【第一 ~ 十章】勇者「伝説の勇者の息子が勇者とは限らない件」

2019年01月16日
【第一 ~ 十章】勇者「伝説の勇者の息子が勇者とは限らない件」

1: NIPPERがお送りします 2014/11/03(月) 17:45:30.02 ID:vaQlw0BD0
勇者「人間界の侵略を続ける魔王軍に抗うため一人立ち上がり」

勇者「世界中を旅して魔王軍に征服されていた各国を解放し」

勇者「伝説の武具を揃えた上、この世で唯一光の精霊の加護を得て、遂には魔王を打倒した」

勇者「そんな世界の救世主、この世の伝説となった勇者が俺の親父です」

勇者「そんな偉大すぎる勇者を父に持つ俺が、今、旅立ちの報告をするために国王の元へ謁見に向かっています」

勇者「え? どこに旅立つのかって?」

勇者「勇者と名の付く人間が旅に出るっつったら魔王討伐のために決まってんだろこんちくしょう」



2: NIPPERがお送りします(SSL) 2014/11/03(月) 17:46:52.23 ID:vaQlw0BD0
国王「おお、勇者よ。よくぞ参った」

勇者「ははぁ~」

国王「おお、そうかしこまるでない。表をあげい」

勇者「お心遣い痛み入ります。本日は出立のご報告に参りました」

国王「そうか、遂に……あれからもう五年もたつのか」

勇者「月日が経つのは早いものです。私もこの日を待ち望んでいた故、なおさら」

国王「うむ…お主の父親のことは残念であった。しかしその血を継ぐお主がこのように立派に育ち、父の遺志を継ぐ……あやつも草葉の陰で喜んでいるじゃろう」

勇者「もったいなきお言葉……必ずやこの世界に平和を取り戻し、父の無念を晴らしてみせます。それでは、これにて」

国王「勇者よ。町の酒場に寄っていけ。魔王討伐の旅に同行を志願した者達を集めてある。その中からお主の目で選抜し、仲間として連れていくがよかろう。……決して、父の二の舞とならんようにな」

勇者「重ねてのお心遣い、感謝の言葉もございません。ご厚意についてはありがたく頂戴いたします」

 キィ……バタンッ!

勇者(………)

勇者( や っ て ら ん ね い Y O ! ! )

3: NIPPERがお送りします(SSL) 2014/11/03(月) 17:48:45.14 ID:vaQlw0BD0
勇者(まあ簡単に今までの流れを振り返るとね、居たんですわ。何か魔王の上に大魔王ってーのが)

勇者(ほんで大魔王っちゅーのがなんか魔界とか何とかいう世界に居るっちゅーんですわ)

勇者(これに関しては目から鱗だったね。どっからあんなに魔物うじゃうじゃ沸いてくんだって思ってたからね。まさか魔界とはね。もう一個世界があったとはね)

勇者(そこで満足しとけよ!! 世界足んな~い、もう一個世界欲しい~って欲張りすぎるだろ!! 死ね!!)

勇者(まあ俺の親父もね、そう思ったんでしょう。もうぷりぷりしながら魔界に乗り込んでいったんすわ。5年前にね)

勇者(そんで、まあ……帰ってこなかったんすわ)

勇者(…………)

勇者( そ れ で な ん で 後 釜 が 俺 な ん だ よ ! ! )

勇者(おかしいよ! 息子ってだけじゃん! いや、わかるよ!? 何かを俺に期待しちゃうみんなの気持ちはわかるよ!? 理解は出来るよ!?)

勇者(でも俺なんも受け継いでないじゃ~~ん!! 光の精霊の加護とかももらってねーし伝説の武器とかも預かってねーし、それっぽい情報とかも受け継いでねえしぃ!!)

勇者(元々親父は王宮で騎士やっててその騎士隊の中でも随一の剣の使い手だったらしいけど、俺なんも教わってなかったしぃ!?)

勇者(ってか痛いのとか嫌いだから教えよう教えようとする親父とか周りの人から逃げ回ってたじゃん! みんなそれ知ってんじゃん!!)

勇者(なのに親父がどうやら死んだらしいってなってからのプレッシャー何なの!? 次はお前でしょ的プレッシャー! 特に母ちゃん!! 実の親なのに我が子を死地に送るのにスゲー積極的!! なんなの!?)

勇者(魔王討伐用に鍛えるにしてももっと下地が出来てるやつの方がいいじゃ~ん実際そんな奴いっぱい居たじゃ~ん! ってか今酒場に集まってるやつって大抵そんな奴じゃねーの!?)

勇者(なのに俺にだけすげー期待かけてアホのように修業させて……いやー思い出したくない。この5年は地獄だった。みんなの期待が重すぎるのもあって体力的にも精神的にも地獄だった)

勇者(だからまあ、実は俺自身この日を待ち望んでいたってーのはホントだったりする。ようやく俺はこのプレッシャーまみれの国から逃げ出すことが出来るんだ……)

勇者(いや、ホントきつかった……みんななんかやたら俺のこと目で追うから、やることなすこと監視されているようで……)

勇者(おかげでこの年になっても女の子とろくに手を繋いだこともねーYO!!)

勇者(きゃああああああああやってられるかあああああああああああ!!!! やりなおす!! 俺は俺の青春をこれからやり直してやるんだ!!)

勇者(というわけでパーティーは可愛い女の子で固める。ウハウハハーレムパーティーや!)

勇者(魔王討伐? 何も打倒魔王のために動いてるのはこの国だけじゃない。適当に流してりゃそのうち誰かが代わりにやってくれるさ!!)

勇者(………まあ、この5年その誰かは一人も現れてない訳なんだけど)


4: NIPPERがお送りします(SSL) 2014/11/03(月) 17:50:03.98 ID:vaQlw0BD0
―――城下町

武道家「よう。無事王様への挨拶は終わったか?」

勇者「……なんだよお前こんなとこで」

武道家「お前を待っていたのさ。仲間を何人か連れていくよう、王にも言われただろう? 酒場で待っていてもよかったんだが……ぞろぞろと人が固まっている場所は好かんでな。抜け出してきたのさ」

勇者「生憎だったな、お前は連れていかんぞ。俺はウハウハハーレムパーティーで道中面白おかしく過ごすんだ。そこに貴様のような爽やかイケメンが入る余地はない」

武道家「おいおいつれないな。幼少からの古い付き合い…俺たちは所謂幼馴染ってやつだろう?」

勇者「そんな属性は貴様に必要ない。幼馴染が貴様のようないけ好かない男しかいない現実に涙が止まらんよ僕ぁ」

武道家「お前の助けになれるよう、腕を磨いてきたんだがな。残念だ。ま、気が変わったらまたいつでも声をかけてくれ」

5: NIPPERがお送りします(SSL) 2014/11/03(月) 17:51:57.57 ID:vaQlw0BD0
―――酒場

酒場のママ「あらいらっしゃい勇者ちゃん。王様から話は聞いてる?」

勇者「ああ、ここに俺の仲間志願の奴が集まってるんだろ? 何人くらいいるんだ?」

酒場のママ「多いわよ~。え~っと、名簿によれば47人ね。もう奥の部屋ぎゅうぎゅうよ?」

勇者「名簿って顔の肖像ついてる?」

酒場のママ「顔はついてないけど、今の職業とこれまでの経歴は載ってるわよ」

勇者「ちょっと見せてくれ……ふぅ~む、ほんほん。おん? この名前……」

勇者「ちょっとママさん、この子呼んできてくんない?」

酒場のママ「はいは~い」



僧侶「どうか私を魔王討伐の旅に連れて行ってください、勇者様!!」

勇者「僧侶たんキタァァァーーーーーーッッ!!!!!!」

僧侶「ひえっ!?」

勇者(名前見てもしかしてと思ったらビンゴォォォォオオオ!! 普段は教会で修道女やってる僧侶たんだぁぁぁあああ!! はぁぁぁああああん!!!!)

勇者(その麗しい見た目!! 敬虔な修道女ぶり!! 前々からいいないいなと思いつつ遠くから眺めるだけだった僧侶たんがまさかのパーティー志願!!?)

勇者(ふああああああああん心臓の音やばいよおおおおおおおおおお!!!!!!)

僧侶「え、えっと、あの……」

勇者「ご、ごほん。ちなみに僧侶た…僧侶さんはどうしてこの旅に志願を?」

僧侶「は、はい! 魔王が復活し、また魔物たちの活動が活発になったことで、両親を失い、孤児となった子供の数が増えてきています。……私が身を置いている教会でも、多くの孤児となった子供たちを保護し、孤児院へ斡旋してきました……」

僧侶「もう、あんな子供たちの顔を見るのは嫌なんです!! そのためなら私、何でもします!! 命だっていらない!!」

勇者(はああああん天使だよおおおおおおお!!!! 僧侶たあああああああん!!)

僧侶「どうか、私を連れて行ってください!! お願いします、勇者様!!」

勇者(お辞儀した拍子におっぱいが盛り上がったよおおおおおおお!! 何この子完璧じゃあああああん!! 可愛い、優しい、おっぱい大きい、完璧じゃあああああん!!!!)

勇者(何でもするって言った!? 何でもするって言った!!? じゃあお嫁さんに来てくださいいいいぃぃぃぃいいいい!!!!)

僧侶「………うぅ」

勇者(めっちゃキラキラした瞳でこっち見てるぅぅぅううう!!!! 何か最初っから好感度MAXっぽいぃぃいいい!!!!! 伝説の勇者の息子効果ぁぁあああああ!!!!)

勇者(あー、こういう時だけは親父に感謝だわ、マジで)

勇者「こちらこそよろしく、僧侶ちゃん」

僧侶「ちゃ、ちゃん?」

勇者(あ、やっべつい言っちゃったキモイと思われちゃったあああああ!!!?)

勇者「ご、ごめん! 不愉快だったかな!?」

僧侶「い、いえ、少し驚いただけです! これからよろしくお願いしますね、勇者様!」

勇者(はああああああんやっぱ天使ぃぃぃぃいいいいいいい!!!!)

6: NIPPERがお送りします(SSL) 2014/11/03(月) 17:53:57.22 ID:vaQlw0BD0
勇者(パーティーはやっぱ多くて4人だよなあ……宿屋とかも4人部屋とか2人部屋多いし、5人にすると確実に俺だけ1人部屋にはぶられる可能性大)

勇者(かといって6人以上にすると大所帯で色々身動きが取りづらいだろうし、下手すりゃパーティー内で3人・3人のグループに分かれかねん)

勇者(うん、やっぱ4人だな。当初は4人で旅して、もう少し人数がいると感じたらまた仲間を増やす方針でいこう)

勇者「一応確認しとくけど、僧侶ちゃんは水の加護を受けてるよね? 土と風の加護はまあ受けてないにしても、火の加護は受けてるかな?」

僧侶「ご、ごめんなさい。精霊様の加護は、水の精霊様の分しか受けていません」

勇者「いやいや謝らなくていいよ。確認しただけだから。それじゃあ僧侶ちゃんの役割は回復をメインとしたバックアップだね」

勇者「となると、土と風に特化したアタッカーがやっぱ一人は欲しいな」

※精霊の加護
瘴気をまき散らし、世界を汚染する魔物は人間だけでなく、この世界に生きる精霊たちにとっても天敵。精霊は何か生物の体を介在しなければその力を振るえないため、魔物を退治しようという人間には積極的に力を貸してくれる。
土・風・水・火の区分については、その加護の効能によって人間側が勝手に大別したもので、別に精霊が明確にその4種族に区別されるわけではない。

・土の精霊…加護を受けることによって身体能力(主に筋力・膂力)が向上する精霊の総称

・風の精霊…加護を受けることによって身体能力(主に反射・敏捷)が向上する精霊の総称

・水の精霊…加護を受けることによって傷の回復など、補助に特化した呪文を振るえるようになる精霊の総称

・火の精霊…加護を受けることによって敵の殲滅を目的とした攻撃呪文を振るえるようになる精霊の総称

ただし、精霊の加護を受けるためにはその者自身に元々ある程度の能力が求められる。これは、精霊自体の数と、精霊一体が与えられる加護の数が限られているため、精霊が加護を与える対象を慎重に選別しているものと考えられており、またこのことから精霊にも明確な意思が存在しているものと推測されている。(あくまで推測であり、精霊と意思の疎通が出来たという事例は報告されていない)
魔物を倒すためには精霊の加護は必須である。
魔物を多く倒すことで精霊の目にとまり、より多くの加護を得ることが出来る。


僧侶「あのう…勇者様」

勇者「なんだい?」

僧侶「差し出がましいようですが……もし土や風の精霊の加護を受けた『戦士』をお求めならば、奥に居る同行志願者の中に私の友人がおります。よろしければ、彼女もこの旅に同行させてはいただけないでしょうか」

勇者「彼女? ってことは女の子?」

僧侶「はい。しかし、腕は確かです」

勇者「可愛い?」

僧侶「はい?」

勇者「ごめん今のなし」

僧侶「か、可愛いかどうかと言われれば……この国で一番の美貌の持ち主であるともっぱらの評判です」

勇者「決定」

僧侶「ふえ?」

勇者「決定です。僧侶ちゃん、早速連れて来て」

僧侶「は、はい! ありがとうございます!!」

勇者(こちらこそありがとおおおおおおおおおおおお!!!!!!)

7: NIPPERがお送りします(SSL) 2014/11/03(月) 17:55:22.60 ID:vaQlw0BD0
勇者(やばい! 何か順調すぎてやばい!! 美貌、という言い回しをするからにはその子はきっと綺麗系お姉さまなんでしょう!! 可愛い系おっぱい大きい僧侶たんに、綺麗系スレンダー戦士たん(想像)!! じゃああと一人はどうしましょう!? あらやだやっぱり無口系クール子たんかしら!?)

勇者(夢が広がりゅぅぅぅううううううう!!!!)

僧侶「お待たせしましたー!」

勇者(来たぁぁぁぁああああ!!!!)

僧侶「この子が私の友人の戦士です。ほら、ご挨拶して戦士!」

戦士「……戦士だ。よろしく頼む」

勇者「……あ、はい。こちらこそ」

勇者(……あれ? 何かおかしい。目がおかしい。あの子の目僧侶たんみたいに全っ然きらきらしてない。むしろなんか……汚物を見る目?)

勇者(やだ、こわい!! 確かに超美人だけど、女の子と碌に接点持ってない俺にその目はハードル高い!! 萎縮しちゃう!!)

戦士「言っておくが、私は本気で魔王を、ひいては大魔王を倒すためにここに居る……くれぐれもよろしく頼むぞ、勇者殿」

勇者(えーーーなんか釘刺されたーーー!!!! こわーいやばーーい!! 何か勇者『殿』ってのも皮肉っぽーーい!!)

勇者(なんでー!? この人俺のこと何か知ってるのーー!? こわーいやだやばーーい!!)

僧侶「もう、戦士ったら勇者様に対して失礼よ!!」

戦士「気に障ったなら、すまない。だがこれが私の偽らざる気持ちだ。覚えておいてくれ、勇者」

勇者(わーやっぱりもう呼び捨てだー。この子俺に対する好感度ひっくーい。マジで何でかわかんなーい。ヤダーおうち帰りたーい)

僧侶「もう戦士ったら……ごめんなさい勇者様。この子、本当はとってもいい子なんです。ちょっと言動がぶっきらぼうなだけで」

勇者(わーチェンジって言えなーい。僧侶たんのフォローが入っちゃったらもうチェンジって言えなーい。帰りたーい)

戦士「それで…もう出発するのか? それとも、まだ仲間を募るのか?」

僧侶「どうします? 勇者様」

勇者「仲間、ええと、はい、仲間ね! 仲間はね、もう一人は目星ついてるから! ほんじゃ、行こっか!!」

8: NIPPERがお送りします(SSL) 2014/11/03(月) 17:56:38.74 ID:vaQlw0BD0
―――武道家の家

武道家「ハーレムを作るんじゃなかったのか?」

勇者「無理! 無理無理!! あの戦士さんの加入でハードル一気に上がっちった!! これにあと一人クール系美少女加えたりなんかしたら俺捌ける自信がない!!」

武道家「無理やりクール系にせんでもいいだろうが。もっととっつきやすい奴がいくらでもいたろう」

勇者「無理だよ! いざ現実に女の子二人仲間に入れたらプレッシャーすげえよ! これにあと一人女の子入れたりなんかしてみ? 俺会話に混ざれる自信ねえよ!!」

勇者「だからお前も一緒に来い! 何かこう上手いこと男女の間の緩衝材になれ!!」

武道家「やれやれ、純粋に魔王討伐の戦力として声をかけてもらいたかったもんだが…ま、よかろう。お前と共に征くという結果は変わらん」

勇者「……待て、今気づいた。何でお前そんな準備万端なん?」

武道家「それなりに付き合いも長い……お前の行動など読めるさ」

勇者(は、腹立つ!! 言外にどうせお前がハーレムなんて無理ってわかってたよプゲラって言われてる!!)

武道家「というわけで、武道家だ。勇者とはわりとガキの頃からつるんでる……よろしく頼むぜお嬢さんたち」

僧侶「よろしくお願いします!」

戦士「……よろしく」

勇者(何か思ってたのと違ーう!! 何かガチの旅になりそー!! ヤダー怖ーい帰りたーいでも帰っても居場所ないから行くしかなはーい!!)

勇者(ちくしょう! 恨むぞ親父ィ!!)


第一章  旅立ち       完

14: NIPPERがお送りします(SSL) 2014/11/08(土) 17:05:37.23 ID:o7HBAeXa0
勇者(と、いうわけで魔王討伐の旅に出発せざるを得なくなりました。しかも、なんかガチな感じで)

勇者(伝説の勇者の息子ということでちやほやされながらハーレムパーティーできゃっきゃきゃっきゃやっていこうという当初の思惑はどこへやら)

勇者(何かやたらやる気満々でガチで鍛えまくってたアホ武道家と、この旅に真剣そのものの面持ちで臨む女戦士さんがパーティーに加入しました)

勇者(まあ女戦士さんは金色の髪がすらっと伸びてて超綺麗でスタイルは非常にバランスのいい感じで、つまり全体的に超俺の好みなんだけど、如何せん性格に遊びがなさすぎる。ぶっちゃけ超怖い)

僧侶「それではまずは北東にある第一の町を目指すべきでしょうか?」

勇者(僧侶たんだけが癒しだよふもおおおおおん!! きゃわわ!! 僧侶たんきゃわわ!!)

勇者「そだね。しばらくは親父の足跡をたどっていこうと思ってる。その途中で色々親父の話―――親父が魔王を倒すためにどんな準備をしていったのか、情報が得られるかもしれないからね。それでいいかな?」

武道家「異存はない」

戦士「私もだ」

僧侶「私もそれが良いと思います!」

勇者(きゃわわ!!)

勇者「それじゃ、出発しようか」

武道家「もしお前の父親の情報が途中で途切れたら、その時はどうする?」

勇者「そん時はそん時に考えるよ。でもまあ、その心配はないだろ」


勇者「なんせ、俺の親父は各地で語り継がれる『伝説の勇者様』だってんだからな」


15: NIPPERがお送りします(SSL) 2014/11/08(土) 17:07:13.49 ID:o7HBAeXa0
勇者(はい城下町出ましたー。第一の町までは街道が整備されてるのでこれを辿っていけばいいんですがー)

 蛞蝓型魔物があらわれた!
 猪型魔物があらわれた!
 烏型魔物があらわれた!

勇者(はい早速お出ましでーす。5年前親父が魔界に消えて、程なくしてすぐ魔王が復活してー、またガンガン魔物使って侵略範囲を広げていきましたー)

勇者(結果、5年経った今ではこうやって整備された街道進んでもおかまいなしで魔物が襲ってきまーす。町の人とか外出る時は護衛必須。交易滞りまくり)

勇者(マジでこの状態から魔物たちを魔界に追い返すには所謂『勇者』を立てて敵の親玉を狙う電撃作戦しかないんだよね、実際)

勇者(わかっちゃいるけど責任重すぎ!! 頑張れ! 各国から派遣されてるはずの他の勇者たち!! 俺は何かこう、無理のない範囲でぼちぼちやる!!)

勇者(というわけでパーティーを組んでからのこの初戦闘! ビシッと見事な采配で敵を殲滅し、パーティー内での地位を確立するのだ!! 今後いい感じで旅を続けるために!!)

武道家「つあッ!!!!」


 武道家の攻撃! 猪型魔物にダメージ!


勇者(あれあれ? 僕まだ何も指示出してませんよ?)

戦士「はあッ!!!!」


 戦士の攻撃! 蛞蝓型魔物を両断!


勇者(あれあれこっちも!?)

僧侶「皆さん! 怪我をしたらすぐに私が治療しますからね!!」

勇者(僧侶たんすら自分のタイミングでやる気満々だーこれ!)


16: NIPPERがお送りします(SSL) 2014/11/08(土) 17:08:58.15 ID:o7HBAeXa0
勇者(ま、まあ初戦闘だからね。ぶっちゃけ俺もパーティーの実力全然知らんし、指示の出しようないからね。今回は個々の力を見定めさせてもらおう。今後の指示出しのために、このパーティーを率いるリーダーとして!)

武道家「はッ! たぁッ! つぇりゃあ!!」


 武道家の連撃が猪型魔物を怯ませる!


勇者(武道家は拳闘をメインとした体術。蹴りも出さない訳じゃないが、相手との距離を取るためだったり、連撃の締めに繰り出して相手の体勢を崩すためだったり、その頻度は少ない)

勇者(使用している武器は『手甲』。拳から手の甲側を鱗のように節を設けた鋼で覆っている。その範囲は肘まで及び、防御の時は盾としても使える攻防一体の武具だ)

勇者(特に目を引くのは肘から飛び出した槍の穂先のような刃――肘打ちを繰り出せばちょうど相手に突き刺さるような構造となっており、『スピア』と呼ばれている)

 武道家は間断なく拳を繰り出し、猪型魔物を打ちのめす。
 猪型魔物がたまらずたたらを踏み、バランスを崩した瞬間――武道家はその肘で猪型魔物の額を打った。
 つまり――その肘から突き出たスピアが、深々と猪型魔物の額に突き刺さっている。
 武道家は何かに祈るように両目を閉じ、ズブリと魔物の頭から刃を引き抜いた。


 猪型魔物をやっつけた!


勇者(えぐい!!)

勇者(風の精霊の加護を強く受け、敏捷性に特化した武道家は反撃の間も与えない連撃で相手の体力を削ってからスピアを急所に打ち立てて一撃必殺を狙うタイプだ)

勇者(ステータスを表すならこんな感じか)


 武道家【爽やかクソイケメン】

 体力★★★★
 魔力
 筋力★★★
 敏捷★★★★★


勇者(まあ、実は武道家についてはある程度知ってたんだけどね。一緒に修業したこともあったし)


17: NIPPERがお送りします(SSL) 2014/11/08(土) 17:10:29.84 ID:o7HBAeXa0
勇者(戦士は――)

戦士「はあッ!!」


 戦士の攻撃! 烏型魔物を両断!


勇者(両手持ちの大剣か。すげえ、150㎝くらい長さあんのに、すばしっこい烏型魔物に難なくついていってる)


 魔物の援軍!
 烏型魔物Aがあらわれた!
 烏型魔物Bがあらわれた!
 烏型魔物Cがあらわれた!


戦士「はああッ!!!!」

勇者(うおおマジか。マジで小枝みてえに剣振り回してる。どんだけ強い土の加護受けてんだ)

勇者(しかもただ振り回してる訳じゃない。流れるような剣の動きには確かな技が見て取れる。うお、剣の遠心力利用して体の位置入れ替えやがった)


 烏型魔物Aをやっつけた!
 烏型魔物Bをやっつけた!
 烏型魔物Cをやっつけた!


勇者(戦士さんマジで何者だよ…独力で修業してこうはならんだろ……超怖ぇよ…)

勇者(ステータス的にはこんな感じか)


 戦士【なぞびじん、ちょうこわいやばい】

 体力★★★★★
 魔力
 筋力★★★★★★
 敏捷★★★★


18: NIPPERがお送りします(SSL) 2014/11/08(土) 17:12:24.39 ID:o7HBAeXa0
僧侶「戦士、武道家さん、お疲れ様でした! 今回復しますね!」

勇者(戦士も武道家もかすり傷くらいしかないから、ぶっちゃけ回復の必要ないけど、仕方ないよね! 僧侶たん優しいもんね!)

勇者(まあこんな感じで治癒呪文連発して、肝心な時に息切れしないか心配だけど……)

勇者(しょうがないよね! 僧侶たん天使だもんね!!)

勇者(僕にも治癒呪文かけて! 僧侶たんの癒しの魔力感じさせて!! 僧侶たあああああああん!!)

僧侶「……?」クビカシゲー

勇者(まあ、だよね! だって俺今の戦闘見てただけだもんね!! 僧侶たんからしたらぼーっと突っ立ってて何してんのこの人?状態だよね!!)

勇者(……やべえよ。次はマジで名誉挽回せんと…)

勇者「ッ!!」

 瞬間、勇者に電撃走る。
 勇者の目に映ったのは僧侶に忍び寄る蛞蝓型魔物の姿。
 戦士の剣によって両断されてなお、半分の体となっても未だ死なず、僧侶を目標として攻撃態勢に入っている。

勇者「僧侶たんに何さらすつもりじゃオラッ!!」


 勇者の攻撃!
 蛞蝓型魔物をやっつけた!


勇者「油断も隙もねえ……よりによって僧侶たん狙うなんざこのボケが……!」

僧侶「あ、ありがとうございます勇者様」

勇者「大丈夫? 僧侶ちゃん怪我はない? 治癒呪文で回復しても傷跡は残っちゃうからね。女の子なんだから、マジで怪我しないように気を付けないと」 

戦士「………」

僧侶「あ、あの、勇者様……さっき私のこと僧侶たんって…」

勇者「空耳だよ。俺、勇者。勇者そんなこと言わない」

僧侶「そ、そうですよね! 空耳ですよね! ごめんなさい変なこと言っちゃって!!」

勇者(マジ僧侶たん純粋! きゃわわ!!)

勇者(そんな僧侶たんのステータスはこちら!)


 僧侶たん【マジ天使】

 体力★★
 魔力★★★
 筋力★
 敏捷★


19: NIPPERがお送りします(SSL) 2014/11/08(土) 17:13:27.85 ID:o7HBAeXa0
勇者(うむ、これで仲間のステータスはあらかた把握できた)

勇者(次の戦闘でこそこの勇者の智将ぶりを遺憾なく発揮してくれよう)


 兎型魔物があらわれた!
 鼠型魔物Aがあらわれた!
 鼠型魔物Bがあらわれた!
 鼠型魔物Cがあらわれた!


武道家「はあああッ!!!!」ダッ!

戦士「おおおおッ!!!!」ダッ!

勇者「ですよねー」


20: NIPPERがお送りします(SSL) 2014/11/08(土) 17:15:26.13 ID:o7HBAeXa0
勇者(駄目だ! あの二人全然こっちの指示を待つ気がねえ!)

勇者(なんか、もう、いいや……)

 武道家の攻撃!
 兎型魔物をやっつけた!


勇者(基本的に戦闘はあの二人に任せよう。俺は常に僧侶たんの護衛に努める。もうそれでいいっす。問題ないっす)


 戦士の攻撃!
 鼠型魔物Aをやっつけた!
 鼠型魔物Bをやっつけた!


鼠型魔物C「キ…キィッ!!」

戦士「ちっ…一匹討ちもらしたか…だが、逃がさん!!」ダッ!

勇者「ごっつあん!!」ドスッ!

鼠型魔物C「ピギャッ!!」ブシャー

戦士「なっ…!」

勇者(もうこんな感じでいいや……俺は基本的に僧侶たんの護衛をしながら、二人がカバーしきれない分の処理をしていく。戦術的には悪くないし……)

勇者(まあ全然勇者っぽくないけど!! 俺スゲー脇役感だけど!!)

勇者「あ、なんか加護レベル上がった」テレレレッテッテッテー

戦士「………チッ」

勇者「ん?」

戦士「………」スタスタスタ…

勇者「……んん!?」


第二章  初めてのたたかい   完


24: NIPPERがお送りします(SSL) 2014/11/12(水) 19:29:55.41 ID:7nqo4Ch10
勇者(衝撃の戦士さん舌打ち事件から三回ほど戦闘をこなしましたところ)

勇者(このまま順調に行けば予定通り日暮れ前には第一の町に着きそうである)

勇者(であれば、そろそろこの辺で昼食も兼ねた大休憩をとってもよいのではないか)

勇者(というのも、少し街道から外れるが、ここからちょいと西の林道を進んだところに綺麗な川があるのである)

勇者(ぶっちゃけ汗と返り血でスゲー体が気持ち悪いのだ。なに? お前ろくに戦ってねーだろって?)

勇者(甘いな。俺は魔物の死体から尻尾だったり羽だったり牙だったりをはぎ取るという雑用で結構働いてるのだ。何のためかというと報奨金を得るためである)

 ※魔物を倒した証として魔物の体の一部を提示することで国から報奨金を受け取ることが出来る。基本的には該当する国境内の城まで持っていかなければならないが、大きい街には『報奨省』と呼ばれる国の出先機関がある。

勇者(甚だ勇者らしくない雑用であるが武道家も戦士さんもこの辺のことをからっきし知らんので俺がやるしかないのである)

 ※魔物の種類に応じて提示する部位と、それに対する報奨金の額は国ごとに厳格に定められている。

勇者(僧侶たんにはこんな汚れ作業させられないしね!!)

