように飛んでくる拳を見切って躱す。


指先の痛みで逆に目が覚めたみたいだ。

さっきより攻撃がよく見える。


固く拳を握っていれば相手に傷口を触られることもない。

255: SS速報VIPがお送りします 2015/03/30(月) 14:28:46.81 ID:/EP13ETv0
貴族「傷口ばかりかばってていいのか?」

ヤクザ「チィッ!!」


真正面から向かってくる拳をしゃがんで躱す。

相手もそれは予測していたのか、目の前には既に振りかぶられた足が迫っていた。

        アドランダム
ヤクザ「『無作為に召喚する力』!!」

貴族「何?!」


ドスンッ!


出てきた箪笥に貴族の足が衝突する音がした。

ニスを塗っていない背面に大穴が開いたが、別に使う訳でもないので気にすることはない。


ヤクザは飛び上がって『箪笥を超えると』貴族に飛び掛かっていった。

上昇した身体能力でどこまでの動きが出来るのかは既に把握していた。


足の痛みと突然出てきた箪笥で、貴族はまともに動けるほどには脳が追いついていないはずだ。

何が出るか分からないという実にパルプンテな能力だが、出てきたものとその対処を瞬時に判断しさえすれば非常に使い勝手がいい。


箪笥が出たのは運が良かった。

上から押さえつけて、ここで仕留める!


ヤクザ「くたばれやぁああああっ!!」

貴族「雑魚がッ!!」




びしゃっ


顔に生ぬるい何かがかかる。

奴の血液だ。


マジかよ。


俺が上から飛び掛かってくることを見越して『空中に緩く放った』のか。

反射的に目を閉じてしまった次の瞬間、腹部に大きな衝撃がやってきた。

256: SS速報VIPがお送りします 2015/03/30(月) 16:01:43.92 ID:/EP13ETv0
ヤクザ「げっはぁ……ッ」

貴族「我輩の勝ちだな」


頭が真っ白になって、吐き出されていく空気がやけに意識された。

今更力の入り始めた腹筋と、背中に当たる堅い箪笥の感触、眼球が飛び出すかと思われるほどに、身体がくの字に折り曲げられた。

    アドランダム
『無作為に召喚する力』!

反射的に使ってしまおうとしたが、もうそれを行えるほどの集中力も時間もなかった。


ただ吹っ飛ばされて、意識を失うだけ。


一度たりともお金が出たことはなかったな。

やっぱり運に頼るのは止めた方がいい。


オジキ、組の再興はとうとう叶いませんでした。

勘弁してつかあさい。


少しだけ申し訳ないなと思ったのは、無限の金を山分けすると約束した能力者たちだった。


貴族「……ッようやく、気絶したか」


人形のようになったヤクザの手を、貴族はそっと握った。

257: SS速報VIPがお送りします 2015/03/30(月) 16:11:27.98 ID:/EP13ETv0
デブ「はいストップ」

貴族「?!」


全然気が付かなかった。

振り向くと、大広間には居ないはずの三人目の人間が居た。


オレンジのパーカーに灰色スウェットのデブは、ハンバーガーの包みをぱりぱりと剥がしながらこっちを見ていた。


デブ「別に気絶までならいいけどさ、『異型輸血』までは見過ごせないね。ボクちゃんはその人見た目にもすごいコワかったけどさ、仲間だと思ってたからね」

貴族「……そうか、このヤクザの愉快な仲間たちか。さっさと来ていればこいつは倒れていなかったかもな」

デブ「確かにそうかもね。でもその人はボクちゃんたちの助けを必要としなかったし、その理由も良く知っていたから気絶まで待ってあげたんだよ」

貴族「……理由とは何だ」

デブ「一度あなたにタイマンで負けている事。その時はボクちゃんまだ仲間じゃなかったんだけどね、あなたとの因縁は聞いていたから」

貴族「そこまでの因縁を感じる間柄ではないはずだが」

デブ「それはアナタ側から見た都合で、あなたにこの人が何を思っていたかを否定する権利はないよ。この人はこの人自身の頭で、タイマンで負けてなおかつ生きて帰された事を屈辱に思ってたみたい」


デブ「だからボクちゃんは手伝わなかった」

258: SS速報VIPがお送りします 2015/03/30(月) 16:19:32.97 ID:/EP13ETv0
デブは呑気にもハンバーガーにかぶりつく。


デブ「むしゃむしゃ、……あ、ここ食べていい部屋だった?違う? まいっか、どうせ血で汚れてるしね、むしゃ」

貴族「なるほど、君も死にたがりなのか」

デブ「どこをどう解釈してそうなったのか知らないけど、僕は1カロリーたりとも死にたくはない。お腹いっぱい食べて畳の上で死ぬのが夢だ」

貴族「山奥の平穏を壊す奴は誰であろうと殺す。気分的にはこのヤクザの死体をさっさと持って、光の速さで山を下りていただきたいんだが」

デブ「なるほど、君の大切にしている事はここの平穏なんだね。否定はするつもりないし、詳しく聞くつもりもないけれど」

貴族「話すつもりもない」

デブ「あそう。ま、いいけどさ、とりあえずヤクザさん病院に連れていくからこっちに渡してよ」

貴族「『異型輸血』で致命的にしてからくれてやる」

デブ「あー……ん、ゴクン」


デブは包み紙を折りたたんで丁寧にポケットにしまうと、貴族を睨んだ。


デブ「言っとくけど『それ』やったら本当にあなたを殺すよ」

貴族「出来ると思うか?キミ如きに」

デブ「出来たらいいねぇ、戦(や)ってみるかい?」

262: SS速報VIPがお送りします 2015/03/30(月) 16:30:45.48 ID:/EP13ETv0
貴族「……フッ」


先に発したのは貴族だった。


貴族「分かった分かった。気絶させたという事はコイツは能力を失い、もうここに来ることはないのだろう?今我輩が最もしてほしいのは戦いではなく無関心だ。とっとと連れ帰ってもらおうか」

デブ「分かってもらえたようで何よりだよ。第一あなたの能力はとても危険だ。さっきは殺すって言ったけど、お互いにガチで戦り合ったらボクちゃんも決して無事では済まなかったでしょう」


よっこらせ。

デブは軽々とヤクザを抱え上げると言った。


デブ「では、お邪魔しました」

貴族「ああ、二度と来るな。お前の仲間も含めてな」


バタン。

玄関のドアが締め切られるまで、貴族は一歩たりとも動かなかった。


デブ「ヤクザさんお疲れ様、あとは病院のベッドでゆっくり休んでね。ヤクザさんを失った上にあの貴族を叩けなかったのは痛手かも知れないけれど、見た感じすごく強くて頭よさそうで、山奥の平穏を何より大切に考えていて、人にあまり会いたくなさそうで、人を殺すことをためらっていなかったから」

デブ「だから彼の次の行動は――……」



誰もいなくなった屋敷で貴族はポツリと呟いた。


貴族「そうか、能力者を根絶やしにしない限り我輩に安寧はない、か」


貴族「手が汚れるが致し方ない、殺して回ろう」

263: SS速報VIPがお送りします 2015/03/30(月) 16:43:43.99 ID:/EP13ETv0
―※―


アイドル「はあ、疲れた。……ってのは仕事多いって事だからイイ事なんだろうけどね」

アイドル「アイドルになりたかったのはそうなんだけど、もちょっと女の子したいなぁ、というか買い物とか行きたいなぁ」


なーご。

足元で可愛らしい声がした。


アイドル「え、猫ちゃん?」

猫「んなー」

アイドル「事務所の中まで入ってくるって珍しいなぁ……ちちっ、ちっ、おいでおいで」

猫「なー」


猫は怖がるでもなくトコトコと寄ってくる。


アイドル「か、かわいい……ッ!!どうしよう最近の疲れも相まって何だか天使みたいに見えるんだけど何コレ!可愛い!」

猫「んにゃぁあー」


猫は一通り、彼女が喜ぶような動作を全てやって見せた。

伸びをしてみたり、すりよって喉を鳴らしてみたり、どこで覚えてきたのか宙返りまで披露した。


アイドル「わーすごいすごい!!」


彼女はその度に大げさかつ心からの反応を見せ、益々猫に魅入った。

269: SS速報VIPがお送りします 2015/04/01(水) 10:43:18.07 ID:CG1acOib0
アイドル「はぁ、可愛いなぁもうお前はホントに。この可愛さはもはや犯罪だよ」


猫は抱きしめられるとくすぐったそうに身を捩った。

膝の上に丸まるのが一番落ち着くらしい。


撫でるとまた喉を鳴らした。


アイドル「昔お母さんに捨て猫飼いたいってお願いしたことあったなー。お前みたいな灰色の、小さな猫」

猫「んにゃー」

アイドル「家は貧乏だったんだけどね、一生懸命お願いしたらお母さん『飼ってもいいよ。その代わり自分でちゃんと世話するのよ』って。嬉しかったなぁ。ちゃんと毎日猫っ可愛がりしたよ」

猫「にゃにゃ」


そのころからアイドルのお仕事がちらほら増え始めて、家を空けることが多くなった。

猫の世話が出来るのは三日に一度、一週間に一度、一か月に一度、……


アイドル「そうして死んじゃった。私が居ない間に」

アイドル「泣きそうに悲しかったけど、なんだか涙も出て来なくてね。知らない間に私、あの猫を可愛がるのを忘れちゃってたみたい」

アイドル「お仕事にかこつけて」


アイドル「反対に家はとても大きくなった。お母さんも段々変わっちゃってさ、最近は手帳ばっかり見て、目を見て話してもくれなくなっちゃった。これも罰なのかな。いきものの命を大切にしなかったっていう」


アイドル「もしもあの夢が本当なら、私は……」

猫「んにゃ」


バチンッ!!


ブレーカーが落ちるような音がして、身体が宙に浮いたように感じた。

270: SS速報VIPがお送りします 2015/04/01(水) 21:28:17.35 ID:CG1acOib0
アイドル「……ここ、どこ……?」


ゆっくりと目を開けると、そこは路地裏だった。

まだ太陽は沈まずに明るく、オレンジ色の光が雨水のたまったペットボトルに反射してキラキラ輝いていた。


猫はアイドルの膝にますます深く顔を埋める。


アイドル「ちょっ……と待ってよ、事務所は……?」


彼女はまだ自身の見た夢について半信半疑だったが、何か圧倒的な、摩訶不思議な力で瞬間移動したのは抗いようもない事実だ。

『能力』。


アイドル「え、これが、能力……でも」


彼女の能力は『これではない』。

彼女は周りに誰かいないか見回した。

猫しかいなかった。


猫しかいなかったのだ。


アイドル「まさか、お前の?」

猫「んなーお」


アイドルの問いに、猫はあくび交じりに答えた。

271: SS速報VIPがお送りします 2015/04/01(水) 21:49:07.69 ID:CG1acOib0

猫は不意に誰かの気配を感じてそっちにつつと寄っていった。

元々人懐っこい性格なのだろうが、野生にしては少々危機感がない。


アイドルが立ち上がって止めようとすると、辺りに安っぽい電子音が鳴り響いた。


ピピッ

     ネジレスウィンプ
≪『嫌な場所に移動する力』【S+】

『光を反射している』水の入ったペットボトルの側に移動する力。

能力使用者がペットボトルの側を通ったことがあるか、目視出来ているか、半径5m以内に存在しているかのいずれかを満たす。

一度移動したペットボトルの側へは再び移動できない。中身を入れ替えることでリセットできる。

またペットボトルの内容物は光を反射するものであればある程度自由である。≫


          ネジレスウィンプ
会社員「能力『嫌な場所に移動する力』……探しましたよぉ、まさか猫が持ち主だとはついぞ思いませんでしたが」

アイドル「誰っ!」

会社員「ああそんなに怖い顔をしないでください、怪しい者では……って?! おやおや、国民的アイドルがなんでこんなとこにいるんです?」

アイドル「……私を知ってるの……?」

会社員「そりゃ名前くらいは流石に。その猫を捕まえた後で、握手でもしてください」


本能的に言動や姿に敵意を感じた。

こいつは猫に害なす輩だ。


アイドル「その子は渡しません」

会社員「? いいじゃありませんか、そんなばっちい猫くらい、あなたには何の関係もないでしょうに」


ばっちい? 関係ない?

この男、いきなり現れておいてよくそんな図々しい発言ができたもんだ。


アイドル「あなたにだけは、絶対に渡しません」


アイドルは口元に手を当て、メガホンの形にした。

274: SS速報VIPがお送りします 2015/04/02(木) 01:07:42.19 ID:7ow8+xpt0
         リリットクエンス
アイドル「『声を文字に変える力』」

会社員「能力?! ……そうか、ギリギリ範囲外でしたか」


などと冷静を装いつつ、会社員は胸中穏やかではなかった。

何せ彼一人では全くと言っていいほど戦えない。

           バトルダス
確かに彼の能力『相手を知る力』は非常に有用であり貴重であったが、残念ながら他の『要らない能力』たちのように、要らないながらに戦える性質を持っている訳ではない。

もし、……いや、彼女が自身の能力の範囲内に入ると同時に、それは確信に変わった。


ピピッ

    リリットクエンス
≪『声を文字に変える力』【A+】

能力使用者の発声を文字に変え、物質としての性質を持たせる能力。

物質の形状は発声した(もしくはしようとした)文字に依存する。(例えば「あ」「亜」のように発音が同じでも形状が違う事がある)

文字の持つ大きさ、質量は能力使用者の声量と力量に依存する≫


彼女の能力は典型的な攻撃タイプだ。

つくづく運のない。


会社員「……なるほど、文字になって地面に落ちちゃったら声として伝わらないですもんね。立派な『要らない能力』というわけですか」


能力者同士の引き合う性質をもってすれば、会いたいと思った能力者に会える。

予想はやはり正しかったが、余計な、……余計でしかも強大なおまけまでついてきてしまった。


勧誘は失敗。

もう猫を捕まえるどころの騒ぎではない。


アイドル「あああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

会社員「いやぁ、これ逃げ切れたら神ですよ……」


路地裏で何て能力を使うつもりなんだ。

頭上に降ってくる巨大な『あ』に怯えながら、会社員は全力で駆け出した。

275: SS速報VIPがお送りします 2015/04/02(木) 01:18:45.39 ID:7ow8+xpt0
猫「にゃ」

アイドル「危ない!!」


落ちてくる瓦から猫をかっさらって走り出す。


能力を使ってしまった後で自分の軽薄さを実感した。

こんな狭い場所であんなでっかいものを落としたら自分にまで被害が出てしまう。


スーツ姿の男は逃げ出したようだが、アイドル自身は能力発動の反動もあってか一瞬逃げるのが遅れた。

走り出したはいいが、頭の中は十分に撹拌されてぐちゃぐちゃだった。


アイドル「どうしようどうしようどうしよう!!」

猫「ん、なーお」


    ネジレスウィンプ
『嫌いな場所に移動する力』


アイドル「どうしようどうし……、っはぁ、はぁ……アレ、……事務所……そっか、お前が移動させてくれたのか……」

猫「ん゛なー」


腕の中で猫は、テーブルに置いてあるペットボトルを恨めし気に見た。

やはり夕日を反射してきらきら輝くそれは、昔猫除けとして流行った代物に他ならない。


アイドル「……ありがと」

猫「んにゃーぁお」


こうして猫はアイドルのところに居る事になった。

猫にとってもアイドルにとってもそれは素晴らしい事に思えた。

276: SS速報VIPがお送りします 2015/04/02(木) 01:28:54.60 ID:7ow8+xpt0
―※―


男「能力者が現れなくなって二日…… 一応権利剥奪のリスクは、俺らがお互いに戦闘訓練をする事でどうにかなってるが……」

女「流石にお互いの能力がこうも割れてると戦いづらくなってきたわね。こんなんでイレギュラー……新たな能力者に対抗できるか心配だわ」

金髪「ま、とりあえずおっぱいでも揉みながら話そうぜ」

男「ああ、そうだな」

女「睦まじく死ね」


放課後の保健室。

彼ら以外に人はおらず、また、だからこそ変態保健医はここまでの言動が許されている。

               フ ァ ル コ
金髪「だってよー、私の『夜更かしする力』はマジで眠くならないだけだからさ、戦闘とか言って戦えないじゃん? 最近になって能力も成長したから『手をつないだ人の眠気も消せる』ようにはなったけどさ」

