俺様娘「なんつーか、世の中、色々フクザツだろ?」

2019年09月24日
俺様娘「なんつーか、世の中、色々フクザツだろ?」

1: SS速報VIPがお送りします 2019/02/08(金) 22:49:18.15 ID:r+/yxZP+0
オリジナル短編を三作品投稿します。
それぞれの関連性はありません。

それでは以下、本編です。

2: SS速報VIPがお送りします 2019/02/08(金) 22:50:40.65 ID:r+/yxZP+0
「あ? なんだよてめぇ。やんのか?」

見るからにヤバい奴に絡まれた。
聞けばわかる通り、口がすこぶる悪い。
そして見ればわかる通り、すこぶる、可愛い。

「なにジロジロみてやがんだ? お?」

そりゃあ、そんな艶めかしい生足を目の前で組まれて、美しい脚線美を見せつけられたら、誰だって凝視してしまうだろう。

「ちょっと面貸せよ。こっちに来い」

ふらふらと、まるで誘蛾灯に惹き寄せられる羽虫のように、ヤバい奴へと歩み寄ると。

「ちゅー」
「!?」

胸ぐらを掴まれて、強引に、キスを、された。

3: SS速報VIPがお送りします 2019/02/08(金) 22:51:36.48 ID:r+/yxZP+0
「ぷはっ」
「????」
「なんだよ、バカみてぇな顔して」