勇者「というわけでみんな、ちょっと提案なんだけど……」

武道家「ん?」

僧侶「?」

戦士「………」

勇者(休憩を提案したところ、あっさり了承されました。やっぱみんな結構不快感感じてたんだろね)

25: NIPPERがお送りします(SSL) 2014/11/12(水) 19:30:46.89 ID:7nqo4Ch10
勇者「うん、この辺なら雑草も少なくていい感じだな。川からもそんなに離れてないし、ここで火を起こして昼食にしよう」

勇者「僧侶ちゃんと戦士さんは先に水浴びに行っていいよ。その間に俺と武道家で火を起こして準備進めとくから」

僧侶「そ、それじゃお言葉に甘えて……行こっ、戦士」

戦士「ああ……」

勇者「さーて、そんじゃお前は焚き木拾いじゃ。キリキリ働けーい」

武道家「了解だ…が、お前は拾わんのか?」

勇者「俺の仕事は木が集まってからじゃぼけーい」

戦士「………」

勇者「あ、あれ? 戦士さん、どうしたの?」

戦士「一応、言っておく」

勇者「わ、わっつ?」

戦士「覗いたら……殺すぞ」

勇者「さ、サー! イエッサー!!」

26: NIPPERがお送りします(SSL) 2014/11/12(水) 19:32:05.45 ID:7nqo4Ch10
僧侶「わあ……!」

 僧侶の口から思わず感嘆の声が漏れる。
 正午にさしかかろうという時間帯。木々の隙間から漏れた光が揺れる水面に照り映えている。
 川の流れは穏やかで、水は澄み、青く染まった水底まで見通せる。
 川の中ほどまで進んでも深さは腰が浸かるほどで、成程勇者の言う通り、体の汚れを落とすには最適なように思えた。

僧侶「ん…しょ」

 僧侶は汚れた衣服を脱ぎ、綺麗にたたむ。
 するりと下着も外し、たたまれた衣服の上に置くと、風に飛ばされないように手のひらサイズの石を重しとした。
 ちゃぽん、と水の中に足を進め、体を馴らすようにぱしゃぱしゃと肩や胸に水をかける。
 肩のあたりで切り揃えられた水色の髪から水滴が滴り落ちる。水滴はそのまま豊満な胸へと落ち、緩やかな曲線を描いて双丘の谷間へと吸い込まれ、ほどよくくびれたウエストを流れ落ちていく。

僧侶「戦士も早くおいでよ! とっても気持ちいいよ!」

戦士「む…うむ…」

 戦士は如何にこの場に同性の僧侶しかいないとはいえ、このような開けた場所で肌を晒すことに非常に抵抗を感じる性格だった。
 念入りに周囲を見回した後、ふぅ、と決意するようにひとつ息を吐き、身に着けている鎧に手をかける。
 鎧の下に身に着けていた肌着は、最前線に立って剣を振るっていただけあって、汗と返り血でぺったりと肌に張り付いていた。
 戦士は僧侶と違い、胸用の下着を身に着けてはいない。鎧との摩擦保護のためにサラシを幾重にか巻いているだけだ。
 肌着を脱ぎ、サラシを解く。
 均整のとれたその美しい肉体が露わになる。
 ふくよかな女性らしさを持つ僧侶の肉体と対照的に、良く引き締まった贅肉の見当たらない肉体。
 胸は僧侶に比べると小ぶりだ。だが、決して小さすぎる訳ではない。戦士の胸はそこでしっかりとその存在を主張している。
 むしろ引き締まった肉体にあることで柔らかさを強調された双丘は、僧侶のそれよりも官能的であるとさえ言えた。
 もじもじと両腕で秘所を隠し、戦士も川の流れにその体を預ける。

戦士「ああ…確かに、気持ちがいいな。これは」

僧侶「ねえ、戦士……」

戦士「なんだ……?」

 僧侶の方を振り向いた戦士は言葉に詰まった。
 眉をひそめた僧侶の顔からは、自身への非難の色がありありと感じとれる。

僧侶「勇者様への態度、あれはあんまりだと思うわ」

戦士「む……」

 言われるだろう、とは思っていた。
 僧侶はかつて一度は魔王を撃退せしめた『伝説の勇者様』に心酔している。

戦士(……ま、それは私も一緒なんだが)

 自身と違うのは、僧侶はその思慕をそのまま『伝説の勇者の息子』にも無条件で寄せていること。
 そこが違う。
 自分は、あの勇者に対してどうしてもそんな感情を抱けない。

戦士(どうしても、私にはあいつがそんな大した男だとは思えないんだ)


27: NIPPERがお送りします(SSL) 2014/11/12(水) 19:33:09.67 ID:7nqo4Ch10
勇者「ぶえーーっくしょい!!!!」

武道家「うわあびっくりした」

勇者「な、なんじゃ? 火も焚いて十分体あっためてるっちゅーのに」

武道家「案外、あの二人がお前の噂でもしてるのかもしれんぞ?」

勇者「いやー、無いね。あったとしても悪口だね。主に戦士さんからの」

武道家「……戦士は何故お前にあんなにきつくあたるのだろうな?」

勇者「あ、やっぱお前から見てもそう見える? ねえ俺なんかしたっけ? マジあんな嫌われる心当たりねーんだけど」

武道家「さてな……俺が合流してからは特にそんな要因は無かったと思うが。余程最悪な初対面でもしたんじゃないのか?」

勇者「ちっげーよむしろ初対面からあの虫を見るような視線を食らってたわ。なんだろ? ひょっとして俺が云々じゃなくてただドSなだけなのか?」

武道家「俺に対する当たりは普通だからそうでもないだろう」

勇者「いや…マジで何で俺だけ…ってか、流石にあの二人もう服脱いで川に浸かってるよな?」

武道家「まあ…多分な。しかし、何故そんなことを?」

勇者「よし、行くか」スクッ

武道家「えー」


28: NIPPERがお送りします(SSL) 2014/11/12(水) 19:34:41.16 ID:7nqo4Ch10
戦士「私は、『伝説の勇者様』を尊敬している」

僧侶「うん」

戦士「だからといって…いいや、だからこそ。その血を引きながら修業を怠っていたあいつを好きにはなれない」

僧侶「修業を…怠っていた?」

戦士「僧侶は知らないか。王宮の中じゃ有名だった。王宮騎士団最強の剣の使い手である『伝説の勇者様』の子として生まれながら、一切の修業を拒否して遊び回っていた放蕩息子、とな」

戦士「『伝説の勇者様』がお戻りにならなかった時から、慌てて修業を開始したらしいが……元々の性根がそんな奴だ。どれだけ修業を積んだとしても、たかが知れている」

僧侶「それで、戦士は勇者様にあんな冷たい態度を?」

戦士「もちろん、それだけじゃないさ。元々好意的に見ていなかったことは認めるが、それでも現在の奴自身を見て評価はしなければならないと、最初はそう思っていた」

戦士「だが……」

僧侶「だが…?」




戦士「ぶっちゃけ、あいつ僧侶のこと見過ぎ」

僧侶「あ、あはは…た、確かに、視線はよく感じます……主に胸に」

戦士「僧侶たんとか本気できもい」

僧侶「や、やっぱり聞き間違いじゃなかったんですね、あれ」

戦士「戦闘で前線に出る気なさ過ぎ。その癖、たまに出てきて私の獲物を横からおいしいとこどりするのが気に食わない」

戦士「女の子は怪我しないように気を付けてとか私を無視して僧侶にだけ言うとか考えられない」

僧侶「あれは流石に私もどうかと思いました……」

戦士「そして何より――」




戦士「―――私のことを、どうやら全く覚えていないっていうのが気に入らない」



29: NIPPERがお送りします(SSL) 2014/11/12(水) 19:35:54.79 ID:7nqo4Ch10
武道家『お前凄いな。あれだけ釘を刺されてなおそんな所業に赴くとは…いや、凄いな、マジで。いやー、マジで』

勇者(―――なんて、ドン引き顔で武道家は言ってやがったが……)

勇者(ち っ げ ー よ ! ! マジで違ぇぇぇよ!!!!)

勇者(アホか!! 俺かてわかっとるわ!! 今の好感度の状況で覗きなんてしてそれが発覚したらもうパーティー解散ですわ!!)

勇者(それにいくら俺でも僧侶たんから蔑みの目で見られたらその時点でHP0なるからね?)

勇者(いや、それ以前に戦士さんに胴体両断されるかもな。マジでそっちの方が可能性高そう)

勇者(いや、俺がね、僧侶たんと戦士さんの後を追ってるのはあくまで万が一の事を考えての事なんです)

勇者(ほら、二人今水浴びしてるじゃん。ってことは服脱ぐじゃん)

勇者(服脱ぐってことは装備外してるってことでね。もし、万が一、そこを魔物に襲われたらやばいわけじゃん)

勇者(急所剥き出しの所を刺されたり噛みつかれたりしたら、下手したら死ぬし、よくても大きな傷跡が残るかもしれない)

勇者(それはなるべく避けたいやん。二人共女の子なんだし……)

勇者(……と、二人の声が聞こえてきたな。この辺りでいいか)


30: NIPPERがお送りします(SSL) 2014/11/12(水) 19:37:05.83 ID:7nqo4Ch10
戦士「……まあ、私のせいでパーティーの空気が悪くなっていることは認める。これからは改めるよ…なるべく」

僧侶「そうしてちょうだい。どうあれ、私たちは勇者様への同行を望み、勇者様はそれに応えてくださった……であるのならば、私たちは勇者様が魔王を打倒できるよう、全力で尽くすべきだわ」

戦士「わかったよ。本当に真面目だな、僧侶は……心配になるくらいだ」

戦士「もしあいつが勇者の立場を利用してセクハラしてきたらすぐに私に言うんだぞ?」

僧侶「もう! いくらなんでもそんなことありませんよ! ……たぶん」

戦士「どうかな? ひょっとしたら奴は今もそこの茂みに隠れてこっちを覗いているかもしれないぞ?」

僧侶「もう、戦士ったらそんなわけ……」クルリ

ヘビ「よう」

僧侶「」

31: NIPPERがお送りします(SSL) 2014/11/12(水) 19:38:16.30 ID:7nqo4Ch10
「きゃあああああああああああああ!!!!」

勇者「ッ!?」

勇者「この声、僧侶ちゃんの、クソ! マジか!! クソ!!」

勇者(やっぱどんだけ揉めようとも俺か武道家、どっちかをすぐ傍に置いておくべきだった!! チクショウ!!)

 勇者は一心不乱に茂みをかき分け、声のした方へ駆ける。
 尖った枝葉が頬を切るが、そんな痛みにかまってはいられない。

勇者「僧侶ッ!! 戦士ッ!!」

 勇者が河原に躍り出る。
 勇者はまず二人の姿を探す。
 居た。川の中で驚いたように立ち上がり、両腕で胸を覆っている。
 素早く二人の体に目を通す。
 上から下。
 目につくのは肌色ばかり。血の赤は見られない。
 強いて言えば二人とも顔を真っ赤にしている。が、それはどうやら紅潮しているだけであるようなので今はどうでもいい。
 まだ二人とも攻撃を受けたわけではない。
 ならば敵はどこか。
 視線を二人の体からその周囲へ。
 水面の揺れに不自然な点はない。河原に自分以外の生物の姿はない。
 二人から一番近い茂みに目を凝らす。
 葉の揺れは生物的なそれではなく、風の流れによるものだ。
 おかしい。敵はどこだ?
 僧侶は何が原因であんな悲鳴を上げた?
 と、そこで勇者の視界の端に奇妙な動きが映る。
 戦士だ。戦士が左手で胸を抑えたまま、右腕を大きく振りかぶっている。
 投げた。何かを投げたのだ。
 勇者がそう理解した時には既に――

ヘビ「ヘイらっしゃい」クビスジカプー

勇者「おんぎゃーーーーーッ!!!!」


32: NIPPERがお送りします(SSL) 2014/11/12(水) 19:39:02.77 ID:7nqo4Ch10


勇者「チガウンスヨ…マジデチガウンスヨ……」ボロ…

戦士「おい、僧侶……本気か? お前は本気でこの勇者に今後ついていけるのか?」

僧侶「う、う~ん……」

武道家「……なにをやっとるんだお前ら」

 この後勇者の必死の弁明と武道家のフォローにより何とかパーティー解散は免れました。


33: NIPPERがお送りします(SSL) 2014/11/12(水) 19:40:15.40 ID:7nqo4Ch10
 夕暮れの中―――

勇者「おー! 見えた、第一の町だ! 何とか日没までに着くことが出来たな!」

僧侶「………」

戦士「………」

勇者(なーーんだよう!!!! なんなんだよう!! やってらんねえよう!! 俺はホントに、ホントに二人のためを思って……!!)ヒソヒソォ!

武道家(……まあ、いいじゃないか。役得もあったろう?)ヒソ…

勇者(何がだよ!! 二人の裸なんて全然覚えてねえよ!! そんな余裕無かったっつの!!)ヒソォ!

勇者(こんなことならもっとじっくり見て網膜に焼き付けてやればよかったよチックショウ!!!!)ヒッソォ!!

武道家(お前、声でか…)

戦士「…ッ!!」ドゴォ!

勇者「ふんもっふ!!!!」ズシャァッ!

武道家「アホ……」

勇者「うぐぐ……そ、僧侶ちゃん、回復して……」プルプルプル…

僧侶「知りません」プイッ

勇者「」ガーン

戦士「勇者殿」

勇者「ひゃ、ひゃい!」

勇者(な、なんだよ! 勇者『殿』ってわざわざ改めて何よッ!?)

戦士「町に着いたら話がある。出来れば夕食前にな」

勇者(あ、終わったコレ。完全に『私、実家に帰らせていただきます』だコレ)


34: NIPPERがお送りします(SSL) 2014/11/12(水) 19:41:35.78 ID:7nqo4Ch10
 日没後、月明かりの下―――
 第一の町から少し離れた草原にて。

勇者「それで、お話とはなんでございましょう…」ビクビク…

戦士「ふむ、しっかり帯剣はしてきたか」

勇者「そりゃ、町の外に出るんだから当然……」

戦士「勇者よ、私は自身が女であると自覚してからこれまで、一度たりとて異性に肌を晒したことはない」

勇者「……………はい?」

戦士「肌を晒すのは伴侶となるべき男性にのみと教育されてきたし、私もそのつもりだった……今日までは」

勇者「えーと、えーと……ん?」

戦士「わかっている。わかってはいるのだ。お前の言い分を信じれば私や僧侶はお前に感謝こそすれ、恨むのは全くの筋違いなのだろう」

勇者「ア、ハイ、ソースネ。マッタクソノトオリダトオモイマス、ボクモ」

戦士「だが、そんな理屈では処理できないわだかまりが私の中にあるのだ。わかるか?」

勇者「ワカンネッス」

戦士「勇者よ、剣を抜け。お前にこれから勝負を申し込む」

勇者「ナニイッテッカゼンゼンワカンネッス」

戦士「何、これはただの憂さ晴らしだ。私の裸を見た代金と思え。これで昼間の件はチャラにしてやる」

勇者「イヤイヤイミワカンネッスマジカンベンッス」

戦士「それに……私は知る必要がある。貴様の剣の腕前を。貴様の勇者としての資質を!!」ダッ!!

勇者「だああああ!!!! ちょっと意味わかんねってもおおおおおおおおおおおお!!!!!!」ガキーン!!


35: NIPPERがお送りします(SSL) 2014/11/12(水) 19:42:53.62 ID:7nqo4Ch10
 勇者の持つ剣は刃の長さ90㎝ほどの、所謂長剣である。
 大上段から振り下ろされた戦士の大剣の一撃をまともに受ければ刀身を粉砕される恐れがある。
 勇者は振り下ろされる大剣の横腹を打ち、剣の流れを逸らすことで最初の一撃をやり過ごす。

戦士「ちぃッ!!」

勇者「いや、ちょ、マジで勘弁!!」

 二撃目、三撃目。次々繰り出される刃を勇者は必死になってひたすら回避する。
 勇者は今日一日戦士の戦い方を観察してきた。
 だから、わかる。
 わかってしまう。

 今の自分ではどう足掻いても剣の腕前で戦士に勝つことはできないことがわかってしまう。

勇者(そんなでっけえ大剣でそのスピードがありえねえっつーの!!)

 通常、長剣が大剣より優れているのは小回りがきくところだ。
 というより、一撃の隙が大きいのが大剣の弱点だという方が正しいだろう。
 それ故、本来初撃をかわした段階で勇者が圧倒的有利になってしかるべきである。
 だが戦士の技量はその常識を覆す。
 150㎝もの刀身をもつ大剣を、まるで小枝のように操り、むしろ勇者よりも小回りを利かせて連撃を繰り出してくる。
 こうなると勇者にはもう打つ手がない。
 リーチも、速度も、重さも、全て劣っている。
 攻勢に転じられるわけもない。ただひたすら防御に集中しなければあっという間に体を上下か左右のどちらかに両断されるだろう。

戦士「ふっ!!」

勇者「んがああああ!!!!」

 戦士が横なぎに振るってきた一撃に刃を合わせ、荷重がかかってきたのを見計らって後ろに飛ぶ。
 からくも着地に成功し、勇者は一時的に戦士との距離を取ることに成功した。

勇者(もうやだもうやだマジでもう一回来たら逃げる町までダッシュで逃げる)

戦士「………貴様、何故私に攻撃してこない」

勇者(出来るかあああああ!!!! こちとら防御すんので手一杯じゃあああああ!!!!)

 と、言うのも悔しいのでせめて強がることにする。

勇者「………女の子に向かって剣は振れないさ」

戦士「……ッ!!」


36: NIPPERがお送りします(SSL) 2014/11/12(水) 19:44:01.82 ID:7nqo4Ch10
戦士「舐めるなッ!!」ガキーン!

勇者(ほんぎゃああああああ油断したあああああああ!!!!!! ヤバイこの体勢ヤバイ!! 耐えられない剣折れちゃう頭かち割られちゃうぅぅぅううううう!!!!)ググググ…!

勇者「う、嘘でぇぇぇす!!!! ホントは防御で精一杯でしたあああああ!!!! ギブアップ!! ギブアァァァァァップゥ!!!!」

戦士「…………」

 戦士は剣を引き、勇者はその場に膝から崩れ落ちる。

勇者(た、たしゅかった……?)

37: NIPPERがお送りします(SSL) 2014/11/12(水) 19:45:15.87 ID:7nqo4Ch10
戦士「防戦一方とはいえ、私の剣を凌ぎきるとはな。ほんの少しだけ認めてやろう、勇者」

戦士「とはいえ、まだまだ未熟極まりない。あの方の息子を名乗るなら、もっと精進するがいい。貴様が私を師と仰ぐなら、稽古をつけてやってもいいぞ?」

戦士「昼間のことは……約束だ、これで忘れてやる。というより、無かったことにしろ。私は誰にも裸を見られていないし、お前も誰の裸も見ていない。いいな?」

戦士「さて、食前にいい運動になった……また明日な、勇者」スタスタスタ…


勇者(…………)


勇者(…………………)




勇者(…………………………)





38: NIPPERがお送りします(SSL) 2014/11/12(水) 19:46:35.85 ID:7nqo4Ch10
 宿屋、男部屋―――――

 ズドドドドドドドド……!!

武道家「ん?」

勇者「どらっしゃあああああああああああああ!!!!!!」ドアガシャーン!!

武道家「遅かったな。こっちはとっくに夕飯を終わらせたぞ」

勇者「なんっじゃあの女ッ!!!! なんっじゃああの女ぁぁぁぁああああああ!!!!!!!」

勇者「きいいいいいいいいい!!!!!! あんな高慢ちきなアバズレこっちから願い下げじゃああああああ!!!!!! 明日の朝一番に三行半突きつけたる!!!! 突きつけたんでええええええええ!!!!!」

武道家「……なんというか、余程こっぴどくやられたと見えるな」

勇者「酒じゃおらあ!! 飲まんとやってられへんわ!!!! お前付き合え!! 酒場行くぞこんにゃろう!!!!」

武道家「やれやれ……ま、付き合ってやるさ。好きなだけ愚痴を吐くがいい」

勇者「あのボケ戦士がぁぁぁああああああ!!!!!! いつか絶対風呂覗いたるからなああああああ!!!!!!」



第三章  テンプレート・ジャーニー   完


44: NIPPERがお送りします(SSL) 2014/11/30(日) 17:18:26.26 ID:AszI6XDJ0
勇者「王宮騎士団んんん?」

武道家「ああ、戦士は元々そこに所属していたのだとさ」

勇者「いやいや、騎士団に女の子が入れるなんて聞いたことねーぞ。なんぼ剣の腕が立とうが門前払いだろ普通」

武道家「つまり特例なわけだ。戦士は幼少の頃からお前の父親に師事していたらしくてな、入団が許されたのはお前の父親の推薦があればこそ、とのことらしい」

武道家「ともすれば世襲や家の繋がり等で入団してくる男共もいる中、純粋な剣の腕だけで入団を認められた。戦士のあのプライドの高さはその辺りから来ているのかもしれんな」

勇者「いやいやマジかよちょっと待てよ。えー? 幻滅だわ。我が親父ながら幻滅だわ」

武道家「んん?」

勇者「いやだって親父に女の子の弟子がいたなんて俺知らねーよ? 何人か弟子っぽい奴ら居たけど、女の子なんて見たことねーもん」

勇者「つまりそれはあれだろ? 他の弟子達とは別に個人的に指導してたってことだろ? 息子の目にも届かないところで個別レッスンしてたっちゅーことだろ?」

勇者「絶対なんかよこしまな気持ち持ってましたわ……ロリコン確定ですわあのクソ親父……」

武道家「お前それ戦士の前で絶対言うなよ……殺されるぞ」

勇者「ところでお前それ全部僧侶ちゃんから聞いた話だよね? 人が必死こいて剣振ってる間に何ちゃっかり仲良くなっとんじゃああああああ!!!!」

武道家「夕食がてらに談笑しただけだ。えーい揺らすな」ガックンガックン


45: NIPPERがお送りします(SSL) 2014/11/30(日) 17:19:02.05 ID:AszI6XDJ0





第四章  バッドステータス・ダンス






46: NIPPERがお送りします(SSL) 2014/11/30(日) 17:20:41.59 ID:AszI6XDJ0
翌朝の朝食後―――

勇者「えー、当面の行動方針を発表します」

武道家「おう」

僧侶「はい!」

戦士「ふん」

勇者「色々と町の人の話を聞いてみると、かつて親父はここから南西にある精霊の祠に向かい、そこを魔物たちから解放したようです」

勇者「みんな知っているとは思うけど一応確認。精霊の祠ってのは精霊の力を活性化させるために昔の人が作った神殿が置いてあるところで、世界各地に点在し、それは今回のように祠になってたり、人の手で建造された塔だったり、その形式は様々です」

武道家「その場所が今は魔物たちに占拠されていて、精霊の力が弱まっている」

勇者「はい武道家くん正解。魔物たちは率先してこの神殿を汚し、自分たちに対抗する力を削ごうとしています。実際、もうかなりの数の神殿が魔物たちの手に落ちている」

僧侶「そこを魔物たちから解放し、精霊様たちの力を取り戻すわけですね!」

戦士「その上、解放に成功すればその地域の精霊たちはおそらく我々に多くの加護を与えてくれる……」

勇者「二人とも大正解。そして土地の精霊の力が強くなれば相対的に魔物たちの力も半減される。そうすれば駆逐も容易になるはずだ。まあその辺りはもう国に任せるけど」

勇者「というわけで……当面は親父の足取りを追いながら、各地の神殿を解放していくことで魔物の駆逐と俺たち自身の強化を図る。そういうやり方で行きたいと思います。いいかな?」

武道家「問題ない」

僧侶「勇者様にお任せします!!」

戦士「異論はない」

勇者「ほいじゃ、そうだな……二時間後を目処に出発しようか」

戦士「今すぐではいかんのか?」

勇者「いや、色々と準備があるからさ」

戦士「そうか……」

勇者(何だコイツすっとれえな感満載の眼差しだよ! オメーが昨日無駄に喧嘩吹っかけてこなけりゃ昨日で準備終わってたかもしんないんだよ!!)

勇者(まあもう面倒くさいから言わないけど! ファック!!)

47: NIPPERがお送りします(SSL) 2014/11/30(日) 17:21:51.02 ID:AszI6XDJ0
第一の町より南西の森深く―――『精霊の祠』前。

勇者「ここかー。何つーか、THE・洞窟って感じだな」

武道家「ここからでは奥まで見通せんな。かなり深いようだ」

戦士「見える範囲では剣を振るのに支障はないくらいの広さはあるが……」

僧侶「元々自然にあった洞窟なんでしょうか?」

勇者「元はそうだったんだろうね。一から穴掘るのなんてすげー大変だし。ただ、奥に神殿が建造されている以上、中はかなり人の手が入っているはずだ」

 勇者は少し洞窟の中に入り、辺りを見回す。

勇者「うん…やっぱり。上の方に、等間隔でランタンがかけてある。火種は……生きてるな。順次火を灯しながら進めば、視界にはそう苦労しなさそうだ」

 そう言いながら勇者は荷物から松明を取り出し、火を灯す。
 まだ日の光が十分入ってくるため視界は良好だが、試しにランタンに松明を近づけた。
 ランタンに火がともるのを確認し、勇者は皆の方を振り返る。

勇者「それじゃ、行ってみよう」

 勇者の言葉を合図に、戦士と武道家が率先して進み、その後に勇者、僧侶と続く。
 僧侶は不思議そうな目で勇者の背中を見つめていた。

僧侶(勇者様……今、どうやって松明に火をつけたんだろう?)


48: NIPPERがお送りします(SSL) 2014/11/30(日) 17:23:17.86 ID:AszI6XDJ0
勇者「一応、今言ったので町で色々聞いて確認できた魔物は全部だ」

 勇者は朝のうちに集めておいた情報をパーティーに伝える。

勇者「結構厄介そうな奴もいるから十分警戒して進んでくれ」

戦士「ふん、無用な心配だ。何が出ても私が後れを取ることなどない」

 その後、洞窟内に住み着いていた魔物から幾度となく襲撃を受けたが、戦士はその言葉のとおり、そのほとんどを一人で切り伏せていった。

勇者「あー……戦士、ちょっと提案があるんだけど」

戦士「なんだ?」

勇者「俺たちはランタンに明かりを灯しながら進んでる。だから、俺達の位置は敵からはモロバレだ。だから、さっきからほとんど奇襲のような形で襲われ続けてる」

勇者「加えて、背後からの強襲を避けるために今まで出てきた魔物は必ず殲滅しながら進んできたけど、外に出ていた魔物が帰って来て…何てことも十分考えられる」

勇者「だから、戦士にはどっちかって言ったら背後の警戒をしてもらいたいんだけど……」

戦士「何故私が? 武道家では駄目なのか?」

勇者「いや、戦士より武道家の方が素早さは高いじゃん? だから不意打ちされた時に武道家の方が対応はしやすいだろ?」

戦士「これまでの戦闘を見てその発言なら、お前の目は節穴としか言えんな勇者」

勇者「いや、でも、万が一のことを考えたらさ……」

戦士「くどい。万に一つだろうが、この私がこの程度の魔物たちに後れを取ることなどあるものか」

 勇者はため息をつき、武道家に目を向ける。
 武道家はやれやれと言わんばかりに肩を諫めた。

勇者「……それじゃ、武道家。頼めるか?」

武道家「了解だ」


49: NIPPERがお送りします(SSL) 2014/11/30(日) 17:25:26.19 ID:AszI6XDJ0
蜥蜴型魔物「キシャァー!!」

戦士「フッ!」

 戦士の振るった剣が岩壁を叩く。
 壁を這い、移動した魔物が大きく口を開いて戦士に飛びかかった。

戦士「くっ!」

 戦士は咄嗟に剣の柄で魔物の顎を跳ね上げ、怯んだところを大きく蹴り飛ばす。
 地面に落ちたところを狙おうとするが魔物は即座に体勢を立て直し、洞窟の壁や天井をまるで重力を無視するかのように這い回った。
 魔物の風体は、言うなれば巨大なトカゲ。体長は二メートル程度。大きな口には鋭い歯がびっしりと並び、四肢に生えた爪を岩に突き立てることで壁や天井を移動することを可能にしている。
 その質量に似つかわしくない俊敏さが戦士を苦しめていた。

勇者「戦士、無理するな! 後ろに流せ! 俺と武道家も応戦する!!」

戦士「くおおッ!」

 戦士は勇者たちの前に立ち塞がり、蜥蜴型魔物を押し留める形で応戦している。
 その位置関係にあり、なおかつ戦士が凄まじい勢いで大剣を振り回すので、勇者も武道家も迂闊に手を出せない状況に陥ってしまっていた。

勇者「戦士!!」

戦士「手出しなど……無用ッ!!!!」

蜥蜴型魔物「ギィッ!!?」

 裂帛の気合いを込めた戦士の一撃が遂に蜥蜴型魔物の体を捉えた。
 背を横に裂かれた魔物はどさりと壁から落ち、地面をのたうち回る。
 しばらくそのまま痙攣していたが―――やがて動かなくなった。

戦士「ふぅ……」

勇者「……」

 結局また一人で何とかしてしまった戦士だが、その姿を見る勇者の顔は苦い。
 深手こそ負っていないものの、鋭い爪や牙に何度も晒されたその体は、至る所に裂傷が出来ている。
 戦士が意地を張らずに勇者や武道家と協力していれば、ここまで傷を負わずとも倒すことが出来たはずだ。

勇者「はあ……僧侶ちゃん。戦士の傷を回復してやって」

僧侶「は、はい……『呪文・回復』」パアァ…

 僧侶の手から暖かな光が溢れ、それが触れた所から戦士の傷が癒されていく。

戦士「ありがとう、僧侶」

僧侶「もう……あまり無茶しちゃ駄目よ。戦士」

戦士「無茶なんかじゃないさ。この程度の敵、一人で何とかしなくては……」

戦士「でなきゃ、私は……いつまでたっても……」

 戦士はその後の言葉を飲み込んだ。
 僧侶も追及はしなかった。
 勇者はその先を推し量ろうとして―――どうせ無駄だとすぐに悟り、やめた。

戦士「ッ!!」

 僧侶の治療を受けていた戦士の目が見開かれる。
 倒したはずの蜥蜴型魔物がその身を引きずり、洞窟の奥へと消えようとしていた。


50: NIPPERがお送りします(SSL) 2014/11/30(日) 17:27:48.46 ID:AszI6XDJ0
戦士「死んだ振りとは……小癪な真似を!!」

 蜥蜴型魔物の後を追い、戦士は駆け出す。

勇者「バ……一人で先行くな!!」

 勇者の制止の声などどこ吹く風で、戦士はどんどん先へ進む。
 ランタンの光が届かない闇の向こうへ、蜥蜴型魔物は今にも消えようとしている。
 それだけは許すわけにはいかない。
 正直、コイツは強力な魔物だった。
 だから、殺せるうちに確実に殺さなくては。
 その姿が完全に闇に溶けるその前に戦士は魔物に追いつき、そして。

蜥蜴型魔物「ギャガァァァァ!!!!」

 その脳天に大剣を深々と突き立てた。
 蜥蜴型魔物はビクビクと大きく体を揺らし、今度こそ絶命した。
 そのことを確認し、戦士は剣を引き抜く。
 奇妙な甘い香りが戦士の鼻を刺激した。
 最初は、噴き出た脳髄の匂いかと思った。
 だが、違った。

戦士「ッッッ!!!? ッ!? !!!!???」

 突如、戦士の膝が落ちる。
 体が重い。全身を異常な倦怠感が包んでいる。
 視点が定まらない。周囲の状況が全く把握できないのは、明かりがここまで届かないから、だけではない。
 眼球が高速で痙攣しているようだ。
 込み上げる吐き気を必死で飲み込む。
 そんな最悪のコンディションにありながら、戦士は意志の力のみで立ち上がり、状況の把握を試みた。
 揺れる視界の中で、いくつもの光が闇の中に輝いているのを捉え、そして―――

勇者「戦士ッ!!」

 ようやく追いついた勇者が手近なランタンに火を灯した。

勇者「―――ッ!!」

僧侶「ヒッ」

 絶句。
 壁に、天井に、びっしりと張り付いた巨大な蛾の群れ。
 それは勇者が今回最も警戒すべき敵として皆に通達していたもの。
 蛾型の魔物。
 その鱗粉は毒をもち、吸った者は激しい意識の混濁に襲われる。
 吸い過ぎれば、命にも関わる危険な毒粉。
 そして最悪なことに―――戦士は既にかなりの量を吸ってしまっているようだった。
 ランタンの光に照らされ、敵襲を感知した蛾が蠢きだす。
 羽を広げ、渦を為した群れは手近にいた戦士に襲い掛かった。

僧侶「戦士ぃッ!!!!」ダッ!