女「ま、それはそうだけど、上がった身体能力の使い方を覚える意味で、組手だけでも効果はあるわ。それに、能力が成長することも分かったしね」

男「俺も段数、高さがある程度増えたしな。女はどうだ?」

女「私は……そうね、『視線を固定』出来るようになったわ。今まで右を向いてるのは顔だけで視線をこっちに向けてるのとかもあったから」

278: SS速報VIPがお送りします 2015/04/02(木) 01:44:55.78 ID:7ow8+xpt0
男「ふーん……」


だがそれもこれも皆、お互いの能力の事はすっかり分かってしまっていた。

昨日戦ったから、今日は戦う義務もない。


男は携帯をいじりながら、何となく爺さんの、正確には息子さんが爺さんの代筆をしているブログに飛んだ。

更新されていたことに少し期待感を覚える。


『やはり他の能力者に頼るのは間違いだった。

その後2、3人の能力者に会ってはみたが、やれ金をやるから仲間になれだの、願いを叶えるのは一人なのに何故仲間にならなきゃならんだの、くだらん輩の多い事多い事。


呉越同舟という言葉を知らんのか。

それとも無茶を言っているのは私の方なのか。


いずれにせよ私は失敗した。

現に一人能力者が殺されていた状況を目の前にして、一人で戦うでもなく恐怖が勝り、背を向けて仲間探しに走った。

それがそもそも間違いであったのではと今になって思う。


唯一まともに取り合ってくれそうだった最初の三人は皆若かった。

私の勝手な希望で危険に晒すわけにはいかない。


これから一人で戦いに行く。

奴を倒さなければ。


何故なら奴は、正義とは程遠い場所に居る。そんな目をしていた。

奴の願いを叶えさせてはならない。


私はきっと負ける。

それでもいかなければならないと、そう思えるようになった。


奴の願いの阻止はきっと、私の願い以上に、世界にとって重要な事なのだろうから。』

279: SS速報VIPがお送りします 2015/04/02(木) 23:47:30.86 ID:7ow8+xpt0
男「皆、爺さんが危ない」

女「?」

金髪「どういうこと?」


黙ってブログを見せた。

それだけで事態を察するほどには三人とも能力者のバトルに馴れていた。


女「日付は今日ね。早速行きましょう」

男「行くってどこへ?」

女「決まってるわよ。お爺さんの経営している八百屋」

金髪「ええ?! あの人八百屋だったの?!」

女「昔ながらのやり方で作られた有機野菜を売ってるらしいわ。って、今はそんな事どうでもいいわね」

男「すぐ向かおう。何かできることがあるかもしれない」

280: SS速報VIPがお送りします 2015/04/03(金) 00:13:49.98 ID:t2q+u2Vf0
―※―


学校からはそれほど離れていなかったその八百屋の裏に、三人は到着した。


男「……ッマジかよ……!」

金髪「こりゃ冗談抜きでマズい事になってるねぇ」


恐らく知っていなければ目もくれないであろうそれは、やはり能力者である三人に向けたメッセージだったのだろうか。

     ア ポ ロ
女「『矢印を表示する力』……!!」


壁伝いにそっと空中へ浮かぶ、一本の赤い矢印。

長く長く続くそれは、爺さんまで続いているに違いなかった。

282: SS速報VIPがお送りします 2015/04/03(金) 22:26:53.37 ID:t2q+u2Vf0

男「ハッ……ハァッ……」

爺「……来たか」


矢印の長く続く先に、最も見たくなかった、しかしもっとも予想通りの光景が広がっていた。


男「爺さん……アンタ……」

爺「何、大したことはないわい。もうすぐ、孫、が、見れ」

女「お爺さん?!」

金髪「ジイさんッ!!」


血だまりの中に沈む老人。

紅い矢印はしっかりと彼を指さしていた。


爺「孫が、孫がな、見れる……ワシが、嫁に、孫を……かわいい孫を……」

男「爺さん喋んな!!」

金髪「もしもし、もしもし!!救急です!!市役所の裏にある空き地です!!急いで!!」

女「か、患部を……ッ、止血、しなきゃ、早く……」


爺「孫が見れるんだよ」


爺「孫が」

283: SS速報VIPがお送りします 2015/04/03(金) 22:33:25.55 ID:t2q+u2Vf0
-※-


医者「命に別状はありません。ですが出血が多すぎて脳に障害が残る可能性があります」

男「そう、ですか」

医者「風穴を空ける……こんな表現は使いたくありませんが、内臓を一部削るような形で身体に穴があけられていました。正直言って物凄い力なのですが、どうにも」

金髪「?」

医者「お爺さんは自殺でも図られたのか、と、そう思わざるを得ません」

女「……どういう、ことでしょう?」



医者「お爺さん、自分の肉片を握ってたんですよ。明らかに、誰かに握り込まれたのではなく、自分で自分の肉をむしり取ったとしか考えられません」


その後の説明は、全く頭に入らなかった。

285: SS速報VIPがお送りします 2015/04/03(金) 23:39:33.16 ID:t2q+u2Vf0

医者「お爺さんの腹部に処置を施す前の映像があります。ご覧になりますか?」

金髪「え、映像……?」

男「そ、その……あ、はい」

医者「では……」


その後三人は、映像室の様な場所へ通され、処置を施されていく爺さんの姿を見た。

映像では確かに爺さんが、自分の肉片を握っているのを看護師が取り外している。


肉片の付き方も握った力も、確かに医師が言うように爺さんが自分でむしり取ったように見えた。

『実際そうなのだろう』。


処置が本格化してくると、映像も頭に入らなくなった。



男「あの、映像見せていただいてありがとうございました」

医者「いえ……その、我々もお爺さんの奇行の原因を調べたいと思っておりますので。また何かあったら連絡いたします」

金髪「……」



三人を帰らせた後、彼は改めて横たわる老人に向き直った。


医者「ま、ああ言っておけば私の能力もバレはしないでしょう。幸いなことに相当焦っていたのか、身体能力が上がっている事にも気が付かなかったようですね。……おっと、この爺さんが側にいたならどちらにせよ疑われることはありませんでしたね」


医者は怪しい笑みを浮かべて幹部を軽く撫ぜた。

先ほどまで穴が開いていた場所には、ただれた火傷が浮かび上がる。


老人の手に肉片は、無い。


医者「案外面白いことが出来そうですねぇ、この能力……

   ラ チ ノ ー ゼ
『怪我の種類を変える力』」

医者「しかし、お爺さんの暴走に見せかけるのはちょいと無理矢理でしたか? まいっか、私は私で『20人目』を追うのを邪魔して欲しくありませんし」


医者「後はあの金髪か、何か勘づいたな。違法の映像まで簡単に見せたのはやりすぎだったか」

286: SS速報VIPがお送りします 2015/04/04(土) 00:17:45.33 ID:/w+6UcwJ0
金髪「明らかに違法な映像見せられてんのにこのガキ共、マジで信じやがったよ。第一あんな簡単に、こっちからの希望もないのに映像見せてくる訳ねぇだろ」


金髪「このタイミングであの医者……能力者だな」


金髪「何で爺さんの暴走に見せかける必要があったんだ? 誰か別の能力者がやったならそれでよかったろうが。自分がどうやって爺さんを倒したかを隠したかった? ……いや、爺さんにはまだ意識があった。気絶させるまで見届けているなら、病院に戻って爺さんを待つ時間はない」



医者「この荒い傷口は間違いなくアイツだ。『20人目』」


医者「神さえ欺く能力……爺さんは何が起こったかすらわからなかっただろうな。他の能力者と違ってヒトを殺すことに躊躇していない、でも結果的に見ればひとり脱落だ。運がいいのか悪いのか」


医者「早く奴を見つけ出さなければ。これ以上奴の能力を成長させれば『俺は奴を忘れるかもしれない』。そうなればおしまいだ」


医者「無理やりにでも何でも、『誰かが奴を探すのだけは防がなければ』」

290: SS速報VIPがお送りします 2015/04/04(土) 11:51:08.13 ID:/w+6UcwJ0

その夜。

              フ ァ ル コ
金髪「どーーも、『夜更かしする力』のかわいい巨乳でーーす」

医者「わざわざどうもすみません。でもこんな時間に何か用事とは……お爺さんの容体は安定して」

金髪「あーあー、そういうのいいんだわ、私。アンタどうせ能力者でしょ?」

医者「能力者……はて?何のこ」


ドッッッ!!


金髪「ほら、この身体能力はどうやって説明すんのさ?」

医者「せっかちなお嬢さんだ」


金髪の振るった拳を医師はしっかりと受け止めていた。


医者「ま、バレていたのなら隠すこともないでしょう。お互い戦闘に生かせる能力ではなさそうですし」

金髪「あら、アンタもそうなの? 気が合うねぇ」

       ラ チ ノ ー ゼ
医者「『怪我の種類を変える力』。負っている怪我を、それと同程度の別の怪我に変える力です」

金髪「ほーう、なるほどなるほど。それで爺さんのやられてたのを自傷に見せかけてた、って訳だな」

医者「映像まで見せたのは流石に露骨すぎましたねぇ、反省です」

金髪「くく、次に生かしたらいいさ。それで? アンタの目的は何だよ。まさか爺さんに能力を試し撃ちしただけですってんじゃないだろう?」

医者「……それは教えられません」

金髪「は?」

医者「それだけは死んでも嫌です」

293: SS速報VIPがお送りします 2015/04/04(土) 16:27:36.55 ID:/w+6UcwJ0
金髪「…てめぇ、そいつの仲間かよ。爺さんが病院に送られてくることも想定済みだった訳だな。ようやく合点がいったよ、証拠隠滅なんて狡い真似しやがって」

医者「断じて違う、奴は私の敵だ! 私は爺さんをやった奴を知っているが、そいつについて教えることはできないし、何の能力かも言えない」

金髪「わっかんねぇ奴だな。自分の能力はぺらぺら喋る癖に敵の能力は教えずにかばうとか」

医者「爺さんの怪我の原因を能力で隠ぺいしたことには謝罪します。でもダメだ、教えられない。 そういう能力なんだ」

金髪「……?」

医者「アイツを追う人数は今でさえもう飽和状態なんだ……、頼む」


何故懇願する。

乳は訳も分からず困り果てた。


そもそも隠ぺいした証拠を問い詰めに来たのに、隠ぺいした理由は結局わからずじまい、おまけにどうか知らないでくれと頭を下げる。

味方ならまだ分かるが、敵について教えられない?そういう能力?


信じられるかよ、そんな嘘っぱち。


でもとても、嘘をついている目には見えなかった。


医者「頼むッ……爺さんなら責任もって治すと約束する! そのほか出来ることは何でもしよう! だから、この件からは手を引いてくれ……!」

金髪「……分かったよ。とりあえず今日は帰るわ。爺さん見にまた来るぜ」

医者「ありがとう……」


アイツは妻の仇なんだ。


去りゆく金髪の背中に、そんな声が降ってきた。

295: SS速報VIPがお送りします 2015/04/04(土) 17:14:06.01 ID:/w+6UcwJ0
―※―


デブ「もぐ、ヤクザさん後一週間で退院だってさ」

警察官「出てきたら早速捕まえてやりますかな、もう能力者でもない訳ですし、ヌァッハッハァ!!」

兄「しーっ! 妹まだ寝てるんですから!」

警察官「おお!!そいつはすまなんだな、ナーッハッハッ!!」

兄「だからッ……」

デブ「あ、起きてきた」

妹「おにいちゃんうるさいぃい~……」

兄「ボクじゃない!この犯罪者だ!」

警察官「むっ!正義の使者に何たる暴言!逮捕する!!」

妹「あたまにひびくぅう……」


小さなビルの二階を借りて、そこが全員の寝泊りする部屋だった。

金のために集まった彼ら。


その事は皆もちろん分かっていて、でも彼らはそれを意地汚い事だとは思わなかった。

想う余裕がなかった。


そんな四人。

かつては五人。

297: SS速報VIPがお送りします 2015/04/04(土) 17:24:18.94 ID:/w+6UcwJ0
デブ「あ、ハンバーガー切れた」

兄「いや、切れたって一時間前くらいに5個はあったでしょう」

デブ「つるっと食べちゃったよ」

兄「そうめん感覚でハンバーガー喰われると食費に困るなぁ」

デブ「なーに言ってんの! ボクちゃんの食費以外かからないじゃない!」

兄「それは、まあそうなんですがね」

デブ「お腹すいたら言ってねー、ぺろぺろ」

妹「おにいちゃんおふろはいろー……」

兄「! ああ、入ろうか。朝シャンはダメだぞ、髪を傷める」

妹「うえー……今朝なのぉ……もうちょいねとけばよかった……」

警察官「若い者がそのような事を言うんじゃない!一に健康二に健康!! バハハぁア―――ッ!!」

妹「うぉぉおおぉうぅう……あたまがずぃんぐぁんするぅう……」

            パレットスケッチ
兄「あの人は後で『絵を具現化する力』でブッ飛ばそうね」

警察官「貴様ぁあああああああ正義の使者に以下略ぅううううう!!」

298: SS速報VIPがお送りします 2015/04/04(土) 23:16:35.12 ID:/w+6UcwJ0
兄「はぁー……」

妹「ほぁー……」


お湯につかった兄妹は一息。


兄「こうしてゆっくりお湯に浸かれる生活は久々だなぁ」

妹「そうだねー……おとさんが遠くへ行って、おかさんがいなくなってからなかったねー」

兄「……そうだね」


彼らはごく一般的な幸せな家庭だった。

崩壊した時兄が17歳、妹はたったの3歳だった。


父が交通事故で天に召され、幸せだった一家に極貧が訪れる。

売れるものは子供以外、身体も財産も全て売り払って、子供の世話にも生きる事にも疲れた母は、つまらない書置きだけを残してどこかへ行った。


典型的な不幸に見舞われた。

天啓的な、でもあながち間違いでないかもしれない。


彼らは両親を恨まなかった。

彼らに必要だったのは金だった。


金さえあれば幸せになれる。

一家が不幸になったのは金が尽きたからだった。


間違いなかった。


兄「頑張ろう」

妹「? うん!」

300: SS速報VIPがお送りします 2015/04/04(土) 23:23:17.86 ID:/w+6UcwJ0
デブ「イイ話だねぇ」

警察官「むっ、何の話だ?!」

デブ「いんやー独り言ですよ……あーん」

警察官「そうかそうか!ナーッハッハッハ!!」

デブ「もぐもぐもぐもぐ……あ、メールだ」


新たに買ってきたハンバーガーも底をつき、デブはぽんぽんとおなかを叩いた。


デブ「ふむふむ……さてと、行きますか」

警察官「むっ、どこへ行く?」

デブ「能力者狩ってくるんだよん」

警察官「むむむっ!!穏やかでない事態!!私か兄妹かのどちらかを連れてゆけい!!」

デブ「や、いいっすいいっす。ボクちゃんと会社員さんとで倒してくるんで」

警察官「そうか!!気を付けてな!!ワーッハッハッハ!!」

デブ「はい、気を付けます」

301: SS速報VIPがお送りします 2015/04/05(日) 02:02:21.35 ID:ld6ZwBRc0

会社員に呼び出されたのはとある工場だった。


デブ「おっまたー」

会社員「おや、来ましたか」

デブ「何? ここに能力者がいんの?」

会社員「ええ、もちろんまだお昼前ですから、勤務時間ですがね」

デブ「アンタ会社はいいのー?」

会社員「最近は有給取ってるって言ったじゃないですか」

デブ「んーーー」


デブは持参したハンバーガーにかぶりつく。

                          バトルダス
会社員「一度目視できる距離まで近づいて『相手を知る力』を使ってます。表示に気づいて顔を上げましたけど、またすぐ作業に戻りました」

デブ「能力使った事ないのかもねー。もしくは既に相当数やってるとか」

会社員「考えすぎですよ」

デブ「何にせよ、ファーストコンタクトで決まるねー」

302: SS速報VIPがお送りします 2015/04/05(日) 02:15:35.12 ID:ld6ZwBRc0

時刻は昼を回り、工場はどうやら昼休憩に入ったようだ。

作業員がぞろぞろと出てくる中に、一際大柄な、沈んだ表情の男が居た。


そいつが能力者。


会社員「では、ご武運を」

デブ「んーー」


作業員「はあ……」

デブ「どーしました、浮かない顔ですねぇ」

作業員「! ……あなたは?」

デブ「ただの通りすがりのぽっちゃりですよ。何かすごく沈んでたみたいだから心配になっちゃって」

作業員「はぁ、この辺通りかかりますか…… まぁ、ほっといてください、あなたには関係ない事ですし」

デブ「ん、そうですか、これは失礼しました。アナタの悩みが解決することを祈ってます」


ぎゅっ


作業員「……今、握手要ります?」

デブ「え? いや、あはは! これは失敬!ではでは」

作業員「はぁ……」


……


デブ「作戦成功だにゃ。元々戦闘向きの力じゃないんだけど、逆にだからこそ、あの人も能力者の仕業とは思うまい」

       エネルニューピー
デブ「『お腹いっぱいにする力』」

304: SS速報VIPがお送りします 2015/04/05(日) 17:51:50.71 ID:ld6ZwBRc0
ぼこん。


作業員「……ッ?!」


昼食を購入しようとしていた彼は、自分の中に明らかな変化を感じた。


腹が重くなった。

それも一気に何か詰め込まれたように。


作業員「はぁっはぁっはぁっ」


苦しい。

腹の中に入ってきた『何か』が喉の近くまでせり上がってきて、今にも吐き出してしまいそうだ。

腹が痛い。もちろん便意だって催す。


作業員「うぅうっ……痛ててて」

作業員「何なんだよ……ックソ、何で俺ばっかこんな目に……ぃいっ……あの、変な能力がどうたらいう夢も……何だってんだ……!」


痛む腹を押さえて前かがみになりながらトイレにつくと、そこにはやはり奴が居た。


デブ「やーあお兄さん。また会ったね」

作業員「て、ってめ……!!俺に何しやがった?! こんな……何だ、まさか盛ったんか、毒……!!」

デブ「いーんや、ボクちゃんの能力ではそんな物騒な事はできましぇん。ただアナタをお腹いっぱいにしただけでござんす」

作業員「能力……?!お前能力者なのか?! っ痛てて、とりあえず話はトイレに行ってからだ! そこをどけ!!」

デブ「嫌でござんす」

作業員「はっ……はぁ?! 何言ってんだ早くどけ! どいてくれ!!」

デブ「いやーアナタが気絶してくれるまで、どけませんなぁここは。もしどうしてもと言うのなら、ボクちゃんを倒していきなさい」

作業員「うぉぉおおおおぅううあああああちっくしょぉおおおおおおお!!!」


作業員は思わず力んでしまった。

臀部に更なる刺激がやってくる。


作業員「はああはあはあぁはあはあひぃひぃ」


足はガクガクと震え、脂汗が額を伝った。

腹の内容物は異常な速さで消化され、直腸へと導かれていた。


デブ「おやすみ。何の能力かも知らないけど」

作業員「ひっ……!」


ゴッ!!