そんなことを言われてもどうしようもない。
まるで狐につままれたか、狸に化かされたような気分であり、理解不能、意味不明な状況だ。

「まだやんのか? チッ。しゃーねぇなぁ」

そう言って、ペロリと唇を湿らせて、再び。

「ちゅー」
「!?」
「れろれろれろれろ」
「!??!」

キスをされて、口腔内を舌で舐られた。

「ぷはっ……あー美味いっ!」

なんだかビールを一気飲みしたような表現だ。

「この為に生きてるって感じだよな?」
「?」
「あ? てめぇは生きる意味も知らねぇのか?」

ちょっと、何を言っているのか、わかんない。

4: SS速報VIPがお送りします 2019/02/08(金) 22:52:59.97 ID:r+/yxZP+0
「わかんねぇなら教えてやんよ」

腕組みをすると、大きな胸がたぷたぷした。

「てめぇは今この時、この瞬間、俺様と出会って、キスをする為に生きてきたんだよ」

今、明かされる驚愕の真実。
無論、荒唐無稽である。
ポカンとして、口を半開きにしていると。

「あむっ」
「!」
「ちゅうちゅう」
「!?」
「がぶっ」
「?!!?」

キスされ、吸われ、そして噛みつかれた。

「どうだ? 痛えか?」
「~ッ! ~ッ!」
「生きてんだから、痛えのは当たり前だろ」

だったら噛むなよ。そう強い視線で訴えると。

「バ、バカヤロー! そんなに見つめんなよ!」

何故か赤面して、ぷいっとそっぽを向かれた。

5: SS速報VIPがお送りします 2019/02/08(金) 22:54:52.99 ID:r+/yxZP+0
「べ、別に照れてるわけじゃねーし!」

どうやら照れてるらしい。
いつの時代のツンデレだろう。
絶滅危惧種を見るように眺めていると。

「照れてねぇ!」

大切なことらしく、2回言われてしまった。

「ごほんっ。今のはあれだ、その、なんだ」

なんだよ。今更取り繕っても遅いだろうに。

「こんな女にバカな男は引っかかるんだろ?」

そうやって悪女ぶるのには向いてないと思う。

「てめぇもバカな男だろ?」

どうだろう。少なくとも、頭は良くない男だ。

「安心しろ。俺様は、バカな男が好みなんだ」

唐突に自分の好みを打ち明けられても、困る。
ただ、ひとつだけ、言えることは。
バカな男で良かったと、心から、思った。

6: SS速報VIPがお送りします 2019/02/08(金) 22:56:11.15 ID:r+/yxZP+0
「まあ、とりあえず、隣に座れよ」

そう言われたので、大人しく横並びに座った。

「なんつーか、世の中、色々フクザツだろ?」

漠然としすぎていて、何が言いたいのかよくわからないけれど、とりあえず相槌を打った。

「俺様だって、普段はこんなじゃなくて、もっと大人しいってゆーか、引っ込み思案とゆーか、男の人に声をかけるのが怖い、みたいな」

途中から別人みたいにしおらしくなった。

「だから……頑張って、絡んでみたわけでして」

あ、最終的に敬語になるわけね。了解です。

「でも、上手くいかなくてですね……くすんっ」
「!」

女の涙を、落とさせる訳には、いかなかった。

7: SS速報VIPがお送りします 2019/02/08(金) 22:57:31.81 ID:r+/yxZP+0
「ふあっ」

何も言わずに、抱きしめた。良い匂いがした。

「ぐすっ……てめぇ、調子に乗んなよ?」

鼻声で凄まれても、怖くもなんともなかった。

「はん! どうせ、見下してんだろ? バカな女だって……頭のおかしい、痛い女だってよぉ!」

最初はそうだった。しかし、今は、違う。

「笑いたければ、笑えよっ!」

笑わない。笑えない。誰だって、そうだろう。
誰だって、無理をすると、滑稽に映るものだ。
でも、本人は必死なのだ。誰だって、そうだ。

「笑わないなら、こっちだって考えがある!」

自分を隠して、騙して、こじらせて、ついに。

「笑わないなら、うんちしてやるかんな!」
「おっ?」
「糞を漏らしてやるっつってんだよっ!!」

糞を漏らすという最終手段に、行き着くのだ。

8: SS速報VIPがお送りします 2019/02/08(金) 22:59:54.15 ID:r+/yxZP+0
「くそっ! こんな筈じゃなかったのによ!」

唖然としていると、膝の上に、乗ってきた。

「全部、てめぇのせいだかんな!」

責任はこちらにあるらしい。なら、仕方ない。

「俺様は普通の恋愛がしたかったのに!」

普通の恋愛とは、果たしてどんなものだろう。

「キスして、抱きしめて、愛を囁き合う関係になりたかっただけなのに……畜生ッ!」

それはたしかに心惹かれる恋愛だ。けれども。

「……別に、いいんじゃないか?」
「ふぇっ?」
「糞を漏らす恋愛があっても、いいだろう」

普通は、糞を漏らさない。
糞を漏らさないのが普通。
そんな普通は糞くらえだ。

9: SS速報VIPがお送りします 2019/02/08(金) 23:01:27.23 ID:r+/yxZP+0
「……好き」

このタイミングで告白をする感性に、惚れた。

「俺も好きだ」
「……ほんと?」
「ああ、本当だ」

こいつは見るからにヤバい奴だ。
今まで出会ったことがない程ヤバい女だ。
だからと言って、拒絶するつもりはない。

ヤバい女に、ヤバいくらい、惚れたから。

「うんち、漏らしても、いい?」
「ああ、いいぞ」
「嫌わない?」
「絶対に嫌わない」
「じゃあ、キスして」

キスをした。すると、すぐに、脱糞をした。

「んむっ……んあっ」
「れろれろれろれろれろ……フハッ!」

舐ってる場合じゃねぇ! 愉悦を、ぶちまけた。

「フハハハハハハハハハハハハハッ!!!!」

狂ったように嗤い、哄笑して悟る。
自分たちが、おかしいのではなく。
この世界こそが、おかしいのだと。

10: SS速報VIPがお送りします 2019/02/08(金) 23:02:58.44 ID:r+/yxZP+0
「はぁ~! 気持ち良かった!」
「お疲れさん」
「ん……ていうか、てめぇっ!」

ひと仕事を終え、労うと、思い出したように。

「い、いくらなんでも嗤いすぎだろ!」
「あ、ごめん」
「ま、まあ……愉しめたなら、いいけどさ」

いきなりキャラを戻す彼女を見て思わず笑う。

「な、なんだよ?」
「いや、可愛いなと思ってさ」
「うぅ~……好きっ!」
「俺も、大好きだ」

こいつは、おかしいのではなく、可愛いのだ。
この世界の、誰もが、それを認めなくたって。
自分だけがその可愛さをわかればそれで良い。


【隠して、騙して、こじらせて……漏らして】


FIN

11: SS速報VIPがお送りします 2019/02/08(金) 23:03:32.74 ID:r+/yxZP+0
以下、二作品目です。

12: SS速報VIPがお送りします 2019/02/08(金) 23:05:06.23 ID:r+/yxZP+0
「お前みたいな美人でも排泄するのか?」
「おっ?」