武道家「まずいぞ…!!」ダッ!

勇者「待て!! 二人とも行くな!! 迂闊に近づいたら毒で全滅だぞッ!!」

僧侶「でも、行かなきゃ、戦士が!! それに、毒なら私の治癒呪文で…ッ!!」

勇者「毒の種類もわかっていないのに、君の治癒が確実に通じる保証はあるか!? 何より、君自身が毒に侵された時、治癒呪文をまともに行使できるのか!?」

僧侶「それは…!! でも、でも……!!」

武道家「ならばどうする?」

勇者「俺が行く。俺が行って戦士を助けてくる。二人はここで待機だ。いいな?」

51: NIPPERがお送りします(SSL) 2014/11/30(日) 17:29:54.93 ID:AszI6XDJ0
勇者「戦士ッ!!」

 勇者の声に、戦士の肩がピクリと反応した。

勇者(まだ意識はある!! だが急がなきゃ……!)

戦士「がああああああああああああああああ!!!!」

勇者「ッ!?」

 茫然自失の体で立ち尽くしていた戦士が、突然大剣を振り回し始めた。
 その剣が戦士の体に取りつこうとしていた蛾達を吹き飛ばす。

戦士「お、おおおおおおおおおおお!!!!」

 視界は碌と定まらない。
 戯れに揺らされている板に立っているように、平衡感覚は掴めない。
 息苦しい。体は焼けるような痛みに襲われている。
 臓物ごと吐き出してしまいそうな猛烈な吐き気は耐え難い。
 だが、剣は握れる。
 慣れ親しんだ手のひらの感覚だけは、未だある。
 ならば、ならば。

 剣を振る。二匹の蛾を両断する。
 剣を振る。見当違いに回る刀身は岩壁を叩く。
 剣を振る。左頬に激しい痛み。どうやら転倒して盛大に地面にこすり付けたようだ。

 負けるものか。
 負けるものか。
 負けるものか。

戦士「負けるものかあああああああああああああああ!!!!」

 剣を振る。剣を振る。剣を振る。
 ただ闇雲に剣を振り回す。
 目が見えないのなら、周囲の全てを切り捨てる。


52: NIPPERがお送りします(SSL) 2014/11/30(日) 17:31:40.48 ID:AszI6XDJ0
武道家「凄まじい……蛾の数が目に見えて減っていくぞ」

僧侶「でも戦士は…? 戦士は大丈夫なの…!?」

 戦士の体からは至る所から血が流れている。
 転倒し、自ら負った傷だけではない。
 目が碌に見えない状況では蛾の接近を拒みきることは出来ず、鉤爪のついた足や鋭く伸びたストロー状の口を何度も突き立てられている。
 手のひらから流れ出る血は、誤って壁を叩き続けた衝撃により皮がめくれ始めているからだ。

勇者(大丈夫な訳―――ねえだろうがぁ!!!!)

 勇者は駆け出す。

勇者「戦士ぃぃぃぃいいいいいい!!!!」

戦士「来るなああああああ!!!! お前の、お前の助けなど……ッ!!!!」

勇者「うるせええええええええ!!!! 食らいやがれええええええええ!!!!」

 勇者は指さす。
 対象は戦士。
 体内で練り上げるは『火の精霊』の加護により増幅された魔力。

勇者「『呪文・睡魔』!!!!」

 戦士の体がびくりと跳ねた。
 脱力した体は剣を手放し、その場にどさりと崩れ落ちる。
 それにより、勇者はようやく戦士の傍に走り寄ることが出来た。
 蛾の群れは勇者に襲い来るわけでもなく、ただ周囲をぐるぐると舞っている。
 意図は明白。毒の鱗粉でまずは行動不能に陥れようという魂胆だ。

勇者「舐めんなッ!! 初歩的な呪文なら大抵は習得しとるわッ!!!!」

 勇者は手のひらを突き出す。
 対象は大まかに。目に見えるこの空間を。

勇者「『呪文・烈風』!!!!」

 勇者が掲げた手を中心として巻き起こる風が渦をなす。
 鱗粉は風にまかれ、蛾の群れも風にあおられ岩壁に叩き付けられていく。

勇者「武道家!! 戦士を!!」

武道家「承知!!」

 武道家が戦士を抱え上げる。

勇者「はい撤収ッ!! ダッシュで逃げるよ!! 撤収撤収ぅううううう!!!!」


53: NIPPERがお送りします(SSL) 2014/11/30(日) 17:33:51.05 ID:AszI6XDJ0
 武道家はゆっくりと地面に戦士の体を横たえた。
 僧侶は戦士の体に回復と、とりあえず解毒のための治癒呪文をかけ続けている。
 勇者の姿はない。

勇者『二人はどんどん先行ってほら! 殿は俺が引き受けるから!! ほらダッシュダッシュ!!』

勇者『敵は全て殲滅してきたから可能性は低いと思うけど、帰り道で敵に出くわしても戦おうなんて思うなよ!! 素通り! 素通りが基本ね!!』

 そう言って、勇者は追撃してくる魔物たちに突っ込んでいった。

僧侶「勇者様……大丈夫でしょうか」

武道家「さてな……だが、実はさほど心配していない。奴はやる時はやる男だ」

僧侶「勇者様は……火の精霊の加護を獲得していたのですね」

武道家「ああ。お前たちには披露する機会が無かったがな。これまでの道中で奴が呪文を使ったのは焚き木の火付けぐらいだ」

僧侶「まあ……その力を披露していれば、戦士も勇者様を見直していたでしょうに」

武道家「奴は戦うのが嫌いなんだよ。痛いのが本当に嫌だってな。だから、俺や戦士に任せられるときは全部任せるんだ。まあ、信頼されてるってことで、悪い気はせんが」

 武道家の言葉から僧侶はふと考える。
 戦士も武道家も、自身の力量に対して誇りを持っているから、それが高じて勇者を若干蔑ろにしてしまっているのだと思っていた。
 戦士はそうなのだろう。だが、武道家は違う。
 武道家の場合、自分が好き勝手やっていても勇者ならうまいこと捌いてくれるだろう、という信頼が根底にあるのだ。
 それは共に修業したというこれまでの五年間で培われたものなのだろうか。
 少しその事について話を聞いてみたいと、僧侶は思った。


54: NIPPERがお送りします(SSL) 2014/11/30(日) 17:35:54.38 ID:AszI6XDJ0
勇者「んなあああああああああ!!!!」

 勇者が洞窟から転がり出てきたのはそれから数分後だった。

勇者「疲れたあああああああああ!!!!!! もう一生分働いた!! もうええやろ!! もう後は隠居して可愛い嫁さん貰ってぐーたらしてええやろおおおお!!!!」

僧侶「ゆ、勇者様…?」

武道家「おい、素が出てるぞ勇者」

勇者「……ハッ!! な、なーんつってなーんつって!! そんな風に考えてる人達のためにも、一刻も早く世界を平和にしなきゃね! 僧侶ちゃん!!」

僧侶「は、はあ……あの、勇者様。お体は大丈夫ですか? よろしければ回復をいたしますが……」

勇者(僧侶ちゃんからの癒しの魔力キタコレ!!)

勇者「是非!! 是非お願いするよ!!」

勇者「是非も無し!!」

僧侶「は、はあ、それでは」

僧侶「………え?」

僧侶(勇者様……そんなに傷を負ってない?)

僧侶(いえ……衣服の損傷具合から見て、もっと多くの傷を負っていないとおかしい。これは一体、どういうこと…?)

 まじまじと勇者の体を観察し、僧侶は気づく。
 腕の所の破れた衣服の下。おそらく、魔物の爪が掠めたのだろう。
 切り裂かれた袖。そこから覗く肌。
 傷が少ないのではない。
 ―――傷は既に大半が治療されていたのだ。

僧侶(そんな……まさか……!)

 ぞくり、と僧侶の背が震えた。
 恐る恐る、といった面持ちで僧侶は勇者に問いかける。

僧侶「勇者様はもしかして……水の精霊のご加護を……?」

勇者「んあ? いや、まあ。でもちょっとだけだよ? ホントちょっとだけ」

僧侶「そんな……」

勇者「いやいや、そんなびっくりする程じゃないって。僧侶ちゃんみたいに色んな治癒や補助呪文は使えないし。初歩的な回復呪文をちょっと使えるくらい。しょっぼいしょっぼいよ」

 そう言って、たははと笑う勇者。
 僧侶はそれに対して曖昧な笑みを返すことしか出来なかった。


55: NIPPERがお送りします(SSL) 2014/11/30(日) 17:37:34.97 ID:AszI6XDJ0


僧侶(水の精霊の加護を得るためには、『僧侶』として過酷な修業を積まなければならない)

僧侶(同様に、火の精霊の加護を得るためには、『魔法使い』としての修業を……)

僧侶(本来、その両立を為し得るのは不可能と言ってもいいほど困難で、だからこそそれを為し得た者は『賢者』と呼ばれ、称えられる……)

僧侶(私には無理だった。私には『僧侶』として水の精霊の加護を獲得するので精一杯だった)

僧侶(そもそも、『賢者』なんて世界にも数えるほどしか……)

僧侶(土の精霊、風の精霊の加護を得るのだって、肉体を極限まで鍛え抜かなければならない……『戦士』や『武道家』となることを目標として……)

僧侶(……『勇者』…)


56: NIPPERがお送りします(SSL) 2014/11/30(日) 17:39:40.63 ID:AszI6XDJ0
武道家「さて、これからどうする? 戦士の容体も僧侶の治癒で落ち着いてはいるが、完治はしていない。やはり、神官クラスの『僧侶』に看てもらう必要があるだろう」

僧侶「ここから町までそう遠くないとは言え、眠っている戦士を運びながらでは時間もかかります。それに、戦闘面でも不安が残ります。戦士を庇いながらでは、とてもいつもの様に戦えるとは思いません」

勇者「あー、その辺は大丈夫。心配いらないよ。これを使う」

 そう言って勇者が二人の目の前に差し出したのは―――

武道家「『翼竜の羽』!? お前、こんなものをどこで…!」

僧侶「過去に足を踏み入れた地になら、その場所をイメージするだけでその場所まで使用者を飛翔させるアイテム……」

僧侶「そもそもの生産量が少ない上、魔物が跋扈するこの時代においては無二の運搬手段として各地の商会や国家が独占しており、市場に流れることは滅多になく、かなりの高値で取引されている翼竜の羽を何故勇者様が!?」

勇者「解説ありがとう。実は出発の時に国王からもらってたんだ。太っ腹なことだよ。ただ、数は三つしかないんだけど」

勇者「じゃあ早速第一の町まで戻るから、二人とももっと寄って寄って。特に僧侶ちゃん。一緒に飛ぶためには体密着させないとだから。だからほら」

武道家「そんな事実は無かろう。使用者と少しでも物理的な接触があればそれも対象と見なし、魔力のフィールドで包んで飛翔する仕組みになっていたはずだ。質量に限界はあったはずだが」

僧侶「勇者様…?」ジィー…

勇者「いや違うよ僧侶ちゃん。俺は確かに王様にそう習ったのよ。困るねーこういうプチドッキリされるの。あと武道家は後でお前覚えとけよホントお前ホントに」


57: NIPPERがお送りします(SSL) 2014/11/30(日) 17:41:21.75 ID:AszI6XDJ0
 翌日―――『精霊の祠』深部。

武道家「せいやッ!!」ドゴム!

僧侶「武道家さん! 回復します!」

勇者「戦士、後方に異常はないか?」

戦士「……ああ」

 戦士はふてくされ気味ではあるが、勇者の言葉に返答する。

勇者(あ~……やっぱし昨日のことが大分応えたとみえる。何とかこの感じなら今後暴走することもなくなるかな)

 勇者はほっと息をつく。
 昨日の危機を経て、勇者がパーティーに打ちだした方針はこうだった。

勇者『これから先も基本的には戦士と武道家が前衛を務めてもらう。これは変わらない』

勇者『でも、今回の様な洞窟探検時などの、予期せぬ出来事が起こりやすい状況では武道家が前衛で様子見。戦士は後方の警戒』

勇者『初見の敵や、今回の蛾のような相手の時は呪文があることで最も対応できる状況の幅が大きい俺が前に出る』

勇者(嫌だけど。ホントはスゲー嫌だけど。でも万が一の事態を避けるためにはこうするのがベストだからしょうがない。マジで嫌だけど)

戦士「……」ブッス~

勇者「……勘違いしてほしくないんだけど」

戦士「……なんだ?」

勇者「対応力に幅があるから俺は色んな敵に有利に立ち回れるってだけで、基本的な殲滅力で言ったら戦士の方が断然上だよ」

戦士「……剣を振るしか能がないからな、私は」

勇者「捻くれて取るなよ。頼りにしてるよ、戦士」

戦士「……ふん」

58: NIPPERがお送りします(SSL) 2014/11/30(日) 17:42:57.34 ID:AszI6XDJ0
武道家「勇者。開けた所に出たぞ。奥に見えるあれが神殿ってやつじゃないか?」

勇者「おお~、多分そうだな。あれ? ってことはこれで終わり? この祠は解放されたってことでいいの?」

僧侶「その割には何も変化がないような……私たちの加護も強くなった気がしませんし……」

戦士「倒し漏れた敵がいるんじゃないか?」

勇者「え~、でも分かれ道も全部潰してきたしな。もうこの洞窟内に魔物はいないはずなんだけど……」

武道家「外に出ていた魔物が中に戻ってきたから、とか?」

勇者「何それ超めんどくせえ……じゃあ帰り道で全部魔物倒せばOKなのかな。さすがに洞窟の奥の方からぽこぽこ新しい魔物が生まれてくるってことはねーだろ」

僧侶「それじゃあ引き返しますか?」

勇者「折角だから神殿掃除していこうか。もしかすると神殿が汚れてるから駄目なのかもしんないし、精霊のご機嫌取りにもなるだろうし」

 そう言って勇者が一歩神殿に向かって踏み出した時だった。

勇者「ん?」

 この祠に祭られている神殿はそれほど大きくはない。精々高さ2m、幅3mといったところだろうか。
 その神殿の裏で、黒い塊がもぞりと動いた気がした。
 遠目に見た時は、ただの影だと思っていた。
 しかし、目を凝らして、一行はそうではないことに気付く。

僧侶「ヒィッ」

 小さく声を漏らしたのは僧侶だった。
 影のように見えたそれは、黒い生き物だった。
 人間には、どうしても生理的嫌悪感を抱く対象というものが存在する。
 何故嫌いなのかはわからない。
 実害を加えられたわけでもない。
 ただ、その姿が、その行動が、動く際に発する音が、どうしようもなく嫌悪感を催すもの。
 本能的な拒絶。
 その生き物の正体は虫だ。
 もちろんただの虫ではない。
 虫としてはあまりに巨大なそれは、見紛うことなく魔物の一種であり、その姿がある虫に酷似していることは恐らくただの偶然でしかない。
 生理的嫌悪感を励起する虫。黒光りするアイツ。
 この世界にも奴は存在する。
 どの世界にも奴は存在する。
 通称、『G』。

G型魔物「キィィィィィィ!!!!」

勇者「おじゃぱあああああああああああああああああああああ!!!!!!」


59: NIPPERがお送りします(SSL) 2014/11/30(日) 17:44:46.63 ID:AszI6XDJ0
 G型魔物がカサカサと動き出す。

 勇者は悲鳴を上げた。

 僧侶は固まったまま動かない。

 武道家ですら及び腰だ。

 戦士は全身を青ざめさせてわなわなと震えている。

武道家「おい、おい勇者、おい」

勇者「なんだよ、おい、なんだよ!?」

武道家「征くがいい。これほど得体のしれない敵もそうはおるまい。最初の相手はお前の仕事だ。お前がそう言ったろう」

勇者「ばっかお前ばっかよく知ってんじゃんあいつのことみんな知ってんじゃん。だからもう様子見する段階じゃないよもう殲滅段階だよほらいけよその自慢のスピアーぶっさしてこいよ!!」

僧侶「あわ、あわわ、はばわわわわ」ブクブクブク…

G型魔物「キィーーーーーーーーーー!!!!」

勇者「て、撤収ぅーーーーッ!!!! 一時撤収ゥウウウウウウウウッ!!!!」

武道家「い、異議なし!!」

僧侶「うえええええええええええええん!!!!」

戦士「………」ザッ

勇者「へっ!? お、おい戦士!?」

 皆がGに背を向けて駆けだす中、戦士だけはその場に踏みとどまり、剣を構えた。

戦士「わ、わた、わたしは、逃げ、逃げ、ないぃ……!!」ガクガクガクブルブルブル

勇者「超震えてんじゃん!! 足がくがくじゃん!! 無理すんな! 何か対策考えるから今は退いとけって!!」

戦士「こここ、このていどで、にげてちゃ、ずっとおいつけない。あの人に、いつまでもおいつけない……!!」

戦士「あの人の後継者になるのは、わた、わたしだ!!」ブルブルブル…!

勇者「………ッ!!」

 その言葉を聞いて、勇者は全てを理解した。
 何故戦士が自分に対して敵意を持っているのか。
 何故事あるごとに張り合うような態度を取ってくるのか。
 何故全てを一人で成し遂げようと、意地を張るのか。

 それはきっと、一人で魔王討伐をやり遂げた、『あの男』の背を追い続けている結果で―――

勇者「……もう…」

 勇者は踏みとどまる。
 反転して、駆け出す。
 見えるのは戦士の背中。
 憧れている人がいるから、その人みたいになりたくて、恐怖に抗って、震えている、女の子の背中。
 その背を横目に、追い抜く。
 もうGはすぐ目の前に迫っている。

勇者「もう――――」

60: NIPPERがお送りします(SSL) 2014/11/30(日) 17:45:36.89 ID:AszI6XDJ0





勇者「もう、超めんどくせえよマジでもおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!」





 全身全霊の、叫び。


 勇者の剣はG型魔物の額を一撃で貫き、絶命させた。





61: NIPPERがお送りします(SSL) 2014/11/30(日) 17:46:44.23 ID:AszI6XDJ0
 神殿が輝きを放ち始める。
 どうやら今のが最後の敵だったらしい。
 汚れを払われ、神殿が力を取り戻し、精霊の力を活性化させていく。
 光に包まれ、加護の力が強まるのを実感しながら、勇者は茫然と口を開いた。

勇者「マジで…心底どうでもいいよ……誰が親父の後継者だとか、第二の伝説の勇者がどうとか……俺は俺だ…親父は親父だ……」

勇者「名乗りたきゃ好きにしろよ……俺は止めねえよ。むしろ万々歳で応援するよ。俺はそんなもん、マジで拘ってねえから……張り合われても困るんだよ……」

 目の前に迫っていたGが消えたことで、戦士は安堵からその場にぺたりと腰を下ろしていた。
 憔悴した面持ちで、うわ言のような勇者の呟きを聞いていた彼女は―――

戦士「子供の時とおんなじ事を言うんだな……お前は」

 やはり、うわ言のように呟くのだった。



第四章  バッドステータス・ダンス  完

67: NIPPERがお送りします(SSL) 2014/12/13(土) 23:30:01.19 ID:xox+vNXM0





 ――――懐かしい夢をみた。





68: NIPPERがお送りします(SSL) 2014/12/13(土) 23:30:53.90 ID:xox+vNXM0
 それは、まだ十にも満たぬ年齢の時の記憶。

「お前が『あの人』の息子か?」

 そんな風に、突然声をかけてきた奴がいた。

「私の名前は『―――』だ」

 名前は覚えていない。
 あまり興味が無かったから。
 ただ、男のくせに自分のことを『私』なんて呼んで、クソ真面目な奴だと思ったことは覚えている。

「私は、お前なんかには絶対に負けない」

 そんな宣誓を一方的にされた。
 勝つとか負けるとか、そもそも何の勝負かもわからない。
 そんな風に因縁をつけられて、流石に辟易した俺は、そいつに向かって何かを言い返そうとして――――そこで、目を覚ました。

 目が覚めてから、自分が何て言ったのかを思い出そうと少しだけ努力していたが―――すぐにどうでもよくなってやめた。
 夢の中の彼は立派な騎士になれたのだろうか。
 親父は手加減を知らない馬鹿だったから―――などと、寝ぼけた頭で憂いてみた。


69: NIPPERがお送りします(SSL) 2014/12/13(土) 23:31:25.88 ID:xox+vNXM0





第五章  伝説になれなかった男





70: NIPPERがお送りします(SSL) 2014/12/13(土) 23:32:23.73 ID:xox+vNXM0
勇者(さて、あれから三つばかり精霊の祠を解放して、順調に精霊の加護レベルを上げてきた我々ですが)

勇者(次に挑もうとしている祠は随分とまあ、うっそうと茂った森の中にあるという噂です)

勇者(ですんで、今日はこれからここ『第六の町』で入念な聞き込みを行い、出来るだけ情報を集めてから出発しようというのが現在の状況です)

勇者(例のごとく戦士はいいよもうさっさと行こうぜオーラを出してましたが、押し通しました)

勇者(『伝説の勇者』の息子、迷子で全滅! とか洒落ならんからねホント)

勇者(それに、また初回の祠の時みたいな毒出す蛾とか居るかもしれんし……)

勇者(あれ以来苦戦らしい苦戦してないからなー。自信つけるのはいいんだけど、万が一のことを考えての準備はしっかりせんといかんよ、うん)

勇者「というわけで、聞き込みの定番、酒場へとレッツラゴー」


71: NIPPERがお送りします(SSL) 2014/12/13(土) 23:33:30.40 ID:xox+vNXM0
酒場の主人「いらっしゃい。おや、見ねえ顔だな」

勇者「こんちゃ、旅のもんっす。ちょいと一杯飲んでいきたいんだけど、何かオススメはあるかな?」

酒場の主人「そうさな、ここら辺は土地が肥沃な上に水はけもいいからいい麦が取れる。だから、麦酒の味には自信があるぜ」

勇者「いいね、ド定番! そんじゃまず麦酒一杯と、適当になんかつまめるもんをよろしく頼むよ」

酒場の主人「あいよ!」

勇者「結構色んなタイプの人がいるね。これ大体町の人なの?」キョロキョロ

酒場の主人「いや、ほとんどは余所の客だな」

勇者「マジでか。多くない? この町そんなに観光地として有名だっけ?」

酒場の主人「西にでっけえ森があるのは知ってるか? そこが何やら色々と曰くつきらしくてな。国の学者さんとか、結構色んな人が来るんだよ」

勇者「曰く?」

酒場の主人「何でも西の森のどこかに、あの伝説の『エルフ』の住処があるんだとさ」

勇者「眉唾だねぇ……西の森っていや、奥に精霊の祠があるって聞いたけど、おっちゃん詳しい場所知ってたりしない?」

酒場の主人「あん? 何でまた精霊の祠なんぞ……今はもう魔物の住処になってるって話だぞ?」

勇者「そうなんだけどね。そこ行って何とかしないといけないってのが俺の仕事らしいのよ、これが。嫌だけど、スゲー嫌だけど」

酒場の主人「そういや、最近『伝説の勇者』の子供が魔王討伐の旅をしてるって噂を客から聞いたな……んん!? おめえまさか!!」

勇者「あ、はい。一応、息子っす」

72: NIPPERがお送りします(SSL) 2014/12/13(土) 23:35:47.75 ID:xox+vNXM0
酒場の主人「本当かよ!! いやーこりゃたまげた!! それじゃ、これは俺の奢りだよ! ま、グーっとやってくれ!!」ダンッ!

勇者「いやいや! いいよ金は普通に払うよ!!」

酒場の主人「馬鹿言うねい!! あの『伝説の勇者』様の息子さんからお金なんて取れるかよ!!」

勇者「いやいやいや!」

酒場の主人「いやいやいやいや!!」

??「お前が『伝説の勇者』の息子だというのは本当か?」

勇者「ふえ?」

 金髪の男が勇者の背後に立っていた。
 長い金髪を後ろに流し、額にバンダナを巻いている。
 腰には剣を下げており、如何なる故か鞘の隙間からは青白い光が漏れていた。
 バンダナの下で、鋭い目がじっと勇者を見据えている。

勇者「は、はい……一応、そうです……」

 雰囲気に飲まれ、なんだかしどろもどろになって返答する勇者。
 対する男は勇者の返答を受け、大きく口を開けて笑った。

??「はっはっはっは!! 一度会ってみたいとは思っていたが、まさかこんな所で偶然会えるとはな!!」

勇者「いや、はあ…えっと……」

??「ああ、すまんすまん。初めまして。俺の名前は騎士という」

騎士「そうさな…お前が『伝説の勇者の息子』というなら、さしずめ俺は―――」





騎士「――――『伝説になれなかった騎士の息子』ってところかな」





73: NIPPERがお送りします(SSL) 2014/12/13(土) 23:36:54.26 ID:xox+vNXM0



 あるところに、一人の騎士が居た。

 騎士は自分こそが世界で一番強いと思っていたし、事実、騎士は生涯で一度も負けたことが無かった。

 だから、魔王に世界を征服された時、世界を救うのは当然自分であると思い、魔王討伐の旅に出た。

 世界を回り、騎士は更に強くなった。

 でも、魔王を倒したのは騎士ではなかった。

 魔王を倒した男は『伝説の勇者』として世界中で語り継がれ―――

 騎士の名は、『伝説の勇者』の陰に埋もれて消えた。




74: NIPPERがお送りします(SSL) 2014/12/13(土) 23:38:02.31 ID:xox+vNXM0
騎士「マージでやってらんねっつーんだよ、なあ!?」

勇者「わかるわー。マジでお前の言ってることわかるわー」

 一時間後、二人は超意気投合していた。

騎士「親父の無念とかよ~、マジで知らねーっつーんだよ。なーんで息子だからってそんなん押し付けられなきゃいけねーんだよ!!」

勇者「もう超わかる。周りの視線もよー、何か変な期待込めてこっち見てるっていうか、誰も生身の俺を見てくれないっていうかさー」

騎士「『おう騎士の息子!! 元気でやってるか!!』ってうるせーってんだよ『騎士の息子』じゃねーよ名前で呼べよ!!」

勇者「無理やり修業させてこっちがへばると『情けないぞ! それでも伝説の勇者の息子か!!』ってやかましわ!! 誰の息子でもへばるわそんなもん!!」

騎士「『お前はいいよな~、あの人の息子だからって特別扱いされて』ってうるっさいわ死ね!!」

勇者「誰もそんなもん頼んでねえっつーの死ねッ!!!!」

騎士「勇者ッ!!!!」

勇者「騎士ッ!!!!」

 感極まった二人は立ち上がり、お互いの体を抱きしめる。
 二人の間に厚い友情が芽生えた瞬間であった。

勇者「おかげでこの年まで碌に女の子と接点持てずによう……辛いよなぁ俺ら…」シクシク…

騎士「え、いや、それはないわー」

勇者「え?」

騎士「いや、そりゃ修業の合間にちょくちょく…ね?」

勇者「う、裏切者ッ!!!!」

 そんですぐにひびが入った。


75: NIPPERがお送りします(SSL) 2014/12/13(土) 23:39:33.86 ID:xox+vNXM0
騎士「それで、勇者は魔王討伐の旅を始めたばかり、と」

勇者「本当はスンゲー嫌だったけど、あのまま国に残るのもマジで嫌だったからね…だからとりあえず旅に出て、のらりくらりと行くつもりだったんだけど……」

勇者「一緒にパーティー組んだ奴らが皆志高くてね……何か予定外にマジな旅になってんすわ……」

騎士「へえ、パーティー組んでんのか」

勇者「うん。男二人に女二人」

騎士「女が二人! なら勇者お前、女の子とちょめちょめなんてすぐじゃねえか!」

勇者「ぶっちゃけ最初はそのつもりだったけどね。無理っす。もう無理っすわ。ミッションインポッシブル」

騎士「無理ってこたないだろ。いけるってやれるって」

勇者「やれねって。もうね、一人が超コンエーの。超ツンエー超コンエーの。んでもう一人と超仲良いの。手ぇ出せねって」

騎士「そんなにか……」

勇者「やばいよ。お前も見たらわかるよ」

騎士(見たらわかるの? 見た目がなんかもうゴリラなの? 何でこいつそんなゴリ女とパーティー組んでんの?)