尻に温かいモノを感じながら、作業員は意識を手放した。

306: SS速報VIPがお送りします 2015/04/05(日) 18:11:00.39 ID:ld6ZwBRc0
デブ「暗殺完了(ミッションコンプリート)ッ……!!」

会社員「いや、お見事。人間としての尊厳を貶めることにかけては、アナタの右に出る者はいませんね」

デブ「何故だ……何故こうなるッ…… ボクちゃんはただ、皆にお腹いっぱいになってもらいたいだけなのにッ……!!」

会社員「いやアナタさっき暗殺完了とか自分で言ってたでしょう」


デブ「ちなみにコイツの能力はなんだったの?」

             R X
会社員「ああ、『機能停止を同期する力』っていう、相手と自分の身体機能をおそろいで停止させる力ですよ。ランクは【B+】。例えば『目』を指定すればお互いに何も見えなくなる。発動条件は触れているか、お互いに目視し合っているかのどちらかですね」

デブ「あんらぁ、ボクちゃん案外危なかったじゃないの」

会社員「だからあえて言わなかったんですよ。意識するとかえって倒しにくくなるかと」

デブ「そーかなぁ。ボクちゃんはどんな相手でもオールウェイズボクちゃんだけど」

会社員「そうですね。では帰りましょうか、ここもそろそろ臭くなってきます」

デブ「そーだね」

307: SS速報VIPがお送りします 2015/04/05(日) 19:30:48.73 ID:ld6ZwBRc0
―※―


「学校の机が片づけられたその日、誰にも気づかれないまま、僕は人を殺してしまった」


「お爺さんが見ていたけれど、通報するとか、捕まえるという発想はすでに彼の中から消えてしまっていた。冷めた目だった」


「あるいはお爺さんが倒してくれないかとも思ったけれど、彼は今ベッドの中」


「僕が倒してしまった。深々と凶器を突き立ててしまった。いっそ殺していれば、誰かに気づいてもらえたかもしれないのに。傷が浅かったか」


「昨日は鏡に映らなくなった」


「今日は何が消えるのだろう」


「今自分で触れている身体が、見えなくなればもうおしまいだ」


「体温だろうか」


「音だろうか、感覚だろうか。明日消えるモノは何だろう」


「能力を手に入れてから随分と日が経ったように思う。一日が形容しがたい地獄になった」


「殺そう。殺し続けていればきっと、誰かが僕に気づいてくれる」

308: SS速報VIPがお送りします 2015/04/05(日) 19:40:47.64 ID:ld6ZwBRc0
出てきた能力

  ステアリング
『階段を創る力』【S】

  ラ イ ト ラ
『右を向かせる力』【A】

  バトルダス
『相手を知る力』【A】

  ギガノプラス
『衣類を重くする力』【B+】 脱落

  ゼノマゼンタ
『黒い虫を操る力』【B】 脱落

  パレットスケッチ
『絵を具現化する力』【S】

   フ ァ ル コ
『夜更かしする力』【C】

   ア ポ ロ
『矢印を表示する力』【C+】 脱落

   パラキオン
『血を噴き出す力』【A+】

   アドランダム
『無作為に召喚する力』【A】脱落

    ネジレスウィンプ
『嫌な場所に移動する力』【S+】

   リリットクエンス
『声を文字に変える力』【A+】

    ラ チ ノ ー ゼ
『怪我の種類を変える力』【B】

    エネルニューピー
『お腹いっぱいにする力』【A】

     R  X
『機能停止を同期させる力』【B+】脱落

310: SS速報VIPがお送りします 2015/04/05(日) 20:39:37.18 ID:ld6ZwBRc0
―※―


店員「こちらお釣りでございます」

貴族「……! 何だこの重厚感のあるコインは。描かれているのは平等院鳳凰堂? 作りも中々に細かい……」

店員「あ、あのお客様……」

貴族「大体我輩は品物を金で買ったのだぞ。これ以上に何を受け取れと言うのだ! 貰えないな、そのように貴重なコインは!」

店員「お客様、受け取っていただかないと困ります……」

貴族「何も困ることはないと思うが……そこまで言うなら仕方ない。恐縮だが、ありがたく受け取らせていただく。大切にすると約束しよう」

店員「あ、ありがとうございましたー……」


貴族「街にはやたらサービスの良い店が多いな。品物を買って礼を言うのはこっちだというのに向こうから頭を下げてくれるし、貴重であろう様々なコインを会うたびにくれる」

貴族「なんと温かな場所だろうか。山も静かでいいが、街も住むには便利で良いのかもしれんな。五月蠅いし人が多いのは好かんが」


静か。

自分で放ったこの言葉は、貴族に当初の目的を思い出させた。


貴族「そうだ、あの忌々しい能力者共め。貴様らが山奥を荒らしに来るから我輩自らがこの街まで降りてきているのであろうが。見つけ次第残虐の限りを尽くしてやる」


貴族は乱暴に包みを開くと、中に入っている物体にかぶりついた。


貴族「むごっ?! 何だこの背徳感のある旨みは?! だがこれを食べ続けると我輩は何かこう、おかしくなってしまいそうな気がする……むしゃ、うま」


中身は至ってシンプル。

パンでピクルスとケチャップ、それにハンバーグを挟み込んだものだ。

311: SS速報VIPがお送りします 2015/04/05(日) 20:56:06.19 ID:ld6ZwBRc0
デブ「……ん?」

貴族「おや?」


そして偶然にも、店のすぐそばで両者は出会った。

お互いの持ってる包みを見て、それから同じタイミングでかぶりついた。


デブ「んやーいいよねぇ、この安っぽい油臭さとかすっかすかのバンズとか。おまけに100円だし」

貴族「うむ、札一枚で100個も買えるとは驚きだった。しかし気になっていたんだが、100円とは何だ?」

デブ「あん? これよこれ」

貴族「それは希少価値の比較的低い方の銀コインか。そうか、それを100円と言うのか」

デブ「これがハンバーガー一個分の価値であり、ボクちゃんの友達」

貴族「なるほど」


むしゃむしゃ。

ハンバーガー一個の量なんか知れたもので二人はあっという間に食べ終わり、包みをゴミ箱に投げ入れた。


デブ「君はいい奴だな。ハンバーガーの良さをここまで分かってくれるとは」

貴族「ああ、君もいい奴だな。我輩に100円の事を教えてくれた」


二人は熱い握手を交わし、もう一度店内に戻った。

貴族は自分の持っているコインより札の方が価値があると知り、少しだけ慌てていた。

313: SS速報VIPがお送りします 2015/04/06(月) 00:53:59.40 ID:xqwoRmqN0
デブ「しっかし、100円も知らないなんてな」

貴族「買い物は全て使用人がやっていたからな……」

デブ「ひゅー、おっかねもちぃ」

貴族「らしいな。街まで降りてきて初めて知ったが」

デブ「街への憧れとかなかったん?」

貴族「感じなかったな。今となってはそれも不思議なことかもしれないが、我輩は監禁されるような生活を強いられていたのだ。いや強いられているとは違う……そうだ、望む、望むように仕向けられていた。そしてそれは、今でも変わらない」

デブ「へーえ、あんな山奥でひっそりと暮らすことを望んでいたのかい?」

貴族「正確には『望んでいる』だな。我輩はその生活を守るために降りてきたのだから」

デブ「そっかそっか。具体的にはどうやって?」

貴族「能力者を皆殺しにすることでだ」

デブ「……ほほーう」


貴族の屋敷でヤクザを回収したのはデブだった。

当然この貴族の答えも予想通り。知っていた。


デブ「それで二度と会いたくないって言ってたボクちゃん達にわざわざ会いに戻ってきたのねん。愛を感じるわぁー」

貴族「こないだ屋敷で会った時は、君がそこまで良い奴だとは思わなかったからね。あのヤクザの愉快な仲間たちは、総じてクズなのだと」

デブ「あ、ヤクザさんもう少しで退院だよ」

貴族「そうか。我輩を二度も殺しに来たやつの安否なぞ興味がない」

316: SS速報VIPがお送りします 2015/04/10(金) 02:13:01.63 ID:ClDemBeY0
デブ「んー、ヤクザさんにはもう興味なし、か。当然っちゃ当然かもね。もう彼は能力者ではない訳ですし」

貴族「そうだな」

デブ「じゃあ、ボクちゃんには興味あるかい?」

貴族「ん?」

デブ「君はボクちゃん達を殺しに来たんだろう?」

貴族「……殺されたいのか?」

デブ「殺したいんだよ」

貴族「君はいい奴だと思っていたんだが」

デブ「そうさ、ボクちゃんは誰に対してもオールウェイズボクちゃんであって、ボクちゃんはいい奴だ。でもボクちゃんとて理由があって能力者になって戦っている。君はいずれボクちゃんが倒さなくてはならないんだよ」

貴族「能力者になった、理由……?」

デブ「君はたくさん持ってるだろうけどね、お金が欲しいのさ」

貴族「君も金か……」

デブ「そうガッカリしないでくれたまえ。世の中お金だとは言わないけどね、世の中はとにかく金がかかるんだ」


デブはハンバーガーの包みを丸めた。

320: SS速報VIPがお送りします 2015/04/10(金) 16:41:01.02 ID:ClDemBeY0

場所を移して二人は、いつかに出てきた空き地についた。


貴族「……言っておくが、先に喧嘩吹っかけてきたのは君達だからな?」

デブ「そんなのどうでもよくなってくるもんさ」

貴族「君の仲間も全員後悔させてやる。我輩は売られた喧嘩を買わぬほど腰抜けではないぞ」

デブ「あっそ。ボクちゃん勝てない喧嘩を売るほど生活に困ってないんだけど」


一陣の風が、誰かが捨てたペットボトルを転がしていった。


貴族「君のような博識な友を失うのは惜しいな」

デブ「君のようなハンバーガー狂を屠らなければいけないのは、心が痛むようふええ」



パキッ


どちらかが小枝を踏みしめた音だった。


        エネルニューピー
デブ「『お腹いっぱいにする力』!!」

貴族「さぁ、来い」

322: SS速報VIPがお送りします 2015/04/10(金) 17:00:08.20 ID:ClDemBeY0
貴族「なっ……は、腹が!」

デブ「能力者と迂闊に握手するもんじゃないですよーん」


貴族の腹が眼に見えて膨らんだ。

すぐに腹筋で抑え込むが、当然中身は変わらない。


貴族「ふぅっ……腹に何か詰め込む力か……厄介な」

デブ「普段通りの動きは期待できないでしょう? ま、一番厄介なのはボクちゃんがお腹減るってとこなんだけどね」


デブは駆けだした。

帰属に比べればやや遅くはあるが、身体能力の向上もあって随分と速い。


貴族の懐に飛び込むと、腹部に体重を込めた拳を打ち込んだ。


デブ「チェストォオオオオッ!!」

貴族「げぼっカァハ……!!」


たまらず内容物が飛び出す。

328: SS速報VIPがお送りします 2015/04/10(金) 23:14:57.61 ID:ClDemBeY0
貴族の口からゼリーのような半透明の物質が飛び出した。

続けて繰り出されるデブの蹴りを横っ飛びでかわす。


初手からいっぱいいっぱいだ。


デブ「ホンラァづおしたの?殺すんじゃなかったの?」

貴族「……粋がるなよアザラシがッ……!」


口元を拭い、今度は貴族が駆け出す。

デブのそれよりは数倍速い。

勿論その拳も、蹴りも。


貴族「フッ!シッ!」

デブ「ボッ、ボクちゃんッ!実はッ!近接ッ!苦手でありましてうわぁあッ?!」


実はも何も体型で大凡判断が付きそうなものだが、デブに武芸のたしなみはなく、近接格闘はヤクザ以下。

吐いて体力を失った貴族ではあったが、その攻撃はデブにかわしきれるものではなかった。


貴族「ハッ!!」

デブ「がびぃっ?!」


たまらず吹っ飛ぶ。

329: SS速報VIPがお送りします 2015/04/11(土) 00:03:45.39 ID:93pVje0T0
デブ「がはぁ……ボクちゃんもゲが出ちゃいそうでぶ……」

貴族「君……えげつない能力を持ってるんだな……」


貴族はまだ腹が重く、思わず尻餅をついた。

臍の下あたりがじくじくと痛む。


デブ「大腸がおかしい時にそこが痛むらしいね」

貴族「何を余裕ぶって……痛てて」

デブ「早くしないとゲよりもっとヤバいものが出てきちゃうかもねぇ」


デブはゆっくり立ち上がった。


デブ「うんことかさぁ……!!」

貴族「君……人間の尊厳を貶める天才だな……!!」



そして、この空き地にトイレはない。

330: SS速報VIPがお送りします 2015/04/11(土) 00:11:53.11 ID:93pVje0T0
時間が経つにつれ、貴族には余裕がなくなっていった。

すらりと背筋の伸びた立ち姿はそこにはなく、今はもう老人のように前かがみになっている。


デブ「ほらほら、陣痛が来ただろぉ?!」


煽り文句も最悪の極みだが、デブの能力はこうして使うのが最もバトルに生かされ、かつ『大抵の能力より遥かに強い』。

毒や精神攪乱などもそれに当てはまるが、内臓をはじめとした『人体の内面に作用する能力』の最大の強み。


強さの無効化。


デブ「せいぜい肛門挙筋を閉めておくんだな!」

貴族「クッ……!!」


貴族は貴族でもちろん驚いていた。

こんな能力が何で強いんだ?


他人を満腹にさせるなんて普通ではまず戦闘に生かそうなんて考えない。

要らない能力の『要らない』が何で判断されるのか知らないが、慈悲に満ちた良い力ではないのか。


それをこんなでたらめな使い方があるか。


こんな負け方だけはプライドが許さない。

しかし勝ちを優先すればもっとプライドが切り裂かれる事態がやってくる。


貴族は納得のいかない手詰まり感を感じながら、地面に膝をついた。


デブ「うっふん、ボクちゃん辛くも勝利」

貴族「クソ……」


屈辱だ。

331: SS速報VIPがお送りします 2015/04/11(土) 00:15:54.55 ID:93pVje0T0














「君達には、僕の声が聞こえるかなぁ?」














340: SS速報VIPがお送りします 2015/04/11(土) 17:30:27.90 ID:93pVje0T0
はぁ。


デブは止めを刺そうとしていた手を止め、ため息をついた。


デブ「あー…… マジか」


ゲームオーバーだ。

小さく呟いた声はかすかに震えていた。


「アハ、聞こえた?聞こえたんだね? 嬉しいなぁ」

貴族「なんッ……だ、コイツは……」

デブ「驚いたね。まだ姿が見えるんだ」


20人目。


流石に背筋が凍る。


デブ「独りは楽しいかい」

「毎日が地獄だよぉ。アハハ、でも嬉しいなぁ、君達には僕の声が聞こえるんだね? アハハ、まだ足りないなぁ、あーどうしよ、殺すか、殺してまた誰かに気づいてもらおう」

341: SS速報VIPがお送りします 2015/04/11(土) 18:18:04.44 ID:93pVje0T0

デブ「すごいでしょ? 『「事象」もしくは「事象に対する認識」を変えることのできる』神の力の姿だよ」

貴族「な、なんなんだッ……能力者……なの、か、いや、……果たして人間……なのか? それすらも!!」

デブ「あー気持ちはちょっと分かるけど、同じ人間だからそれ禁句ね。あの人は『そういう能力』を貰ってしまった、ただそれだけの悲しい、運のない人。会社員さんの能力でも、あの力の詳しい情報は掴めなかった」


デブ「唯一分かっているのが」


自分の意志で、発動を止められないという事。


「そうだねえ、でも気づいてくれただけで僕は嬉しいんだよ。神さまだって僕の事忘れちゃうんだからさぁああぁああアァア? ひどいよねぇええぇえ?」

デブ「うん、そうだね、その通り。君に殺されるのかと思うと心が痛むナリ」

「何でだい? 自殺として扱われるから? それとも能力に未練があるのかい? それとも、君の横で蹲るその男に未練があるのかい?」

デブ「全部かなあ。まあでも」




デブ「こっちはテメーに友達殺されてなァ、腸煮えくり返ってんだよクソがァ!!」


「ああ……いいよ、僕に感情を向けろ。 もっと、もっとだ」

345: SS速報VIPがお送りします 2015/04/12(日) 02:24:21.88 ID:ikpW4typ0
デブ「お前、何日か前に女殺してんだろ」

「ああ、そうだったかな。もう誰をどう殺したかなんて覚えてないけど、そうだった気がするよ」

デブ「俺の友達だ。 つい最近、医者の嫁になったばっかだった。幸せになるはずだった」

「へぇーそう。 んじゃご愁傷様です」

デブ「テンメェ……!!」


デブのこめかみに血管が浮く。

能力を得て以来初めて見せる激昂だった。


デブ「おいジャンクフード貴族」

貴族「何だジャンクフードデブ」

デブ「お前の能力はきっと、コイツを倒すために必要になると思う」

貴族「だからどうした」

デブ「逃げろ」

貴族「……は?」

デブ「逃げろっつってんだ。二人まとめてコイツの餌食になるよりゃ良いだろ」

貴族「何を馬鹿な…… 我輩も加勢」

デブ「いいから逃げろっつってんだよ!! 分かんだろ、コイツが本気で能力使やぁ俺らなんか殺すくれぇ訳ねぇんだよ!! さっさと逃げやがれ!!」


貴族はデブの目に涙が見えた気がした。


デブ「お前みたいなハンバーガー狂をみすみす死なせるのは惜しい。 今日コイツに出会ったのは完全にイレギュラーだがね、まぁ、その、何だ……ついさっき会ったばっかの奴に言うのは気が引けるけど」






デブ「後は頼んだぜ」

350: SS速報VIPがお送りします 2015/04/12(日) 12:42:39.66 ID:ikpW4typ0
デブは組織とは切り離して、個人的に20人目の調査を行っていた。

友達が殺された。

理由には十分すぎる。


友達が結婚したという医師に連絡を取ると能力者だったので驚いた。

彼も能力で大それた事をするつもりはないが、当然妻の仇は取りたいとの事。


奴を殺してやりたい。

しかし二人の能力ではどうしても、『20人目』には太刀打ち出来そうもなかった。


デブ「だから、仲間を集めたんだ」


金が要る、というのはあながち間違いではなかったが。

彼自身の元々の肥満体型は病によるものであるし、その治療には金がかかる。


デブは組織に入ると会社員の能力で敵の能力を知り、また兄妹ならば奴に勝てるかもしれないと希望を持った。

だが『20人目』を追う人数は少ない方が良い。


会社員と打ち合わせをして、組織には『20人目』の存在のみを知らせてそこまで興味を抱かないよう仕向けた。

病院に待機して『20人目に殺された人間』を待っている医師と連絡を取りながら、少ない人数で20人目の調査に当たった。


そしてデブは貴族の存在を知る。

351: SS速報VIPがお送りします 2015/04/13(月) 17:08:30.00 ID:5japSbgl0
   パラキオン
『血を噴き出す力』。

この力にはある強烈な特徴があった。


単純に能力としての強さ考えただけでなく、この能力は『20人目の能力』と相性がいい。

想定している最悪の事態に陥った場合でも効果を生むのではないか。


そう考えた。

この力が欲しかった。


しかし貴族はデブたちをよく思っておらず、また能力者を倒すことにそれほど積極的ではなかった。


だから貴族の屋敷に行った日、決めた。


彼はすごく強くて頭よさそうで、山奥の平穏を何より大切に考えていて、人にあまり会いたくなさそうで、人を殺すことをためらっていなかった。

『だからきっと次は自分を殺しに来るだろう』。


もしそうなれば能力者として彼を倒そう。


もしそうならなければ――――




「さぁ、痛みだ」


口から血の塊をごぽりと吐き出して、デブは笑った。

何故ならデブの思い描く最高の形で、この劇は幕を閉じたのだから。


デブ「見で、ろよ゛化物」


後ろに貴族は居なかった。

352: SS速報VIPがお送りします 2015/04/13(月) 18:29:23.64 ID:5japSbgl0
―※―


夜。


一度も後ろは振り返らなかった。

振り返るのは裏切りの様な気がしてためらわれた。


酸素をここまで失ったのはいつぶりだろうか。


今何のために動いているのかさえもおぼろげなまま、とにかくデブの言うとおりに身体は逃げた。ひた走った。

視界がどんどん狭くなっていって、たどり着いた先がそこだっただけなのだ。


これも神に定められた運命だった。


貴族「君」

男「……誰、ですか……?」

貴族「能力者だ。それだけ言えば十分だろう」

男「!! 新手のッ……」


目の前の若い男は身構えた。


貴族「頼む」

男「?!」

貴族「一緒に奴を倒してほしい」


頭を深々と垂れた貴族は、ひどく安心した顔をしていた。

353: SS速報VIPがお送りします 2015/04/13(月) 22:24:32.35 ID:5japSbgl0

貴族は自身の変わり身の早さが不思議にも思えた。

根絶やしにしたかった能力者に今こうして頭を下げるほどの価値が、まともに話して一日も経っていないあの太った男にあったというのだろうか。


走った『結果』は、その場の雰囲気に流された感情ともとれる。

何より今までの自分なら、会って間もない他人に心を動かされることを善しとしなかっただろう。


でもそう思いたくはなかった。

出会って間のないにもかかわらず、心を動かしてくれるような誰かが居たことが、嬉しかったのかもしれない。


きっと奴の様な人間を『友達』というのだ。

貴族は勝手にそう思う事にした。


勝手に思っていても向こうも実はそう思っている。

友達とはそういうものなのだ。


貴族「頼むッ……、奴に友達が殺されたのだ!!」


だから貴族はこういうセリフを自分が放つことにも違和感を感じなかった。


男「『奴』……って、アンタ……!」


男はかつて老人から聞いた台詞を思い出しながら貴族を見ていた。

358: SS速報VIPがお送りします 2015/04/14(火) 17:29:39.75 ID:VWUlC8Vq0
――――
――


日をまたいで土曜日。

貴族を含めた四人で話し合おうという事で、一度男の部屋に集まる事になった。


男自身も詳しい話は聞いていなかった。

金髪が医者から何らかの説明を受けていたらしいことを、この場で初めて知った。

あの場で全てをうのみにしてしまった自分が恥ずかしい。


貴族は貴族で男に仲間が居る事に驚いていた。

『生き残った一人』という条件であれば単独での行動がセオリーだ。


仲間を作って戦う方が主体になろうとは、神も予想していなかったに違いない。


とにもかくにも四人は顔を突き合わせ、情報の擦り合わせを行った。


金髪「まずいね」

女「由々しき事態ね」


貴族から話を聞いた女性陣は早々に吐き捨てた。

          エネルニューピー
金髪「結局『お腹いっぱいになる力』は失われて、肝心のそいつが野放しって訳じゃん。まずいよ、聞いた話から察するに、こっちからの索敵がまず不可能ジャン」