ずっと好きだった相手に、そう尋ねられた。
前半は問題なし。美人と言われた。嬉しい。
問題は、後半だ。排泄するのかと問われた。
普通はそんなことは聞かない。びっくりだ。
なので、目を丸くして、固まっていると。

「ああ、悪い。聞き方が良くなかったよな」
「いえ……おかまいなく」

気まずい空気になってしまった。
くそっ。どうして軽い調子で返さなかった。
ヘラヘラ笑って、適当に返答すれば良かった。
健気にも、自責の念に駆られる私に対して。

「今朝はちゃんと出してきたのか?」
「おっ?」

あっれー? おかしいな。さっきと同じじゃん。

「直接的な表現は控えたけど、伝わったか?」
「えっと……その、あの……小の方ですよね?」

何を聞いているんだ私は。彼は真顔で答えた。

「は? 大の方に決まってんだろ」
「あ、はい……で、ですよねー!」

何がですよねだ。どうしよう。途方に暮れた。

13: SS速報VIPがお送りします 2019/02/08(金) 23:06:27.53 ID:r+/yxZP+0
「それで、出たのか?」

催促され、決断を迫られて、カミングアウト。

「……で、出たよ」
「そうか。それは良かったな」
「あ、はい」
「なるほど……美人でも糞をするんだな」

糞とか言わないで。思わず涙が溢れてしまう。

「ん? どうした?」
「い、いえっ! 別に、なにも……」
「腹が痛いのか?」

優しいのは素敵だけど、違うんだよなぁ。

14: SS速報VIPがお送りします 2019/02/08(金) 23:07:36.02 ID:r+/yxZP+0
「腹が痛いなら、我慢しない方がいい」

だから、違うって。私は何度も首を横に振る。

「照れてる場合じゃないだろ」
「違っ……照れてるわけじゃなくて」
「早く出さないと痔になっちまうぞ」

否定しても聞く耳を持たず、余計心配された。

「ほんとに、大丈夫ですから!」
「ほんとか?」
「はい! 朝にモリモリ出したので!」

思わず余計な事を口走り赤面すると彼は笑い。

「そうか。それなら、心配ないな」

その優しい微笑みに、改めて好きだと感じた。

15: SS速報VIPがお送りします 2019/02/08(金) 23:09:21.15 ID:r+/yxZP+0
「今日も出たか?」
「……出ました」
「そうか。それは良かった」

あの日から、排便の報告が日課となった。
毎回毎回、私は恥ずかしい気持ちになる。
でも、それが嫌かと聞かれたらそうではなく。
この胸の高鳴りを、心地良いと、感じていた。

「あの……」
「ん? なんだ?」
「あなたも、その……」
「どうした?」

今日こそはと思い、意を決して、尋ねてみた。

「あなたも、うんちするんですか!?」

よし言えた。達成感とは裏腹に彼は絶句した。

「あれ?」

何かおかしかっただろうか。首を傾げると。

「……直接的な表現はどうかと思うぞ」
「あっ」

やばい。失敗した。マナー違反だったらしい。

「近頃は規制が厳しいから気をつけろよ?」
「はい……ごめんなさい」

謝りながら思う。なんだろう。すごく理不尽。

16: SS速報VIPがお送りします 2019/02/08(金) 23:10:32.23 ID:r+/yxZP+0
「今回だけは大目にみてやるよ」
「あ、有り難き幸せ」

何に幸せを感じているんだろうね、私は。

「それで、本題だけど」
「はいっ! どうでした?」
「出たことは出たけど、下痢便だった」

今度は私が絶句する番だった。直接的すぎる。

「なんだよ、悪いのか?」
「……悪くはないと思いますけど」
「ハッキリ言えよ。下痢便が汚いって!」

そんな泣きそうな顔をされたら、言えないよ。

「……汚くなんかないですよ?」
「本当か?」
「はい……私は、全然平気です」

下痢便くらいで好きな人を嫌ったりはしない。

17: SS速報VIPがお送りします 2019/02/08(金) 23:12:21.43 ID:r+/yxZP+0
「……ありがとな」
「えっ?」
「俺を見捨てないでくれて、ありがとう」