勇者「俺のパーティーの話はもういいよ。騎士は一人で旅を?」

騎士「ああ」

勇者「やっぱりお前も魔王討伐のために旅をしてるのか?」

騎士「一応、そうだな」

勇者「一応?」

 そこで騎士は少し言いにくそうな素振りを見せる。
 が、やがて一口酒を含んで唇を濡らし、口を開き始めた。


76: NIPPERがお送りします(SSL) 2014/12/13(土) 23:41:05.18 ID:xox+vNXM0
騎士「まあぶっちゃけるとな、最初、俺は家出したんだ。もうこんな所居られるかと、国を捨てた」

騎士「しばらく自由奔放に旅を続けていたんだが、ある日、噂を聞いた」

騎士「俺の国が、魔王軍に滅ぼされたと」

勇者「ッ!?」

騎士「慌てて国に帰ってみたが、噂は本当だった。本当に国は完膚なきまでに滅ぼされていて、生き残りはゼロだった」

勇者「騎士……」

騎士「何故俺の国が魔王軍に目をつけられたのかは分からん。とにかく、それ以来俺は少しばかり真面目に魔王軍について情報を集めた。そして、俺は驚くべきことを知った」

騎士「俺の国は、たった一人の魔族によって滅ぼされたんだ」

勇者「そんな、馬鹿な…」

騎士「魔王には二人の側近が居る。巨大な虎の顔を持つ圧倒的な戦闘力の化け物、『獣王』。漆黒の鎧に身を包んだ正体不明の魔族、『暗黒騎士』」

騎士「俺の国を滅ぼしたのはその内の一人、魔王の右腕と称される『暗黒騎士』だ。多少知性のある魔族と戦う機会があって、その時に聞き出した情報だから信憑性は高い」

騎士「以来、俺は『暗黒騎士』を仕留めるために修業の旅を続けている。だから、厳密に言えば魔王討伐の旅とはちょっと違うわけだ」

勇者「もしかして、騎士がこの町にいるのは……」

騎士「ああ、目的はお前と同じだ。西の森の精霊の祠を解放するために、この町を拠点としているところさ」

勇者「……なあ、騎士。なら俺達と一緒に行かないか? 一人で挑むより、五人で挑む方が確実だろ?」

騎士「なんだ、心配してくれてんのか? ありがたい話だが、ちょっと悩むな……」

勇者「何でだ? そっちにデメリットはあんまりないだろ?」

騎士「いや、だってゴリラがいるんだろ?」

勇者「ゴリラはいねえよ。どっから出てきたゴリラ」

77: NIPPERがお送りします(SSL) 2014/12/13(土) 23:42:23.97 ID:xox+vNXM0
 翌朝―――

武道家「それで、騎士とやらはまだなのか? 勇者」

勇者「一応ここの宿屋の名前伝えて、朝に来いって言っといたんだけど……」

僧侶「新しい仲間かあ。どんな人でしょう……少し緊張しますねえ」

戦士「ふん、軟弱な男だったらお断りだぞ。勇者」

勇者「まあまあ戦士、そう言わずに……」

武道家「ちなみに、どんな男なんだ?」

勇者「なんつーか、俺みたいな奴?」

戦士「断固お断りだッ!!!!」

武道家「落ち着け戦士ッ!!」

勇者「何これ泣いていい? あと何気に僧侶ちゃんが戦士を諫めようとしないのも地味にくる」

僧侶「いや、それは……あはは」

騎士「おーい! 勇者ー!!」タタタ…

勇者「あ、来た」

騎士「悪い悪い、ちょっと遅れた」

勇者「みんな、紹介するよ。こいつが酒場で出会った騎士だ。騎士、そこに居るのが俺の仲間。武道家、僧侶ちゃん、戦士だ」

武道家「よろしく頼む」

僧侶「よろしくお願いします!」

戦士「ふん……」

騎士「……」

勇者「……騎士? どした?」

騎士「ん~……悪いな、勇者」

勇者「なにが?」




騎士「やっぱこの話ナシな。話にならんわ」




78: NIPPERがお送りします(SSL) 2014/12/13(土) 23:44:17.87 ID:xox+vNXM0
武道家「ッ!?」

僧侶「ッ!?」

戦士「……!!」

勇者「な、何でだよ!! 昨日はオッケーだって…!!」

騎士「昨日は昨日。今日は今日だ。明日は明日の風が吹く」

勇者「うるせえよ!! せめて理由を言え理由を!!」

騎士「え~? やめた方がいいと思うぜ?」

戦士「話にならん、と言ったな……まさかとは思うが、もしやそれは我々の力量のことを言っているのか?」

騎士「あ~……うん、まあ、正解だよお嬢ちゃん」

戦士「……ッ!!」

 騎士の軽薄な態度に戦士の顔色が変わる。

武道家「……どういう意味だ?」

 武道家もまた、苛立ちを隠し切れないまま騎士に問いただした。

騎士「じゃあもうぶっちゃけるけど、勇者、お前のパーティー弱すぎるよ。お前らとパーティー組んでもデメリットしかねえ」




騎士「―――弱者のお守なんて、俺はまっぴらごめんなんだよ」




79: NIPPERがお送りします(SSL) 2014/12/13(土) 23:45:30.88 ID:xox+vNXM0
 その言葉が、感情を押し留めていた堰を切った。
 戦士は背負った剣の柄に手をかける。
 武道家も、露骨な戦闘の構えこそ見せていないが明らかに臨戦態勢だ。
 自身と言うより、仲間を侮辱されたことが耐えかねたのだろう。僧侶でさえ、強い敵愾心を持った目で騎士を睨み付けている。

勇者「おおい君たちぃ!! 謝れ!! 騎士、お前謝れって!!」

騎士「言えって言うからホントのことを言ったまでだぜ?」

戦士「よく言った。ならば、その身で我らの力を試してみろ」

騎士「相手との力量差を感じ取れないってあたりが、もうね……いいよ。わかった。じゃあ、しょうがないから見せてやるよ」

騎士「――――レベルの差、ってやつを」

 言いつつ、騎士は構えない。
 騎士は無防備ともいえる体で、戦士と武道家に相対する。

勇者「ほんとやめなさいって君たち!! ああ、もう……!!」

 間に立つ勇者はオロオロだ。
 騎士がゆるりと手を伸ばし、その指を立てる。
 その指差す先は―――僧侶だ。

騎士「いいか? 俺は今から……その子のおっぱいを揉む!!」


80: NIPPERがお送りします(SSL) 2014/12/13(土) 23:46:12.74 ID:xox+vNXM0




僧侶「……へあ?」


 ――――空気が、止まった。





81: NIPPERがお送りします(SSL) 2014/12/13(土) 23:48:10.12 ID:xox+vNXM0
騎士「それじゃあ、行くぜ?」

 その場の雰囲気などお構いなしに、騎士はその身を低く屈める。

騎士「よーい……ドンッ!!!!」

 土煙だけを残し、騎士の姿が掻き消える。
 一切の小細工なし。正面から僧侶に近づき、その胸に向かって伸ばされた騎士の右手は。

 目標に到達する前にその手首を武道家によって掴み取られていた。

騎士「おお!?」

武道家「大したスピードだが捉えられん程ではない……下らん真似はこれきりにするんだな、騎士とやら」

騎士「今のに追いつけるのか! スピードに自信があるタイプなんだな!! ちょいと見縊ってたぜ!!」

 そう言って騎士は武道家に掴まれた腕を無造作に振り上げた。
 少なくとも、勇者の目にはそう映った。
 そうとしか映らなかった。

 ―――なのに、次の瞬間には武道家の体は宙高く打ち上げられていた。

武道家「な…に…!?」

 武道家本人すら、状況を把握するのに数瞬の時を要した。
 掴まれた腕を、振り上げた。
 騎士が行ったのは本当にそれだけだ。
 魔法ではない。技術でもない。
 単純明快な腕力。
 それだけで、自身の体は浮き上がり、その勢いに腕を掴んでいた指は滑り離れ、宿屋の屋根を見下ろせるような高さまで投げ出されている。

武道家「何ィィィィィーーーーーーッ!!!?」

僧侶「武道家さんッ!!」

 思わず武道家の姿を目で追っていた僧侶の胸が、もにん、と下から押し上げられた。

騎士「おお、すっげ」

 僧侶の背後に回った騎士が、その両手で僧侶の胸を優しく揉み上げている。
 もにんもにんと、騎士の指に押され僧侶の胸が形を変えた。

僧侶「―――ッ!!」

 僧侶が反射的に悲鳴を上げようと息を吸い込むよりも早く。

勇者「てめえ――――何してくれてんだコラァッ!!!!!!」

 勇者が握りしめた拳を騎士の顔目掛けて撃ち込んでいた。


82: NIPPERがお送りします(SSL) 2014/12/13(土) 23:49:09.53 ID:xox+vNXM0


 しかし勇者の拳は空を切る。

 僧侶の背後から掻き消えた騎士が再び姿を現したその先で―――間髪入れず戦士が大剣を振り下ろしていた。

 だがそれすら不発。

 戦士の剣は地面を穿ち、騎士は最初の立ち位置に戻っていた。

 体勢を整えた武道家が着地する。

 勇者、戦士、武道家、僧侶と騎士一人が相対する。



83: NIPPERがお送りします(SSL) 2014/12/13(土) 23:50:40.32 ID:xox+vNXM0
 騎士は勇者たち四人の顔を見回した。

騎士「まだやる気満々なのは……勇者と戦士くらいか」

僧侶「うぅ…」

武道家「くッ…」

勇者「おい騎士、僧侶ちゃんに土下座しろ。そうすりゃさっきの狼藉は不問にしてやる」

戦士「いーや、それくらいじゃ収まらん。貴様は世に生きる全ての女の敵だ。ここで私が成敗してやる」

騎士「どうすりゃ心折れっかな……うーん…」

 騎士は目を閉じ、顎に手を当て、顔を下に向けて思案する素振りを見せた。
 ―――まだ臨戦態勢を解いていない戦士と勇者を目の前にしながら、だ。

戦士「どこまでも―――舐めくさって!!!!」

 大地を思い切り蹴り、戦士が一瞬で騎士に肉薄する。
 そして構えた大剣を振り下ろす、その刹那――――

 騎士はぱちりと目を開き、ぼそりと呟いた。





騎士「プライド高そうだし、剥くか」





84: NIPPERがお送りします(SSL) 2014/12/13(土) 23:52:59.80 ID:xox+vNXM0
 ほんの少し、騎士は自分の体を横にずらした。
 それだけで、戦士の大剣は騎士の体を捉えられずに地面を叩く。
 地面を穿った大剣の刃を上から踏みつけ、騎士は薄く笑った。
 騎士の手には、紙や糸を切る時などに使う、ごくありふれた汎用ナイフが握られていた。
 ナイフが反射する光が揺らめいた。
 戦士は反射的に剣から手を離し、大きく後ろに跳び退る。

騎士「いい反応だ、と褒めたいところだけど」

 騎士はズボンのポケットから鞘を取り出して、ナイフの刃を差し込んだ。

騎士「もう終わってんだよね」

 パチン、と鞘に刃を仕舞う音が響く。
 同時に、戦士の鎧がするりと外れ、ごとりと音を立てて地面に落ちた。

戦士「……は?」

騎士「鎧自体は壊してねえよ。流石に一張羅を台無しにすんのは気が引けたからな。繋ぎの紐を切っただけさ、安心しな」

騎士「―――つっても、その下の服は台無しにしちゃったけど」

 戦士が身に着けていた服が千切れ飛ぶ。

戦士「な…!」

 服だけではない。露わになった下着代わりのさらしもまた、ぱらぱらと足元に落ち始めた。

戦士「ちょ…や……!」

 慌てて戦士はひらひらと千切れ飛ぶ布の欠片に手を伸ばす。
 しかしその手に掴めたのはほんの小さな布きれのみだ。
 これでは体の一部も隠すことが出来ない。
 にやにやとこちらを見て笑う騎士の姿が目に入った。

戦士「やめろ!! 見るなぁ!!」

 羞恥に顔を真っ赤に染めて、生まれたままの姿となった戦士はその場に蹲る。


 その戦士の体に―――いつの間にか傍に来ていた勇者が己のマントを巻き付けていた。


85: NIPPERがお送りします(SSL) 2014/12/13(土) 23:54:08.12 ID:xox+vNXM0
戦士「ゆ…う、しゃ……?」

勇者「見てないよ? 俺何も見てないからね?」アタフタ

騎士「……ざーんねん。あとちょっとで全部見えたのに。ほんと、いい反応してるわ勇者」

勇者「騎士……!!」

 勇者は戦士の傍で立ち上がり、騎士を睨み付けた。

騎士「……まだやる気かよ?」

勇者「………」

 勇者は内心の怒りをかみ殺し、大きく息を吐く。

勇者「……やらねえよ。俺達とお前の実力差はよーく分かった。思い知ったよ」

騎士「そりゃ良かった。じゃあ俺は行くぜ?」

 そう言って騎士は勇者たちに背を向けた。
 そうして歩み始めた直後。
 勇者の隣に蹲っていた戦士が駆けだした。
 地面を穿ち、突き立ったままだった己の剣を引き抜き、騎士に迫る。

戦士「ずああッ!!!!」

 涙に滲んだ瞳で、雄叫びを上げる。
 余りにも悔しかったのだろう。
 この一撃だってどうせ避けられることは分かっている。
 それでも、どうしてもこのまま行かすことは出来なかった。
 そうして、振り下ろされた一撃を。



 騎士は、避けなかった。



86: NIPPERがお送りします(SSL) 2014/12/13(土) 23:55:38.74 ID:xox+vNXM0
 だん、と剣を叩き付ける音がした。

武道家「馬鹿な……」

僧侶「そんな…」

勇者「は…?」

戦士「あ…あ……」

 驚愕の声は四人全員から漏れた。
 信じられない光景が目の前に広がっていたから。
 騎士は、戦士の剣を避けなかった。
 戦士の剣は、背後から騎士の肩口に叩き付けられ。


 ―――――そこで、止まっていた。


騎士「ったく……こうなるから、直接剣のやり取りはしたくなかったんだ」

 ため息交じりに呟いて、騎士は再び勇者たちの方を振り返る。
 その拍子に戦士の大剣は騎士の肩をずるりと滑り落ちて、がらんと力なく地面に転がった。

騎士「……レベルの差が大きすぎると、こうなるんだ。お前らの攻撃力は俺の防御力と比較すると余りにも小さすぎて……俺の防御を貫けない」

 騎士は、非常にばつが悪そうな顔をしていた。
 どうやら戦士の剣については本当に避けられなかったらしい。
 あれだけのことをされてなお剣を取り立ち向かってくるなど、騎士の持つ常識からすれば予想しえぬ事だったようだ。

騎士「その…なんつーか……めげんなよ、お前ら。大丈夫、頑張れ」

騎士「大丈夫だって! まだまだこれから強くなれるって! 明日の可能性は無限大だってじっちゃんも言ってた!」

騎士「勇者! 旅やめんなよ!? お前が旅やめちゃうと俺すっげえ寂しいから!!」

騎士「あーと、えーと……そ、その、今回の西の森の祠、お前たちに譲るよ!! それで少しでも俺に追いついてこい!! な!? な!?」

騎士「…………」

騎士「……んじゃ! 俺行くから! またこの世界のどこかで会おう!! 元気でな、お前ら!!」


87: NIPPERがお送りします(SSL) 2014/12/13(土) 23:57:09.81 ID:xox+vNXM0
 そうして、騎士は去っていった。
 四人はしばらく茫然とその場に留まっていたが、やがて勇者が口を開いた。

勇者「……このまま、ここでこうしてても埒が明かないし、もう一回宿とって部屋に戻ろう。戦士の鎧も修復しなきゃだから、出発は明日に延期。いいか? みんな」

 武道家と僧侶は沈痛な面持ちで頷き、歩き始めた。
 戦士はまだその場から立ち上がらない。

僧侶「戦士……」

 心配した僧侶は戦士に歩み寄り、ようやく立ち上がった戦士の腕を支えた。

勇者「……なあ、武道家~」

 ふらふらと、おぼつかない足取りで宿に戻る戦士を見届けて、勇者は隣に佇む武道家に声をかける。

武道家「……なんだ?」

勇者「今、悔しい?」

武道家「当然だ。己の不甲斐なさに、はらわたが煮えくり返る思いだ」

勇者「俺もなー、意外なことに悔しいんだわ。あんな強い奴がいるんだから、もう魔王はあいつに任せちまえ~っていつもなら小躍りしちゃいそうなのにな」

勇者「……なんか、逆にモチベーション上がった。今まで親父の遺志を継いで魔王を討伐する、とかどうやったってテンション上がんなかったけど」

勇者「少なくとも、あいつを一発ぶん殴れるくらいには強くなってやるぜ、俺は」

武道家「それでは足りんな。いずれ、俺は奴を完膚なきまでに屈服させてやる」

勇者「おほー、流石は『武道家』。野蛮なこって。……戦士は大丈夫かな?」

武道家「それはお前の方が良く分かってるんじゃないか?」

勇者「……そうだな。あの女はこれで折れるようなタマじゃねえわ。よし、そんじゃ俺らも戻るか」

武道家「ああ」

勇者「そんで、すぐロビーに全員集合な」

武道家「あ?」

勇者「この町、麦酒がすげーうめえんだよ。嫌なことは酒飲んでぱーっと騒いで忘れるに限る!! 戦士も僧侶ちゃんも今回ばかりは強制連行じゃい!!!!」

武道家「……なんというか、尊敬するな。お前のそのポジティブさは」

勇者「ネガティブやったらこの五年の修業耐え切れずに自殺しとるわ!! ぎゃっはっは!! いくぞおらーっ!!」

88: NIPPERがお送りします(SSL) 2014/12/13(土) 23:59:02.01 ID:xox+vNXM0
戦士「うあらーー!! なんなんじゃーーッ!! 世の中に居る男はあんなクソばっかかーー!!」アンギャー!

勇者「うわあやべえこの女マジで酒癖わりい」

戦士「ゆうしゃーー!! どうなんだーー!! 答えろおらーー!!」

勇者「あーはいあのですね、あんなんは極めてレアケースだと思いますよホント」

戦士「お前自分とあいつが似てるなんて言ってたなーーー!! じゃあお前もあれかーー!! レアなクソかーー!!!!」

勇者「滅相もない!! ってかくっせえ!! コイツマジで酒くっせえ!!」

戦士「お前、女の子に向かってくさいって、お前……!!」ウルウル…

勇者「泣き出したようっぜ!! 何なんだよお前怒ったり泣いたり一体何上戸なんだよ!!」

戦士「何上戸ってお前www知らねえよwwwwww」ケラケラケラ!

勇者「笑い出したよ!! 何なんだよお前上戸完全制覇か!!」

武道家「すまなかったな、守ってやれなくて……」

僧侶「いえ、あの時武道家さんが立ちはだかってくれて、私…嬉しかったです……」

勇者「うおおおおい!! 何いい雰囲気になってんだそこぉぉぉおおおおお!!!! 殺すぞ武道家ぁぁぁぁああああ!!!!」

戦士「こらおまえまだわたしがはなしてるとちゅうだろこっちむけおい」

89: NIPPERがお送りします(SSL) 2014/12/13(土) 23:59:52.21 ID:xox+vNXM0



 こうして、勇者たち一行は再び立ち上がった。

 初めての完全敗北を経験し、むしろ以前よりも強く結束した勇者一行。

 しかしこの翌日、四人の結束が今度は致命的なまでにバラバラになってしまうことを。

 当然、今の彼らは知る由もないのであった。



第五章  伝説になれなかった男  完



97: SS速報VIPがお送りします 2014/12/24(水) 00:07:59.06 ID:agZ8HDU50
 ―――『第六の町』より西に広がる大森林。

勇者「くあー、最悪だ。雨降ってきやがった」

僧侶「木々が深く生い茂っているおかげでそんなに濡れないのが幸いですねえ」

勇者「そうだね。ただ、太陽が隠れちゃって方角わかりづらくなるのがきっついなあ。武道家、方角ずれてない?」

武道家「ああ、今のところは大丈夫だ。羅針盤に異常がなければ、我々は森をずっと北西の方向に進み続けてる」

戦士「しかし…日が射さんと本当に暗いな。真昼間だというのに、既に日暮れを迎えたような心地だ」

勇者「夜になったら真っ暗だろうし、何とかそれまでには祠に着きたいな……」


98: SS速報VIPがお送りします 2014/12/24(水) 00:08:43.59 ID:agZ8HDU50
 二時間後―――

勇者「ふう~、何とか日が暮れる前に祠にたどり着くことが出来たな。思ったより大変だった……騎士から祠の詳細な場所の情報もらってなかったらやばかったな」

戦士「騎士…か」

僧侶「……」

武道家「ふん、あんな奴に感謝する必要などない。あいつの情報など無くともお前なら祠の場所を探り当てることが出来たさ。だろう? 勇者」

勇者「まあな。そんじゃ、騎士に一泡吹かせるためにも、ブワァーと攻略いってみようか!」

三人「「「おう!!」」」

99: SS速報VIPがお送りします 2014/12/24(水) 00:10:07.74 ID:agZ8HDU50
 洞窟内―――『精霊の祠』攻略戦。

猿型魔物A「グォォォオオオオオオ!!!!」

勇者「『呪文・火炎』!!」ゴォ!

猿型魔物A「ギャオオ!?」ボォォ!

勇者「おっしゃ顔面直撃! その状態じゃ目も見えねえだろ!! 武道家ァ!!」

武道家「承知ッ!! おぉぉぉぉおおおお!!!!」ガガガガガガ!

猿型魔物A「ごっ、ぎゃ、ぎっ!!」

武道家「とどめ!!」

 武道家の装備する手甲――その肘から突き出た刃(スピア)が猿型魔物の喉笛を切り裂く!

猿型魔物A「ギィィ……」ズーン…!

 猿型魔物Aは絶命した!

戦士「はあああああああああ!!!!」ズガガガガガ!

猿型魔物B「グギギ……!!」

 戦士の圧倒的な連撃を前に、猿型魔物Bはまったく手を出せない!

勇者「『呪文・烈風』!!」

 勇者は魔力を練り上げ、猿型魔物Bの左足、その膝辺りを指差した。
 勇者の指から発射された風の塊が猿型魔物Bの足を弾き、バランスを崩させる!

戦士「今だ…その首もらうぞ!!」

 戦士が水平に振った大剣が猿型魔物Bの首にめり込む。
 切り離された首は回転しながら宙を舞い、頭を失った体は力なくその場にくずおれた。

 魔物たちは全滅した!

勇者「おし……皆ダメージは負ってないな?」

武道家「ああ」

戦士「当然だ」

僧侶「皆さんお疲れ様でした!」

勇者(いけるいける。全然やれるよ)

勇者(やっぱ強いよこのパーティー。騎士が異常に強すぎただけだ。何なんだアイツは。チートか)

勇者「よし、この調子でどんどん行こう。ただ、油断だけはしないように!! 特に戦士!!」

戦士「な…! 何故私を強調するのだ!!」

勇者「自分の胸に手を当ててよーく考えてみるんだな暴走突貫娘!!」

戦士「むぐぐ……!!」

武道家(なんというか……)

僧侶(かなり打ち解けましたねえ、二人とも……)

100: SS速報VIPがお送りします 2014/12/24(水) 00:11:49.32 ID:agZ8HDU50
 精霊の祠最深部―――
 精霊の力を増幅させるために拵えられた『神殿』の前に、一匹の魔物が佇んでいた。
 風貌は、先ほど何度か撃退した猿型の魔物に酷似している。
 ただ、目の前にいる魔物はその毛色が違っていた。
 この洞窟に数多現れた猿型の魔物の色は、茶色。
 目の前の魔物の毛色は、黒。
 烏の濡れ羽を思わせるような漆黒だった。

猿型魔物「ヨクモ…我ガ同胞ヲ殺シ尽クシテクレタナ…」

武道家「喋った!?」

勇者「人語を解する程の知能を持つ魔物……まいったな、こいつは」

勇者(……強い…!!)

猿型魔物「我ガ名ハ『魔猿』……我ガ領域ヲ侵ス愚カ者共、報イヲ受ケヨ!!」

勇者「来るぞッ!!」

魔猿「ゴオオオオオオオオオオオ!!!!」

 魔猿が吠える。
 祠全体が震えているかのような威圧感。
 勇者たちは即座に戦闘隊形に移行する。
 戦士と武道家が前に。勇者はその後ろ、僧侶を庇う立ち位置に。
 僧侶は呪文を紡ぐ。
 彼女が最も強く加護を受けている精霊は『水』。
 その魔力は、人の体に働きかけることで様々な機能を向上させる。
 その端的な例が治癒力を向上させる回復系の呪文だ。
 無論、これまでの旅を経てレベルアップしてきた彼女が扱える呪文は、既にそれだけにはとどまらない。

僧侶「『呪文・攻撃強化』!!」

 僧侶の持つ武器――『杖』から溢れた魔力が向かう先は武道家だった。
 青白い光に包まれ、武道家は己の体に力が漲るのを感じる。

武道家「破ッ!!」

 パーティーの中で誰よりも素早く動ける武道家が魔猿に対し先手を打つ。
 僧侶の呪文により強化を受けた武道家の拳が魔猿の顔面に突き刺さった。

魔猿「ギャオオウッ!!!!」

 武道家の拳を受け、後ろによろめいた魔猿だったが、体勢を崩しながらも彼は既に武道家に攻撃を放っていた。

武道家「ぬっ!?」

 魔猿の尻尾が武道家に巻き付いている。
 尻尾に引かれ、連撃を繋ごうとしていた武道家の動きが止まった。
 そして。

魔猿「ゴアアッ!!!!」

武道家「ぬおあッ!!」

 そのまま尻尾を振り回し、武道家の体を投げ飛ばす。
 武道家は洞窟の岩壁に背中から叩き付けられた。
 追撃に移ろうとした魔猿の動きを遮ったのは戦士の大剣。
 眼前に迫った戦士の水平斬りを、魔猿は思い切り後ろにのけぞることでかわす。


101: SS速報VIPがお送りします 2014/12/24(水) 00:13:48.53 ID:agZ8HDU50
戦士「すばしっこいな…!! 流石に猿の親玉か!!」

 水平に振るった剣の勢いを力ずくで斬り返し、今度は大上段から振り下ろす。
 魔猿は地を蹴り、体勢を戦士の方に向き直しながら跳躍。しかし今度はかわしきれず戦士の刃は魔猿の右肩を切り裂いた。

魔猿「オノレ人間風情ガッ!!」

戦士「剣の通りが浅いか……僧侶!! 私にも攻撃強化を!!」

僧侶「ええ、わかってる!! でもその前に……!」

 僧侶の杖から再び魔力が放出され、壁に叩き付けられた武道家の傷を癒す。
 武道家は何事も無かったかのように立ち上がり、拳を揺らしながら歩み始めた。

武道家「恩に着る。さて、魔猿とやら。もうさっきの大道芸は通じんぞ」

魔猿「チィィ!! 貴様ガ一番邪魔ダ、回復使イノ魔術師メッ!!」

 魔猿は戦士を無理やり押しのけ、僧侶に向かって突撃する。

戦士「行かせるかッ!!」

 戦士の一撃が魔猿の背中を裂いたが、魔猿は止まらない。

魔猿「死ネェッ!!」

僧侶「………ッ!!」

 僧侶の眼前に迫った魔猿の爪は、しかし僧侶に届かない。
 振るわれたその腕は、間に割って入った勇者の剣によって止められていた。

勇者「それだけは俺が許さねえんだよ…なぁッ!!!!」

 勇者はそのまま剣で魔猿の腕を切り払う。
 後ろに跳躍し、魔猿は勇者から距離を取った。
 勇者の剣と接触した魔猿の手のひらからは血が滴り落ちている。

勇者「思いっきり切ってやったのに、指の一本も落とせないか……」

 勇者の脳裏に蘇る、騎士の言葉。
 レベルの差が大きければ、通常与えられるべきダメージを、与えきることが出来ない。

勇者「だが、通じないほどじゃない。今回は勝てるさ…勝ってみせる…!」

戦士「当然だ!!」

 魔猿の眼前に迫った戦士が連撃を繰り出す。
 両腕を振るい、その剣を撃ち落としにかかる魔猿。

魔猿「ギェアッ!!!!」

 両腕から血を流しながらも戦士の大剣をさばき切り、魔猿は戦士の腹部に蹴りを入れる。

戦士「ぐッ……!!」

 戦士の体が吹き飛んだ。
 何とか空中で体勢を立て直し、戦士は両足で着地する。

戦士「ごふッ……!!」

 余りの衝撃に込み上げてくる吐き気を戦士は飲み込んだ。
 見れば、蹴りを受けた部分の鎧が歪に凹んでいる。

魔猿「マズハ一匹……!!」

 魔猿が追撃に移らんと戦士に向かって駆け出した。
 その視界が、突如炎の赤に染まる。

勇者「『呪文・火炎』……!!」

魔猿「ゴォ……オノレ……!!」

 顔に纏わりつく炎を振り払うように、魔猿は思い切り首を振り、その手で顔を掻き毟る。

勇者「まだまだ俺程度の魔力じゃそのまま焼き尽くすことなんて出来ないか……けど、かく乱と足止めなら、これで十分!!」

 ずぶり、と魔猿の額に刃が食い込んだ。
 武道家の肘が、魔猿の額に接触している。
 つまりは、そこから伸びた刃が、深々と魔猿の頭を貫いているということだ。

102: SS速報VIPがお送りします 2014/12/24(水) 00:16:02.04 ID:agZ8HDU50
魔猿「オ…ノ、レ……!!」

武道家「……ッ!! コイツ、まだ生きて……!!」

勇者「なんて生命力……!!」

僧侶「武道家さん!! 危ない!!」

武道家「くッ…!!」

 魔猿は左手で武道家の腕を掴み、右腕を振り上げた。
 魔猿の額に突き立ったまま固定されたスピアが武道家の動きを阻害する。

魔猿「死…ネェッ!!!!」

 しかし振り下ろされた魔猿の右腕は空振りした。

魔猿「ガ…?」

 魔猿の腕はその肘から先が無くなっていた。
 何事かと魔猿はぎょろりと眼球を動かし、周りを見渡す。
 頭上で己の腕が回っているのが見えた。
 次に地面を穿つ剣の先に気付いた。
 戦士が、振り上げた魔猿の腕を、一刀両断に切り落としていた。

戦士「ゲッホ……お返しだ、この猿野郎」

 戦士が振り下ろした剣を構え直す。
 その体勢から、次は剣を横なぎに振るうつもりであることが明白に読み取れる。

魔猿「……ッ!!」

武道家「おっと、動くなよ魔猿とやら」

 武道家はスピアを突き立てたまま、空いた方の手で魔猿の首の毛に指を絡め掴み取る。
 そうすることで、魔猿の動きを阻害する。

魔猿「離セ!! オノレコノウジ虫共ガ!! ハナセェェエエエエエ!!!!」

 戦士が剣を振る。
 横なぎに振るわれた、戦士の全身全霊の一撃。
 それは魔猿の防御を易々と貫き、魔猿の体を腰元から上下に両断した。

魔猿「カ…ハ……」

 武道家は魔猿の額からスピアを引き抜く。
 どさりと音を立て、魔猿の上半身は下半身と重なりあって地面に落ちた。

勇者「今度こそ……やったか?」

武道家「だろうな……すまんが僧侶、回復を頼めるか?」

僧侶「あ、はい……ひっ!」

勇者「おま……どうしたその腕ッ!!」

武道家「最後に奴に掴まれた時にな……凄まじい力だった。今回はたまたま圧倒できたが、やはり強敵だったよ、奴は」

 武道家の腕は、魔猿に掴まれたところからぽっきりとへし折られていた。
 まるで関節が一つ増えたように、肘と手首の中間あたりで直角に腕が折れ曲がっている。

勇者「うええ…! お前痛くねーのかよそれ…」

武道家「凄まじく痛いな……実は吐きそうなのを必死で堪えている」

僧侶「す、すぐに治療しますぅ!!」

勇者「戦士、お前は大丈夫なのか? 確かまともに一撃もらってただろ」

戦士「私は鎧の上からだったから、そこまでの損傷は受けていない。回復は後回しで構わん」

勇者「痩せ我慢すんなって。ほれ俺が回復してやるから、近うよれ」

戦士「……お前、昨夜私がちょっとみっともない姿見せたからって調子にのるなよ?」

勇者「ちょっと? あれがちょっとねえ……」

戦士「う、うるさい!! 二度とあんな不覚はとらんからな!!」

103: SS速報VIPがお送りします 2014/12/24(水) 00:17:37.58 ID:agZ8HDU50
勇者「……って、あれ? 神殿復活してなくね?」

僧侶「そういえば、そうですね。加護の高まりを感じられません」

武道家「まだ祠の中に魔物が残っているのか?」

勇者「え~、うそん。ちゃんとしらみつぶしにしてきたのに? ……もしかして最初の時みたいに神殿の後ろにGがいるんじゃ……」

戦士「ひぅ…」ゾワワ…!