女「『ヤクザ』って人の仲間に、探索系の能力の人が居たって話だったわよね」

貴族「ああ、『カイシャイン』だ。デブはそう言っていた」

女「でも、その人の能力でも詳しいところまでは分からなかった……と」

貴族「そうだな。索敵がどこまで、どの精度で出来るのかは我輩は知らん。ただヤクザと戦う前にはもう知られていたぞ」

女「一度その人に会ってみる必要があるわね……」



金髪「いや、多分もう間に合わん。無理だ」

女「!」


金髪は手を頭の後ろに回した。


金髪「あちらさんが野放しにされていた一晩、何もしていなかったと思うかい?索敵なんてそんな『危険な』能力者、アタシだったらまずほっとかないけどねぇ」

359: SS速報VIPがお送りします 2015/04/14(火) 17:49:38.61 ID:VWUlC8Vq0
男「万が一の可能性はないか? ホラ、まだ危険な能力者も居るかもしれないし」

金髪「そりゃ可能性の話さ、確定じゃないよ。でも知らない怖い能力者より、知ってる怖い能力者をまず殺したいと思うのが普通だよ。特に能力の特徴考えたら明らかに『見つけるのが一番難しい』。距離の問題じゃなくね。戦闘でもまともに戦らせてもらえるかどうか」

貴族「向こうから来るのを待つしかない以上、我輩たちが下手に動くとさらに数を減らされるぞ」

女「この『例の奴VSその他能力者』っていう構図は果たして正しいのかしらね」

男「爺さんのブログにも書いてあったし、俺達も現にそう思ってるじゃないか。『コイツは勝たせたらまずい』って」

金髪「ここに来てド重い化物が出たわね。初めの方出会ってなくてよかった~~~……」


結局、話し合いは明確な結論も出ないまま終わった。

確定しているのは今日の夜、『会社員もしくはその仲間を探して歩く事』。


きっと誰かしら見つかるはずだ。


だがこうしている間にも次々に能力者を減らされている。


次は自分の番かもしれない。


途方もない恐怖に、男は背筋が凍った。


男「皆、単独行動だけはしないようにな」

女「一番しそうな奴が何言ってんのよ」

362: SS速報VIPがお送りします 2015/04/15(水) 14:37:04.09 ID:XyZumNokO

―※―


会社員「おやおや、来ましたね。 定年前のおじさんには少々過ぎた相手ですが……ま、そうなりますよね」

「アハハ、まだ聞こえる人いた」


時は遡り、昨夜。

ぽつぽつと灯りの見える住宅街で二人は出会った。


会社員はメガネの位置を直す。

羽虫のたかる街灯は確かに20人目を照らしていた。

   バトルダス
『相手を知る力』の表示すら発動しないか。

大した力だ本当に。


会社員「もう、影がありませんねぇ」

            バトルダス
「ああああ、君は『相手を知る力』だもんねぇええ、へぇえ分かるんだァやっぱ、能力がどこまで進行したとかさああああ」

会社員「進行……面白い言い方ですが、正確には『成長』ですよ。 常時発動していれば能力のレベルが上がる。当然ですね」

「そうだね、その通り……」


いつ『忘れてしまう』だろうかとひやひやしたが、出会えてよかった。


「じゃあ僕の成長の糧にさ」


「なっておくれよ」


目の前で化物が、顔をこちらに向けた。


363: SS速報VIPがお送りします 2015/04/15(水) 17:11:36.66 ID:d8DTi0Gv0

警察官「フンッッッ!!」

「がっ……」


衝撃。

化物はもんどりうって倒れたらしい。


警察官「危ないところでしたな!!本官が駆けつけていなければやられていましたぞ!!ンナーッハッハッハ!!!」

会社員「すっごいヒーローっぽい感じで来ましたね、また……」


作戦通り……と言えば聞こえはいいか。

   バトルダス
『相手を知る力』をエサに、警察官には別場所で待機してもらっていた。


警察官「しかし本官、このような化物を相手取るのは初めてですな。殴った感触すらおぼろげとは奇怪な」

会社員「それでもその感触、強くイメージづけてください。ここで決めます」

警察官「むぅ、また随分とやる気ですな」

会社員「奴に興味を持つ人間が増えるほど奴の力が強く働きます。なるべく能力者との戦闘を経験させたくありません」




奴が起き上がるのが『見えた』。

ここまではっきり目視出来るとは、相当殴られたのが衝撃だったようですねぇ。


「くは、はは、痛ぇなぁ、お、とさんにも、ぶたれた事ないのに、あハ」

会社員「クリーンヒットしてるとは思えません。来ますよ」

警察官「うむ」


警察官が両手に力を込める。

能力発動だ。


        ボクノドラゴン
警察官「『龍の幻を見せる力』!!」

「へぇ、これはまた……」

367: SS速報VIPがお送りします 2015/04/16(木) 00:44:36.08 ID:niAW0npe0
会社員「実体を持っていないのが不思議な位のリアルさですよね。幻とはよく言ったものです」

警察官「ナッハッハァ、褒めても何も出んぞ!! 幻から1m以内に入れば透けて見えるのが難点だがな!!」

「……本当にそこに居るみたいだ…… 影もあり、息遣いすらも聞こえるような……」

警察官「幻だと分かってからが本番だな。 まやかしの龍は囮に、そして本官の鍛え上げた肉体こそが切り札よ!!」

会社員「全く、丸聞こえですよ。 ま、教えられて避けられる能力ではないですからね」

警察官「まずは龍の陰に隠れ」

会社員「ちょっと待ってください!!これからの行動全部言うつもりですか!!」


「いいなぁ、僕にはもうない影」


しかし二人のやり取りは、20人目には全く聞こえていないようだった。


「いいなぁ」


「殺したいなぁ」

警察官「むぅッ、参る!!」



「『※※※※※※※※』」


二人は確かに、発動の声を聴いた。

368: SS速報VIPがお送りします 2015/04/16(木) 00:55:12.56 ID:niAW0npe0

「あははははははははははははははははははははははは」

会社員「嘘……ボぽ、がは」

警察官「な、にが、起こ」

「あはははははひゃはははははははははははひひひひひひはははは」


発動、

発動。

発動!!


20人目は自分の意志で能力を発動させた。

『それまでも発動していたにもかかわらず』。


この能力に限って言えば、自分の意志での発動と常時発動している状態とでは根本的に異なる。

能力を使いたいと思う意志が、意図が、能力を『進化』させる。


警察官「だッ……誰だ!!本官を刺した不届き者は!! 出てこい!! 出てこォオオオい!!」

会社員「え、何、で私、刺され、あれ? 血?何で何で何でうわぁああああ腸が出る出る出るでるで」


「あははハ」


「ボク、誰ニモ分カラナクナッチャッタ」


血だまりに沈む二人はもう、『誰に刺されたのかも忘れてしまった』。

強烈に20人目を思い描いていた二人は、彼に関する全てを忘れて、理不尽な刺し傷に絶望した。


阿鼻叫喚の中、20人目は笑う。


「アト何人ダッケ、アハハ」

370: SS速報VIPがお送りします 2015/04/16(木) 10:53:40.97 ID:cgXDrrMXO
―※―


アイドル「にゃーにゃんにゃごにゃー」

猫「んにゃあー」


場所は変わり、ここはアイドルの事務所。

今日の仕事を終えた彼女の楽しみは猫と遊ぶこと。


もちろん事務所で猫を飼うなんて……と最初は渋ったマネージャーだったが、案外わがままが通じるタイプだったので安心した。

昨日に至ってはアイドルに隠れて高級なエサまで買い与えていたようだ。


アイドル「ホントによかったねぇお前は」

猫「んにゃ」

    ネジレスウィンプ
『嫌な場所に移動する力』……だっけ。

猫は水入りペットボトルに反射する光を嫌がると言うけれど、今ではもう慣れちゃって、側を通っても知らん顔だ。


アイドル「ってことは最強能力じゃない……」

猫「にゅ?」

アイドル「それに比べて私のはでっかいしがさつだし危険だし……何なのアレ」

   リリットクエンス
『声を文字に変える力』。

でっかい文字上から落とす以外に何に使うのアレ。

371: SS速報VIPがお送りします 2015/04/16(木) 17:58:55.01 ID:niAW0npe0
アイドル「はぁーあ、あれから敵みたいなのも来ないし、日常は日常だし…… 少年漫画とかそれなりに読んでるから、こういう展開に憧れなかった訳じゃないんだけどなぁ……能力って使いどころなかったら思ったより普通なのね」

猫「にゃ」

アイドル「もうけっこう時間遅いな…… 暇だし散歩しようか」

猫「んにゃ」

アイドル「え? マネージャーさんに黙って出ていくのは良くないって? 大丈夫よ、アイドルはいたずらっ子の方がかえって愛嬌あるもんなんだから」

猫「にゃー……」

アイドル「さーそうと決まれば行こうか。 着替え着替え」

猫「なー」


眼鏡をかけて程度でも印象は変わるもので、アイドルは『ばれない』いつもの格好で外に出た。

隣りには猫。


繋いだことはなかったが、猫は彼女の傍を離れることはなかった。

見た目以上に賢い奴だ。


アイドル「ゆーやけこやけで日が暮れて―」

猫「んーにゃーあー」


鈍く光るオレンジを二人でてくてくと歩く。

灯りをつけ出した遠くの飲み屋街や、紫の雲が浮かぶ空が綺麗だった。




「アハ、一人ト一匹」

372: SS速報VIPがお送りします 2015/04/16(木) 18:18:08.63 ID:niAW0npe0
兄「させないよ」

「!」


声に振り返れば、般若のような表情を浮かべた男が立っていた。

その膝にすがるように、少女。

        パレットスケッチ
兄「……『絵を具現化する力』。出ておいで、『ひるひら』『ヨズ』」


兄の肩に鳥(?)と、足元に小さな妖精(?)が出現する。

二体のイラストは持ち主とリンクしているのか、やはり怒りを目に宿していた。


妹「おにいちゃん、あの人が、そうなの?」

兄「ああそうだよ、皆をやった人」


「アハハハ、三人ト一匹、大漁大漁」


妹「怖い……」

兄「大丈夫。ボクが全部終わらせるから」

382: SS速報VIPがお送りします 2015/04/19(日) 15:05:54.01 ID:ND28H22U0
    パレットスケッチ
「『絵を具現化する力』……現実二モノヲ出現サセル能力ハランクモ高イヨネ」


最強に見えて、実は驚くほどの『制約』があるこの力。
 
          アドランダム
ある意味で『無差別に召喚する力』なんかより遥かに使い勝手が悪いし、運試し的要素が多い。


まずこの力にはコントロールという概念がない。

簡単に言ってしまえば極小サイズの『天地創造』だ。


コントロール出来るようになるまで人の一生を10回は使う。


加えて『制約』。

想像したものなら何でも具現化できるわけではないし、想像したものがそのまま出てくることもない。


発動条件は全能力中最多と言ってもいい。

四歳以下の子供、という制約ですら全然序の口だ。


兄「『ひるひら』、魔法いける?」

『ひるひら』「deKisy,……AliOva HHilazo Hyadalco」

兄「やっぱり喋れないか」


喋らせる要素は優先度が低かったからしょうがない。

とりあえず『了解』ということなのは伝わった。


まず『何らかの性質を持たせる』のがトンデモなく難しい。

戦えるような傑作なんてそうそう生まれない。


『ひるひら』「KK09PriOva NZLOva AliOva」


妖精(?)の掌に氷の欠片が集まっていく。

魔法は使えそうでなによりだ。

383: SS速報VIPがお送りします 2015/04/19(日) 15:49:05.72 ID:ND28H22U0

兄「『ヨズ』、風」

『ヨズ』「FwentoLL Siamo,,*R BEdd*,,」


フクロウの様な形をしたいびつな『ヨズ』。

肩から飛び立つと空中で羽ばたき風を送り出した。


妹「お兄ちゃん……」

兄「大丈夫、僕より前に出るなよ」


『ひるひら』の氷と『ヨズ』の風が合わさり、吹雪のようになって襲い掛かる。

この二体ははっきり言って傑作だ。

既に戦いで壊れてしまった『くまくま』も『アドマリオ』も超える大傑作だ。



目の前には夕暮れの道が広がるだけ。


見えないな、やはり。

雪が積もって『形』になればいいのだけれど。


「ハハ、アハ……寒イ、ナ……コ、レヴァイゲナビ……」


そう上手くいかないか現実は。

大傑作と言っても何でも出来るわけじゃない。


雪は体温で解けるし、吹雪を当てたくらいで人間は壊れない。


必殺の一撃にはならない。

387: SS速報VIPがお送りします 2015/04/19(日) 21:32:40.21 ID:ND28H22U0

妹「……居るのは分かるけど、みえないね」

兄「そうだね。やっぱり僕一人で戦うしかないみたいだ」


   ネジレスウィンプ           リリットクエンス
『嫌な場所に移動する力』と『声を文字に変える力』はもう離れただろうか。

巻き込みたくない、というより一緒に戦って全滅した場合のリスクが大きすぎる。


権利剥奪についても同じ理由で危惧していたから、頃合いを見て軽く戦いに行こうと思っていた。

二人で一緒に居るなら大丈夫だ。


僕と妹がそうだった。


「ケハ、邪魔ダナ、氷」

兄「……マジかよ」


音はしなかった。

だが確かに変化した。


何となく雪が引っかかり、積もっているまでは行かなくとも『当た』っている場所から、完全に『あった』何かが消え失せた。

まさかとは思ったが、接触する物質の選択か。


随分身勝手で主観的な力だ。


「ドォオオオコニィイッタンデショウネェ、エヘ、エヘ、エヘ」

兄「かくれんぼならいつも妹としてるから得意だよ」


足元を見る。

吹雪を選んだのは失敗だったかもしれないな。

388: SS速報VIPがお送りします 2015/04/19(日) 21:47:47.67 ID:ND28H22U0

微かに水滴が浮かんでいる箇所がある。

あそこは高さ的に顔か?