感謝されて、胸が熱くなった。今しかない。

「わ、私、実はあなたのことが……!」
「ぐあっ!?」
「へっ?」

突然、腹を抱えて蹲った彼に慌てて駆け寄る。

「だ、大丈夫ですか!?」
「近づくなっ!」
「えっ……?」

拒絶されてしまった。でも、やっぱり心配だ。

「あなたを助けたいんです!」
「はぁ……はぁ……俺は、もうダメだ」
「そんな……しっかりしてください!」

どうやら彼の容態は、それほどに深刻らしい。

18: SS速報VIPがお送りします 2019/02/08(金) 23:13:40.99 ID:r+/yxZP+0
「私に何か出来ることはありませんか!?」
「もう、何もない。既に、手遅れだ……」
「えっ?」

彼はまるで吐血するように下痢便を漏らした。

「フハッ!」

それを目撃して、思わず、愉悦が漏れた。

「フハハハハハハハハハハハハハッ!!!!」

好きだった相手が、下痢便を漏らした。
それに対して、嫌悪感はまるで感じない。
ただただ、愉しくて、愉快な気分だった。

「……嗤いすぎだ」
「あっ……ご、ごめんなさぁい!」

はしたないところを見られて、恥じ入ると。

「どうして、漏らしたのに、逃げなかった?」

その問いかけの意味がわからず、私は尋ねた。

「好きな人から逃げる必要がありますか?」

言ってから気づいた。これって告白じゃんと。

19: SS速報VIPがお送りします 2019/02/08(金) 23:15:17.37 ID:r+/yxZP+0
「好きな人……?」
「いや、これは、あの、その……」
「俺は好きで下痢便を漏らしたわけじゃない」

だから、そうじゃないってば。こうなったら。

「私はあなたのことが好きなんです!」

下痢便ではなく彼を好きだとハッキリ伝えた。

「そう、だったのか……」
「はい……黙ってて、すみません」
「いや、それはいいんだが……残念だ」
「ざ、残念、とは?」

ネガティブな言葉に思わず過剰に反応すると。

「だって、もう嫌われちまっただろ?」
「はい?」
「こんなことならオムツを穿けば良かった」

心底悔しそうに、彼は悔し涙を流していた。

「あの……それは、どういう意味ですか?」
「……オムツを穿けば漏らさなかっただろ?」
「まあ、それはそうでしょうけど……」
「そしたら、お前に嫌われずに済んだのに」

ああ、なるほど。彼は完全に、誤解している。

20: SS速報VIPがお送りします 2019/02/08(金) 23:17:01.46 ID:r+/yxZP+0
「あのですね、よく聞いてください」

私は彼と目線を合わせて、ちゃんと説明した。

「まず大前提として、私はあなたが好きです」
「それは、俺が漏らす前の話だろう?」
「いいえ、違います。現在進行形で好きです」

彼はキョトンとして、飲み込めない様子だ。

「私はあなたを嫌ってなんかいません」
「だが、俺は下痢便を漏らして……」
「だからどうしたと言うのですか?」

過ぎたことはどうしようもない。今が大切だ。

「その程度で揺らぐほど私は弱くありません」

彼に対する私の好意はそんなにヤワじゃない。

「むしろ、以前にも増して好きになりました」

安心させるように微笑むと、抱きしめられた。

21: SS速報VIPがお送りします 2019/02/08(金) 23:18:01.03 ID:r+/yxZP+0
「ど、どうしたんですか……?」
「俺もお前が好きだ!」
「ふぇっ?」

おかしいな。私のターンだったのに。ズルい。

「ずっと、好きだったけど、照れ臭くて……」

私のことを力強く抱きしめながら、彼は語る。

「だから、おかしな質問で、誤魔化して……」

ああ、なるほど。そういうことだったのか。

「ずっと、黙っていて、悪かった」
「ううん……とっても、嬉しいです」

だから、あんな質問をしてきたのか。
なんとも不器用というか、不思議な人だ。
そんなところが、たまらなく好きだった。
一般的な感性では理解出来ないかも知れない。
それでも、良かった。むしろ、嬉しい。