僧侶「はわ…」ゾワワン…!

武道家「お前…思い出させるなよ……」

勇者「俺かて思い出したくないわ。君ら知らんだろうけど、俺あの時体液もろかぶりで不快度MAXだったんだかんね。あの後超ぉ~体洗ったわ。皮膚剥げるかと思うくらい洗ったわ」

勇者「実際ちょっと血ィ出たわ」

武道家「もういいわかった。じゃあ今回は俺が見てくるから……ちょっと待ってろ」

武道家「………」

武道家「何もいないな」

戦士「ということは、やはり洞窟内に討ち漏らした魔物がいるということか」

勇者「いや~、それは考えにくいんだけど……ひょっとしてそこの魔猿がまだ生きてんじゃね?」

僧侶「いや、いくらなんでもそんなまさか……」

魔猿「クク…カハハ…」ゴフッ

戦士「……ッ!!」

勇者「いやいや…おいおい、マジかよ……」

武道家「何という生命力だ……」

魔猿「ガハ…貴様ラハモウ終ワリダ…アノ方ガイラッシャッタ…」

勇者「『あの方』?」

魔猿「我ラノ主…我ラ魔獣ノ頂点、獣ノ王……貴様ラ人間如キデハ、ドウ足掻コウトモ……ガハ、クハハ……!」

魔猿「先ニ地獄デ待ッテイルゾ……グハハハ……グフッ」ガクッ

 魔猿の絶命と同時に、神殿が輝きを取り戻す―――
 勇者たちは精霊の祠を解放した!

勇者「無事に精霊の加護を受けることは出来たけど……」

武道家「何とも不気味なことを言い残して逝ったな、この魔猿とやらは」

勇者(『獣の王』……何だっけ、つい最近どこかで聞いたような……)

勇者「なーんか嫌な予感するな。みんな、長居は無用だ。さっさと帰ろうぜ」


104: SS速報VIPがお送りします 2014/12/24(水) 00:19:09.18 ID:agZ8HDU50

 雨が降っている。
 洞窟を抜けたところで、勇者たちは立ち尽くしていた。
 目の前には、一匹の魔物が佇んでいる。

??「『伝説の勇者』の息子とは、貴様だな?」

 流暢に人語を話す魔物だった。
 そして、とても巨大な魔物だった。
 身の丈は三メートルをゆうに超している。勇者は、人語を話すその魔物の顔を―――巨大な虎の顔を茫然と見上げていた。

??「我の名は『獣王』。我自身に貴様との因縁など皆無だが」

 四人の中で、勇者だけが気づいた。
 思い出した。
 第六の町―――その酒場で、騎士が口にしていた言葉。


『魔王には二人の側近が居る。巨大な虎の顔を持つ圧倒的な戦闘力の化け物―――獣王』


勇者「馬鹿な…そんな、まさか…魔王の側近が、何でこんな辺境に……!」

 がたがたと勇者の体が震えだす。

獣王「その首貰い受けるぞ―――『伝説の勇者』の息子よ」

 嘘だと思いたかった。
 聞き間違いであってほしかった。


105: SS速報VIPがお送りします 2014/12/24(水) 00:19:50.38 ID:agZ8HDU50





第六章  ただ____死を避けるために





106: SS速報VIPがお送りします 2014/12/24(水) 00:22:47.64 ID:agZ8HDU50
獣王「さて、まずは…かつての魔王を退けた『伝説の勇者』から受け継ぎしその力を見せてもらおうか」

 獣王はそう言うと両手を広げ、勇者たちを迎え入れるかのような動作をした。

獣王「初撃、我は貴様らの攻撃を防御せん。存分に力を振るうがいい」

戦士「なに…!?」

武道家「随分と見下してくれるな獣王とやら」

獣王「おお、気分を害したならすまないな。しかし許せよ。我を脅かす強敵との仕合など久しくてな。ただ漫然と殺しあうのも勿体無いと思ったのだ」

武道家「ならばお望み通り」

戦士「我らの剣を受けてみろ。後悔するなよ、獣王!!」

勇者「ま、待て二人とも!!」

 勇者の声などお構いなしに、武道家と戦士は駆け出す。
 一瞬で獣王との距離を潰し、先に拳を振るったのは武道家。
 渾身の力を持って振るった拳は、しかし獣王の毛皮をわずかに凹ませることも出来なかった。

獣王「何やらゆっくりと歩み寄って来て何事かと思ったら、指圧によるマッサージをするつもりだったとはな。何故いきなり我を歓待する?」

武道家「な…に…?」

 戦士の振り下ろした大剣は、獣王の肩に衝突して止まった。

獣王「こちらも突然の肩たたきか。これは戸惑うばかりだ。貴様らは我ら魔王軍を倒すために旅を続けているのではなかったのか?」

戦士「馬鹿な…」

 四人の脳裏をよぎったのは、昨日の騎士との仕合の記憶。
 拭い去りたかった、圧倒的な敗北感。

獣王「意図は読めぬが褒美は取らそう。頭を―――撫でてやる」

 直後、獣王の右腕が消えて―――戦士と武道家が洞窟の入り口、その岩壁に叩き付けられた。

勇者「な…あ…?」

戦士「………」

武道家「………」

 衝突により岩壁から剥がれた石の欠片が戦士と武道家の頭に落ちる。
 が、二人とも何の反応も示さない。

勇者「は…が…ぐ…そ、僧侶ちゃん、か、回復を……」

僧侶「は、はいぃ!」

 極度の緊張によるものか、カラカラになって貼りついたようになった喉で、勇者は何とか僧侶に指示を出す。

獣王「くっはははは!! これは面白い!! 何とも秀逸なパフォーマンスよ!!」

獣王「見事な『死んだ振り』だ!! よもや貴様ら、芸で路銀を稼いでおるのか!? かっははは!!」

 獣王は腹を抱えて笑っていた。
 獣王が笑う意味を、勇者は理解できた。
 理解できてしまった。


107: SS速報VIPがお送りします 2014/12/24(水) 00:24:28.03 ID:agZ8HDU50
 つまり獣王の立場からすれば。
 真剣な面持ちをしながら歩み寄って来た二人が突然マッサージを始め。
 気持ちいいと頭を撫でてやったら自ら吹っ飛んで壁に追突し、死んだ振りを始めたのだ。
 ああ、なんて滑稽な。

 そんな所業は―――まさに『道化師(ピエロ)』のそれだ。

獣王「退屈していたという我の意を汲み取って、こんな余興を買って出るとは粋な心意気よ。感服する他ない。さあ、では伝説の勇者の息子よ。貴様は我に何を見せてくれるのだ?」

勇者「う…ぐ…!!」

 勇者は焦燥の中で思考する。
 剣は駄目だ。戦士の一撃ですら通らなかった。
 それより威力の劣る自分の剣が、どうして獣王に通じようか。

勇者「『呪文・火炎』!!」

 一縷の望みをかけて、勇者は獣王に向けて炎を飛ばす。
 だけど、きっと無駄だと、勇者は初めから悟っていた。

獣王「成程、雨でぬれた我が毛皮を乾かすつもりだったか。心遣い、痛み入る」

 やはり勇者の思った通りだった。
 勇者の放った炎は獣王の毛先すらも焦げ付かせることは叶わず、ただ表面の水分を蒸発させただけだった。

獣王「敵に塩を送る……貴様ら人間の言葉でそんな物があったな。人間というものは何とも奇異なことをすると思っていたが、実際にやられてみると成程、これは中々趣深い」

 獣王は一人、見当違いな方向に納得していた。
 僧侶の治癒により、戦士と武道家が意識を取り戻し、戦線に復帰する。
 だが、勇者は。

勇者(絶対に―――勝てない)

 勇者は既にそう確信してしまっていた。
 戦士と武道家の目にはまだ闘志が漲っている。
 戦士と武道家は、自分たちが何をされて吹き飛ばされたのか把握していない。
 その後の獣王の言葉も意識を失っていた故、聞いていない。
 だから、僧侶の呪文で能力を強化すれば或いはと―――そんな希望を、まだ捨ててはいないのだ。

 どうする―――? と全員が己に問いかける。
 どうやって勝つ―――? と勇者以外の三人は思考する。

 勇者だけは違った。
 勇者の思いはたったひとつ。

勇者(どうやって―――生き延びる!?)

 ただそれだけを望み、勇者は頭を回転させる。
 だが、何の結論も出ないままに―――

獣王「さて、余興はこれまででよかろう。いよいよ命を削り、殺しあおうではないか」

 無情にも、獣王はそう宣言した。

獣王「戦時の高揚こそ我が無上の喜び。共に楽しもうぞ、伝説の勇者の息子よ!!」

 それは紛れもなく死刑の宣告。
 恐怖のあまり、勇者は無自覚に唇の端を持ち上げ、笑った。
 そして―――


108: SS速報VIPがお送りします 2014/12/24(水) 00:25:04.30 ID:agZ8HDU50





 戦闘はひとつのまばたきにも満たぬ時間で決着した。





109: SS速報VIPがお送りします 2014/12/24(水) 00:26:27.06 ID:agZ8HDU50
獣王「何だ……何だコレはァッ!!!!」

 響いたのは獣王の激高する声。
 武道家、戦士、僧侶、そして勇者―――四人はそれぞれ、地面に倒れ伏していた。

獣王「弱すぎるッ!! これでは我の渇きを潤すことなど出来ん!! おのれ『暗黒騎士』め、我を謀ったな!!」

獣王「何が『今日ここに現れるのは我でなくては相手が務まらぬ猛者』だ!! この様な羽虫ども、辺境攻めの雑魚どもで十分対応できようが!!」

 怒気を孕んだ獣王の雄叫びは、最上級の気付け薬となった。
 勇者は辛うじて意識を取り戻す。
 勇者は、自分が何をされたのかすら把握できていなかった。
 一瞬、獣王の姿が消えたと思ったら、地面に打ち倒され、目の前が真っ暗になった。
 察するに、獣王は何も特別なことはしていないのだろう。
 ただ近づいて、小手調べのための一撃を放った。
 それだけで、勇者たちは全滅してしまったのだ。
 勇者は獣王に気付かれないように、ゆっくりと顔を巡らす。
 戦士、武道家、僧侶―――三人とも、何とか息をしている。まだ誰も死んでいない。
 小手調べの段階で全滅したのは、不幸中の幸いといえるだろう。下手に初撃を耐え抜いていれば、続く二撃目で命を落としていた可能性が高い。

勇者(あとは、このまま死んだ振りを続けていれば……獣王のあの様子じゃ、俺達を見逃す可能性も……)

 そんな勇者の淡い希望は、しかし即座に打ち砕かれた。

獣王「チッ…彼奴にいいように使われるなどまったく癪に障るが…一応、魔王様の命令でもある……この虫共の首、持って帰らねば」

勇者(な…あ…!?)

 獣王が勇者に向かって歩み始める。

勇者(ど…どうする……!?)

 一歩。さらに一歩。
 獣王の歩みは、今の勇者にとっては殊更ゆっくりに見えた。
 しかし確実に、着実に、獣王は勇者の体に歩み寄ってくる。

勇者(どうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうする!!!!???)

 ―――どう考えても、結論はひとつしか出なかった。

110: SS速報VIPがお送りします 2014/12/24(水) 00:27:15.95 ID:agZ8HDU50



 勇者は痛む体を引きずり、身を起こす。

 そして―――


勇者「お願いします!! 命だけは!! 命だけは助けてください!!」


 そう叫んで、恥も外聞もなく頭を地面にこすり付けた。





111: SS速報VIPがお送りします 2014/12/24(水) 00:28:31.25 ID:agZ8HDU50
 だがそれでも獣王の足は止まらない。

勇者「お、お願いします!! じゅ、獣王様!! あなたを楽しませるためなら、裸踊りでも、何でもしますから!! だ、だから!!」

 獣王の足は止まらない。

勇者「ひいい! い、嫌だ、やだ…! や、やめる、やめます!! もう魔王討伐の旅なんてしません!! おねがいです、命は、命だけはぁ……!!」

 獣王は遂に勇者の目の前に。
 勇者を見下ろす獣王の眼差しは冷たい。

勇者「は…や…そ、そうだ、こんな屑野郎介錯したら、獣王様の爪が汚れちまいますよ…へ、へへ……」

 ごくり、と勇者は唾をのむ。
 獣王の腕が一瞬、ぶれた。


 そして次の瞬間には勇者の右肩から左の腰まで肉が裂け、血が噴き出していた。


勇者「あぎゃあああああああああああああああああああああ!!!!!!」

獣王「囀るな糞虫がッ!!!! 潔くせねば、骨の髄まで苦痛を味わわせてから殺してやるぞ!!」

勇者「ああああひいいいいいいいいいいい!!!! 痛い痛い、嫌だ嫌だ嫌だ!! 痛いのは嫌だ、死ぬのは嫌だあああああああああああああ!!!!!」

 勇者は腰に下げていた袋に手を入れる。
 その中に保管していたあるアイテムを掴み、即座に発動。
 魔力に包まれた勇者の体が、勢いよく空中に飛び出した。
 雨によりその姿は遮られ、勇者の姿はあっという間に獣王から見えなくなる。

獣王「『翼竜の羽』……だと…?」

 獣王は唖然とした声で呟いた。
 そして、倒れている武道家、戦士、僧侶の姿を見回す。

獣王「あの小僧……よりにもよって、仲間を捨てたのか!?」


112: SS速報VIPがお送りします 2014/12/24(水) 00:29:45.01 ID:agZ8HDU50
獣王「いいのか? 殺してしまうぞ? 腹を裂いて腸を啜り、苦悶の表情で首を切り取り晒し者とするぞ?」

獣王「いや、そのためか? 自身が逃げる時間を稼ぐために、それこそが望み通りだと?」

獣王「く、は……はは!! はははははは!!!!」

 怒りを一周して、獣王に込み上げてきたのは笑いだった。
 あんな奴を相手にするために、こんな辺境までやって来て、時間を無駄にした自分が滑稽で仕方がなかった。
 獣王はこの瞬間、『伝説の勇者の息子』に対して一切の興味を失った。
 獣王は倒れ伏す戦士たちを一瞥する。
 止めを刺してやってもいいが、もうこれ以上あんな小虫のために手を煩わせるなどまっぴらごめんだと獣王は思った。

獣王「魔王様には伝説の勇者の息子など、相手にする価値なしと報告しよう。あんな小虫が命をかけて我らに挑んでくるなど……あり得ん」


113: SS速報VIPがお送りします 2014/12/24(水) 00:31:19.60 ID:agZ8HDU50
 そして、獣王は去った。
 あとには、戦士、武道家、僧侶の三人だけが残される。
 しばらくの時が経ち、もぞもぞと起きあがる影があった。
 戦士だ。

戦士「勇者……」

 戦士は起きていた。
 実は戦士は勇者と同じタイミングで目覚め、ずっと窮地を打開する機会を伺っていた。
 そして、獣王が勇者に近づいていき、いよいよ玉砕覚悟で突っ込むしかないかと覚悟を決めた時。
 戦士は、勇者の命乞いを聞いた。

戦士「勇者……!!」

 戦士は最後、勇者の命を守るためにその剣を振るうつもりだった。
 驚くべきことに、結果共に二人で死ぬことになっても悪くはないかと、そんな風に思う自分も確かにいたのだ。

戦士「勇者あああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」

 あとからあとから溢れ出す涙を、雨が洗い流していく。
 怒りなのか、悲しみなのか。
 自身の激情の中身を把握できぬまま、戦士はしばらくそこで叫び続けていた。


114: SS速報VIPがお送りします 2014/12/24(水) 00:33:30.53 ID:agZ8HDU50
 少し時を遡り、勇者が獣王の眼前より飛び去った直後―――――

勇者「『呪文・火炎』」

 勇者の手の中で翼竜の羽が燃え尽きた。
 結果、浮力を失った勇者の体はその勢いのまま下降し、森の中へ突っ込んでいく。

勇者「ぐ、く……!!」

 バキバキと勇者の体が森の枝葉を突き破る。
 最終的に勇者の体は大木の幹に打ちつけられて止まった。

勇者「がはぁッ!!!!」

 その衝撃に、獣王に切り裂かれた傷が広がる。
 ずるりと地面に落ちた勇者は、息も絶え絶えに回復呪文を自らの傷に施した。
 だが、勇者の行使可能な初歩的な回復呪文では、出血を止めることすら叶わなかった。

勇者「はあ……ぎ……!!」

 激痛を訴える体を引きずり、勇者は元来た方向へ引き返していく。

勇者「これで…多分…あいつは……獣王は……やる気を無くして…帰ってくれる、はず……」

 それこそが、単身逃亡を図った勇者の真の狙いだった。

勇者「あの場から……翼竜の羽を使って皆で逃げ出すことは出来た……だけど、それじゃ駄目なんだ……」

勇者「それじゃ…多分、あいつは追ってくる……あいつから逃れるためには、あいつ自身のやる気を完膚なきまでに削いでやらなきゃ…ならなかった……」

 獣王の言動からうかがい知れる彼の性格は、強者を好む武人。
 加えて、自身の実力に裏打ちされた高い自尊心(プライド)を持っている。
 だから、もちろん全てが演技ではないが、勇者は演じた。


 ―――殺す価値もない道化を、演じきったのだ。


勇者「俺を始末するのを諦めた以上、残った三人を始末するのは、ただの憂さ晴らしにしかならない……性格上、獣王はそれはやらないはずだ……」

勇者「だけど、万が一……万が一、『そんなこと』になったら、今度こそ、全員で逃げて……また対策を考えなきゃならない…」

 だから、勇者は戻っている。
 だから、途中で翼竜の羽の効果を断ち切る必要があった。
 たとえその結果が―――今の様に、傷をさらに深くすることになっても。

勇者「急げ……! こんな無茶苦茶やって、間に合わなかったら何の意味もねえんだから……!」

 勇者は駆け出す。
 その足跡に、赤い水溜りを残しながら。


115: SS速報VIPがお送りします 2014/12/24(水) 00:35:08.04 ID:agZ8HDU50
 息を殺し、茂みの中から状況を見守る。
 勇者は三分とかからず、精霊の祠の入口を見通せる場所まで戻って来ていた。
 獣王が何かを喋っているが、雨の音に紛れてよく聞こえない。
 だがこの雨は自分の気配も殺してくれているので、文句は言えない。
 勇者は目を凝らし、獣王の一挙一動に注目する。
 獣王が攻撃に移ろうとする、わずかな前兆も見逃さないように。

勇者「う…」フラリ…

 しかし傷のダメージと多量の出血が勇者を一瞬ふらつかせた。
 再び視線を洞窟入口の方に向けた時には既に―――獣王の姿が消えていた。

勇者「しまっ…!!」

 勇者は慌てて茂みから身を乗り出す。
 変わらず倒れ伏す三人の姿が目に入った。

勇者「よ…よかった……」

 安堵から、勇者は背中から茂みに倒れこむ。
 何とか―――何とか、この最大の窮地を乗り切ることが出来た。
 あとは、なけなしの魔力を振り絞って僧侶を治療し、復活した彼女に全員の傷を癒してもらうだけだ。

勇者(あ…れ…?)

 そう思って体を起こそうとして、勇者は愕然とした。

勇者(体が……動かな……)

 体が動かない、どころじゃなかった。
 視界が、周囲から徐々に黒く塗りつぶされていく。
 目蓋は開いたままなのに、勇者の世界は暗黒に落ちていく。

勇者(いや、ちょ、待……嘘だろ! オイ!!)


 勇者の傷は、はっきり言って致命傷だった。
 それも、獣王に切り裂かれたその時点で、十分に。
 そんな体で、勇者は無理をし過ぎた。
 空中からの落下で傷を広げ、さらにその体を酷使し過ぎた。
 だから―――こうなった。
 こうなるべくして、なったのだ。



勇者(死ぬ…? 死ぬのか俺……?)

勇者(………)

勇者(……)

勇者(…)

勇者()






勇者()





116: SS速報VIPがお送りします 2014/12/24(水) 00:35:46.81 ID:agZ8HDU50







勇者(嫌だ)








117: SS速報VIPがお送りします 2014/12/24(水) 00:37:03.55 ID:agZ8HDU50


勇者(嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない)


勇者(だから嫌だって言ったんだだから痛いの嫌だって言ったんだ痛いのだけは本当に嫌なんだだって剣で切られると本当に痛いんだ涙が止まらないんだ)


勇者(ああ駄目だ眠くなる俺がいなくなるいやだやだやだやだあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ)


勇者(ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ)



勇者(………)


勇者(……)


勇者(…)


勇者()



118: SS速報VIPがお送りします 2014/12/24(水) 00:38:25.35 ID:agZ8HDU50


 茂みに埋もれた勇者の体に影が差す。

 興味深そうに勇者を覗き込む金髪碧眼の少女。

 その少女の長くとがった耳が、ぴょこんと揺れた。




第六章  ただ(仲間の)死を避けるために  完


128: SS速報VIPがお送りします 2015/01/12(月) 20:50:43.32 ID:pkf2ayLi0
勇者「……ん…」

 目を覚ました勇者は、朦朧としたまま、胡乱な目で周囲を見渡した。
 視界に映るのは木造の天井、木造の壁。
 窓から射す日差しが勇者の寝るベッドを白く照らしている。
 どうやらどこかの部屋で寝かされているらしい、と勇者はおぼろげに自身の状況を把握する。

勇者「ここは……俺は、一体…?」

 意識を失うまでの経緯を思い出し、意識が急速に覚醒する。

勇者「そうだ、俺は、獣王にやられて……俺、生きてる!?」

 慌てて勇者はかけられていたシーツを剥がし、自分の体を確認する。
 治療のために脱がせたのか、上半身は裸だった。
 獣王によって切り裂かれた傷が、痕を残しながらも既に完治している。

勇者「治ってる……一体誰が治療してくれたんだ?」

 候補として真っ先に上がるのは勿論、仲間たちが茂みに埋もれた自分を発見し、治療してくれたという可能性だろう。
 だが、それにしては今寝かされている場所に見覚えがなさ過ぎる。
 仲間たちなら、意識を失った自分を運ぶのに最寄りの町を、それも以前宿泊した宿屋を選ぶはずだ。それ以外の部屋をわざわざチョイスする理由がない。
 泊まった宿屋が一杯だった、と無理やり理由をつけることは出来るが、それを否定出来る材料が勇者にはある。
 窓から見える景色だ。見える限りが木々に覆われていて、どうもこの家が町中に立地しているとは思い難い。
 一方向しか確認出来ていないため、反対側の景色は栄えた街並み――というのも考えられなくはないが、室内に伝わる周囲の静寂さからそれもやはり可能性としては低いように思えた。
 少なくとも、前回宿泊した第六の町にはこんな林に隣接した場所はない。
 ならば、とここで勇者は先ほどの疑問に立ち返る。

勇者「一体誰が、俺をここまで運び、治療してくれたんだ?」

 ガチャリ、とドアの開く音。
 ベットが寄せられている壁から対角線の位置に拵えられたドアから、室内を覗き込む影があった。

「あ、目を覚ましたんだね」

 長い金髪をポニーテールで纏めた少女だった。
 シャツの上から薄手のジャケットを羽織り、太ももが大きく露出したショートパンツを着用している。
 動きやすさを追求した服装なのだろうが、それ故布地面積は小さく、少女のスタイルが非常に均整の取れた物であることが容易にうかがい知れた。
 しかし勇者の目を引きつけたのはそこではない。
 勇者の目は少女の――鋭く尖ったその耳の奇抜さに目を奪われていた。

勇者「ま、まさか…」

 存在するとは言われていたが、その目撃談のあまりの少なさから、もはや伝説上の生物と謳われていた種族。

 エルフ。

エルフ少女「ご飯出来てるけど……食べる元気ある?」

 そんな伝説の少女が、屈託なく勇者に笑いかけていた。


129: SS速報VIPがお送りします 2015/01/12(月) 20:51:16.14 ID:pkf2ayLi0




第七章  ディス・コミュニケーション




130: SS速報VIPがお送りします 2015/01/12(月) 20:53:01.52 ID:pkf2ayLi0
勇者(酒場で聞いた話で、ここらへんにエルフの集落があるかもしれないって話だったけど……まさか本当に存在していたなんて……)

エルフ少女「ん~? 難しい顔してどうしたの? もしかして口に合わなかった? おっかしいな~、私たちと人間の味覚ってそんなに違いが無いはずなんだけど」

勇者「あ、いえ、すいません。そんなことはないです。おいしいです、とっても…」

勇者(いや、実際飯はとんでもなく旨い。野菜と肉を煮詰めたスープみたいだけど……なんだろう、味付けが特殊なのかな?)

エルフ少女「そんなかしこまらなくていいって。敬語もいらないよ。そりゃ私の方が大分年上だとは思うけど、精神年齢はそんな変わんないと思うし。だっはっは!」

勇者「は、はあ…わかりまし…いや、わかったよ。え~と、……君のこと、なんて呼べばいいかな?」

エルフ少女「『エルフ少女』だよ。君は?」

勇者「俺は『勇者』だ。よろしく、エルフ少女」

エルフ少女「わかったよ、勇者!」

131: SS速報VIPがお送りします 2015/01/12(月) 20:55:00.59 ID:pkf2ayLi0
勇者「エルフか……まさか本当に存在しているなんて、思いもしなかった」

エルフ少女「まあ、極力人間に接触しないようにってお触れが出てるからね。私たちの村も、人や魔物の目に映らないよう、結界で覆って隠しているし。実際エルフに会ったって人は、そりゃなかなか居ないんじゃないかな?」

勇者「どうしてエルフは人間から身を隠すんだ?」

エルフ少女「元々私たちエルフが、多文化との交流を望まない閉鎖的な種族であるってこともあるけど……何より、エルフが基本的に人間を嫌っちゃってるってのが一番大きいかな」

勇者「な、なんで人間はエルフに嫌われてるんだ? 一体何したんだよ、俺達」

エルフ少女「人間は住処を作るのに、森を切り開いたり川の流れを好き勝手に弄繰り回したりするでしょ? いつか人間は精霊様の住処を悉く奪い尽くすって、長生きのお爺ちゃんお婆ちゃん達は危惧してるんだ」

勇者「あー、それは……成程な~、それはしゃーないわ。嫌われてもしゃーないわ」

エルフ少女「それに、私たちエルフは結界術やアイテム錬成とかの技術が人間より大分優れてて、それを人間は隙あらば盗もうとしているんだってさ。君たちの住む町には大抵魔物が寄り付かないように結界がはってあるでしょ? そのノウハウも元々はエルフが持っていたものだったのさ」

エルフ少女「だから私たちは小さいころから人間には近づくなって教えられる。人間に近づくと、さらわれて、知識も技術も何もかもを絞り尽くされて捨てられるってね」

勇者「……ひとつ、純粋に疑問なんだけど、いいかな?」

エルフ少女「なんだい?」

勇者「どうして俺を助けてくれたんだ? 俺は……正真正銘、典型的な、『人間』なんだけど」

エルフ少女「まあ、実は私はエルフの中では異端でね。人間のことがそんなに嫌いじゃない。むしろ、ある一点に関してはエルフより優れていると尊敬し、好ましく思ってさえいる」

勇者「ある一点?」

エルフ少女「恥ずかしながら……こう見えて私は呑兵衛なのさ」

勇者「は?」

エルフ少女「一度戯れに人里に降りて酒を味わってからすっかり虜になってしまった。酒が肴を、肴が酒を引き立てあう味の相乗効果! エルフは大して食に拘らないからね……人の文化に触れなければ、私は一生あの多幸感を味わうことはなかっただろう」

エルフ少女「つまりは酒を造る『醸造』の技術! それに連なる『食』の文化! その追求に関しては、私は人というものを尊敬せざるを得ない!!」

エルフ少女「ぶっちゃけ、酒をくれればエルフのアイテムのひとつやふたつくれてやってもいいと思っている!!」

勇者「は、はあ……」

勇者(あー…だからスープもあんなに美味しかったのか。『食』ってのにすげえ拘ってんだこの人)

132: SS速報VIPがお送りします 2015/01/12(月) 20:56:39.24 ID:pkf2ayLi0
エルフ少女「とはいえ、いくら私でも誰彼かまわず助けたりはしない。今回は特別だったんだよ、勇者」

勇者「そ、そうなのか? じゃあ、どうして俺を?」

エルフ少女「君が私たちエルフの『恩人』だからさ」

勇者「……いや、意味が分からない。エルフがいることすら今初めて知ったのに、エルフに対して何かしたことなんてないぞ? 俺」

エルフ少女「いいや、大いにあるよ、勇者……君は、あの虎の化け物をこの森から追い払ってくれた」

勇者「……ッ!!」

エルフ少女「あいつはエルフの集落を探しに来ていた。危ない所だったんだよ。私たちの村を隠している結界は、あんな桁外れの化け物の目までは誤魔化せない」

勇者(獣王の事か……? でも、あいつは俺を殺すために来たんじゃ……?)