全ての物質に対しては出来ないようだ。


地面さえもすり抜けてしまえば立ってもいられなくなるからな。

服だって。

脱いでるかもと思うと面白かった。


「サァ、吹雪ハモウ効カナイ。 ドースル? 死ンドク?」

兄「それはごめんだね。 妹がまだ小さいから」


とは言ったものの、怖い。

遠隔攻撃は効かず、見えない敵に対して近接で挑むのは無謀だ。


兄「すごいな全く、ハハ」


間近で見てみて、対峙してみて、ここまで馬鹿げた差があると笑えてくる。


実力じゃない。

単純に能力の差だ。


途方もないな。


「ドースル?」


どうやって倒すんだこいつは。

390: SS速報VIPがお送りします 2015/04/20(月) 01:30:30.07 ID:bLu2YhP90

兄「……仕方ない」


僕達ではコイツは無理だ。

頑張りや精神論でどうにかなる世界じゃない。


せめて貴族がいればまだ戦いようがあったが、奴はきっと僕たちを恨んでいるはずだ。

説得どころか殺されないようにするので手一杯だな。


兄「『ひるひら』『ヨズ』、戻って」


スケッチブックを広げると、彼らは光と共に二次元に帰った。


「プハ、マサカ逃ゲンノ?僕ノ能力ハ機動力二欠ケルカラ逃ゲラレルカモシレナイケドサ、先二喧嘩フッカケテオイテ逃ゲルノ?」

妹「おにいちゃん」

兄「一旦退くよ。おいで」

「ダッサ……死ネヨ」


ここで退いてしまえば次はいつ出会えるかも分からない。

それでも、どんなに恰好がつかなくても退かなければならなかった。


それだけ怖かった。


大丈夫、味方になるかもしれない能力者を二人も救えたんだ。

今はこれでいいんだ。


それだけを免罪符にして、日の暮れかけた団地をひた走った。


妹「はぁ、はぁ」

兄「……態勢を、立て直さなきゃな……」


ダッサ。

奴の最後の言葉が、妙に追いかけてきて気持ち悪かった。

391: SS速報VIPがお送りします 2015/04/20(月) 02:05:56.90 ID:bLu2YhP90
―※―


紳士「こんばんは、可愛い猫ですな」

アイドル「! こんばんは」

猫「んにゃ?」


もう事務所のある通りまで帰り着いていた一人と一匹は、くるりとお洒落に口ひげを巻いた紳士服の男に出会った。

どこかのパッケージにいそうな顔だ。

何とはなしにチャップリンを連想した。


紳士「お嬢さん、こんな時間に出歩いていたら危ないですよ。世の中は危ない大人で溢れているのですから」

アイドル「まだ日も沈みきってないし、全然平気ですよ。こう見えて、もう10なんですから」

猫「にゃにゃ」

紳士「10歳とは……最高ですなぁ」

アイドル「何がです?」

紳士「あぁいえいえ、こちらの話です。どうかお気になさらず」


紳士は尤もらしく咳払いをした。


アイドル「おじさんは何してるんですか?」

紳士「私も、あなたと同じようなものですよ。家にいると退屈なので、お気に入りの服で散歩をば」

アイドル「うんうん、素敵なお洋服ですもん!」

紳士「着られていると家内には笑われるのですが。お褒めに預かり光栄です」


初対面の人は芸能界で慣れっこだったが、この男性は柔らかい物腰で話しやすい。

アイドルは無条件に好意を持った。

397: SS速報VIPがお送りします 2015/04/23(木) 11:09:33.86 ID:sXnFhMogO

紳士「おっと、もう日も暮れますな。呼び止めてしまって申し訳ありません。早くお家に帰られてください」

アイドル「お家……そ、そうですね! そうします!」

紳士「? ええ、またお会いしましょう」

猫「なー」

紳士「ああ、もちろんあなたも」


颯爽と去っていく紳士は、チープな言い方で言えば『かっこ良かった』。

あんな人と友達になれたらいいな、と思った。


猫「んにゃ?」

アイドル「何でもないよ。 さっ、帰ろっか」


事務所に帰ればまた、忙しい日常が待っている。

昔憧れていたこの世界は今は、ひどく息のしづらい空間になっていた。


居心地はさほど悪くはないけれど。


アイドル「ちょっと」


疲れちゃったな。

能力という非日常にさえ、わずかな期待を抱いてしまいそうになる。


隣りの芝は青いとはよく言ったもので、自分にない反対側の世界が羨ましいのかもしれない。

398: SS速報VIPがお送りします 2015/04/23(木) 11:17:31.99 ID:sXnFhMogO
―※―


同時刻、高校付近。


男「よりによって帰宅時間に来るなんてな…… またあいつに怒られそうだ」


気配を感じた。


もしかすればそれは気のせいかも知れないし、短い間ながらも能力者として生活したことで身についたスキルかも知れない。


とにかく背中に何かを感じた。

そしてそれは正しかった。


男「新しい能力者か……後何人居るんだよ、いい加減にしてくれ」


振り向けば目の前を歩いてくる人影。

姿が見える時点で『例のアイツ』ではない事が僅かばかりの安心だった。


今奴とタイマンで勝てる実力はない。

現れたこいつにもあるいは。


男「でも、戦って勝たなきゃいけないんだよなぁ」


上がった身体能力で大抵の事は試してみた。

後はそれが、目の前の相手にどれだけ通用するのか。


ここで勝たなければ先はない。


男「さぁ、来いよ」


相手は静かに、目の前の電柱を破壊させて答えた。



≪5Combo! Excellent!≫

403: SS速報VIPがお送りします 2015/04/26(日) 11:14:28.68 ID:8PmAoJPx0

流れる電子的な声で、一発でどういう能力なのか分かってしまった。

≪5combo≫であの威力なのか。


上がった身体能力でも一撃で電柱を破壊するほどのパンチは出せない。

そうなる前に腕が壊れる。


電柱が地面に倒れる音と煙、電線が切れて光が飛ぶ。


悠々とそいつは歩いてきた。


アロハ「なーんだ君、『20人目』じゃねぇのかい? 面白いねぇ、こんな若い能力者が居たなんてェ」


目を引くのは非常に特徴的なアロハに、短く刈り上げた。

加えてこの暗い中でも外さないサングラス、首には安物っぽい大きなチェーンのネックレス。


陽気なちょい悪いオヤジ、という一昔前の表現を使う。


男「『20人目』……?」

アロハ「んん? 奴を知らんとは、さては君ィ、能力者ビギナーだねぇ?」


アロハは何が可笑しいのかくつくつと笑った。


アロハ「いやぁすまないね、君の実力の程は知らないけどね、まだ奴を見てない能力者が居るとは驚き桃の木山椒の木。まぁ透明だから見てる、という言い方は良くないがねぇ」

男「! そいつってもしかして、爺さんをやった奴か?」

アロハ「? 爺さん……爺さん……」


アロハはしばらく考え込んで、やがてぽんと手を打った。

              ア ポ ロ
アロハ「ああ、あの『矢印を表示する力』の化物か! そうそう、よく知ってたねぇ、何だ知ってるじゃないか、重ねて驚きィ」

404: SS速報VIPがお送りします 2015/04/26(日) 12:21:01.85 ID:8PmAoJPx0

男「そうか、20人目っていうのかアイツは」

アロハ「何人がどういう呼び方してるかは知らないけどねェ。 アタシはとある会社員に聞いて、そう呼んでるってだけ」

男「……」


会社員…… 確か相手のを把握する能力者だ。

他の能力者同士でもつながりはあるらしく少し驚いた。


爺さんなんかはネットで募集まがいの事をしていたし、自分たち以外の能力者が全く戦っていないとも考えられない。

思えば当然だ。


男「俺もそいつを倒したいと思っていた…… アンタは何で20人目を追ってるんだ?」

アロハ「んーアタシは別に理由はないかね。 ぶらぶらと歩いて、出会った人と出会って、戦った人と戦う。 そんだけ」


ってことで。

アロハは短く息を吐いた。


戦りましょうか。

411: SS速報VIPがお送りします 2015/04/28(火) 01:21:48.51 ID:KBmKWc+20
     ステアリング
男「『階段を創る力』!」


足元ではなくアロハの前に階段を創る。

丁度こちらの姿が見えない位の高さ。


アロハ「んん?! 物質の創造……マジかァ」


≪6combo! Good≫


直後、電子音声と同時に階段が電信柱と同じ壊れ方をした。

EXcellentとGoodの違いがよく分からないが、『当たり方』で威力に差が出るのだろうか。


間髪入れずにすぐ、次の階段を出現させる。


アロハ「面白い能力だねェ、でも脆い」


≪7combo! Good≫


8回目のコンボを打たせる前にもう一度階段を出現させると、今度は自分でそれに足をかけ、駆けあがる。

最後の一段を踏み込むタイミングで相手がようやくこちらに気づいた。


アロハ「ん、兄ちゃん体当たりかい」

男「どうかねっ」


以前金髪と戦った時も同じ戦法を使った。

あの時と違うのは相手と自分が上下の関係になっている事。


アロハ「受けとめちゃるゥ」


奴が拳を握るのが見えた。

飛び掛かるギリギリのタイミングでッ――――

     ステアリング
男「『階段を創る力』!!」

アロハ「へェ?」


『真下』に階段を出現させた。

このまま潰れてしまえ。

412: SS速報VIPがお送りします 2015/04/29(水) 20:10:28.02 ID:UyMHKDgU0

アロハ「構わんよ、壊す!」


≪8combo! Excellent!≫


壊れていく階段の隙間を縫って落ちていく。

右手を振りぬいたアロハの懐に飛び込む。


アロハ「ボディバランスいいねェ君ィ」

男「らぁあッ!!」

アロハ「がッ……」


パァンッ!


入った。

弾けるような音がして大きくアロハがのけぞる。


振るった拳は確かに奴の右頬を捉え、そのまま宙に持っていく。

自棄にスローモーションに覚えている光景の中で頬は波打ち、不自然に持っていかれる上半身は瓦礫の上に奴を放り捨てた。


≪9combo! Critical!!≫


男「は……?」

アロハ「にししっ」


何故か俺が撃ち込んだのに流れる音声。

414: SS速報VIPがお送りします 2015/04/30(木) 04:04:42.09 ID:FqSE0XcJ0
         ビートマジョルカ
アロハ「『連撃威力を増やす力』…… 妙な力を授かったもんだよ」


連撃で威力が増す。

単純加速装置の様な素晴らしい力……になるはずが、効果は相手にも等しく及ぶ。


男「俺が『連撃と認められる範囲内』で攻撃を繰り出せば……威力のあがったパンチが自分にも飛んでくる仕組みか」

アロハ「おかげで泥仕合必須……我ながら要らない能力だねェ」


アロハはシャツを払って起き上がった。

頬は腫れているが奴はにっこりと笑う。


ぞくりとした。


アロハ「さァリセットだ。また一から始めようかねェ」

415: SS速報VIPがお送りします 2015/04/30(木) 14:03:17.89 ID:FqSE0XcJ0
出てきた能力

  ステアリング
1『階段を創る力』【S】

  ラ イ ト ラ
2『右を向かせる力』【A】

  バトルダス
3『相手を知る力』【A】 脱落

  ギガノプラス
4『衣類を重くする力』【B+】 脱落

  ゼノマゼンタ
5『黒い虫を操る力』【B】 脱落

  パレットスケッチ
6『絵を具現化する力』【S】

   フ ァ ル コ
7『夜更かしする力』【C】

   ア ポ ロ
8『矢印を表示する力』【C+】 脱落

   パラキオン
9『血を噴き出す力』【A+】

   アドランダム
10『無作為に召喚する力』【A】脱落

    ネジレスウィンプ
11『嫌な場所に移動する力』【S+】

   リリットクエンス
12『声を文字に変える力』【A+】

    ラ チ ノ ー ゼ
13『怪我の種類を変える力』【B】

    エネルニューピー
14『お腹いっぱいにする力』【A】 脱落

     R  X
15『機能停止を同期させる力』【B+】脱落

   ボクノドラゴン
16『龍の幻を見せる力』【B+】脱落

    ビートマジョルカ
17『連撃威力を増やす力』【A+】


18


19


20

425: SS速報VIPがお送りします 2015/05/02(土) 00:37:47.68 ID:WelRXyL80
―※―


金髪「……」


そこは病院だった。

言わずもがな、屈強な老人が未だ眠るあの病院である。


彼女はたった一人でここに来ていた。

妙な胸騒ぎがしていた。

病院内は嫌に落ち着かなくて、消毒液のにおいが鼻を突く。


今日、会う約束をしていた。

相手は例の医者だ。


定期的に連絡は入れていたが、ここ数日はそれもなかった。

やはり話すには直接会う方が良い。


これまでの状況の報告と、これからの対策。

少しの間に色々な事が起こりすぎてしまった。

彼の意見を聞きたい。


そう思っていた。


金髪「……マジかよ……!!」


彼女は病院に居た。

更に言えばとある病室に居た。


そこには、老人ではない知った顔が眠っていた。


金髪「手が早すぎんだろォッッッ!!」


医者は静かに眠っていた。

一定のリズムで落ちる点滴が、彼の命を繋いでいる。


それは昨日の夜の事。

腹を刺されたらしかった。


金髪「……一体誰にやられたんだ……ッ!!」

427: SS速報VIPがお送りします 2015/05/07(木) 12:39:27.04 ID:6B7GrzuR0
一体誰にやられたんだ?だって?


自分の声にハッとした時はもう、彼女は震えていた。


金髪「まずいな」


意外にも、この『20人目の能力』の際たる恐ろしさに一番早く気付いたのは彼女であった。

この能力はまずい。


『今』のはまずい!!


金髪「……何か、書くものは……」


病室に置いてあるメモ帳をひっつかんだ。

二三枚くしゃくしゃになりはしたが大した問題ではない。


『奴を忘れるな』


震える手で書き殴った。


金髪「奴……って、誰だ……っクソ!?」


まただ。

また忘れる。


このままでは自分が誰に殺されたのかも、誰を見据えていたのかもわからないまま能力を失う。


『忘れるな』

『忘れるな』

『Don't Forget!!』


金髪「奴だ……ッ!! 爺さんを刺しやがった、居場所をなくせる能力者だ!!忘れんな忘れんな忘れんな!!!」


頭を掻きむしりながら、紙に記憶をねじ込んでいく。

430: SS速報VIPがお送りします 2015/05/10(日) 12:19:58.25 ID:SshG4AoZ0

金髪「……頼む、頼むから……ッ!!」


書き溜めた紙はすぐに埋まってしまった。

乱暴にひっつかんで病院を飛び出す。


金髪「……あいつらに、連絡を……」


最悪、

あくまで最悪の場合、私が忘れるのは構わない。


戦力にならないからだ。


私の能力は戦闘では、……というより何に対しても恐ろしく使えない。

保健医は残業もないし。


でもあいつらや他の能力者が『奴』忘れるのはまずい。

目の前にした時でさえ認識できるか分からないのに、存在すら忘れてしまえば対処の方法がない。


真っ先に医者を排除した訳はよく分かる。

奴は自分を知ってる能力者、もしくは会社員の様な知り得る能力者から殺そうとしているのだ。


それほどまでに他者の認識から徹底的に逃れようとしている。

何故?

誰が? これ誰の話だっけ?


ちィクソ!!

奴だよ馬鹿が!!


ダメだな、常にアウトプットしていないと忘れる。


金髪「馬鹿が、こんなクソみたいな力に負けてたまっかよ」


彼女は学校中の紙をかき集めて保健室に戻った。

432: SS速報VIPがお送りします 2015/05/14(木) 00:31:48.18 ID:hlPstcEq0

机に座り、ただひたすら書き連ねていく。

零れる金色の髪をかき上げて、丁寧な字で、でもひたすら。


金髪「……何か、あいつらな気がするんだよな、奴を倒せるのって……」


貴族の能力も強い。

女が会ったという兄妹も相当な力を秘めているに違いない。

それでも、金髪は闇雲に彼らを信じた。


右を向かせ、階段を創れるだけなのになあ。

階段は結構強いか。

右も、まあ、なんとか、私よりは……。


それでも彼らにはどこか、主人公っぽさを感じていた。


金髪「私は、キレンジャーだからなぁ」


彼女は小さく笑った。


彼女は何も持たない人だった。

435: SS速報VIPがお送りします 2015/05/14(木) 18:44:09.58 ID:hlPstcEq0

彼女は平凡を塗り固めたような人物だった。

名前もありきたりで、顔も印象に残らず普通、背はクラスの真ん中くらいで、性格も可もなく不可もなく、告白はしたこともされた事もなく、成績は中の上くらいで、数人の友達と、ケンカもせず、学校が終われば遊ぶこともせず、病気はなく、家に帰れば母親が内職をしていた。

中学の初めから同級生に比べて少し胸が大きくなった。


いつも静かに笑っているような女の子だった。

両親の離婚を目の当たりにした彼女は、波風を立てることを極端に嫌った。


常にその他大勢でいることに全てを注いだ。

少なくとも自分ではそう思っていた。


そしてそれは、間違いではないはずだった。


『お前は表立って動いたりはしないけど、細かいところに目が向くよな。いつもありがとう』

『え、……?』


波風は既に上がっていたことに、気づいていなかったのだ。

438: SS速報VIPがお送りします 2015/05/20(水) 22:46:33.34 ID:F/BnAxDf0

言葉からしばらく経ってから、ようやく彼は絞り出した。


『好きだ。付き合ってほしい』


衝撃だった。

誰よりも目立たないように生きていた彼女は、大勢に埋もれない自分を見出したこの男子に心底驚いた。


一つ上の先輩。

文化祭の縦割りで知り合って以来、どこかつらつらとした淡白な関係を続けてきた。

彼は明るく友達も多く、自分は対照的に、彼の指示に従うだけ。


そう思っていたのは自分だけだった。


真っ赤な顔をして告白をする彼の言葉は、冗談でしょうと笑えるほど陳腐なものではなかった。

彼女には一切、それを壊す権利などないのだ。


『私でいいんですか』


何より嬉しかった。

恋など、最初から諦めてはいても、憧れなかった訳ではないのだから。

439: SS速報VIPがお送りします 2015/05/27(水) 03:31:38.85 ID:Wj6BtLAU0

「ねえ、アレ罰ゲームだったの知ってた? キャは」


二日後くらいだったか、校則違反の金髪に声をかけられた。

同じようなのが後ろにもう二三人居たような気がする。


「ってことでさ、アイツがお前なんかと付き合うとかないから。本気にしないでね」

「ねえ」

「アイツは言わないだろうからさ、察してやってよ」

「ねえ」

「断れよ」

「アイツは本当はお前なんか好きじゃないんだからさ」


その嘘は流石に分かる。

そこまで鈍い訳じゃない。

裏の意味まで分かる。


付き合ったらただじゃおかないからね。

そんな幼稚な要求も、地味な私にとってはどこまでも恐ろしいものに思えてしまった。


「ごめんなさい、付き合えません」


そして私は、殻にこもる事を選んだ。

440: SS速報VIPがお送りします 2015/05/27(水) 03:37:03.60 ID:Wj6BtLAU0

私はキレンジャ―だった。


赤はリーダー、青は副リーダー。

私は何でもない雑用係。


クラスメートを投票で消していったら、私が一番初めに消える。

地味に目立たず、波風を押さえて、平和をやたらと好み、ただ我慢した。


我慢することしかできなかった。

これからも我慢する人生だ。


「忘れるな、忘れるな、忘れるな」


忍耐。

どんなに辛い作業でも、耐えて乗り切る。

愚痴もサボりも争いの原因だ。

だから私は嫌った。


「絶対に、忘れるな」


それしかしてこなかった。

442: SS速報VIPがお送りします 2015/05/28(木) 13:35:45.49 ID:T4HkDvIq0

金髪「ふぅ――――……」


書いて、書いて、書いた彼女は大きく一つ息を吐いた。

   フ ァ ル コ
『夜更かしする力』は使っていたが、それは疲労を回復するものではなかった。

結局能力までも、彼女に我慢を強いていた。


夥しい数の紙に、彼女の軽い身体は抱きかかえられた。

疲労はとうに能力の許容範囲を超えていた。


金髪「……わ、すれ……」


気絶するまで働けるという事。

自身を追い込めるという事。


彼女はその凄まじさを何一つ知らないまま、集中は止まり、意識を手放し、深い眠りに落ちた。

443: SS速報VIPがお送りします 2015/05/29(金) 05:32:50.57 ID:esTk7RM30

紳士「……見事」


『運命』によって保健室までたどり着いた彼は、ただ一言漏らした。

膨大な紙の底に眠るように気絶している彼女は美しかった。


紳士「すれ違いか。もう少し早ければ間に合っただろうに」


後頭部に殴られた痕がある。

気絶を確実にするためだな、狡い真似をする。


奴はまだ近くにいるのだろう。


既にここまで手を伸ばしていたか、『20人目』。

もう単独では最強に近いのではないだろうか。


それほどまでに奴の認識阻害能力は強力であり、また謎である。


紳士「……実際に対峙した君たちはどう思うね?」


ドアに向かって問いかければ、例の兄妹が続いて入ってきた。


兄「最初から僕の意見は変わりませんよ。もう時間がない、他の能力者に協力を仰ぐしかないと考え、あなたにお話ししたのです」

妹「むずかしいねー」

紳士「確かに、ここまで強力になっていたとは予想外ですな」

兄「あなたでも倒せませんか?」

紳士「それは対峙してみないと何とも」


紳士は金髪をそっとあおむけに寝かせた。


           リリットクエンス
紳士「あの時『声を文字に変える力』に話しかけたのは、失敗だったかもしれないですなあ」

兄「失敗?……協力はしていただけるのですか?」

紳士「当然ノーですよ、ふふ」


紳士は不敵に笑った。

444: SS速報VIPがお送りします 2015/06/01(月) 17:14:47.49 ID:36HEwyO90

紳士「私はね、このバトルに華を見たのですよ」

兄「華?」

紳士「だってそうだろう? こんな見えない敵に怯えるだけのちゃちな心理戦を繰り広げるのが、このバトルの中身であっていいものかね」


紳士「仲間と協力して20人目を倒す? 倒せたとしよう。その後に残った奇妙な情と連帯感は、果たしてバトルを円滑に続けていく上で邪魔ではないのかね?」


紳士は大げさな身振りで話す。

一呼吸の後、静かに吐き捨てる。


紳士「簡単に言うと、つまらん。実にくだらない事だ」


紳士「ま、当然私は紳士であるからして、雪のような肌にぷにぷにほっぺの君の妹を傷つけるようなことは天地ひっくり返ってもしない。が、君本人にと言うなら喜んで剣を向けるね」