私さえ、この人を理解出来たらそれでいい。

「愛しています」
「俺も愛してる」

どちらともなく唇を重ねて、彼はこう言った。

「今度は、お前の排泄を見せてくれ」
「……いいですよ」

返事をしてから再び唇を重ねつつ。
モリモリ、彼の前で脱糞するのが。
待ち遠しくて、愉しみだと思った。


【下痢便に負けない好意】


FIN

22: SS速報VIPがお送りします 2019/02/08(金) 23:22:37.71 ID:r+/yxZP+0
最後に、これは近頃、セカイ系の物語を目にすることが減ったと感じて書いた作品です。
最後まで、お楽しみください。

それでは以下、三作品目です。

23: SS速報VIPがお送りします 2019/02/08(金) 23:25:48.24 ID:r+/yxZP+0
「……守って、欲しいな」

思わず、そう独りごちた。
周囲は死屍累々といった有様で。
戦場という名の地獄を、物語っていた。

「ヒーローはどこに居るんだろう?」

ヒーロー。すなわち、それは英雄だ。
そうした存在はおとぎ話によく登場する。
しかし、この現実世界で遭遇した経験はない。

「今日も、空が真っ赤で綺麗だなぁ」

赤く染まる空を見上げて、見たままを呟く。
只今の時刻は真昼間なのにも関わらず。
まるで朝焼けか夕暮れのように、空が赤い。

「なにもかも、燃えていく……」

草も木も車も家も町も国すらも、全部。
世界中で火の手が上がり、燃え盛っていた。
夜になってもそのあまりの明るさに眠れない。

「ああ、ダメだ……また、落ちる」

赤い空を引き裂く、戦闘機の爆音。
けたたましい空襲警報のサイレンが鳴り響く。
散発的に行われる対空砲火を、嘲笑うように。

ズドンッ!

「うわっ……今のはわりと近かったなぁ」

ビリビリと身体に伝わる衝撃波。
どこかで窓硝子の割れる音がした。
爆風が頬を撫でて、その熱波により。

流した涙は、乾いて、消えた

24: SS速報VIPがお送りします 2019/02/08(金) 23:28:09.85 ID:r+/yxZP+0
「怪我人はいませんかー!?」

爆心地に徒歩で向かいつつ、呼びかける。
呻き声が聞こえたら、すぐさま駆けつける。
助かった人と、助からなかった人がいた。

「この人は助かって、この人は助からない」

その違いがなんなのか、未だにわからない。
早かったからなのか、遅かったからなのか。
あるいは、運が良かったのか、悪かったのか。

「ごめんね、食べ物はないの」

泣き喚く幼い子供に何もしてやれない。
せっかく助かったのに、これではあんまりだ。
その度に、虚しい気持ちになってしまう。
助けなければ良かったかと、思ってしまう。
ガリガリに痩せた子供達を見るのは、辛い。