勇者(いや、ひょっとして俺を殺すことの方が、ついでのことだった…?)

勇者(成果の上がらぬ探索に苛立ちを覚えていたから、あれ程強者との戦闘を楽しみにしていた……?)

勇者(確かにそう考えればあの時の奴の態度にも納得出来るが……いや、でも、それはつまり……)

勇者(獣王はただ漫然とあの場所で俺を待ち伏せていたのではなく―――俺が祠を訪れる日を正確に知っていたってことになる)

勇者(その情報が、奴に伝わっていたっていうことは―――)

エルフ少女「いよいよとなれば」

 勇者の思考は、エルフ少女が言葉をつづけた所で中断された。

エルフ少女「いよいよとなれば、私が奴と戦うつもりだった。こう見えても村一番の術士だからね。だから、奴の動きを追っていたんだけれど、いつの間にか奴は森から姿を消していた」

エルフ少女「そうしたら、奴の匂いが残っていた場所に、君がボロボロになって倒れていた。すぐに判ったよ。君が奴と戦い、追い払ってくれたんだとね」

勇者「……やめてくれよ。買いかぶりだ。俺はただ…」

勇者(負けて、命乞いをしただけだ。処理するのもおぞましい汚物を演じただけだ)

エルフ少女「何を言うんだ。私は治療の時に君の体を見た。あの虎に切り裂かれた傷の他にも大小様々な傷跡が君の体にはあった。特に、『今回の傷と交わるようにあった大きな傷跡』には舌を巻いたよ。君の体は間違いなく歴戦の戦士のそれだ」

勇者「本当に……買いかぶりが過ぎるよ、エルフ少女。俺の傷にかっこいいエピソードなんてひとつもない。馬鹿な親父が調子に乗った。たったそれだけの、クソくだらねえエピソードばっかりだ」

 自虐するようにそう言った後、勇者は大切なことを思い出した。

勇者「そうだ……エルフ少女、祠の前に倒れていたのは俺だけだったのか? 他に人はいなかったのか?」

エルフ少女「私がその場所に行ったときは君以外の人はいなかったよ?」

勇者(ということは、あの三人は自力で町に戻ったってことか……無事に帰り着いていてくれよ……)

133: SS速報VIPがお送りします 2015/01/12(月) 20:58:16.61 ID:pkf2ayLi0
エルフ少女「さてと…それじゃあ私は狩りに行ってくるけど、勇者はこれからどうする?」

勇者「俺は……」

エルフ少女「傷は癒えたとはいえ、まだ体がだるいようだったらここで休んでいてくれていいよ。ただ、注意してほしいことがある」

エルフ少女「この小屋は私が狩りの時に使ってる休憩所みたいなものでね。エルフの里からは大分離れているから、他のエルフがここを訪れることは滅多にないんだけど、それでもたまに友達や家族なんかが様子を見に来ることがあるんだ」

エルフ少女「人間を小屋にいれてるなんて御法度だから、その時は身を隠して姿を現さないこと。といっても、隠れられる場所なんてほとんどないから、最悪これを使って誤魔化してちょうだい」

勇者「……何これ?」

エルフ少女「『変化の杖』。それを持って、精神を集中して、私の姿をイメージしてみて?」

勇者「よくわからんけど、わかった」

勇者「………」

勇者「………」

エルフ少女「もういいよー」

勇者「……? なに? 何の意味があんのこれ?」

エルフ少女「はい、鏡」

勇者「あん? きったねえ自分の顔見たって何の得も……」

勇者「……」

勇者「!!!?」

勇者「んああ!? 何でエルフ少女が鏡に映ってんの!?」

エルフ少女「勇者が私の姿になってるんだよ。つまりそれが変化の杖の効果なのだ」

勇者「す、すげえ…自分じゃ何の感覚もないからわからんけど、周りから見たらそういう風に見えてるのか……催眠魔術の一種なのか?」

エルフ少女「というか、イメージを可視化して着ぐるみみたいに被ってるって感じだね。着ぐるみの中から外見を見ることは出来ないように、勇者自身には自分がどう映っているのか見ることは出来ない。うまくいったか確認するには鏡が必須ってことだね」

勇者「ほえ~……何てアイテムだ……」

エルフ少女「こういうのが作れちゃうから、エルフは人間に狙われちゃうんだねえ」

勇者「ちょっと納得……あ、わかった。エルフ少女、これ使って人里行って酒買ってんだな?」

エルフ少女「えへへ、正解!」

134: SS速報VIPがお送りします 2015/01/12(月) 21:00:18.05 ID:pkf2ayLi0
エルフ少女「じゃあ、行ってくるね」

勇者「なあ……本当にいいのか?」

エルフ少女「ん? 何が?」

勇者「その……俺を一人でここに置いて行っていいのか? しかもこんな大事なアイテムまで預けて…」

勇者「もしかすると、俺はこのアイテムを持ち逃げするかもしれない。それだけならまだしも、人を呼んでここに待ち伏せて、お前を捕まえようとするかもしれないんだぞ?」

エルフ少女「大丈夫。君はそんなことしないよ」

勇者「何で言い切れるんだよ、ちょっと喋ったくらいで」

エルフ少女「私は初めて見たんだ。君ほど多種多様な精霊に好かれている人間を」

エルフ少女「人の身でそれだけ多様な精霊の加護を得るには、並々ならぬ努力が必要だったはずだよ。それこそ、生活の全てを勉学と鍛錬に注がなきゃいけないほどに」

エルフ少女「それを成し遂げた誠実さ、あの虎の化け物に挑む勇気……疑う方が困難な精神性さ」

エルフ少女「勇者……君は『良い奴』だ。それも、私が君を助けた理由のひとつだよ」

勇者「………」

エルフ少女「じゃあ、今度こそ行ってくるね。別に私の帰りを待つ必要はないから、好きに出て行っちゃっていいからね? それじゃ!」バタン!

勇者「………」

勇者「………クソ…!」ギリ…

エルフ少女「あ、そうそう」ヒョイッ

勇者「おわッ!」ビックーン!

エルフ少女「変化の杖、欲しかったらあげるよ? 君が必要だというなら、何か重要な使い道があるんだろうしね。拒む理由なんてないよ。それじゃ!」バタン!

勇者「……は、はは…」

勇者「もう嫌だ…ちくしょう……」

135: SS速報VIPがお送りします 2015/01/12(月) 21:01:20.06 ID:pkf2ayLi0
 三時間後―――森の中。

勇者(結局―――変化の杖を持って出てきちまった)

勇者(エルフ少女が言ってたような重要な使い道なんてない……ただ、魔王軍の目を誤魔化して逃げおおせるためだけ……姑息な目的だ…)

勇者(しんどいよ……誰も彼もが俺を過大評価して…俺は、その度に現実の自分とのギャップに打ちのめされるんだ……)

勇者(今まで周囲に流されるままに、なあなあで旅を続けてきたけれど……)

勇者(もう限界だ…思い出しちまった……)

勇者(痛いのは嫌だ……死ぬのは怖いんだ……)

136: SS速報VIPがお送りします 2015/01/12(月) 21:02:49.74 ID:pkf2ayLi0
 第六の町―――

宿屋の主人「ああ、その三人ならウチに泊っていったよ」

勇者「ほ、本当ですか!?」

宿屋の主人「一人減ってるからおかしいなとは思ってたんだ。なんだ兄ちゃん、お仲間と喧嘩でもしたのかい?」

勇者「色々事情があるんですよ。三人がどこに向かったか心当たりは?」

宿屋の主人「いや、そこまではわからねえな。ただ、行き先については結構揉めてるみたいだったぜ」



勇者(良かった…あいつらの無事は確認できた……)

勇者(この町に留まっていないってことは……まだ魔王討伐の旅を続けるつもりなんだな)

勇者(今から急いで後を追いかければ、もしかしたら次の町で合流できるかもしれないけど……)

勇者(ごめん、みんな……俺はもう心が折れちまったよ……)

勇者(旅の無事を祈ってる……)

137: SS速報VIPがお送りします 2015/01/12(月) 21:03:44.42 ID:pkf2ayLi0
 三日後―――勇者の故郷、『始まりの国』

勇者「帰ってきた…は、いいけど…母さんに何て言い訳しようかな…」

勇者「ちゅーか、四人で出ていったのに一人で帰ってきたら絶対何があったのか聞かれるよな……どうしよ、何て言おう」

勇者「性格が合わなくて喧嘩別れしたことにしようか…他に言いようねーもんな……」

勇者「いや、もういっそありのままに、俺だけ諦めたことをカミングアウトした方がその後の流れまでスムーズにいくんじゃ……」

勇者「……ええい!! なるようになれだ!!」

138: SS速報VIPがお送りします 2015/01/12(月) 21:05:30.51 ID:pkf2ayLi0
 勇者の家―――

勇者「た、ただいまー!」

 ドタドタドタ――――!

母「勇者!? 今までどこに行ってたの!? 母さん心配してたのよ!?」

勇者「ごめんごめん―――って、ん?」

勇者(どこに行ってたの、って何かおかしくね? まるで俺が一人行方不明になっていたのを知っていたかのような……)

母「武道家さん達がこの間家を訪ねてきたのよ! 勇者がいなくなった、って!!」

勇者「ッ!? 武道家たちが…!?」

勇者(俺を…探してくれてたのか!? 俺が、まだ生きてると信じて…?)

母「武道家さんから手紙を預かっているわ」

勇者「み、見せてくれ!!」

139: SS速報VIPがお送りします 2015/01/12(月) 21:07:15.03 ID:pkf2ayLi0
 勇者へ


 戦士からお前が俺達を見捨てて逃げ出した、と聞いた時は耳を疑った。

 俺はどうしても信じることが出来ずに、第六の町に戻った後、町の人間に話を聞いた。

 誰に聞いても、お前が町に戻ってきたと証言する者はいなかった。

 お前を見捨てて先へ進むと主張する戦士を説き伏せ、俺達はこの『始まりの国』まで戻ってきた。

 結果、ここに至るまでお前の目撃証言はゼロ。

 俺は確信した。お前は逃げ出したのではなく、何か意図があって一時的にその場を離れただけだと。

 ただ逃げ出したのであれば、傷の治療のためにどこかの町に飛んでいたはずだからな。

 俺はここでお前が戻ってくるのを待つよう主張したが、戦士はどうしても納得しなかった。

 だが、俺はここに戻ってくる道中で確信した。

 このパーティーは、お前が居なくては成り立たない。

 お前がどれだけ陰で俺達のために色々やってくれていたのかを痛感した。

 戦士もそれを分かっているはずだ。だが、お前が居なくては何もできないということを認めたくなくて、意地になっている。

 僧侶もそれは分かっているはずだが、戦士が行けば僧侶はついていくだろう。

 やむを得ない。俺も彼女たちに同行することにする。

 なるべく旅の行程を遅らせるように仕向ける。待っているぞ、勇者。

 生きていると信じている。


 武道家


140: SS速報VIPがお送りします 2015/01/12(月) 21:08:42.04 ID:pkf2ayLi0
勇者「………」

 勇者は、震えていた。
 手紙から読み取れる、ある一つの真実。


 あの時、戦士は起きていた。

 あの無様な命乞いを彼女はしっかりと聞いていたのだ。


 無論、あの時発した言葉の全てが真実ではない。
 だが、結局自分はその後あの場所に戻ることが出来なかった。
 ならば戦士にとってあの時の自分の姿は真実以外の何物でもないだろう。
 処理するのがためらわれるほどの汚物―――だ。

 待っている。戻って来いと武道家の手紙には書かれている。
 だが。

勇者(……どのツラ下げて戻れっていうんだ…!!)

母「手紙にはなんて書いてあったの?」

勇者「……大したことじゃないよ。元気でやってるから心配するなってさ」

母「話はあとでゆっくり聞くわ。……疲れたでしょう。お風呂沸かすから、先に入っちゃいなさい」

141: SS速報VIPがお送りします 2015/01/12(月) 21:09:59.70 ID:pkf2ayLi0
 夕食。
 久しぶりに味わう母の手料理。
 エルフ少女の作った食事程美味であるとは言えないが、それでも舌に馴染んだ懐かしい味は、とても美味しく感じられる。

勇者「………」

母「………」

 だが、その食卓を囲む空気は重たい。
 母は勇者の近況を問うていたが、勇者は曖昧に誤魔化すばかりではっきりと物を言わなかった。
 母は特に仲間とはぐれた経緯についてしつこく問いただしていたが、やがてそれも収まり、今はかちゃかちゃとスプーンとフォークが食器にぶつかる音だけが食卓に響いている。
 ごくり、と殊更大きく咀嚼したものを飲み下して、勇者はいよいよ口を開いた。

勇者「あのさ、かあさ「それで」

母「それで、明日は何時に出るの?」

 意を決したつもりの勇者の発言は、母の厳しい口調によって遮られる。
 勇者は背中に冷たい汗が流れるのを感じたが、何とか口を開いた。

勇者「あ、明日は、出発しない…っていうか、もうやめようと思ってるんだ、旅……」

 しどろもどろになりながらも、最後まで言い切り、勇者はもう一度ごくりと唾をのむ。
 母はじっと勇者の言葉に耳を傾け、ゆっくりと口の中の物を飲み込んでから、かちゃりとフォークを食器に置いた。










母「何を言っているの?」






142: SS速報VIPがお送りします 2015/01/12(月) 21:11:48.16 ID:pkf2ayLi0
 ぶわっ、と勇者の顔に汗が噴き出した。

勇者「待ってくれよ母さん、俺がこういう結論に至ったのも、勿論事情があって……」

 勇者を見据える母の目は冷たく、苛烈でさえあった。

母「あなたが旅をやめたらこの世界はどうなるの?」

勇者「お、俺がやらなくたって、俺以外にも、魔王討伐の旅をしている奴はいる!」

母「あなたがやらなくてはならないの。わかっているの? あなたはあの『伝説の勇者』の息子なのよ?」

勇者「何だよそれ…知らねえよ!! 伝説の勇者の息子だからって『勇者』にならなきゃなんねえってことはねえだろ!!」

母「いいえ。伝説の勇者の息子として生まれた以上、『勇者』としての道を歩まなければならない。これは定められたことなの」

勇者「知らねえよ…なんだよそれ……ふざけんなよ……!!」

 勇者は立ち上がり、その場で上半身の服を脱ぎ捨てた。

勇者「見てくれよ母さん!! この傷を!! 魔王に挑むってことはこういうことなんだぞ!? たくさん、たくさん怪我をするんだ!!」

母「素晴らしいわ。それこそ世界を守る英雄の証。ひとつひとつの傷があなたの誇りとなるでしょう」

勇者「はは…何言ってんの? 母さん、あんた、息子が死んでもいいっていうの?」

母「いいえ、あなたは死なないわ」

勇者「何を根拠に…!」

母「だってあなたは、『伝説の勇者』の息子ですもの」

 ふらり、と勇者は眩暈を覚えた。
 たまらず、どさりと椅子に腰を下ろす。

勇者「はは、ふはは……母さん達にとって、伝説の勇者ってのがどんだけお偉いもんなのか知らないけどさ…俺にとっちゃただのクソ親父なんだよ…」

 勇者は傷痕を指差す。
 獣王につけられた傷ではなく、もっと昔からあった大きな傷痕を。

勇者「覚えてるだろ? まだクソ小せえガキだったころの俺に修業とか言って切りつけて……俺死にかけたじゃん。頭おかしいだろ? そんな奴を尊敬しろっての? 無理だろ」

 吐き捨てるように言う勇者を母はじっと見つめている。
 取り乱している勇者に対して、母は一貫して冷静だった。
 冷たく、静かに、勇者を見つめていた。


143: SS速報VIPがお送りします 2015/01/12(月) 21:13:14.53 ID:pkf2ayLi0
母「出来るはずなのよ」

勇者「はあ? だから…!!」

母「あなたなら世界を救うことが出来るはずなのよ。だってあなたはあの人の息子なんだから」

 勇者は言葉に詰まった。
 何か異様な雰囲気を母の様子から感じ取ったからだ。

母「あの人の血を継いだ者ならば、それぐらいのことは当然に出来るはずなの。『伝説の勇者』様の血筋は、それ程に高貴で他に代えがたいもの……」

勇者「は…?」

母「それが出来ないということは、つまりはあの人の血が劣化してしまったということ。それはつまり、私の血が混じることであの人の血筋を劣化させてしまったということ。その時は、私は責任を取らなくてはならない」

 勇者は絶句した。
 母の言葉はまともな人間のものであるとは思えなかった。
 息も絶え絶えに、勇者はようやくのことで口を開く。

勇者「せ、責任って…?」

母「命をもって贖うわ。もっともそれで償いきれる罪ではないけれど」

 決定的だった。

勇者「ふひ…」

 不意に笑みが込み上げてきた。
 同時に涙も込み上げてきた。

母「勇者、あらためて問うわ。あなたは、魔王を倒すことを諦めたの?」

 事ここに至り、ようやく勇者は確信した。
 ああ―――そうなのか、と。



 自分には、『伝説の勇者の息子』であること以外に価値は無いのだと。

 いや、もっとわかりやすく言い換えよう。


 『伝説の勇者の息子』として生きること以外を、俺は求められていないんだ―――――と。




144: SS速報VIPがお送りします 2015/01/12(月) 21:13:52.10 ID:pkf2ayLi0


 勇者は思い出していた。

 どうして忘れていたのだろう。

 幼いころ、まだ五つにも満たぬ時。

 剣を持たされ、父に斬られ、死にかけた。

 その時も、母さんは、この人は。

 一言だって、親父を責めてはいなかったじゃないか。


145: SS速報VIPがお送りします 2015/01/12(月) 21:15:14.58 ID:pkf2ayLi0


勇者「何を言ってるんだよ母さん。ちょっと冗談を言っただけさ」


勇者「見ていてくれよ。僕は必ず魔王を、いやさ、大魔王を打ち倒し、この世界に真の平和をもたらしてみせる」


勇者「出来るよ。どんな困難なことだって成し遂げてみせる。なんせ僕は―――――」


勇者「―――『伝説の勇者』の息子、だからね」



 勇者はそう高らかに宣言する。

 泣きながら。


 ――――笑いながら。




第七章  ディス・コミュニケーション  完


158: SS速報VIPがお送りします 2015/02/01(日) 20:11:41.99 ID:pWickg4a0
 時は遡り、雨に濡れる『精霊の祠』前にて―――

武道家「う…む…」

僧侶「良かった、目を覚ました……大丈夫ですか? 武道家さん」

武道家「僧侶…回復してくれたのか、すまんな。恩に着る」

 武道家は身を起こし、辺りの状況を確認する。
 猛威を振るった虎の化け物の姿はなく、自身の傍らに僧侶が膝をつき、戦士はこちらに背を向けて立ち尽くしている。

武道家「……勇者はどこに行った?」

 武道家の問いに、僧侶は気まずそうに目を伏せた。
 背中を向けていた戦士が、そのまま振り返りもせず答えた。

戦士「勇者は逃げた。我々を捨ててな」

武道家「なに? それはどういう…」

戦士「あんな奴はもう『勇者』などではない……ただの、腰抜けのクズだ」

159: SS速報VIPがお送りします 2015/02/01(日) 20:12:07.73 ID:pWickg4a0




第八章  伝説を継ぐ者(前編)




160: SS速報VIPがお送りします 2015/02/01(日) 20:12:46.10 ID:pWickg4a0
 武道家に対し、戦士は自分の見た一部始終を説明する。
 武道家は難しい顔をして考え込んでいたが、やがて口を開いた。

武道家「信じがたい話だ……俺には奴が俺達を捨てたのだとは思えん。そこには何か考えがあったはずだ。奴なりの考えが」

戦士「随分とおめでたいことを言うんだな武道家。現実を見ろ。あれから随分と時間が経過したが、奴はここに戻ってきもしないじゃないか」

武道家「俺はお前より勇者と言う人間を知っているんだよ、戦士。ここでうだうだ言っていても始まらん。まず町まで戻ろう。話はそれからだ、いいな?」

僧侶「は、はい」

戦士「ふん…」

161: SS速報VIPがお送りします 2015/02/01(日) 20:13:49.00 ID:pWickg4a0
 町へと戻るため、森の中を駆ける三人。
 先頭を行く戦士に対し、武道家が声を張り上げた。

武道家「待て戦士! ペースが速い! 僧侶がついてこれていないぞ!!」

戦士「む…」

 言われて戦士は後ろを振り返る。
 確かに僧侶と戦士の間は40m以上も距離が開いていた。
 武道家は戦士と僧侶のちょうど中間あたりに居る。僧侶を気にしながら走っていたのだろう。
 とはいえ、戦士も僧侶のことを全く気にしていなかったわけではない。一応、僧侶に合わせてペースを落としてはいた。
 ただ、戦士の想定以上に僧侶のペースが遅かったというだけだ。

僧侶「ご、ごめんなさい、遅れてしまって……」

武道家「戦士、気を付けろ。いくら精霊の祠を解放し、この辺りの魔物の力が弱まっているからといって、隊列が伸び切った所で僧侶に集中して襲撃されたらたまらんぞ」

戦士「…以後は気を付ける。しかし、僧侶。お前もペースが速いなら速いとさっさと申告するべきだ」

僧侶「ご、ごめんなさい……」

武道家(僧侶は俺達についていくのに必死でその余裕もなかったんだろうが……まったく)

 ふと、武道家は気づいた。

武道家(……そうか、勇者は……歩く速度までしっかり考えて調節していたのか)



 数時間後―――『第六の町』

武道家「やれやれ、何とか大過なく戻ってくることが出来たな」

僧侶「これからどうしましょうか?」

武道家「二人は宿の手配をしておいてくれ。俺は勇者を探してみる」

戦士「見つけた所でどうするというのだ、あんな奴のことを」

武道家「真意を問いただす。それだけだ」

162: SS速報VIPがお送りします 2015/02/01(日) 20:14:45.23 ID:pWickg4a0
 翌日―――『第六の町』の宿屋、ロビーにて

武道家「結論から言うと、勇者はこの町に戻ってきてはいなかった」

僧侶「それは一体どういうことですか?」

武道家「勇者本人の姿が見当たらないことは勿論、その姿を目撃した者もいない。戦士の言った通り、勇者がひどい怪我をしていたというなら回復のために必ず神官の所を訪ねているはずだが、それもなかった」

武道家「血濡れの姿で町をうろつけば非常に目立つ。にもかかわらず、目撃した者がいないというのであれば、勇者はこの町に飛んだのではないと結論付けるのが妥当だろう」

戦士「それがどうした。なら他の町に飛んだというだけだろう」

武道家「瀕死の傷を負っていて、一刻も早く治療を行わなければならないのに、最寄りの町を目指さない理由があるか?」

戦士「戻ってくる我々と顔を合わせたくなかったんだろうさ」

武道家「……もしそうだとしても、『翼竜の羽』は一度訪れた場所にしか飛べん。勇者はこれまで訪れた町のどこかに飛んでいるはずだ」

戦士「まさか貴様、戻って探すと言い出すんじゃあるまいな」

武道家「……その通りだ」

戦士「ふざけるな! あんな奴のために、そんな無駄な時間を費やしてたまるものか!! 私は先へ進むぞ。戻るなら一人で戻るがいい」

僧侶「せ、戦士…!」オロオロ…

武道家「あいつ抜きで魔王を討伐できると、本気でそう思っているのか?」

戦士「出来るさ。やってみせる」

戦士「『伝説の勇者』様の伝説は―――私が受け継ぐ!!」

163: SS速報VIPがお送りします 2015/02/01(日) 20:15:29.53 ID:pWickg4a0
 戦士と僧侶は次の町へ向かうため、第六の町を後にする。
 そこには戦士と僧侶だけでなく、武道家の姿もあった。

戦士「いいのか? 私たちについてきて」

武道家「お前たちだけで行かせては何がどうなるかわからんからな」

僧侶「武道家さん…ありがとうございます」

武道家「かまわんさ」

武道家(勇者は必ず戻ってくる……今はそう信じて、このパーティーを守り抜くしかあるまい)

 草原を進む一行を遠巻きに眺める影があった。
 ひとつではない。群れだ。
 唸り声を上げ、三人の様子を伺いながら、少しずつ距離を詰めてくる。
 狼型魔物の群れ。
 戦士は背中から剣を抜く。
 武道家はその場でトントンと二度跳ねた。

武道家「初めて見る敵だな……さて、どうなる…」

164: SS速報VIPがお送りします 2015/02/01(日) 20:16:27.16 ID:pWickg4a0
 十分後、三人の周りには四体の狼型魔物が倒れ伏していた。

戦士「つあッ!!」

 裂帛の気合いと共に戦士が最後の一体を打ち倒し、魔物の群れは全滅した。

僧侶「か、回復しますね」

武道家「ああ…」

 敵の全滅を確認し、僧侶は傍らに居た武道家に回復呪文を施す。
 僧侶から回復呪文を受けながら、しかし武道家の顔色は優れなかった。
 今の戦闘で、このパーティーの雲行きのあやしさを感じ取ったからだ。
 今、自身に回復を行っている僧侶。
 その姿は、これまでの四人での戦闘時と比べて明らかに傷ついていた。
 戦士と武道家の二人が率先して敵を殲滅し、勇者が僧侶を防衛しつつ二人の援護をする。
 勇者が抜けたことでそのバランスは崩れ、これまでの戦闘とは大きく勝手が違ってしまった。
 当然、僧侶を放っておいて二人で敵に突貫することは出来ない。
 自然、戦士が敵に突っ込み、武道家が僧侶の護衛をするという形になったのだが、これがうまくなかった。
 殲滅役が二人から一人になったことで、戦士を突破し僧侶の所まで迫る魔物が増えた。
 武道家はそれらを可能な限り打ち倒したが、全てをカバーできるはずもなく、僧侶がまともに魔物の攻撃に晒される機会が少なくなかった。
 最終的には戦士も僧侶の傍に陣取り、襲い来る魔物を打ち倒す形になった。
 つまりは防戦一方。
 さらにはその場合でもこちらと敵の攻撃が渦巻く戦闘圏に僧侶を巻き込んでしまうことには変わりない。

武道家(これまでは僧侶が傷を負うことは稀だったから、いつでも僧侶は十全に呪文を奮うことが出来たが……この状態ではどうなるかわからんな)

 同じ不安を戦士も抱いたのだろう。

戦士「一度町に戻ろう。町に戻って、可能な限り薬草を買っていくんだ」

 戦士は二人に対してそんな提案をした。

165: SS速報VIPがお送りします 2015/02/01(日) 20:17:34.94 ID:pWickg4a0
 町に戻ったところで別の問題が発覚した。
 お金である。
 お金は四人で等分して持つようにしていたので、勇者が欠けても当分の間は困らないくらいの手持ちはあった。
 だが、ここで薬草を買い込もうと思えば話は別である。
 お金が足りない。
 旅の間で路銀を得る方法は大きく分けて二つある。

 ①魔物を倒し、その報奨金を得る

 ②魔物や動植物から換価価値のある部位を調達し、売る

 どちらの場合にも専門的な知識が必要だった。
 前者は報奨金の出る魔物、報奨金を得るために提示しなければならない魔物の部位が国ごとに厳格に定められているため。
 後者は言わずもがな、商品になる物並びにその調達方法(動物の解体手順など)の知識が必要なためだ。
 このパーティーは、これまで路銀調達の全てを勇者に任せており、この手の知識は現状皆無と言って差し支えなかった。

武道家(①についてはまだ何とかなるだろうが……②については一朝一夕で身に着けられる知識じゃない。諦めるしかないな…)

武道家(報奨金だけで旅の資金を賄うことが出来るものだろうか……宿の手配、武具の更新、道中の食糧、野営の道具……他にも金を使う場所はいくらでもある)

武道家(いかんな……本当にいかん。一体俺達はどれだけの事をあいつに任せっきりにしてしまっていたんだ)

 武道家は戦士の顔を盗み見る。
 眉間にしわを刻み込んで、深く考え込んでいる様子だ。
 戦士も同じことを考えているのだろうか? と、武道家は思った。

166: SS速報VIPがお送りします 2015/02/01(日) 20:18:20.48 ID:pWickg4a0
武道家「戦士、僧侶」

戦士「……なんだ?」

僧侶「なんでしょう?」

武道家「やはり一度旅路を逆走し、俺達の故郷まで戻ろう」

戦士「なに…!?」

武道家「目的は勇者を探そうってことだけじゃない。俺達三人だけで旅を続けようとするなら、戦士の提案通り薬草を出来るだけ買って僧侶の負担を軽減する方法をとるしかない」

武道家「だがそれじゃジリ貧だ。俺達だけでは安定して路銀を確保する保障がない以上、いつか破綻する恐れがある。旅を続けるのに最低限必要な金さえ都合できなくなるかもしれない」

武道家「そんな理由でこの旅が頓挫するなんて、戦士も望むところじゃないはずだ」

戦士「む……」

武道家「つまり三人での旅は厳しいというのが俺の結論だ。仲間を少なくとも一人都合する必要がある。であればそれは、俺達と故郷を同じくする人間であるほうが望ましいだろう?」

 勿論口実だ。
 武道家の真意は勇者を探し出すことのみにある。

戦士「~~~~~!!」

 随分と葛藤していた様子の戦士であったが、やがて武道家の提案に頷いた。

167: SS速報VIPがお送りします 2015/02/01(日) 20:19:32.18 ID:pWickg4a0
 幾日かの時が経ち、戦士、僧侶、武道家の三人は『第二の町』まで戻って来ていた。
 三人は現在宿を取り、その食堂で夕食の真っ最中である。

武道家「明日はいよいよ、俺達の故郷に戻ることになる」

 武道家が話し始めた。酒が入っていて、頬に赤みが差している。

武道家「これまでの町で勇者を見たって情報は無かった。ってことはまず間違いなく、あいつは故郷に居るのだろう」

戦士「……」

武道家「戦士はまだ、勇者を許すことは出来ないか?」

戦士「当然だ。あんな奴のことなど……」

武道家「だが、あいつがこれまで俺達のためにどれだけ色々なことをしてくれていたのか実感しただろう? それもそのことを誇示することもなく、ただ当たり前のこととしてあいつはやっていたんだ」

戦士「それは…」

 言いよどむ戦士。それは、戦士自身、確かに深く実感していることだったからだ。
 道中、こんな顛末があった。


武道家『暗くなる前に野営の準備に取り掛かっちまおう。ただでさえ不慣れなんだ。日が暮れちまったらテントなんて立てられないぜ』

戦士『え~と、まずは骨組となる枝を取ってこなければならないのだったな』

武道家『長さは2m前後で、最低でも四本は地面に打ち立てる必要がある。そのてっぺんを縄で結び付けて、雨除けの布を垂らす。確かそんな感じに勇者はやってたはずだ』

戦士『では私はその枝を取ってくる』

僧侶『私は焚き火用の枝を取ってきます』

武道家『頼む…』

武道家『…………』

武道家『あっ!!』

僧侶『ふあっ!?』ビクッ!