紳士の尋常ならざる視線に、思わず妹を抱き寄せる。

そう緊張しなくとも良いのに、と紳士はすまし顔だ。


兄「あなたは愉快犯だ……!」

紳士「なんとでも言うがいいさ。君のように願いにしか目がいかない者には到底、戦いを楽しむ余裕などないだろうがね」

兄「……楽しむ? 半ば殺戮ゲームと化した、このバトルをか!!」

紳士「そうともさ!!」


口ひげは愉快に揺れた。


紳士「私は砂の様な一生涯を送ったまま、ロクに為すこともなく、死してなお先一年では誰の記憶にも残らぬ有様だった。生きてなお屍であった」

兄「……」

紳士「そこにどうだ!!ゲームが舞い込んできた!!ホラ、私の勝ちだ!!」


神は私に、遊べと仰ったのだ。

紳士は笑う。

446: SS速報VIPがお送りします 2015/06/08(月) 19:54:16.15 ID:5tI89MFt0

紳士「場所を変えようか兄君。そこの女性の上で、ましてや彼女の努力を踏みにじりながら戦うのは余りに反紳士的だ」

兄「……彼女の、救急車を呼ぶのが先だろう」

紳士「むう、見かけによらず君も紳士だねえ。いいだろう好きにしたまえ。保健室の裏手に中庭があるから、そこで待っているよ」


紳士は悠々と出ていった。

微塵も負ける気などない、とでも言うつもりだろうか。


軽々と見せる背中がいらつく。


或いはさっきの口ぶりからすると、負けてもいいとさえ思っているかも知れない。

遊べさえすれば、それで。


妹「お兄ちゃん……」

兄「大丈夫、お兄ちゃん一人で大丈夫だから」


救急車を呼び、大きく息を吸った。

まだ戦わなくてはいけないのか。


願いは遠い。

447: SS速報VIPがお送りします 2015/06/08(月) 20:02:52.49 ID:5tI89MFt0

紳士「やあ、早かったね。近くに病院があって良かった。もしかすると君が救急車に同乗を求められるとも考えたが」

兄「断ってきた。当然だろう」

紳士「そう血走った目を向けるものではない。焦ると楽しめなくなってしまうぞ」

兄「結構だ。もとより楽しむつもりなんてないんだ」

紳士「ハハ、健気だねえ。たかが一つの願いが、そんなに欲しいかね」

兄「欲しいね。妹を幸せにするためには、何を差し引いてでも」

紳士「ほう」


紳士は口ひげをねじった。


紳士「昨今の若者にしては良い心を持っている。出会う場所が違ったら、友人として迎えたのだがね」


ベンチから体を起こすと、真っ黒な紳士服が影のようにゆらりと動いた。

真面目な目だ。

真剣な敵意を感じる。


ああ、この紳士はもう駄目だ。

『20人目』を倒す上では障害でしかない。


兄「……残念です」

紳士「お互いにな」

448: SS速報VIPがお送りします 2015/06/08(月) 20:31:54.82 ID:5tI89MFt0

     パレットスケッチ
兄「『絵を具現化する力』」

       ゼウスピアニカ
紳士「『1秒前に/後に移動する力』」






452: SS速報VIPがお送りします 2015/06/16(火) 18:34:01.14 ID:mgnkvK+40

兄「出ておいで!!『ひるひら』!!」


相手の能力は分からないが、先手を打たせてはいけない。

召喚したのは氷を操る『ひるひら』。


紳士「ほう」

兄「能力っぽいだろ?」


もし力で押し切るような能力だったら、後手に回った時点で負けだ。

とりあえず『ひるひら』を処理できるかどうかで見極める。


『ひるひら』「Hillazo?」

兄「魔法!出来るだけ広範囲で!」

『ひるひら』「Hyadalco,Alova Gyante」

紳士「……氷か」


吹雪。

『20人目』と戦った時よりも強力に放出している。

持続時間は短いが相手の能力発動を見るには十分だろう。


紳士「惜しいな」

兄「!」


吹雪が奴を通り過ぎていった。

身体には僅かな粉雪しかついていない。


兄「馬鹿なっ」

紳士「躱すことなど造作もないよ」

453: SS速報VIPがお送りします 2015/06/18(木) 20:23:49.08 ID:DOY5Ve8u0

――――ジジッ


兄「!」


奴の姿がぼやけた。


紳士「何を呆けているのかね?」

兄「『ひるひら』!!」


クソ、瞬間移動か!

   ネジレスウィンプ
『嫌な場所に移動する力』がいるからといって、その可能性を排除したのは安直だった。


これで相手に小型のナイフの一つでもあれば一気に形勢は傾く。

見たところ、それらしいものは持っていない。


あの紳士服に延期なんて物騒なものが隠れているなんて、考えたくはない。


紳士「はっ!」


身体能力が上がったとはいえ、決して動きは速くない。

通常の目でも十分追える程度だ。

        ゼウスピアニカ
紳士「『一秒前に/後に移動する力』!」

兄「『ヨズ』!」


相手を遠ざけるようにふくろうの『ヨズ』を配置する。

少しは牽制に


紳士「言ったろう?造作もないと」


紳士は目の前にいた。

『ヨズ』と俺のわずかな隙間に、無理やり入り込んできやがった。

454: SS速報VIPがお送りします 2015/06/18(木) 20:30:07.45 ID:DOY5Ve8u0

紳士「ほれ、とった」

兄「うぉおおおおおおおおっ!!」


振り下ろされる拳を無理やり弾いて地面を転がる。


――――ジジッ


また紳士は歪んで後ろに瞬間移動した。

とは言っても瞬間移動も万能ではないようで、着地で若干体勢を崩す。


紳士「全く、無茶をするねえ」

兄「……」


着地に失敗したのはこちらもか。

足首を捻ったようだ。


紳士「さて君はこう考えている事だろう」

兄「?」

紳士「私に武器があれば、今の場面は殺されていたのではないか」


と。

紳士は怪しく笑った。


紳士「しかしこうも考える。能力者同士の戦いの勝敗は『気絶させたか否か』で決定する。従って刃物のような武器は使用しにくいのではないか、とねえ」

兄「……そうだ。だから俺も、刃物で傷つけるような絵は持っていない」

紳士「そうかい。それはそれは」


紳士は胸ポケットに手を入れた。


紳士「残念でしたねえ」


出てきたのは刃渡り20cmもあろうかというサバイバルナイフ。


紳士「私は戦いの為に戦うのでね。君の生死なんか知ったこっちゃないのだよ」

兄「下衆が」

455: SS速報VIPがお送りします 2015/06/22(月) 01:10:10.98 ID:0T7T+KIF0

近づかせれば終わる。

対刃物との戦闘は想定していなかった……以上に、足がすくむ。


能力者と言えど万能でなく、また戦闘の経験はファンタジーでよく見る逸れたとは程遠い。

ついこの間まで刃物を向けられることなどない生活を送っていた。


当然と言えば当然か。


兄「『ひるひら』!『ヨズ』!!吹雪!!」

『ひるひら』「Okkazo,hydalco」

『ヨズ』「Millabi hanat,,,」


風を得た粉雪は吹雪となって紳士に襲い掛かった。


さあ、考えろ。

相手が瞬間移動で俺の後ろを取れないという事は、何らかの制限がかかっていることを示している。

吹雪をかわすにしてももっと有利な位置があるはずなのに、あいつはいつも前か後ろかにいる。


それと、二度目で気づいた。

あいつの移動、前に行った後必ず後ろにいってる。


二回目で『姿が歪んだだけ』って事は、『その場に止まる移動』?

必ず移動しなければならない制限がついているはず。

459: SS速報VIPがお送りします 2015/06/23(火) 01:26:37.94 ID:feRgPb1+0

紳士「何やら小難しい事を考えているようだね」

兄「昔っからそればっかりが取り柄だったんで、ねっ!」

紳士「!」


全速前進。

紳士の目が一瞬見開かれる。


絵を前線に押し上げて戦う俺の戦闘態勢で、能力者本人が前に出るとは考えていなかったのだろう。


紳士「むぅうっ!」

兄「おぉおっ?!」


しかしうまくはいかない。

相手の突き出したナイフの威嚇に怯み、再び距離を取る。


紳士「面白い戦い方をするねえ、何か探るような」

兄「アナタの能力が分からないうちは」


ゼウスピアニカ、とか言ったか。

名前からの判断は難しいな。


だが、瞬間移動じゃない。

瞬間移動であればどんなに速くても粉雪が付くはず。


僅かな時間で、あれだけの粉雪をほとんど振り払うことなど不可能。


どちらかと言えば『転移』だ。

特定の条件を満たす点に自分を転移させている。と仮定するのが正しい。

460: SS速報VIPがお送りします 2015/06/25(木) 00:36:36.89 ID:U5gMokCi0

兄「つまり短距離転位っ……一定時間後に『少し前の位置に戻る』デメリット付き!」

紳士「はっはぁ、君は天才かね!見抜くのが早すぎるだろう?!」


笑っている。

自身が不利になったというのに。

           ゼウスピアニカ
紳士「私の『一秒前に/後に移動する力』は、自身の現在の状況からあらゆる不足……つまり、現在の状況が変わらない場合の『一秒後の私』に転位することが出来る。そしてそのきっかり一秒後、『一秒前の私』に転位するのだ。同じ場所に二度、転位することになるね」

兄「……時間転位……そうか、それで制限が……」

紳士「私自身、不安定な体制にいきなり移動させられるのでね、先ほどバランスを崩したのはそういう事だ」


なるほど辻褄は合う。

自ら能力をバラすとは不気味な奴だ。


紳士「君の能力は『四歳以下の子供の絵を具現化する』というものでいいね?」

兄「……ああ」


こちらはばれても不都合がない。


紳士「しかし妙だねえ」

兄「何がだ?」

紳士「君の妹」

兄「!!!」


紳士「バトル中に絵は描けない。なら何故君は、わざわざ危険を冒して妹を連れて歩いているんだい?」


紳士「君『達』はどうやって、三日以内にバトルする条件を満たしてきた?」


ベンチに座った妹は、紳士の笑顔におびえていた。

462: SS速報VIPがお送りします 2015/06/25(木) 01:04:26.14 ID:U5gMokCi0


妹「おにいちゃん……」

紳士「君はそれしか言わないのかね?」


気づけば紳士は妹の目の前にいた。


兄「約束が違うぞッ!!」

妹「あ……」

紳士「さあお嬢さん」


紳士は俺の言葉を無視して、妹の頭に手を伸ばす。


紳士「見せてみろッ!!」

兄「やめろォオオオオおっ!!」













    パライゾ
妹「『あらゆる

465: SS速報VIPがお送りします 2015/06/25(木) 04:07:00.71 ID:U5gMokCi0

紳士「……はははっ」


惨劇だった。


紳士「ばっ……ゴボッ…… ハーッハァーッ!!……ははははは!!素晴らしい!!何だこれは!!凄い!!」

兄「妹、妹俺が分かるか? いいか落ち着いて息をするんだ……ゆっくり頭の中で数を数えて、息をして……ホラ吐いて……」

妹「お、い、ちゃ……おにいちゃ……は、はぁーっはーっはーっ」

兄「慌てて呼吸するな……大丈夫、お兄ちゃんがついてるぞ……大丈夫大丈夫……」


駆け寄って、妹の背中をさする。

強烈なショックで過呼吸になっている。


ポケットに入れていた紙袋を妹の口に当てがった。


紳士「……こっ、こんな力が……素晴らしい……けっけけ桁違いだ……!!」

兄「妹……大丈夫……怖いのはもういなくなったからな……大丈夫だから」

妹「かっ、こひゅーっ……かひゅーっ……」


紳士には一瞥たりともくれてやらなかった。

見ても一緒だったし、もう動けないのは目に見えていた。

       パライゾ・アビスアリア
紳士「『あらゆる武器を支配する力』……ずごいっ……ぞの名に恥じぬ凄まじび力だ……」

471: SS速報VIPがお送りします 2015/06/25(木) 15:58:18.85 ID:8PMWawrCO
出てきた能力

  ステアリング
1『階段を創る力』【S】

  ラ イ ト ラ
2『右を向かせる力』【A】

  バトルダス
3『相手を知る力』【A】 脱落

  ギガノプラス
4『衣類を重くする力』【B+】 脱落

  ゼノマゼンタ
5『黒い虫を操る力』【B】 脱落

  パレットスケッチ
6『絵を具現化する力』【S】

   フ ァ ル コ
7『夜更かしする力』【C】 脱落

   ア ポ ロ
8『矢印を表示する力』【C+】 脱落

   パラキオン
9『血を噴き出す力』【A+】

   アドランダム
10『無作為に召喚する力』【A】脱落

    ネジレスウィンプ
11『嫌な場所に移動する力』【S+】

   リリットクエンス
12『声を文字に変える力』【A+】

    ラ チ ノ ー ゼ
13『怪我の種類を変える力』【B】 脱落

    エネルニューピー
14『お腹いっぱいにする力』【A】 脱落

     R  X
15『機能停止を同期させる力』【B+】脱落

   ボクノドラゴン
16『龍の幻を見せる力』【B+】脱落

    ビートマジョルカ
17『連撃威力を増やす力』【A+】

      ゼウスピアニカ
18 『一秒前に/後に移動する力』【A】脱落(?)

    パライゾ・アビスアリア
19『あらゆる武器を支配する力』【SS】


20 『※※※※※※※※※』(20人目の能力)

476: SS速報VIPがお送りします 2015/06/25(木) 21:38:53.03 ID:U5gMokCi0

紳士の身体には包丁や槍や、銃までもが乱暴に突き刺さっていた。

咄嗟の発動でここまでの事が出来る。


鍛錬さえすれば無音無動作で人を殺すことなど造作もなくなるだろう。


あらゆる位置にあるあらゆる武器の起動、召喚と操作。

普通に考えれば世界をも支配できる能力だが、当然4歳児にそんな願いはなく。


妹「……は、はあ、はは、あー……あ゛ーっ……ぐすっ、おにいちゃん、うえ、うえぇええ……」

兄「大丈夫、大丈夫だから」


そんな桁外れの能力の使用に耐えうるほど、精神は成長していない。


兄「クソックソッ……この、偽紳士がッ……!!」


能力を得た時、何をおいてもこの力だけは妹に使わせたくなかった。

自分が強くなって、妹が戦いに出ないようにすればそれは叶う。


偶然か必然か……いや、妹にこんな力を渡す神の事だ、きっと狙ってやったのだろう。

『4歳以下の子どもが描いた絵を具現化する力』。


これで妹を連れて歩かなければならなくなった。


紳士「……はっ……はっ……」


紳士はもう虫の息だ。

大量の出血によるショックで、能力自体が解除されたのだろう。

一秒前に戻る様子はない。


兄「……早く、ここから離れよう」

アイドル「なに、これ」

兄「!!!」


足元には、誰かが捨てたペットボトルが転がっていた。

479: SS速報VIPがお送りします 2015/06/27(土) 20:15:14.81 ID:ej/yUuTd0

【某ハンバーガー店】


貴族「うん、やはりジャンクフードは最高だ……むしゃ」

女「……」


何故こんな気まずい事になっているかと言うと、それは土曜日に遡る。

単独行動は避けるようにと言った金髪の言葉を、彼らは律儀に守っていたのだ。


女「……」

貴族「……」

女「……えい」

貴族「ごぼっ?!」


嫌な音がして、貴族の首が90度右を向いた。


貴族「な、何をする!」

女「それはこっちのセリフよ!何で私と二人でいるのに一切の会話もせずに黙々とハンバーガーばっか食べてんの?!ていうかもう12個目よ?!デブなの?!」

貴族「いや、……だって美味いじゃないか」

女「そういう問題じゃないでしょうが!」


街に降りてから人に罵られる事が増えた。

特に身内とメイド以外の女性とはほとんど関わりのなかった貴族は、今の状況に困惑した。


貴族「我輩は何故怒られているのだ……?」

女「何で分かんないのよ!」

481: SS速報VIPがお送りします 2015/06/27(土) 20:50:39.81 ID:ej/yUuTd0

女「だいたい今日はアンタから誘って来たんでしょうが!ホントに何がしたい訳?」

貴族「あ、ああそれか……」

女「それかじゃないでしょ!今日私はその為だけに来たのよ!」


机を叩かれ、未だ山と積み上がっているハンバーガーが少し浮いた。

貴族は女の剣幕に気圧されながらも咳払いを一つした。


貴族「ただ、お前だけだったからな」

女「何が」

貴族「『例の能力者』の倒し方を、知っているような顔をしていたのは」

女「!!……根拠は何」

貴族「何人生き残っているかは知らないが、もう人数は大体半分くらいには削られているはずだ。新戦力にはそこまで期待できそうにない。我輩とて、お前たちに出会ったのは僥倖だった」