「どうにかしないと」

どうにかしようと思った。
助けた上で、幸せに暮らせるように。
その為には頭上の小蝿を追い払う必要がある。

「ちょっと待っててね……すぐに戻るから」

子供の頭を撫でてから、上空へと飛び立った。

25: SS速報VIPがお送りします 2019/02/08(金) 23:30:23.79 ID:r+/yxZP+0
「エンジンは2つも要らないよね?」

メリメリと、片方のエンジンを剥がして。

「ほら、さっさとおかえり」

威嚇射撃をすると、敵機は逃げていった。

「はぁ……そんなに怖がるなら来ないでよ」

何度追い払っても、小蝿はまたやってくる。
その度に、こうして追い払って、威嚇して。
すっかり相手は、怯えているように見えた。

「怖いから、攻撃的になるのかな?」

そこまで怖い顔をしているつもりはない。
ちょっとだけ、むっとしているだけだ。
子供を叱るように、めっとしただけなのに。

「きっとあのパイロットはもう飛べないな」

泣き叫ぶ悲鳴が電波に乗って、耳に届いた。

26: SS速報VIPがお送りします 2019/02/08(金) 23:32:38.62 ID:r+/yxZP+0
「えぇ~! こちらから仕掛けるんですかぁ?」

司令部からの指示に、難色を示す。
守るのは本意でも、襲うのは不本意だ。
そんなことをしても、犠牲者が増えるだけだ。

「こっちが優勢になったら向こうにつきます」

それが、参戦する条件だった。
より可哀想な方を助けてあげたい。
より多くの人々を、助ける為に。

「ご理解頂けてなによりです。それではまた」

良かった。寝返らずに済んだ。
とはいえ、寝転んで眠る暇はない。
寝返りを打つように、敵を撃とう。
微睡みながらも、戦闘は継続していた。

「敵機の数が多いので、増援を頼みます」

無線で要請すると、増援が現れ、すぐ落ちた。

「あちゃー……しっかりしてくださいよぅ」

友軍のパイロットが脱出していたのは幸いだ。

27: SS速報VIPがお送りします 2019/02/08(金) 23:35:17.16 ID:r+/yxZP+0
「まったく、本当にだらしないんだから」

結局、独りで奮闘する羽目になった。
真っ赤な空に眩い閃光を迸らせながら。
東へ、西へ。南へ、北へ。東西南北。
四六時中、何処へでも駆けつけて。
救えるだけの命を助けて、そして見捨てた。

「そろそろ、疲れたよ」

別に無敵というわけではない。
誰よりも速くて、誰よりも強いけれど。
怪我はするし、疲れるし、涙を流すのだ。

「これ、いつになったら終わるんだろう」

最近は、そればかりを考えている。
そもそも、どうすれば終わるのか。
どちらかが滅べばそれで終わりなのか。
もしくはどっちも滅べば、終わるのか。

「だとしたら、終わる筈なんてないよね」

そんなことはさせない。
どっちかを滅ぼすなど論外。
どっちも滅ぶなんて以ての外だ。
なんとしても阻止しようと決意して、気づく。

「ああ、そっか……だから、終わらないのか」

それを阻止するから、地獄は終わらないのだ。

28: SS速報VIPがお送りします 2019/02/08(金) 23:37:23.84 ID:r+/yxZP+0
「そろそろ出番だよ、ヒーローさん」

倒すべき敵は明白だった。
これにて舞台は整ったのだ。
今現れなくて、いつ現れると言うのか。

「いるんでしょ? 出ておいでよ」

赤い空に向かって呼びかけると、彼は現れた。

「あは。抵抗なんてするつもりはないってば」

ヒーローは無抵抗な相手に戸惑っていた。
それを見て、おとぎ話の通りだと思った。
ヒーローは、弱い者いじめなんてしない。

「それじゃあ、強い者は、いじめてくれる?」

そう嘯いて、天と地を引き裂いてやった。
もちろん、犠牲者は出さないように。
確固たる強さを示すと、いじめてくれた。
抵抗することなく、それを受け入れる。

「えへへ……ばいばーい……」

赤い空から堕ちて、真っ暗な闇に包まれた。

29: SS速報VIPがお送りします 2019/02/08(金) 23:39:03.67 ID:r+/yxZP+0
「暗い……ここは暗くて、寒いなぁ」

そこは暗い暗い、深い深い地獄の底。
さっきまでは、赤い空の地獄だった。
暗闇は冷たくて、居心地が良かった。

「誰かいませんかー!?」

呼びかけても、返事は返ってこない。
それを知って、ほっと安堵した。
もう救うべき、可哀想な人々は、いない。

「ああ……良かったけど……寂しいなぁ」

安堵の溜息と共に、涙が流れた。
冷たい暗闇の中で流す、温かい涙。
そうしなければ、温もりすら、感じられない。

「疲れた……もう、疲れたよ」

疲れて、くたびれて、地獄の底で横たわった。

30: SS速報VIPがお送りします 2019/02/08(金) 23:40:22.34 ID:r+/yxZP+0
「ん……朝、かな?」

パチリと目を開けても真っ暗。
それでも目が覚めて朝だと認識した。
まるで優しく起こすように、頭を撫でられた。

「ああ、ヒーローさん。おはよう」

見えないけど、わかる。ヒーローがいる。

「これからは君が守ってくれるの?」

ヒーローが頷いてくれたような気がした。

「ありがとう……救ってくれて」

ヒーローはおとぎ話の通り。
あらゆる者を救う英雄だった。
たとえそれが、地獄に堕ちた悪魔だとしても。


【地獄の底のヒーロー】


FIN

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