戦士『な、なんだ、どうした!?』

武道家『お前たち……着火用の道具を持っているか!?』

僧侶『あっ!?』

戦士『はっ!?』

武道家『完全に失念していた……今まで着火は勇者の呪文で全て行ってきたからな……』

僧侶『ど、どど、どうしましょう!?』

戦士『火が無ければ日没後、この辺りは完全な暗闇となる。そこを魔物に襲われてはひとたまりもないぞ』

武道家『急いで町まで引き返すしかない。日が完全に落ちるまでに何とか町の明かりが見えるとこまで戻るんだ。急げ!!』


168: SS速報VIPがお送りします 2015/02/01(日) 20:20:40.36 ID:pWickg4a0
武道家「あの時は月明かりがあったおかげで何とか無事町まで戻ることが出来た……」

戦士「………」

武道家「こんなこともあったな……」



僧侶『大変です! 食糧が足りませぇん!!』

武道家『馬鹿な! きちんと計算して買い込んだはずだろう!』

僧侶『魔物に奪われたり、日に当たり続けて傷んでしまったりで食べられなくなった食材も多くて……』

戦士『だが、これ以上食糧で荷物を増やすゆとりはないぞ!? そもそも、以前の旅の時は今より少ない量の食糧で何とかなっていたはずだ!!』

僧侶『その時は、勇者様が道中で食べられる動物や果物を調達していたから……』

戦士『くっ…』

武道家『食う量を減らして調節するしかあるまい。間違ってもその辺りの野草に手を出すんじゃないぞ。俺達には何が毒なのか全く判別がつかんのだ』



武道家「あの時は、ちゃんと飯を食わねば十全に力を発揮出来ないことを痛感したな」

戦士「……」

武道家「少なくとも俺達には、一度あいつに会ってこれまでの礼を述べる必要があるだろうさ」

僧侶「武道家さんは、勇者様を信頼しているのですね」

武道家「まあ…そうだな。そうやって言葉にされると面映ゆいが、間違ってはいない」

僧侶「お二人は幼少からの幼馴染と聞いています。良ければ、お聞かせ願えませんか? 武道家さんから見た勇者様の印象というものを…きっと、戦士も知りたいと思います」

戦士「……私は別に……そんな話をするのなら私は先に部屋に戻るぞ」

武道家「いや、待ってくれ戦士。そうだな…二人には知っておいてほしい。あいつが実際のところ、どんな人間なのか……」

武道家「俺が思う、あいつの人間性ってのを一言で言うなら……そう…」

武道家「度が過ぎた、底抜けのお人好し―――だ」


169: SS速報VIPがお送りします 2015/02/01(日) 20:21:54.10 ID:pWickg4a0
武道家「知ってのとおり、あいつは『伝説の勇者』の息子として生まれた」

武道家「勿論、当時はまだ世界的に有名な父親では無かったが、それでも国一番の剣士の息子として、あいつの身には大きな期待がかかっていた」

武道家「あいつもまた、その期待に応えようと一生懸命だったらしい。言われるがままに学を修め、剣を修業した。まだ三~四歳の子供の頃の話さ。信じられるか?」

武道家「どうした戦士。きょとんとした顔をしているな。勇者は修業から逃げた臆病者のはず? まあ、その話はここからだ」

武道家「やはり剣を扱う才能はあったのか勇者の剣は見る見るうちに上達したそうだ。五歳になるころにはもう一端に剣を振り回せていたらしい」

武道家「父親もつい修業に熱が入ってしまったのだろうな。そこで事件が起きた」

武道家「真剣による打ち合いの修業中、父親の剣が幼い勇者にまともに当たったんだ」

武道家「勇者は三日三晩、生死の境を彷徨った。命を取り留めたのは奇跡だったらしい」

武道家「当然だ。幼い子供の身が肩口からわき腹まで裂かれたんだ。本当に、よく助かったものだよ」

武道家「以来、勇者は剣の修業をぱったりとやめた。俺が勇者とよく遊ぶようになったのはこの頃からだ」

武道家「その時の俺の勇者への印象は面白いことに、戦士、お前が抱いていた印象と同じ『臆病者』だった」

武道家「勇者は―――痛みをひどく怖がる子供だったんだ」

170: SS速報VIPがお送りします 2015/02/01(日) 20:23:33.80 ID:pWickg4a0
武道家「父親の一件がトラウマになって、『痛み』に対して過度の恐怖心を感じるようになっていたらしい」

武道家「痛みを伴うような遊びには頑なに参加してこなかった。その癖、物語の冒険譚とかは大好きでな。その手の書物を読み漁っては俺にその話をしてきた」

武道家「口はうまい奴だったから、退屈はしなかったよ。奴のサバイバルの知識なんかは、そのあたりから来ているんだろう」

武道家「父親の一件を俺が勇者から聞いたのは、大分成長してからだ。それで色々と腑に落ちたよ。ああ、なるほどな、ってな」

武道家「本当に、見ててこっちが不安になるくらい痛みに対して敏感だったからな。痛ましいもんだった。いや、本当に」

武道家「そんな奴が―――父親の死を受けて、修業を再開したんだ」

武道家「信じられなかったよ。それ以上に不安になった。修業なんて痛みと苦痛に晒され続けるようなもんだ。あいつは、狂ってしまうんじゃないかと」

武道家「だけどあいつは耐え切った。涙を流し、血が出るほど歯を食いしばって、逃げ出したくなる自分を押し殺しきった」

武道家「あいつはいつも言っていた。父親がいくら偉大だからって、子供の人生が父親に引っ張られる必要なんかない」

武道家「まして子供を殺しかけるような父親だ。そんなやつのために俺が何かをしてやる義理なんてない、って、口癖のようにな」

武道家「それについては俺もその通りだと思ったし、だから勇者に聞いたんだ。お前は何でそんな思いまでして修業をするんだ? って」

武道家「なんて言ったと思う?」

武道家「『いや、母ちゃんとか騎士団の人とかの落ち込みようが尋常じゃないからさ。俺が何かやる気見せとかないと、万が一だけど、何かあの人たち死んじゃう可能性あんじゃないかって、そう思ってさ』」

武道家「そう言った」

武道家「それだけのためにあいつはトラウマを克服してまで青春の五年間を修業に費やしたんだ」

武道家「俺はその時思ったんだ。世界を救うことが出来るのはきっとこういう奴なんだろう、って」

武道家「底抜けのお人好し―――いざという時には自分の痛みより他人の幸せを優先してしまう人間性」

武道家「だから俺は信じているのさ。あいつが命惜しさに俺達を―――ましてや戦士と僧侶、お前たちを見捨てることは絶対にない、とな」

171: SS速報VIPがお送りします 2015/02/01(日) 20:25:10.65 ID:pWickg4a0
 三人の故郷―――『始まりの国』

武道家「馬鹿な…勇者が来ていないだと!?」

神官「え、ええ。間違いなく、来ておりません」

武道家「馬鹿な!? ならば勇者はどこへ飛んだというのだ!?」

神官「少なくとも、『伝説の勇者』様のご子息がご帰還されれば、それは間違いなく町の噂となるはず。故に、勇者様はこの国にお戻りになっていないと考えるのが自然です」

武道家「……戦士! 勇者が『翼竜の羽』で飛んだのは間違いないんだな!?」

戦士「……そのはずだ。『翼竜の羽』以外に勇者があの場所から飛翔できる術なんてない」

武道家「ならば、何故どの町にも勇者の姿がないんだ……くそ!」ダッ!

僧侶「武道家さん! どこへ!?」

武道家「勇者の家だ!!」


 ――『勇者の家』の前

武道家「……」トボトボ…

僧侶「武道家さん、どうでしたか?」

武道家「勇者の母親に会った。やはり勇者は戻ってきていないと言われたよ」

武道家「どういうことだ…? 『翼竜の羽』は一度訪れた場所にしか飛べない、それは間違いないはず……」

武道家「町に戻るために使ったのではないのか…? であれば、戦闘から一時離脱するために…? 『翼竜の羽』にそんな使い方が可能なのか…?」

 確かなことは勇者が翼竜の羽を使用したこと。
 そしてどの町にも勇者は飛んできていないこと。
 つまり勇者は自分たちには思いもよらぬ使い方をして戦闘を離脱した。
 そこには自分たちには想像もつかぬ意図がある。
 そうに違いないのだ。

戦士「……」ザッ…

武道家「戦士、どこへ行く?」

戦士「酒場へ。新たな仲間を探しに」

武道家「……ッ!! 戦士!!」

戦士「私たちと違ってアンタは勇者と付き合いが深い。だから、アイツのことを最後まで信じたい気持ちは理解できるけど……」

戦士「私には、勇者は無我夢中で行き先のイメージもしないまま『翼竜の羽』を使用し、結果どことも知れないところへ飛ばされた……そう考えた方がしっくり来るんだ」

武道家「……ッ!? そんな…お、お前もそう思うのか、僧侶!?」

僧侶「そ、それは、その……」

 僧侶は否定も肯定もせず、曖昧に言葉を濁した。
 だが、その態度こそが彼女の答えを言葉以上に雄弁に語っていた。

武道家「違う…それは違う……」

 武道家は立ち尽くす。
 戦士はそんな武道家を一瞥し、酒場へと足を向けた。
 僧侶はおろおろと二人の間で視線を彷徨わせていたが――やがて戦士の後についていった。

172: SS速報VIPがお送りします 2015/02/01(日) 20:26:08.48 ID:pWickg4a0
酒場のママ「あら、何だか懐かしい顔ぶれね。今日は何の用かしら?」

戦士「新しい仲間を探している」

酒場のママ「あらあら四人じゃ足りなくなったのかしら? 勇者様のお使い?」

戦士「そうではない。我々は勇者と袂を分かった。代わりに魔王討伐に志願する者を探している。出来れば、行商関係に明るい奴がいい」

酒場のママ「……へぇ~。ま、一応聞いてみるけど。期待せずに待っててちょうだい」

戦士「……?」

 ―――数分後。

酒場のママ「お待たせ~。アンタと組みたいって人はいないってさ」

戦士「な、何故だ!? この町には勇者に同行を希望する冒険者たちがたくさん居たはずだろう!!」

酒場のママ「ええ、そりゃ今でも『勇者様』に同行を希望する人たちはたくさんいるわよ? でもその人たちはあくまで『勇者様』の力になりたいわけ。わかる?」

戦士「わ、私とて『伝説の勇者』様の一番弟子だ!!」

酒場のママ「そういう事ではないのよ。それにあなた達、要は勇者様に捨てられたのでしょう? 誰がそんな連中に同行したいと思って?」

戦士「捨て…ッ!? き、貴様ッ!!」

酒場のママ「事実はどうあれ、皆そんな風にしか判断しないってことよ。ここで仲間を探すのは諦めなさい、お嬢ちゃん」

173: SS速報VIPがお送りします 2015/02/01(日) 20:26:59.34 ID:pWickg4a0
戦士「くそッ!!」バターン!

僧侶「戦士、落ち着いて」

戦士「これが落ち着いてなんていられるか!! あの女、よりにもよって捨てられたなどと……!!」

僧侶「そんな風聞が広まっている以上、この国で新しい仲間を募ることなんて不可能でしょうね……悲しいことだけど」

傭兵「お嬢ちゃんたち、仲間を探しているのかい?」

戦士「……誰だお前は」

傭兵「俺は傭兵さ。この国にゃあふらりと立ち寄っただけだが、たまたま酒場で話を聞かせてもらったよ」

傭兵「ちょうど食い扶持を探してたところさ。どうだ、俺の腕を買わねえか?」

戦士「願ってもない話だが……」

僧侶「金銭での契約を望まれるということですよね? おいくらですか?」

傭兵「そうさな…ま、ざっとこんなもんだ」ペラリ

戦士「契約書を持参しているとは周到なことだな……な、何だこの値段は!!」

僧侶「た、高すぎます!!」

傭兵「あん? お姉ちゃんたちマジかよ。こっちゃ命かけて魔物とやり合うんだぜ? これくらいもらわなきゃ割に合わねーよ」

戦士「……駄目だ。こんな金額、我々にはとても捻出できん」

傭兵「マージーかーよー? ハッキリ言ってこれ傭兵稼業の底値だぜ? これが駄目ならお嬢ちゃんたちどこ行っても人なんて雇えねーぞ?」

戦士「ぐ……」

傭兵「あほらし。じゃあな~」

戦士「……」

僧侶「戦士……」

戦士「……やむを得ない。新しい仲間は諦めるしかなかろう。路銀については私が何とか知識をつける」

戦士「だが、護衛をつけられない以上、お前には負担を強いることになる……すまないな、僧侶」

僧侶「ううん、私は、そんな……」

戦士「……出発は明朝としよう。折角故郷に戻ってきたんだ。今日は家に戻ってゆっくりしても罰はあたらないだろうさ」

僧侶「……うん。そうね、そうしましょう……今は少し、休みたいわ」

174: SS速報VIPがお送りします 2015/02/01(日) 20:28:04.26 ID:pWickg4a0
僧侶(はあ……これから私たち、どうなるのかしら)トボトボ…

僧侶(戦士はきっと旅を諦めない。きっと一人でも旅を続けようとするでしょう)

僧侶(放っておくわけにはいかない…戦士は私の一番の親友。死なせたくない……)

僧侶(それに私自身も、魔王討伐の旅を諦めたくはない……)

僧侶(でも、勇者様を欠いたままの旅を続けるというのなら、武道家さんが私たちに同行する理由もなくなる。武道家さんもパーティーを抜ける可能性は十分ある)

僧侶(そうなると、戦士と私の二人旅。とてもやっていける自信がないわ…)

傭兵「よう、おじょーちゃん」

僧侶「はい? …あ、先ほどの傭兵さん」

傭兵「あれから新しい仲間は見つけられたかい?」

僧侶「いいえ。正直、もうこの国で仲間を募るのは諦めたところです」

傭兵「そうか……なあお嬢ちゃん、ちょっと提案があるんだけどな?」

僧侶「なんでしょう?」

傭兵「お嬢ちゃんがある条件を飲んでくれたら、タダでお嬢ちゃんたちの仲間になってやってもいいぜ?」

僧侶「無料で!?」

傭兵「おう、いや勿論、道中のちょっとした小遣いくらいは要求させてもらうがよ」

僧侶「願ってもありません! して、その条件とは!?」

傭兵「実は俺な、お嬢ちゃんのことが非常ぉ~に気に入っちまったのよ。もはや一目ぼれといっても過言じゃねえ」

僧侶「は、はぁ……」

傭兵「お嬢ちゃんの事を、俺が好きな時に好きなだけ弄れる……この条件を飲んでくれたら、喜んで旅について行ってやるよ」

僧侶「いじ…?」

僧侶「……」

僧侶「……なッ!?」

175: SS速報VIPがお送りします 2015/02/01(日) 20:29:19.29 ID:pWickg4a0
僧侶「ふ、ふざけないでください!!」

傭兵「ふざけてなんていねえよ。俺は大真面目さ」

傭兵「お嬢ちゃんたち二人で旅なんて続けてみ? まず間違いなく途中で死ぬぜ?」

傭兵「お嬢ちゃんたちはもうそれを実感しているんじゃねえか? だからあんな必死に仲間を探しているんだろう?」

僧侶「そ、それは……」

傭兵「それに断言してやる。この機会を逃したらお嬢ちゃんたちに仲間が出来る機会なんて二度と来ねえ。世の中そんな甘いもんじゃねえんだぜ? お嬢ちゃん」

僧侶「う…く…」

傭兵「どうする? 俺の腕は確かだぜ? いくつもの戦場を渡り切ってきた実績がある。百戦錬磨って奴だ。お嬢ちゃんが条件を飲んでくれれば、俺は間違いなくお嬢ちゃんたちを守り抜いてみせる」

僧侶「あ、う…す、少し考えさせて」

傭兵「駄目だ。今結論を出すんだ。この機会を逃したら俺はもう町を出るぜ」

僧侶「そんな……」

傭兵「よぉ~く考えてみな。悪い条件じゃねえだろう。お嬢ちゃんがその体を差し出すだけで、お嬢ちゃんとあのお仲間の女の子の命は保障されるんだ」

傭兵「それに俺も別に変な性癖を持ってるってわけじゃねえ。お嬢ちゃんを抱くは抱くが、痛いことしたり妙ぉ~な抱き方したりはしねえよ」

傭兵「な? お互い良いことしかない契約じゃねえか」

僧侶「はぁ~…! はぁ~…!」

僧侶(いや、そんな、そんなの、でも、私たち二人だけじゃ、きっと、死ぬ。私も、戦士も、死んじゃう)

僧侶(何も為せないまま、どことも知れぬ場所で、きっと、魔物に食い殺される)

僧侶(それはいや、いや、いや……!)

傭兵「あと二十秒で決めろ」

僧侶「ひっ」

傭兵「二十、十九、十八……」

僧侶「あ、わ、は、わ」

傭兵「十、九、八、七!!」

僧侶「は、う、わ、わかり、ました……!」

傭兵「ん~? なんて?」

僧侶「わかり、ました……」ポロ…

僧侶「私の体を好きにしていいから……私たちを助けてください……」ポロ…ポロ…

傭兵「オ~ケェ~~契約成立だな。んじゃ、早速宿に行こうぜ。部屋はとってあるからよ」

176: SS速報VIPがお送りします 2015/02/01(日) 20:29:51.66 ID:pWickg4a0




武道家「おい」


傭兵「んあ?」


 武道家の拳が傭兵の顔面に叩き込まれた。





177: SS速報VIPがお送りします 2015/02/01(日) 20:31:16.76 ID:pWickg4a0
傭兵「ぶげぇ~~~ッ!!!?」

武道家「随分と脆い顔面だな。百戦錬磨が聞いて呆れる」

傭兵「て、てべえッ!!」チャッ!

武道家「剣を抜いたな? ならば俺も本気で行く。ここからは命のやり取りになるぞ」

 武道家の着ける手甲からスピアと呼ばれる刃が飛び出す。
 その切っ先が反射する光を受けて、傭兵はたじろいだ。

傭兵「く、くそ、覚えてやがれ!!」

 そう言い捨てて、傭兵は武道家たちに背を向けて駆けだした。
 その目の前に、一瞬で武道家が回り込む。

傭兵「あ、ひえッ!?」

武道家「貴様こそ覚えておけ。二度と彼女らに近づくな。もう一度でも彼女らに近づいたら、即座に命を取りに行くぞ」

傭兵「ひ、ひええ~~!!」

 傭兵は振り返りもせず、町の入口に向かって駆けていった。

僧侶「武道家さん……」

武道家「あんな輩を雇い入れても、命がかかった肝心な時には役に立たん。二度とこんな軽率な真似はするんじゃない」

僧侶「武道家さん、わたし…わたし……」

 僧侶の目から次から次に涙がこぼれ出る。

武道家「俺はまだ勇者が戻ってくると信じている。それまではしんどいだろうが、三人で何とか凌いでいくしかあるまい。あんな輩の甘言に乗るな」

僧侶「ひっく、ぶ、武道家さん、私たちに、ひく、ついてきて、ヒック、くれるんですか……?」

武道家「当然だろうが。こんな状態のお前たちを放っておけるものかよ」

僧侶「武道家さん!!」

 僧侶は感極まって武道家に抱き付いた。
 僧侶を受け止め、武道家はその頭を撫でる。

武道家(やはり、このパーティーはお前がいなくては成り立たん。今どこで何をしているんだ、勇者……!!)

 武道家は痛切な表情で空を睨む。
 彼とてまた、それ程余裕があるわけではなかった。



第八章  伝説を継ぐ者(前編)  終

190: SS速報VIPがお送りします 2015/02/08(日) 20:04:36.25 ID:wu5m6QQa0
 戦士は打ち倒した狼型魔物の死体の傍らに屈みこむ。
 報奨金を得るため、狼型魔物の長く発達した犬歯を採取するためだ。
 長く伸びた犬歯の根本、歯茎にナイフを突き立てる。
 歯茎を掘り進めるようにナイフをぐりぐりと動かし、無心で肉を抉り続けた。
 やがて支えを失った犬歯が狼型魔物の口から外れ、戦士の手に落ちる。
 辺りを見回すと、武道家と僧侶も慣れない作業に悪戦苦闘していた。

戦士(確か、狼型魔物の毛皮は高く売れると聞いたことがある)

 戦士は狼型魔物の肩辺りにナイフを入れる。
 そのまま皮を剥ごうとナイフを動かし――薄く、薄くと意識して刃を入れていたつもりだったが、皮には肉と脂がびっしりこびりついてきた。
 肉をこそぎ落とそうとナイフを動かす――力加減が拙かったのだろう。ナイフはあっさりと皮を突き破ってしまった。
 もう一度、と今度は腹の辺りに刃を入れた。
 悪臭が突如鼻に付く。どうやら内臓を切り開いてしまったらしい。
 戦士は皮を剥ぐのを諦めると、はあ、と深くため息をついた。
 ふと、勇者と旅をしていた時の、最初の頃の情景が脳裏をよぎる。


戦士『早くしろ勇者! 一体何をモタモタしているんだ!!』

勇者『も、もうすぐ終わるからちょっと待っててくれよ!』

戦士『まったく…戦闘の役には立たん、作業は遅い、本当に使えん男だ』

勇者『ぐ、ぐぬぬ……!』





 鼻の奥にツンと込み上げてくる何かを必死に噛み殺して。

 戦士はもう一体の死体の傍に屈みこみ、作業を再開した。


191: SS速報VIPがお送りします 2015/02/08(日) 20:05:15.89 ID:wu5m6QQa0





第八章  伝説を継ぐ者(中編)





192: SS速報VIPがお送りします 2015/02/08(日) 20:06:17.32 ID:wu5m6QQa0
 もうすぐ日暮れを迎えようかという時間帯に、戦士、武道家、僧侶の三人は新たな町の入口に足を踏み入れていた。

武道家「何とか……日が暮れる前に着くことが出来たか」

 安堵の溜息こそ出るものの、歓喜の喝采を上げる気にはとてもならない。
 それ程までに、三人は疲労困憊していた。

僧侶「と、とにかく、まずは宿を探しましょう。今日は正直まともなベッドで眠りたいです」

武道家「同感だ。町の人間にいろいろ話を聞くのは明日に回してよかろう。それでいいな? 戦士」

戦士「ああ…」

 三人で旅を続ける中で、何か思うことがあったのだろうか。
 元々饒舌な方ではなかったが、最近特に戦士の口数は少なくなっていた。
 気にはなるが、武道家も疲れていた。
 深く追及するようなことはせず、まずは宿を探さなくてはと町並みに目を向ける。

武道家(それにしても……)

 妙に静かな町だ、と武道家は感じた。
 活気がないというか、全体的に陰鬱な印象を受ける。
 道行く人々の表情も、どこか憂いを帯びているように見えた。
 いや、或いは―――

武道家(自分たちが余りにも疲れすぎて、無意識に町の活気ある部分を見ることを拒絶しているのかもしれんな)

 そんな風に自虐的に結論付けて、武道家は今度こそ宿を探すために歩を進めた。





 第六の町より北におよそ50㎞―――『第七の町』。


193: SS速報VIPがお送りします 2015/02/08(日) 20:07:30.33 ID:wu5m6QQa0
 翌朝、宿に泊まり、十分にリフレッシュした状態で、武道家は昨晩の自分の印象が間違いではなかったことを知る。

武道家(やはりなんというか……暗い町だな。宿の主人も我々を全く歓待している様子ではなかったし……)

 現在、三人はそれぞれ情報収集のために自由行動中である。
 武道家は気の向くままに町を歩き、近くに精霊の祠が無いか、『伝説の勇者』がかつてここで何をしたか等、通りすがる人々に尋ねていた。
 しかし人々は口数少なく、しかもぼそぼそと呟くように喋るため、情報収集は一向に捗らなかった。

武道家(余所者に対する警戒心、というだけではないぞコレは。何故この町の人間はこんなにも何かを諦めたような顔をしているんだ?)

 ある老婆に話を聞くも、要領を得なかった。
 ある中年太りの商人に話を聞くも、今忙しいと相手にされなかった。
 肉を燻して燻製を作っていた厳つい猟師らしき男に話を聞くも、余所者に話すことは無いと邪険にされた。
 日向ぼっこをしていた老人に、この人なら暇を持て余していそうだから話を聞いてくれるだろうと声をかけたら、早くこの町を出なさいと諭された。
 幾度もそんなことを繰り返し、武道家はようやくあるひとつの違和感に気付いた。
 先ほどの日向ぼっこをしていた老人の元に戻り、武道家は尋ねた。

武道家「どうしてこの町にはこんなに若者が少ないんだ?」

 その質問に老人は目を見開き、ようやく明瞭な回答を武道家に寄越した。


 ―――近くの砦に住み着いている盗賊が、若い女をどんどん攫っていってしまうのだ、と。


194: SS速報VIPがお送りします 2015/02/08(日) 20:08:31.38 ID:wu5m6QQa0
老人「この町から北西に進んだところに、精霊様を奉るために造られた砦がある。そこに、昔から盗賊が住み着いていたんじゃ」

老人「盗賊は近隣の村々を荒らしまわり、暴虐の限りを尽くしていた。そこに現れたのが『伝説の勇者』様じゃ」

老人「『伝説の勇者』様は盗賊たちを懲らしめ、二度と悪事を働かないことを条件に命だけは助けてやったという。何とも慈悲深いことよ」

老人「だが、それが良くなかったのじゃ」

老人「『伝説の勇者』様がお倒れになったらしい、と噂が広まってから、盗賊たちはまた活動を再開した」

老人「近隣の村々から食糧や金品を強奪し、若い女は手当たり次第に攫っていった。反抗した若者は殺され、そうやって滅んでしまった村はひとつやふたつではない」

老人「そして盗賊の魔の手は遂にこの町にも及んだ。もう何人もの娘が連れていかれ、その伴侶や恋人だった男は反抗し、殺された。あっさりと、惨たらしく」

老人「小さな子供たちは盗賊を警戒し、外へと遊びには出してやれん。家の中でずっと息を殺すように忍んでおる」

老人「この町の次代を担う若者はもう随分と少なくなってしまった。この町も、いずれは滅んでしまうのじゃろう。儂はそれが、本当に口惜しくてならん」

老人「孫娘もとうに連れ去られた。今頃どんな目にあっているかと思うと……ぐ…く、うぅ……!!」

195: SS速報VIPがお送りします 2015/02/08(日) 20:09:21.23 ID:wu5m6QQa0
武道家「ご老公」

老人「…む?」

武道家「約束しよう。俺が、俺達が、その盗賊たちを何とかする」

老人「な、なんと…! し、しかし、旅のお方にそんな迷惑をかけるわけには……」

武道家「かまわんさ」

老人「お、お礼も……我々には、大した額を用意することも出来ませぬ……!」

武道家「礼など要らん。無償だ」

老人「何故…!? 何故なんの関係もない、我々のためにそこまでしてくださるのです…!?」

 拳を強く握りしめたまま、武道家は思う。
 理由などない。強いて言えば、自分のためだ。
 話を聞いて、気分が悪くなったからだ。
 その盗賊たちをぶちのめしてやりたいと、心から思ったからだ。
 これを義憤に駆られたというのならば、まあそうなんだろう。
 もっとも、そんな大層なものであるつもりはないが。

武道家「む…?」

 武道家は耳を澄ました。
 どこかから、喧騒に混じって若い女の悲鳴が聞こえた気がしたからだ。
 そのことを老人に告げると、老人は「奴らが来たに違いない」と言った。

武道家「タイミングが良い…と言うと、町の人間に悪いか。だが、鴨が葱を背負って来たようなもの……絶対に逃がさん!!」

 武道家は全力で駆け出し、まるで風のような速さでその場を後にした。

196: SS速報VIPがお送りします 2015/02/08(日) 20:10:16.12 ID:wu5m6QQa0
少女「いやー!! やめて!! 離して!!」

 黒髪を三つ編みにまとめた少女が、下卑た笑みを浮かべた男に腕を掴まれている。
 周りにいる町の人々は少女を助けようとはせず、目を伏せ、ただ震えていた。

出っ歯の盗賊「ケヒヒヒ!! おら、抵抗すんじゃねえ!! 痛い目にあいたいのか!!」

少女「いやあ!! やだやだ、やだあ!!」

出っ歯の盗賊「うざってんだよ、オラァ!!」

少女「うぎゅっ!」

 盗賊は躊躇なく少女の顔を殴りつけた。
 それを見て、周囲の人混みからたまらず飛び出した影があった。

少年「やめろぉ!! そいつを離しやがれクソ野郎ォ!!」

出っ歯の盗賊「ああん? 何だてめえ物騒なもん持ちやがって」

 その手に料理用の包丁を持ち、盗賊の前に躍り出た少年は少女の幼馴染だった。

少女「○○ちゃん! 駄目ぇ!!」

 少女の制止も虚しく、少年は盗賊に飛びかかる。
 その肩口に、盗賊の持つ刃が埋め込まれた。

少年「あぎ、があああああああああ!!!!」

少女「いやああああああああああああああああ!!!!」

出っ歯の盗賊「かっこつけてんじゃねえよクソ雑魚野郎がッ!! てめえみてえなのが俺ァ一番大っ嫌いなんだよッ!!」

少女「いやあ! やめてください!! ついていきます!! 私、あなたについていきますから、だから!!」

出っ歯の盗賊「うるせえ!! コイツは死刑だ!! 今俺が決めた!!」

少年「が、くぁ…」

少女「やめてえええええええええええええええええ!!!!」

197: SS速報VIPがお送りします 2015/02/08(日) 20:11:00.66 ID:wu5m6QQa0

 武道家がその場所に辿り着く。

 即座に状況を把握し、駆け出す武道家。

 だが、それよりも一瞬早く、盗賊に向かって飛びかかる影があった。


戦士「ぬぅあああああああああああああ!!!!!!」


 戦士だ。

 戦士が、怒りの叫びと共に盗賊の顔面に拳を叩き込んでいた。


198: SS速報VIPがお送りします 2015/02/08(日) 20:13:01.83 ID:wu5m6QQa0
出っ歯の盗賊「ぐわらばッ!!」

 もんどりうって倒れる盗賊。
 盗賊の手から解放された少女は、すぐに少年の元へと駆け寄った。

少女「○○!! ○○ッ!! お願い、目を開けて!!」

戦士「僧侶ッ!!」

僧侶「はいッ!!」

 人混みの中から僧侶も飛び出し、少年に回復呪文を施す。
 見る見るうちに少年の傷は塞がり、青ざめていた顔色も血色を取り戻した。

少女「あ、ありがとう! ぐす、ありがとう、ごばいまずぅぅぅううう!!」

僧侶「いいえ、お気になさらず」

 少女に一度笑みを向けた後、僧侶は目つき鋭く盗賊の方を振り返った。
 盗賊は鼻から溢れる血を拭いながら立ち上がり、敵意を剥き出しにしながら短刀を戦士に突き出していた。