女「だから……」

貴族「我輩が来たことで思いついたのだろう? 正確には『我輩の能力』を聞いて、か。現在割れている能力者だけで、アイツを倒す方法を」

女「……」


一拍置いて女は言った。


女「知らないわよ」

貴族「そんなはずはない。お前は嘘を言っている」

女「知らないっつってんでしょ!」

貴族「では何故お前は、そんな辛そうな顔をしている?」

女「!!」

貴族「この状況で平気な顔をしていられるのは、本当に知らないか、『それが安全な作戦』である時だけだ」


当たり前の主人公脳をした男と、弱い自分を派手な見た目で覆っている金髪と。

女はあの三人の中ではずば抜けて頭が良かった事を、貴族は既に見抜いていた。


貴族「聞かせろ。お前の思いついた奴の攻略方法を」


もう、なりふり構ってはいられない。


貴族「ついでに、誰が死ねば実現可能なのかもな」

488: SS速報VIPがお送りします 2015/06/30(火) 16:33:49.98 ID:ofSS2LP10

貴族「……なるほど」


聡明な女はよく知っていた。

  ラ イ ト ラ
『右を向かせる力』はこの戦いにおいて、あまり使える力ではないと。

できてせいぜい相手の意表を突いたり、体勢を崩したりする程度。


しかしそれにも『相手を目視していること』という条件が付くのだ。

例の能力者との戦いでまともに役立てるとは思えない。

今までだってほとんど活躍した場面がない。


貴族「それで自分は一人のうのうと助かりつつ、仲間の命を犠牲にして奴に勝つのか」

女「だから言わなかったんでしょ……こんなの却下よ却下!」

貴族「いや、考えておこう」

女「え?」

貴族「友達が命を張って吾輩を逃がしてくれたんだ。吾輩がかたき討ちに命を懸けるのに何のためらいがある」

女「……それは」

貴族「『吾輩は』その作戦に賛成だ。後の奴らがどう思うかは知らんがな」


貴族は立ち上がった。

いつの間にかハンバーガーは消えている。


貴族「付き合わせて悪かったな。吾輩はもう行く」

489: SS速報VIPがお送りします 2015/06/30(火) 16:44:02.43 ID:ofSS2LP10

【空き地】


男「はっ……はっ……」

アロハ「いやぁーお強いねえ。アタシぁこんなに殴られたのなんて久々だ」

男「いやマジでふっざけんなよアンタ……」


彼らは空き地に倒れ伏していた。

顔面はパンパンに腫れ上がって、もう人間なのか何なのかよく分からない。

顔だけでなくあちこちに青たんや傷が出来ていた。


アロハ「しかしまさか、アナタが20人目を追ってるなんてねぇ。アタシが言えた事じゃないが、アンタの力じゃ勝てないと思うけどねぇ」

男「そ、んなの、やってみないと分かんねえだろ」

アロハ「そうだねぇ、どんな結果になるなんてやってみないと分からない。客観的に見て、君の能力と20人目の能力は相性がいい」


アロハは判断基準をいくつか挙げた。


一つは相手を目視していなくても能力が発動できる点。

二つは相手に触っていない状態でも相手を倒す手段が持てる点。


アロハ「ま、後は発想の転換だね」

男「?」

アロハ「アナタの能力にもいくつか制限がついてたと思うんだけど、能力は成長によって制限が外れることがあるんだよ」

男「ああ、そうなのか」

アロハ「多分『その』制限が外れた事でアナタの攻撃の幅が広がっているはずなんだよ。『有利にも不利にもなる』制限だったはずだがね」

男「??」

アロハ「ま、いずれ分かるさ」

491: SS速報VIPがお送りします 2015/07/01(水) 14:14:21.53 ID:2AD4rfF30

アロハは尻を払って立ち上がった。


アロハ「さぁ、すっかり遅くなってしまった。もう家族が心配するから帰りなさい」

男「……」


家族は居なかったが、わざわざ言う事でもない。

男も黙って立ち上がった。


男「さっき、アンタが言ってた事だけどさ」

アロハ「ああ」

男「それは、『20人目』を倒す上で必要になる事なのか?」

アロハ「……ああ、そうだねェ。アナタの能力なら倒せる、いや、倒す方法がある、かな。切り札的な意味では、取っとくのもありかもと思っただけだね。まだまた実力は足りないけどねェ、ははは」

男「そっか」


……今まで出会った能力者は、どいつもこいつも強かった。

実力が彼らに見合っていないのに、自分は本当に切り札たり得るのだろうか。


アロハ「あ、それと気になるんだけど、アナタは何か願いはないのかい?」

男「願い?」

アロハ「おいおい、このバトルの賞品じゃないか。てっきり願いがある人が能力者になってるもんだと予想してたけど」

男「……願い、か」


今まで流されて戦ってきた。

特に今、明確にしたいと思えることもない。


アロハ「それが見つかったら、もうちょい強くなるかもねい。目的は人を強くするから」


アロハはそう言って手を振った。

彼が背を向けた後に言う。


男「アンタの、願いは?」

アロハ「んー……」


アロハは首だけこちらに振り返って、サングラスをちょんちょんとつついた。


アロハ「これ外せたら、もう言う事はないさぁ」

男「!」


日はとっぷりと暮れていた。

495: SS速報VIPがお送りします 2015/07/06(月) 16:46:16.55 ID:B5vSGC0q0


男が去った後、空き地。


「アハハ」

アロハ「ま、次に来るなら間違いなくアタシのとこだと思ってましたよん。アナタは間違いなく最強の能力をお持ちだが、対多数の戦闘は不得意ですもんねえ」

「ソノ通リ、アハ、コレズット見テタノモバレテルノカナ?」

アロハ「アタシらの戦闘が終わるまで、ずーっと見てましたねぇ。そこの倒れた電信柱の陰で」

「思イキリ殴ラレタ時ハヒヤットシタヨ。マサカ『姿ガ見エテイル』トハ思イモシナカッタカラネ、避ケラレタノハアル意味奇蹟ダ」

アロハ「はっは、正確には気配を感じただけなんですが……それにしても、奇蹟ねぇ。そんなものがあるなら、アタシもアナタも人並みの生活を送れていたはずさあ」


「一ツ聞キタイ」

アロハ「何でしょう?」

「何故アノ男ヲ逃ガシタ? オ前ノ実力ナラバアノ男ヨリ確実二、僕ヲ仕留メラレルノニ」

アロハ「はっはぁ、そいつあ愚問って奴ですよ」

「?」


アロハはニヤリと笑って答えた。


アロハ「あの人、なんか主人公っぽいんですよ」

「……サヨナラ、盲目ノ能力者」


498: SS速報VIPがお送りします 2015/07/10(金) 22:21:30.42 ID:bgSBzYyr0

―学校―


アイドル「……ちょっと、……何、これ……紳士、さん……?」

兄「何でここに!?」

妹「……かひゅっ……ひゅー……」


猫が気まぐれに運んできたのか、まずいな。

紳士とアイドルがどういう関係なのかは知らないが、状況的には俺たち兄弟の方が完全に悪役だ。

    リリットクエンス        ネジレスウィンプ
『声を文字に変える力』に『嫌な場所に移動する力』か。

本気で戦えば勝ちの目は全くない。


アイドル「紳士、さんの、胸の武器、お兄さんが、やったの?」

兄「……ああ、そうだ」

アイドル「死んで、ない、よね?」

兄「もう意識はない。多分、もうすぐ失血で死ぬ」

アイドル「どうして……?」

兄「敵だったからだ。この戦いで願いを叶える為には、仕方のない事だ」

アイドル「そ、れは……誰かを殺してまで、欲しかった願いなの?」


何も言い返せない。

向こうが正しいからだ。


アイドル「ふざけんじゃないわよ!!」


彼女は叫ぶ。


アイドル「ふざけんじゃないわよ……何で殺された紳士さんが死んで殺した貴方が死んでないのよ……悪い方が死なないなんておかしいじゃない……バカみたい何コレ、もう嫌……ねえ何で?教えてよ何で貴方は死んでないの?紳士さんが死ぬ必要があった?」


言っていることが無茶苦茶だ。

既に状況に頭がついていかなくなっているのか。

              ネジレスウィンプ
アイドル「おいで、『嫌な場所に移動する力』」

猫「にゃー」


アイドルが呼ぶ。


アイドル「あの人に、罰を与えないと。そのために貴方は、私をここに連れてきたんだよね?」

猫「んにゃ」

500: SS速報VIPがお送りします 2015/07/10(金) 23:25:46.62 ID:bgSBzYyr0

アイドル「あぁああああああああああああぁぁあああああああああああああああぁああああああ!!!」

兄「!!」


なんて声量だ。

後ろの方でパリパリとガラスの割れる音がした。


ガラスが割れるのも、チリチリと肌を焼くような痛みが走るのも、理由は気迫でも何でもない。

極小サイズの文字になった声が、一斉に襲い掛かってきているのだ。


兄「出ておいで『ひるひら』っ!!」

        ネジレ
アイドル「『嫌な場所に』!!」

       スウィンプ
――――『移動する力』!!


兄「マジかっ……」


声の方がフェイク。

この状況でよくこんなクレバーな作戦を思いついた。


彼女は叫ぶと同時に、水の入ったペットボトルを投げていた。

目の前がどでかい『文字』で埋まる。


アイドル「潰れろォオオおおおおおおオオッ!!」

兄「~~~~~っ!!」


避けられない!

後ろには妹がいる!!


兄「うぉおおおおあああああああっ!!」

アイドル「なっ」


体当たり。

何の狙いもなく咄嗟に出た行動だったが、どうにか文字は妹から逸らすことが出来た。


俺は完全に下敷きだ。

504: SS速報VIPがお送りします 2015/07/14(火) 15:48:08.75 ID:/WZ+y+2j0

アイドル「立たないの?」

兄「立てないんだよ」


『殺』が重すぎてな。

右足は完全に潰れてしまっている。

骨折とまではいかないが、例え文字をどけたところで立ち上がるのは無理だ。


俺の傍を『ひるひら』が心配そうに飛んでいる。


兄「妹……!」


ショックが強すぎたのだろうか、小さな妹はベンチで静かに眠っていた。

もう意識はない。


全くひどい兄貴だ。

まだ小学校にも行っていない妹に、人の死ぬ姿を、自分のこんな姿を、見せてしまうなんて。

つくづく能力が忌々しい。

そして、そのゲームにまんまと乗っかってしまった自分自身にも嫌気がさす。


アイドル「な、んで、……紳士、さんを……こ、殺したの?」

兄「殺すつもりなんてなかったよ、でも、戦いになったから。やらなければ、こっちが殺されるところだった」

アイドル「紳士さんはそんなことしない」

兄「するさ。誰だって」

アイドル「紳士、さんは、……ぐズっ、そんな、人じゃない」


この子ももう涙声だ。

一度に経験するには、人の死と言うものは、ましてや自身が関わっている者ならばなおさら重すぎる。


やり場のない怒りをどうしていいか分からないのだろう。

見た目よりずっと大人びている。

505: SS速報VIPがお送りします 2015/07/15(水) 16:16:17.83 ID:zQpQPey80

アイドル「もう、どう、していいか、分かんない……」


目に手を当て、泣きじゃくる彼女。

その姿からはもう殺気を感じない。


途端に場の空気は崩れて穏やかなものになった。

胸に武器の突き刺さった紳士と、気を失った妹の居る異様な光景は、少なくとも戦闘の場ではなくなっていた。


アイドル「……う、ううっ」

兄「俺を、殺さないのか……」


そんなことしたって、誰も救われない。

殺すのが怖いです。


当たり前の答えを彼女は絞り出した。


兄「そうか、そうだよな……」


俺は『ひるひら』をスケッチブックに戻した。

いつの間にかこのバトルのせいで、一番当たり前の感覚を麻痺させていたのだ。


死ぬのは怖いし、誰かを傷つけるのは怖いし、痛いのは嫌だ。


アイドル「……」

兄「警察に電話しよう。それと、救急車も」

アイドル「……はい」

兄「じゃあ、俺の右足に乗ってる文字をどかしてくれ」

アイドル「すみません、実は文字を動かすとかは出来なくてですね」

兄「ありがとう、さて」

アイドル「え?何で文字が消え」







大きな大きな過ちに気づいた時には、もう視界はさっきと同じ文字で埋まっていた。


兄「馬鹿な……」

アイドル「何で……?」

猫「にゃん♪」


    ネジレスウィンプ
『嫌な場所に移動する力』!!


物凄い速度で落下してくる文字の向こうで、あの猫が笑っていた。

506: SS速報VIPがお送りします 2015/07/15(水) 16:19:22.57 ID:zQpQPey80
出てきた能力

  ステアリング
1『階段を創る力』【S】

  ラ イ ト ラ
2『右を向かせる力』【A】

  バトルダス
3『相手を知る力』【A】 脱落

  ギガノプラス
4『衣類を重くする力』【B+】 脱落

  ゼノマゼンタ
5『黒い虫を操る力』【B】 脱落

  パレットスケッチ
6『絵を具現化する力』【S】 脱落

   フ ァ ル コ
7『夜更かしする力』【C】 脱落

   ア ポ ロ
8『矢印を表示する力』【C+】 脱落

   パラキオン
9『血を噴き出す力』【A+】

   アドランダム
10『無作為に召喚する力』【A】脱落

    ネジレスウィンプ
11『嫌な場所に移動する力』【S+】

   リリットクエンス
12『声を文字に変える力』【A+】 脱落

    ラ チ ノ ー ゼ
13『怪我の種類を変える力』【B】 脱落

    エネルニューピー
14『お腹いっぱいにする力』【A】 脱落

     R  X
15『機能停止を同期させる力』【B+】脱落

   ボクノドラゴン
16『龍の幻を見せる力』【B+】脱落

    ビートマジョルカ
17『連撃威力を増やす力』【A+】 脱落

      ゼウスピアニカ
18 『一秒前に/後に移動する力』【A】脱落

    パライゾ・アビスアリア
19『あらゆる武器を支配する力』【SS】 脱落


20 『※※※※※※※※※』(20人目の能力)

507: SS速報VIPがお送りします 2015/07/15(水) 16:28:27.82 ID:zQpQPey80

必要のない人間は世の中にいない。

まるで聖母のようなこの名言じみたものは、僕の座右の銘だ。


聖人のように見せておいて、全然いい意味とかではない。

ただ単純に、『世の中に必要とされることは必ずしも幸せな事ではない』という意味なのだ。


イジメられている人だって世の中には必要なのだ。

だっていじめっ子は彼らがいないとつまらないだろう?


天才だって必要だ。

彼らが世の中を、僕らの知らない方向に導いてくれる。


凡人だって必要だ。

彼らが居ないと天才は誰からも羨まれなくなって、天才としての存在を見失う。


そんな擦れた目で世の中を見ていた高校生の僕は、神さまからゲームの話を持ち掛けられた。

面白いと思った。

面白そうだと思ってしまった。

515: SS速報VIPがお送りします 2015/07/21(火) 16:47:10.30 ID:1eayyvOI0

神さまから貰った能力は本当に要らない能力でどうしようかと思ったが、使ってみれば覿面、僕の姿をすっぽりと覆い隠してくれた。

スカートめくりをしてみようと思った。してみたら風のせいにされた。

いつも通っていた保健室で、先生のおっぱいを揉んでみた。いつまで経っても気づかない上に、先生は僕の事をすっかり忘れていた。


一通りの欲望を試した後で、僕の中には、賢者タイムに似た虚しさが満ちていた。

僕の顔を知る人はすっかりいなくなってしまった。机も椅子も片付けられた。


名簿から消え、住民票も消え、果ては声が届かなくなり、ものに触れなくなり、僕はとても怖くなってしまった。


「神さまに会わせてくれ」


寝る前に毎晩祈ってはみたが、悪戯好きのあの神さまが、僕を救いあげるだけの慈悲を持っているはずもなく。

ひとしきり泣いた後、誰も僕の事を知らない我が家に帰る。


リビングでは母親が、父と母と姉、三人分の食事を並べている所だった。

家に入った。


母は僕を、何か観葉植物でも見るような目で見た後に、ふいっと視線を食卓に戻した。

もう何も感じなくなってしまった僕は家の外に出た。


「にゃあ」

「あ」


黒猫が迷い込んでいた。

516: SS速報VIPがお送りします 2015/07/21(火) 16:51:35.18 ID:1eayyvOI0

身体能力が上がってやっと気づいた。

この猫能力者だ。


「はは、お前もしかして僕が見える?」

「なーお」

「はは、よしよし」


動物を飼ったことがないからよく分からない。

普通猫というものは、こんなに人懐っこく、初対面の僕の手に喉をのせるものだろうか。


「かわいいなお前」

「んにゃ」

「よしよし」


動物であろうが気づいてもらえたことが嬉しかった。

久しぶりに言葉を発した気がする。


「もしかして能力者だったら、声が届くのかな」


人を殺すのだったらこの間やってみた。

だったら次は能力者を殺してみようか。


僕の精神はもう普通じゃなかったけれど、僕にその事を教えてくれる人はもちろんいなかった。

そうして僕はお爺さんのところに着いた。

517: SS速報VIPがお送りします 2015/07/21(火) 17:12:26.30 ID:1eayyvOI0

お爺さんの腹を一思いに裂いてみた。

真っ赤でゼリーみたいな臓物がどしゃどしゃ溢れて、少し気持ち悪かった。脂肪は真っ黄色だった。


お爺さんは苦しそうに喚きながら懸命に僕に手を伸ばす。

僕の姿がはっきりと映った憎悪の目だった。


そのことがたまらなく嬉しかったのだ。


「次……次の能力者を斬ろう……」


医者は訳もなかった。

保健室の先生は、どうやら室内を見る限り、また僕を忘れそうになっていたようだ。


必至につなぎとめておいてくれたことが嬉しかった。

それが憎悪によるものでも。


盲目の人は焦った。

まさか気配だけで居場所を割り出す術があるとは思ってもみなかった。


でも殺した。

僕は殺したんだ。


『アハハハハハッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ』


気が付けば僕の耳にも声は霞がかって聞こえなくなったが、そんな事はもうどうでもよかった。

次に殺す人を探すので精いっぱい。


「にゃあ」

『ヨシヨシ』


猫は猫で相変わらず僕の傍にいた。

最近は例のアイドルのところへ出入りしているようだが、何の訳があってそうしているのかは知らなかった。

521: SS速報VIPがお送りします 2015/07/22(水) 13:54:27.56 ID:GwvP6faG0

「にゃあ」

『すごいな、一気に四人も倒したのか』

「んにゃ」

『鬱陶しかった兄妹と、知らない紳士と、お前がしょっちゅう出入りしていたアイドルか。お前アイドルの事別に好きじゃなかったのか?』

「にゃにゃ」

『何言ってるかよく分からないや。あれ?てことはもう残り少ないね』

「うにゃ」

『僕とお前と、』


猫を抱きかかえて目の前を見た。


『彼ラ三人ダケカ』


ここはかつてお爺さんと、太った人を殺した空き地だ。

彼らの血が染み込んだ地面の上に、最後の能力者四人と一匹が立っている。


彼らは何も言わない。

覚悟を決めているのかあるいは怖いのか、僕の姿すら見えていないのか。


『クス』


あとこれだけ。

たったこれだけの人たちを殺すだけで僕の願いは叶う。


『最後の一人になったら、僕の能力を消してください。お願いします』

526: SS速報VIPがお送りします 2015/07/22(水) 22:32:46.99 ID:GwvP6faG0
   ステアリング
「『階段を創る力』……」


彼は俺を指さした、ように思えた。

不思議な事に声は聞こえていた。

    ライトラ
「『右を向かせる力』……」


続いて、女。

彼女は微動だにせず、『20人目』をきっと睨みつけていた。

    パラキオン
「『血を噴き出す力』……」


貴族。

抑えてはいるが拳が震えている。

友を失った痛みと、仇が目の前にいる事実に打ち震えているのだろう。

     ネジレスウィンプ
「『嫌な場所に移動する力』」


彼の腕の中で猫がにゃあと気のない返事をした。

何故この場に俺たちしか居ないのか。あの猫が全て仕組んだという事に、疑いの余地はない。


動物だからと言って油断は禁物だ。

気を抜けばたちまちに喉笛を食いちぎられる。


『四人ト、ソシテ一匹ガ残ッタ』


『コノ街二放リ出サレタ、20人ノ能力者ノ戦イ……ソノ終止符ガココデ打タレル』


くぐもった彼の声が聞こえる。

『彼の事を追う人数は少ない方が良い』と、金髪は医者から聞いていたらしい。


今はたった三人だけ。

意識すれば何とか、形さえ捉えられそうに見えている。


保健室いっぱいに散らばった紙を思い出した。

金髪はきっと、20人目と日常的に関わっていたのだ。


関わりが深かったからこそ、尋常でないスピードでその存在を消していった。

思い出そうとした時には、既に手遅れ。

そんな様子が見て取れた。


男「皆、『20人目』は見えるか」

貴族「ああ」

女「ええ」


ポケットの中に入れておいたあの紙の一枚を強く握る。

大丈夫、忘れない。

527: SS速報VIPがお送りします 2015/07/22(水) 22:47:33.87 ID:GwvP6faG0

『アア、全員僕ガワカッテイルノカ、ドウヤラ姿マデハ捉エキレナイヨウダガ、ハハ、結構結構』


20人目が一歩、不気味に前進した。


『サテコノ戦イガ終ワッタソノ後二、君タチハ何ヲ望ム?』


『要ラナイ能力ヲアゲル……ソンナ馬鹿ナ誘イ二乗ッテシマッタ20人モノ不幸ナ連中ハ、気ヅケバ夢半バニ散ッタ者ガ15人、マダカロウジテ繋ギトメラレテイル者ガ5人……』


『君タチハ何ヲ願ウ?果タシテ屍ノ上ニ成リ立ツソノ夢ニ、価値ナドアルノダロウカ?』


『……』


『マア、モウ言葉ハ必要ナイノカモネ。タダ戦イアルノミ』


『何デモペラペラト偉ソウニ語ッテイイノハ、勝者ノミガ持ツ特権ダカラネ』


『僕ガ負ケルトモ思エナイ訳ダガ』


『ハハ、戦ロウカ』


『コノ能力ニモ、モウ飽キタ』





    モノシロ
『『無視される力』』



唐突に奴の姿が消えた。

532: SS速報VIPがお送りします 2015/07/23(木) 02:30:56.25 ID:dH3RcNwS0

出てきた能力

  ステアリング
1『階段を創る力』【S】

  ラ イ ト ラ
2『右を向かせる力』【A】

  バトルダス
3『相手を知る力』【A】 脱落

  ギガノプラス
4『衣類を重くする力』【B+】 脱落

  ゼノマゼンタ
5『黒い虫を操る力』【B】 脱落

  パレットスケッチ
6『絵を具現化する力』【S】 脱落

   フ ァ ル コ
7『夜更かしする力』【C】 脱落

   ア ポ ロ
8『矢印を表示する力』【C+】 脱落

   パラキオン
9『血を噴き出す力』【A+】

   アドランダム
10『無作為に召喚する力』【A】脱落

    ネジレスウィンプ
11『嫌な場所に移動する力』【S+】

   リリットクエンス
12『声を文字に変える力』【A+】 脱落

    ラ チ ノ ー ゼ
13『怪我の種類を変える力』【B】 脱落

    エネルニューピー
14『お腹いっぱいにする力』【A】 脱落

     R  X
15『機能停止を同期させる力』【B+】脱落

   ボクノドラゴン
16『龍の幻を見せる力』【B+】脱落

    ビートマジョルカ
17『連撃威力を増やす力』【A+】 脱落

      ゼウスピアニカ
18 『一秒前に/後に移動する力』【A】脱落

    パライゾ・アビスアリア
19『あらゆる武器を支配する力』【SS】 脱落

     モノシロ
20 『無視される力』【D】

537: SS速報VIPがお送りします 2015/07/23(木) 17:14:15.13 ID:dH3RcNwS0

予想はしていたがここまでとは。

金髪の書いた紙がなければ、或は今何をしているのかすら危うくなってしまう。ましてや目の前の敵のことなど。


『無視される力』……単純に認識を阻害する力であればどれ程良かったか。


「サア、カクレンボノ始マリダ」

男「……皆、多分あの能力、女が予想した通りで間違いないと思う」

女「だとしたら『受動的』と『能動的』の二つの側面を持ち合わせていることになるわね」

貴族「厄介な」


だがそこに付け入るスキはある。

問題はあの猫が奴の味方なのかどうかという事。


猫「にゃ」

   ネジレスウィンプ
『嫌な場所に移動する力』!


男「なっ」

貴族「馬鹿な?!」


消えた?

猫もそういう力の持ち主なのか?!


と思った矢先、頭の上にどさりと毛が乗っかった。


男「うわあ何コレ?!」

猫「にゃ!」


慌ててどかそうとしたが猫は空中にひらりと飛び、右手を俺の顔に向かって一思いに振りぬいた。

鋭い痛みと熱を感じる。

539: SS速報VIPがお送りします 2015/07/24(金) 01:36:06.67 ID:7ZygFCOb0

先ほどの瞬間移動。

どんな能力かは知らないが、あの能力がこの場にあったら絶対に『20人目』を倒すことはできない。


まずこの猫を倒す。

透明化している20人目は最悪、『放っておいてもいい』。

           ステアリング
男「このッ……『階段を創る力』!」

猫「にゃっ?!」


8m101段の巨大なそれを、猫の下に出現させる。

虚を突かれた小さな生き物はたまらず吹っ飛んだ。


ぱっ


ぱっ


男「後ろかっ……」

猫「にゃにゃ!」


冗談じゃない、二回の瞬間移動だと。

どこを経てきたのか分からなかった。完全に一回この場から消えた。


咄嗟に後ろを見た判断は正しかったが、反応が遅い。

猫の手はもう振り下ろされ始めていて、切り裂かれる未来が容易に想像できた。

     ライトラ
女「『右を向かせる力』!」

猫「にゃおっ?!」


空中で猫が急にバランスを崩す。


男「ナイス!」

女「へへ!」

564: SS速報VIPがお送りします 2015/07/28(火) 00:29:21.81 ID:9GY/g35K0

体勢を崩し、足元に落ちた猫を踏みつける。


猫「ぎゃっ……」

男「観念しろよ畜生……っおぶ?!」


何故か俺の腹に来る衝撃と痛み。

よろよろと力なく下がる。


猫はダメージを負っているようだが、気絶とまではいかないようだ。

同じく立ち上がり俺の方を見ている。


男「『20人目』……そこにいたか」

「猫ヲ捕ラエタ程度デ油断スルトハ余裕ダナ、主人公」


能力は成長するが変化はしない。

しかし『20人目』と『猫』の能力は、会社員のリサーチを大きく上回るまでに成長を遂げていた。


まず『20人目』の能力。

触れたモノに対し、『手元を離れていても』無視される状態を維持できる能力が追加された。

これにより一本だけ所持していた水入りペットボトルを隠し、バトル開始と同時に男の頭上に放る。


次に猫。

外れた制限は『ペットボトルの中身入れ替えによる能力のリセット』。

バトル開始と同時に『飛んだ』猫はまず、男の頭上を通過するペットボトルに移動した。

      ステアリング
その後『階段を創る力』により吹っ飛ばされると、タイミングをずらすために『側を通った事のある』任意のペットボトルに転移、瞬時に『男の後ろに落ちた』ペットボトルに二度目の転移。

猫と男が戦っている隙に、『20人目』は男の後ろに移動していた。


男「かはっ……クソ」


ペットボトルを目視出来ない男には当然、猫の能力が自由自在の瞬間移動として見えている。

脳内には混乱と焦りが渦巻いていた。

582: SS速報VIPがお送りします 2015/08/01(土) 17:03:24.73 ID:2mpP7Yzm0

男「ふぅー……」


落ち着け、冴えろ頭。

口をすぼめてゆっくりと息を吐くと、幾分楽になった気がした。


まず、『20人目』と猫が手を組んでいる。

これはもう疑いの余地はない。


……確かに厄介だが、全然大丈夫だ。

思いっきり読み筋。


大事なのは全てをかなぐり捨てて勝つ覚悟と、『最後まで読み切れるかどうか』。

今までの事を全て思い出す。

そうすれば、全ての予想がつく。


男「……落ち着け……落ち着け……大丈夫……全部予想通りだ……」


俺が、『今殺されていない』という事。

これから死ぬのが誰なのかという事。


貴族を見た。


大きく頷いていた。

583: SS速報VIPがお送りします 2015/08/01(土) 17:19:34.27 ID:2mpP7Yzm0

ぱっ


男「貴族!」

貴族「おぉおおお!!」


貴族が目の前に転移してきた猫を掴んだ。

すぐ掴めたのは予想していたからに過ぎない。


何故ならこの猫は確実に『貴族の注目を浴びる位置』に転移しなければならなかったからだ。


猫「にゃがッ……」

貴族「知っているぞ、貴様はッ……ぉぼ」


そして、猫を掴んでから一瞬の出来事だった。


ずぶりと命を奪う音がした。

確かな殺意を持った銀色のそれが、貴族の腹に深々と突き刺さっている。


貴族「……ごぼ、が、き、貴様は『フェイク』だぁああ!!」

猫「ぎっ……ぎぃいぃい」


そう、この猫はフェイク。

移動能力だけで貴族を殺せない以上、とどめの一撃は『20人目』に依存するほかない。

                   パラキオン
奴に割れている唯一の能力である『血を噴き出す能力』は、全身から、つまり全方位に対してものすごい速さをもって血を撃ち出すことが出来る。

万が一にも致命傷を負う可能性のある能力。


猫が囮になって背中を空ければ『20人目』は確実に底をつくことが出来る。

        パラキオン
「終ワリダ『血を噴き出す能力』……オ前ハ一番初メニ消シテオカナケレバナラナイ存在ダッタ……!」

貴族「がぁ……はッ」




しかし、ここまでが俺たち三人の渾身の読みだった。

584: SS速報VIPがお送りします 2015/08/03(月) 13:44:57.90 ID:nW3IkprE0

現在『20人目』と『猫』と『貴族』が全員、至近距離に居る状態!!

実を言えばこれほどのチャンスはなかった。


貴族はそれを全てわかっていて、あえて『20人目』のナイフを腹に受けた。

更に言えば例え『20人目』が一人で向かってきていたとして、間違いなく貴族は死んでいたのだ。


女は耐えられなくなって泣いてしまっていた。

だってこれらの作戦は全て、女が考え出したものだったから。

      パラキオン
貴族「『血を噴き出す力』!!」


貴族の全身から血が噴き出した。

とんでもない高速で打ち出された血液はまず、手の中に握り込んでいる猫を簡単に千切った。


しかし当然、そのためだけに能力は使わない。

『20人目』にも血液がビシャビシャと纏わりついた。

    パラキオン
「『血を噴き出す力』……恐ロシイ能力ダッタ……、ガ、ゼロ距離デ発動シナイト肉体ヲ喰イ千切ルホドノ威力ハ望メナイ……ソウダロウ?」

貴族「……はっ、はは」

「猫ノ命ハ冥土ノ土産ニクレテヤル……」

貴族「貴、様、の」

「……?」


既に致死量の血が噴き出していた。

それでも貴族は口を開く。


貴族「貴様の、能力は、『無視する力』、じゃない……『無視される状態を創り出す力』だ……。あくまで、受動的な……能力」

「ダカラドウシタ」

貴族「だから、どうした……だと……? 気づいていないのか……哀れな……奴だ……」

「何ガダッッ?!」


貴族は笑った。

これで勝ちだと思って顔を上げたら、あの日のデブの背中が見えた。





貴族「貴様の能力は、『自分の意志に反して触れてしまったモノ』に対し、一切の効力を発揮しない」


『20人目』は思わず自分の掌を見た。

全身が怨念で赤黒く染まっていた。


貴族「じゃあな」

「馬鹿ナッッッ!!!」


気づいた時にはもう遅く、丸見えにされたその背中には、男がしがみついていた。

587: SS速報VIPがお送りします 2015/08/03(月) 15:40:03.64 ID:nW3IkprE0

男「ありがとう」

「貴様」


しかし『20人目』にも揺るぎない読みがあった。

ここで『どんなに高い』『どんな形の』階段を創られたところでまず死なない、という、確信に近い予想。


階段に触れる前に『無視される選択』を選ぶだけで、階段はまるで意味なく『20人目』をすり抜けていくのだ。

実に単純で易しい回避法。


『血の付着』によって姿を隠す事は出来なくなったが、それは彼にとって致命傷にはなり得ない。

『20人目』に負けはない!!


「貴様ガイクラシガミツコウガ僕ヲ殺スコトハデキナイ……自慢ノ階段デモソレハ叶ワナイノダヨ」

男「足りなかったのは発想の転換だ」

「……ア?」

男「ずっとどうしたら階段でお前を倒せるのかって考えてたんだけど、モノをすり抜けられるお前に致命傷を喰らわせるものがどうしても思いつかなかった」

「ハッ、諦メカ」

男「最後まで聞け。足りなかったのは発想の転換、ただそれだけだった」

女「男!!やっぱりやめて!!」

男「!」


もう幼馴染の顔はぐしゃぐしゃになってよく分からなかった。

ぼたぼたと流れる滴が少しだけ嬉しかった。


男「ひでぇ顔」

女「頼むから……」

男「貴族に命もらってんだ、今更止められるかよ」

女「男!!!」

男「大丈夫」


大丈夫じゃないけど。

男の口からふ、と笑いが漏れるのを、『20人目』は確かに聞いた。

    ステアリング
男「『階段を創る力』!!」

588: SS速報VIPがお送りします 2015/08/03(月) 15:41:58.42 ID:nW3IkprE0



「コッ……コンナ事ガッ……」



世界が沈み込んでいく。





「『下り階段』ッ……ダトッ……?!!」

615: SS速報VIPがお送りします 2015/08/06(木) 14:02:51.95 ID:4e4kKYat0

「何デモナイ……本当ニ何デモナイ男ノ何デモナイ能力ガ最後ニ……コノ大勝負デ『逆転ノ発想』……炸裂、シタ」

男「誉めても何も出ないぞ」

「誉メルツモリナドサラサラナイ……オ前ノツマラン、渾身ノ『読ミ切リ』ガ確カナ火力トシテ僕ニ届イタノハ、単ニ『自分ノ命ヲ犠牲ニシタカラ』ダヨ」

男「我ながらものすごい発想だと思うよマジで……自分で創った落とし穴に自分で首からどっぷり突っ込んでる」

「ソウマデシテ僕ヲ殺ス理由ガオ前達ニアッタトイウノカ?」

男「知らん。そんなことまで考えてる余裕なんぞなかった」

「フッ……コンナコトデ殺サレテイテハタマラナイナ……」

男「すまんな」

「何ヲ謝ル、オ前モ道連レダ」


風はものすごい速さで耳元を唸りながら突き抜けていった。


こうして二人真っ逆さまに、真っ暗なところを落ちていく。

手に伝わる『20人目』のおぼろげな感触でさえも、死の確定した今、愛しいものにさえ感じられた。


「猫ニハ、悪イコトヲシタ」


何でずっとついてくるのか分からなかった。

昔こんな猫をどっかで見ていたか、エサをやったかとも思ったが、生憎と記憶になかった。


猫は恩を三日で忘れるというからどちらにせよ、気まぐれ程度のものだったのかも知れない。

気が合ったとか、そんなとこか。

アイドルのとこでいいエサを貰うようになってからはほとんど僕から会いに行ってたしな。


口元が緩む。

まさか最後に分かりあえたのが猫とは、流石の『20人目』も驚きだ。


「フウ、シカシ要ラナイ能力ダッタ」






地面がもう目前に迫っているのが分かったが、特に思うことはなかった。

大きく息を吐いて、何も見えないながらに目を瞑った。

617: SS速報VIPがお送りします 2015/08/06(木) 14:29:52.56 ID:4e4kKYat0


そして誰もいなくなった。

男が開けた深い深い『下り階段』の傍で、女が膝をついて泣いていた。

もう落ちていった二人など見えるはずもない。


堰を切ったように溢れていた涙もとうに枯れ、喉を切り裂くヒイヒイと言う音が風に流されていた。


神さま「おめでとう」


唐突に声がした。

声の主はすぐに分かったが、全力で無視した。


神さま「20の能力者を一つの町に解き放った『要らない能力』の戦い。生き残ったのは君だよ、おめでとう」

        ライトラ
神さま「『右を向かせる力』」


神さま「ランクも普通、能力も大して役に立ちゃしない。それでも生き残ったのは君で、願いを叶える権利を貰ったのも君だ」


神さま「果たして、『要らない能力』を貰った君が望むものは何だ?」


神さま「……」


神さま「へえ、そう。一度は皆、こういう能力でもいいから欲しいって言うんだけどね、最後は結局そうなるのか」


神さま「これで神さまのかわいい能力たちは本当に要らない能力だったと証明された訳だよ、まったく、あーあ」


神さま「じゃあお望み通り、君たちを『能力を渡す前』の状態に戻すよ。せいぜい平和に生きるといいさ」


女は一度も顔を上げなかった。

願い以外は、一言さえ洩らさなかった。


神さま「ホント、こうやって能力をあげては元に戻した町がいくつあったか」


神さま「ま、良い暇つぶしにはなったよ、ありがとうありがとう。最後はあっけなかったけどね」


神さまはパン、と手を叩いた。


神さま「これで、目が覚めたら君はいつものベッドの上だ。あくび交じりに起きて、朝ごはんを食べて、制服に着替えて、気になる幼馴染と一緒に登校して、授業を受け、お昼に友達と弁当を食べて、また授業を受けて、幼馴染と帰り、ただいまを言って、部屋着に着替えて、夜ごはんを食べて、テレビを見ながらあくびを一つ。両親にお休みを言って、自分の部屋に戻って、電気を消して目を瞑り、またベッドの上で退屈な朝を迎える」


神さま「この戦いの壮絶な記憶を、欠片も残さないまま」


神さま「……」


神さま「最後まで僕を見ようともしない、か。すっかり嫌われちゃったね、ハハ」


神さま「それじゃ、バイバイ。もう会う事もないだろう」


そして全知全能の彼は、退屈そうにあくびをひとつした。


神さま「ふぁあ、さて……」


またどこかでお会いしましょう。


神さま「次はどの街にしようか」


―完―

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