出っ歯の盗賊「てめえら……何だ? 何者だ? この町の者じゃねえよな……正義の味方気取りの冒険者か。クソッタレが」

 戦士は背負っていた大剣を抜く。
 盗賊はその様子を見て、笑った。

出っ歯の盗賊「女だてらに一端の剣士の真似事か。クソが、許さねえぞ……ぼこぼこに顔面歪めた後、この町の真ん中でぐちゃぐちゃに犯してやるぜ…!」

 盗賊は短刀を突き出し、戦士に向かって駆けた。
 戦士が繰り出してきた一撃をかわし、懐に潜り込む。
 そして、喉元に短刀を突きつけてチェックメイト―――のつもりだった。

 戦士の剣が振るわれる。
 身をかわすつもりだったその一撃に、しかし盗賊は全く反応できず。
 短刀にぶち当てられた大質量に、盗賊の手からあっさり短刀は弾き飛ばされた。

出っ歯の盗賊「は、え…?」

戦士「汚物が…貴様の言葉は聞くに耐えん。……消えろ」

 戦士は剣を大上段に構えなおす。
 そのまま、盗賊の頭に剣を叩き付けようとしたところで―――

武道家「待て戦士!! 殺すな!!」

 武道家が戦士と盗賊の間に割って入った。

199: SS速報VIPがお送りします 2015/02/08(日) 20:13:58.06 ID:wu5m6QQa0
 戦士は鋭い目つきで武道家を睨み付ける。

戦士「……武道家。何故そんなクズを庇う」

武道家「ああ、勘違いするな。庇う気などさらさら無い」

 そう言って武道家は盗賊の方を向き直り、その顎先に横殴りで拳を叩き込んだ。

武道家「少し寝てろ」

出っ歯の盗賊「かひゅ」

 激しく頭を揺さぶられた盗賊は膝から崩れ落ち、その場に昏倒する。
 目を丸くする戦士に、武道家は説明を始めた。

武道家「どうやら俺達はそれぞれがそれぞれで情報を得て、この町が陥っている状況を理解した。そうだな?」

 確認するような武道家の問いに、戦士は頷く。

武道家「ならば恐らく、これから取るべき行動についても、俺達の意見は一致していると思う。俺達はこれから、北西にあるというこいつらのアジトに向かい、盗賊の一団を全滅させる」

戦士「そうだ。その通りだ」

武道家「だからこいつは殺さない。こいつにはこれから、アジトまで俺達を案内してもらうとしよう」

戦士「ああ、成程……」

200: SS速報VIPがお送りします 2015/02/08(日) 20:15:19.77 ID:wu5m6QQa0
 町を出て、戦士たちは盗賊を案内役とし、北西の砦を目指す。
 盗賊は縄で両腕を後ろ手に拘束されており、さらにそこから伸びた縄が戦士によって握られている。

戦士「ほら、キリキリ歩け」ゲシッ

出っ歯の盗賊「いって! へ、へい、すんません!!」

武道家「お前らのアジトに着くまでどれくらいかかる? それに、お前らの仲間は全員で何人いるんだ?」

出っ歯の盗賊「このペースだと3~4時間ってところでさぁ。仲間の数は勘弁してくだせえ。ペラペラ喋ったことがばれたらボスに殺されちまう」

戦士「今ここで殺してもいいんだぞ? 別に道案内が必須というわけではないんだからな」

出っ歯の盗賊「ひい! な、仲間の数は全部で5人、ボスまで入れて6人です!!」

僧侶「思ったより少ないですね」

出っ歯の盗賊「ウチは少数精鋭が売りでして……」

戦士「あの程度の腕でか? 片腹痛いな」

出っ歯の盗賊「へ、へへ、旦那方には敵いませんや」

出っ歯の盗賊(クソが……舐めくさりやがってこのボケ共……今に見てやがれ…!!)

201: SS速報VIPがお送りします 2015/02/08(日) 20:17:02.41 ID:wu5m6QQa0
 第七の町より北西―――元『精霊の砦』、現『盗賊のアジト』。

出っ歯の盗賊「こ、ここが俺達のアジトです」

戦士「間違いないだろうな?」

武道家「出まかせを言っていたら許さんぞ?」

出っ歯の盗賊「そ、そんなすぐバレる嘘なんてつきませんや! ささ、約束通り俺を解放してくだせえ!!」

武道家「ん? そんなことするわけないだろう。アホかお前は」

出っ歯の盗賊「なな!? や、約束が違う!!」

戦士「失礼なことを言うな。約束通り命だけは助けてやるさ。ただし、このままお前は国の警備隊に突き出すがな」

出っ歯の盗賊「んな!? そんなもん、結局死刑になるに決まってんじゃねえか!! おい、アンタ! 神に仕える身で嘘なんてついていいのかよ!!」

僧侶「神は嘘を禁じません。仮に禁じていたとしても、誰かを守るための優しい嘘であれば神は許容してくださいますでしょう」

出っ歯の盗賊「ち、ちくしょう!!」

 盗賊は足を振り上げた。
 靴に仕込んでいた刃で、戦士の手まで伸びていたロープを断ち切ると、アジトの中に向かって一目散に駆け出した。

戦士「チッ…! おい、待てッ!!」

 外壁の門を潜り、中庭に足を踏み入れた所で戦士は盗賊に追いつき、その背中に手を伸ばす。
 砦の窓から何かが放たれた。
 瞬時に気配を感じ取り、戦士は伸ばしていた手を引っ込める。
 中庭の草地に、投擲用のナイフが突き立った。
 その隙に出っ歯の盗賊は砦の中に消えていった。

僧侶「戦士、大丈夫?」

戦士「ああ、大丈夫だ。当たってはいない」

武道家「どうやらあいつの言っていた仲間とやらは砦の中にちゃんと居るらしいな」

 武道家はナイフが飛んできた窓を見るが、既にそこに人の姿はなかった。

武道家「追撃をしてこないところを見ると、中に誘っているらしいな。どうする? 戦士」

戦士「無論、行く。たとえどんな罠が仕掛けられていようが、これ以上奴らを野放しにしておくわけにはいかない」

武道家「問うまでもなかったか。では、往くぞ。くれぐれも罠には注意しろ」

202: SS速報VIPがお送りします 2015/02/08(日) 20:18:31.69 ID:wu5m6QQa0
 元々設えていた物なのか、それとも盗賊たちが後から付け加えたものなのか、砦の中には大小さまざまな罠が仕掛けられていた。
 落とし穴。
 火を噴く石像。
 壁から飛び出す刃。
 眠りを誘う霧。
 その悉くを、戦士、武道家、僧侶の三人はダメージを負いながらも乗り越えていく。
 やがて三人はひとつの部屋に突き当たった。
 扉を開ける。
 二階北東部に位置する大広間。
 日当たりは良く、普段はここを居住空間としているのだろう、雑多な物が床に散らばっていた。
 ナイフが飛んできた窓も、この部屋にあった。
 そこに、四人の男の姿があった。

出っ歯の盗賊「なぁにぃ!? こいつら、ここまで辿りつきやがった!!」

ノッポの盗賊「で、でで、でも、いい女だぁ~」

わし鼻の盗賊「だな。むしろ罠で台無しになっちまわなくて良かったべ。わっしゃっしゃ!!」

小太りの盗賊「しかしまあ、こんな所までノコノコやって来るたあ、馬鹿な奴らだぜ」

 盗賊たちはそれぞれ思い思いの武器を持ち、戦士たちに向き直る。
 出っ歯の盗賊は短刀を。
 ノッポの盗賊は大剣を。
 わし鼻の盗賊は投げナイフを。
 小太りの盗賊は棍棒を。

出っ歯「みんな!! 俺ぁ町でこいつらに痛ぇ目に合わされたんだ!! ただで帰すんじゃねえぞ!!」

小太り「だっせ(笑)。お前こんなお上品な坊ちゃんお嬢ちゃんに負けてんじゃねえよ」

出っ歯「う、うるせえな!!」

ノッポ「町の奴ら…に…俺達のこと…軽く…見られたかもぉ~」

わし鼻「だなあ。これ終わったら名誉挽回に行かにゃならんわ。見せしめに十人は殺しとかんといかんべ」

 戦士は剣を構える。
 武道家は拳を固く握った。
 僧侶は精神を集中し、いつでも呪文を行使できる体勢を整える。

武道家「行くぞ」

戦士「ああ」

僧侶「はい」

 短い一言でタイミングを取る。
 激情を拳(剣)に込め、武道家と戦士は盗賊に向かって駆けだした。

203: SS速報VIPがお送りします 2015/02/08(日) 20:21:02.90 ID:wu5m6QQa0
出っ歯「ふへへ!! 俺達はコンビネーションによって強さが何倍にも跳ね上がる!! 俺一人を倒せたからって調子に乗ってっと…」

 出っ歯の盗賊の目の前に戦士が肉薄する。
 町での一幕同様、その速さに出っ歯の盗賊はまともに反応することすら出来ない。

出っ歯「は、速すぎ…!?」

 反射的に首元を庇うように短剣を構えたまま硬直した出っ歯の盗賊だったが、戦士の狙いは首ではなかった。
 戦士は刃の部分ではなく、剣の腹の部分を思い切り出っ歯の盗賊の肩口に叩き付けた。
 凄まじい衝撃に押され、出っ歯の盗賊の体は錐揉み回転しながら吹き飛ばされる。

ノッポ「あ…?」

 吹き飛んだ先に居たのは、僧侶に狙いを定めていたノッポの盗賊だった。
 出っ歯の盗賊の体はノッポの盗賊の体に勢いよく衝突し、そのまま二人はもつれて床を転がっていく。

わし鼻「やろ…!!」

 戦士が剣を振り、硬直した一瞬を狙ってわし鼻の盗賊はナイフを投げた。
 だがそのナイフは戦士の前に躍り出た武道家によって阻まれる。
 ナイフは武道家の装着する手甲を滑り、方向を変えあらぬ方向に飛んでいく。
 ナイフの行く先を目で追う暇もなく、わし鼻の盗賊は目の前に迫った武道家の対応に追われた。
 嵐のような武道家の連撃を、わし鼻の盗賊は投擲用のナイフを手に持ち、必死で捌く。
 武道家の後ろで小太りの盗賊が棍棒を振り上げるのが見えた。
 わし鼻の盗賊は歯を食いしばり、武道家の拳をその腹に受ける。
 予想以上の衝撃に胃の中の物が一気に口の中に上ってきたが、それでもわし鼻の盗賊は必死で武道家の腕を掴み止めた。

わし鼻(今だ…!!)

小太り(死ね…!!)

 小太りの盗賊が武道家の後頭部目掛けて棍棒を振り下ろす。
 わし鼻の盗賊の腹の所で右腕を掴み取られた武道家は、身を屈め、一気にわし鼻の盗賊の体の下に潜り込んだ。
 そのまま背負い投げる形でわし鼻の盗賊の体を持ち上げる。
 小太りの盗賊が振り下ろした棍棒はわし鼻の盗賊の背中を強かに打ちつけた。

わし鼻「ゲェーーーッ!!!!」

小太り「し、しまった!!」

 痛みに悶絶し、わし鼻の盗賊は武道家の右腕を解放する。
 わし鼻の盗賊の体が地面にゆっくりと落ちる、その刹那。
 両腕の自由を取り戻した武道家が、既に攻撃の態勢に入っているのを、小太りの盗賊は見た。

小太り「うお、うおおおおおおおおお!!!?」

 叩き込まれる拳、拳、拳。
 わし鼻の盗賊の体が地面に落ちるその時には既に、小太りの盗賊もまた意識を失い、その場にがくりと崩れ落ちていた。

204: SS速報VIPがお送りします 2015/02/08(日) 20:21:56.37 ID:wu5m6QQa0
出っ歯「いっつつ…!! おい、ノッポ!! おい!!」

ノッポ「………」シーン…

出っ歯「だ、駄目だ、完全に伸びてやがる」

戦士「おい」

出っ歯「ひっ!!」

武道家「覚悟は決まったか?」

出っ歯「はっ!?」

わし鼻「………」シーン…

小太り「………」シーン…

出っ歯(も、もう全員やられちまったってのか…!? な、なんなんだこいつら、並みの冒険者じゃねえぞ……一体何者だ!?)

武道家「全員縛り付けたあと警備兵に突き出す。まあ死刑は免れんだろうが、自業自得だ。諦めろ」

??「なんだぁ~? なんか罠が一杯作動してんなと思ったら珍しい、お客さんかよ」

 部屋の入り口から声がした。
 そこに立っていたのは二人の男。
 無精ひげを生やし放題にした筋骨隆々な男と、どちらかと言えば小柄な赤髪の青年だった。
 二人の姿を見て、出っ歯の盗賊は歓喜の声を上げた。

出っ歯「ボぉスぅッ!!!!」

武道家「そういえば…6人いると言っていたな、確かに……」

205: SS速報VIPがお送りします 2015/02/08(日) 20:23:27.31 ID:wu5m6QQa0
盗賊の首領「あ~あ~全くなさけねえ。見事に全滅しちまってんじゃねえか」

赤髪の盗賊「だから言ったじゃん。取引は俺だけで行くからいいって。ボスはこなくていいってさ~」

首領「馬鹿野郎。商売ってのは信用が第一なんだぜ? たまには取引先に俺の顔を見せとかねえとよう」

赤髪「信用第一……よく言うよ。笑っちゃうね。後からお客さんを脅しまくるつもりのくせにさ」

首領「だからそれまでに信用を勝ち取っとかなきゃいけねえって話だろうが」

戦士「おい」

首領「んあ?」

戦士「貴様がこの盗賊団の首領か?」

首領「そうだぜ? んで? お嬢ちゃんたちは何者だ?」

赤髪「見たところ国が遣わした警備兵ってわけでもなさそうだけど~?」

戦士「冒険者だ。今回は故あって貴様らの討伐に来た」

赤髪「故? 冒険者がそんな躍起になって俺達を退治する理由なんてなさそうだけど?」

首領「馬鹿野郎お前、俺らが賞金首だっての忘れてんじゃねえか?」

赤髪「あ、そうだった。しかも結構値が上がってんだよね、最近」

戦士「金のためではない!! 貴様らはかつて『伝説の勇者』様に討伐され、しかし改心することを条件に命を見逃されたと聞いた。それは真実か?」

首領「お~…嫌な野郎のこと思い出させてくれるねえ。正義面した甘ちゃん野郎で、当時は随分とムカつかせてもらったもんだ」

赤髪「俺はその時は居なかったけどね~」

戦士「……何故約束を破った?」

首領「は? お前馬鹿なの? 何で俺らがそんな約束守んねえといけねえの?」

赤髪「チョーうけるwww」

戦士「……もういい、分かった。ならばあの方の伝説を継ぐ者として、やはり貴様らを捨て置くことは出来ん。ここで今度こそ成敗してくれる」

首領「なに? お嬢ちゃん『伝説の勇者』のファンかなんか?」

戦士「私はあの方から直々に剣を教わった……あの方の一番弟子だ。だから、あの方の失敗は私が雪ぐ。私にはその義務がある」

首領「へえ……」ピクッ

206: SS速報VIPがお送りします 2015/02/08(日) 20:24:25.81 ID:wu5m6QQa0
 盗賊の首領の顔つきが変わった。
 緊張感のない人を舐めきった態度から一転、目は据わり、戦士たちをぎょろりと睨み付けている。

首領「そりゃおもしれえ……俺ァいつか、あの野郎に一泡吹かせてやりたいと思ってたんだ」

首領「あいにく、その前にあの野郎は勝手におっ死んじまったみてえだが……嬢ちゃん、おめえがあの野郎の愛弟子だっつーんなら……」

首領「おめえをここで滅茶苦茶にして、天国であいつが悔しがることに期待させてもらうとしようか」

 首領がその手に持ったのは、その体格に見合った巨大な戦斧。

赤髪「やんの? まぁいっか……俺も、舐められんのは嫌いだし」

 赤髪の盗賊の手の中で、刃が曲線を描いた短刀がくるりと回る。

出っ歯「へ、へへ……おめえら、もうおしまいだぜ」

 出っ歯の盗賊は既に勝ち誇ったような笑みを浮かべた。

207: SS速報VIPがお送りします 2015/02/08(日) 20:25:53.77 ID:wu5m6QQa0

 ―――『第七の町』。

「あの、すいません」

老人「ん? なんじゃ?」

「私は旅の者なんですが、どうしてこの町はこんなに活気を失っているんです?」

老人「盗賊じゃよ…北西にある精霊の砦に住み着いている盗賊によって、この町は甚大な被害を受けているんじゃ」

老人「三人の冒険者が討伐に向かってくれてはおるが……正直、皆あまり期待はしておらんのじゃ」

老人「盗賊の首領は、かつて『伝説の勇者』様でさえ手こずった程の猛者だという噂じゃ。女まじりのパーティーなどでは、とてもとても……」

「……そのお話、詳しくお聞かせくださいますか?」

老人は「何故そんなことを聞く? お主は一体何者なのじゃ?」

「私は―――――」


208: SS速報VIPがお送りします 2015/02/08(日) 20:27:38.56 ID:wu5m6QQa0
首領「そらそらそらぁ!!!!」

戦士「ぐ…お…!」

 首領は大人二人分の重量はあろうかという巨大な戦斧を、まるで小枝のように振り回す。
 戦士は迫る戦斧に刃を合わせるが、あまりの重さに数歩分後ろに弾き飛ばされてしまった。
 速度ではまだ戦士に分があるだろう。だが、威力では完全に負けていた。
 そして、尋常ならざる重みの戦斧を受け続けたせいで腕は痺れはじめ、遂にはその速度すら劣り始めていた。

首領「思ったよりはやるがなお嬢ちゃん。その程度じゃ俺の首を取ることなぞ出来んぜ」

戦士(く…そ…! 何故だ…! 何故こんな輩がこんなにも強い精霊の加護を……!!)

首領「そらぁ!!」

 振り下ろしてきた戦斧を大剣で受け止める。
 しかし威力を受け止めきれず、戦士の剣は戦斧に押され地面を叩いた。
 戦士の持つ剣が、上から首領の戦斧で押さえつけられる形である。
 にやりと首領が笑う。戦士は咄嗟に剣から片手を離し、顔を庇った。

首領「よいしょおッ!!」

 首領の裏拳が防御お構いなしに戦士の顔に叩き付けられる。
 戦士の体が吹き飛び、床をごろごろと転がった。

首領「おお…まだ剣は離さねえか。さすがぁ」

 首領の言葉通り、戦士はまだ剣をしっかりと握りしめたまま立ち上がる。
 だが、頭部に強い衝撃をうけたことにより、平衡感覚を著しく奪われていた。
 剣を杖代わりにして何とか体を支える。
 そんな状態で首領の動きを追いきれるわけもない。
 戦斧の柄の部分で腹部を思い切り叩かれ、戦士は遂にその場に崩れ落ちた。

209: SS速報VIPがお送りします 2015/02/08(日) 20:29:26.99 ID:wu5m6QQa0
赤髪「そらよっと!!」

 曲刀二刀流。
 変幻自在に踊る赤髪の盗賊の剣を、しかし武道家は見事に躱しきる。

赤髪「マジか~これも避けちゃうのかよショック~。もしかして、もしかしなくても、アンタ俺より速いんじゃねえの?」

武道家「次はこちらから往くぞッ!!」

 武道家の連撃。
 赤髪の盗賊は器用に躱すが、連撃の最後、武道家の手甲から飛び出すスピアが服の腹部分を掠めた。

赤髪「だあぁやべえ!! こりゃ一対一じゃ勝てんわ。おい出っ歯! なにぼぅっとしてんだお前も働け!!」

出っ歯「あ、ああ!」ダダッ!

赤髪「馬鹿野郎が! こっち来てどうする!! あっち狙うんだよ、あっち!!」

 そう言って赤髪の盗賊が指差したのは僧侶の方だった。

武道家「貴様……!!」

赤髪「おいおいまさか卑怯とか言うなよ? 敵の弱い所狙うのは当然の戦術だぜ」

出っ歯「うらあーーーー!!」

僧侶「う、うう…!」

 迫る出っ歯の盗賊に対して、僧侶は杖を構える。

出っ歯「ぎゃはは! 隙だらけだぜ!! 接近戦はからきしかぁ~? お嬢ちゃん!!」

武道家「つぁッ!!」

出っ歯「ぶべろっぺ!!」

 一瞬で追いついた武道家が出っ歯の盗賊の後頭部に飛び蹴りをぶち込んだ。

武道家「無事か僧侶!!」

僧侶「は、はい! ありがとうございます!!」

赤髪「あ~、もうちょい時間稼げよ無能め! まあいいや、今はとにかく頭数だ」

 武道家は赤髪の盗賊の方を振り返る。
 赤髪の盗賊は倒れ伏した盗賊の手下たちの口に薬草を突っ込んでいた。

赤髪「ホレ! 起きろ無能共!!」

ノッポ「あぁ~…薬草、にがあ~~」

赤髪「てめえらがさっさと起きねえからだよ!! ほれほれほれほれ!!」

わし鼻「いた! 背中蹴るなよ! 今すげえ痛ぇんだから!!」

小太り「へへ…帰ってきたのか赤髪……頼りになるぜ、ホント」

赤髪「てめえらが雑魚過ぎんだよホント。雑魚は雑魚なりに働けよー。てめえらは全員あの女の子狙えな」

 四人の盗賊の目がギラリと光る。
 武道家の額から冷たい汗が流れ落ちた。

210: SS速報VIPがお送りします 2015/02/08(日) 20:30:14.98 ID:wu5m6QQa0






 ―――そして三人は全滅した。






211: SS速報VIPがお送りします 2015/02/08(日) 20:31:56.50 ID:wu5m6QQa0
赤髪「わし鼻くんの、処女判定のコーーナーー!!」

出っ歯「わーーーー!!」

ノッポ「ど、どんどんどんどん」

小太り「ぱふぱふぱふぱふ!!」

赤髪「はい、では女の子を攫ってきた時恒例の、わし鼻くんの気持ち悪い嗅覚による処女かどうかチェックする時間がやってきました。拍手!」

出っ歯「わー! キモーイ!」パチパチパチパチ!

わし鼻「キモイっていうな!!」

首領「まあまあ、そう邪険にしてやるな。実際、商品価値を計るのにわし鼻の能力にはすげえ助けられているんだぜ」

わし鼻「へ、へへ……」テヘペロ!

赤髪「キモイ! はい! 今回の判定対象はノッポくんによって抑えられている『僧侶』の子と、ボスに散々ぶちのめされてそこで立てなくなってる『戦士』の女の子でーす!」

戦士「やめろ……僧侶に……触るな……」モゾ…

赤髪「おお…まだ意識あんの? さっすがぁ…」

首領「………」

赤髪(あ、ボスが良い顔してる。こりゃこの子、相当ボスに気に入られちゃったな。気の毒に)

赤髪「戦士ちゃんっていうんだっけ? 安心してよ戦士ちゃん。君のお友達の僧侶ちゃん? で、合ってるのかな、名前」

赤髪「僧侶ちゃんは大した怪我してないよー。大事な商品だからね。むしろ怪我させないように意識奪うのにすげえ気ィ使いました。褒めて褒めて?」

戦士「僧侶に……触るな……」

赤髪「それはこれからの判定次第!! ではわし鼻くん、早速どうぞ!!」

 赤髪の盗賊の合図と共に、わし鼻の盗賊はその鼻先を無遠慮に僧侶の下腹部に近づけた。
 意識を失っている僧侶にそれを拒むことは出来ない。
 戦士はがりりと奥歯を噛みしめた。

212: SS速報VIPがお送りします 2015/02/08(日) 20:33:45.36 ID:wu5m6QQa0
わし鼻「むむむ、これは…まさか、これは~?」

赤髪「それではわし鼻くん、判定をどうぞ!!」

わし鼻「はい!! この子は処女じゃありません!!」

首領「マ~~ジかよぉ~~~!!!!」

 声を上げて崩れ落ちたのは盗賊の首領だ。

首領「この器量で、『僧侶』で、しかも処女だったらすげえ高くで売れるのにィ~~!!!! ちょ、超勿体ねええええええええ!!!!」

 しかし、血涙を流す勢いで悔しがっているのは首領だけで、他の面子はどこかにやにやしている。

赤髪「まあまあボス、抑えて抑えて。ほいじゃ、戦士ちゃんの方の判定、いってみよっか」

戦士「やめろ…触るな…!! くそ…!!」

 戦士は必死にもがくが、既にぎりぎりまで体力を削られた現状では、取り押さえてくる盗賊の腕を振り払うことは叶わない。
 無遠慮に自分の下腹部に鼻先を近づけられることに、耐え難い恥辱を覚え、戦士は唇をかむ。
 目には涙を浮かべ、顔は羞恥で真っ赤に染まっている。
 だが、どうしようもなかった。

わし鼻「判定!! この子は処女です!!」

戦士「~~~~~~!!!!」

首領「い、意味ねええええええええ!!!! 駄目だよ処女でもこの子売れねえよぉ~! だってこの子体力戻ったらお客さんぶち殺すも~~ん!! そんな子売れないよぉ~~!!」

 またも崩れ落ちる首領。周りの手下たちは腹を抱えて笑っている。

出っ歯「なあなあなあ、ボス」

 出っ歯の盗賊が笑いながら盗賊の首領にすり寄る。
 だが、その笑みの性質は先ほどまでのものとは異なっていた。
 それは、とても下卑た笑みだった。

出っ歯「こっちの『僧侶』の子さ、処女じゃないなら、オッケーだよな? 『味見』しても、おっけーだよな!?」

戦士「……ッ!? 貴様ら、ふざけ…!」

首領「あぁ~、いいよ。好きにしな。元々お前らの戦利品みてえなもんだしな」

戦士「……ッ!!」

出っ歯「いやっほぉ~~~!!!!」

小太り「おいてめえなに先走ってんだ!!」

ノッポ「じゅ、じゅんばん……決める……」

戦士「やめろ……僧侶に触るな……!!」

出っ歯「何言ってんだ!! こいつらをここまでおびき寄せたのは誰だと思ってんだ!?」

わし鼻「こうやって捕まえられたのは誰の手助けがあったからだ!?」

戦士「触るな……うぐ……くそ……」




戦士「僧侶に……触るなぁぁぁぁああああああああ!!!!!!」


213: SS速報VIPがお送りします 2015/02/08(日) 20:34:46.42 ID:wu5m6QQa0








武道家「そうだ……その子に、触れるな」







214: SS速報VIPがお送りします 2015/02/08(日) 20:36:10.09 ID:wu5m6QQa0
 倒れ伏していた武道家が跳ね起き、盗賊たちの間に割り込み僧侶を抱え、一瞬でドアの所まで回り込んだ。

赤髪「……まさかまだそんなに動けるとはねぇ~。ちゃんと止めを刺しておくべきだったな」

 武道家の顔から滴る血が僧侶の頬に落ちる。
 その拍子に、僧侶は目をゆっくりと目を開けた。

僧侶「武道家…さん……?」

武道家「……すまないな。俺では、お前たちを守ってやることが出来なかった。せめて、お前だけでもここから逃げおおせろ」

僧侶「そんな…! 駄目です、私だけ逃げるなんて、そんなこと……!!」

武道家「お前がここに残って何が出来る。頼むよ……聞き分けてくれ。お前たちが奴らに組み敷かれるなど……死ぬより辛い」

僧侶「………ッ!!」

 僧侶はぶんぶんと首を振っていたが、やがて武道家の手により部屋から押し出された。

武道家「安心しろ…戦士も俺が必ず何とかする。この命に代えてもな」

僧侶「助けを…助けを連れて必ず戻ってきます!! それまで、それまでどうか……!!」

武道家「善処する……行け」

 僧侶は駆け出した。武道家は僧侶の後姿を、笑みを浮かべて見送った。

武道家(ここに来るまでにほとんどの罠は発動させたから、帰りは安全なはずだ……達者でな、僧侶)

小太り「誰が行かすか、馬鹿たれがぁ!!!!」

 小太りの盗賊が棍棒を振りかぶり武道家に襲い掛かる。
 既に余力のない武道家はそれを躱しきれない。
 頭部への直撃を避けるのが精一杯で、棍棒は武道家の首元に叩き付けられ、その鎖骨を粉砕した。
 だが。

武道家「お、おおおおおおおおおおおおお!!!!!!」

 死力を振り絞り、武道家は小太りの盗賊の顔面に拳を打ち込む。
 小太りの盗賊は意識を失い、その場に前のめりに崩れ落ちた。

武道家「誰一人、一歩も通さんよ……ここから先へはな……」

215: SS速報VIPがお送りします 2015/02/08(日) 20:37:33.23 ID:wu5m6QQa0
 パチパチパチと、手を打ち鳴らす音。
 赤髪の盗賊が、その手を叩き、武道家に喝采を送っている。

赤髪「いやー大したもんだ。既に死に体だというのに、その気迫。もしかしたら本当に俺達はそのドアをくぐることが出来ないかもしれない」

武道家「……?」

赤髪「でもさ~、あの子の後を追うのに、別にそこ通る必要なくない?」

 赤髪の盗賊は、窓から中庭の様子を眺めている。
 その目には、正門をくぐり、外へと飛び出す僧侶の姿が映っていた。

赤髪「出っ歯。この窓から飛んであの子追っかけろ。絶対に逃がすなよ」

武道家「………ッ!?」

出っ歯「へへへ…! 分かったぜ!!」

武道家「ま、待て、オイ!!」

赤髪「ぎゃはは! 何焦ってんの? ちょっと考えりゃ分かんじゃん。馬鹿なんじゃねーの!?」

武道家「く…ッ!!」

赤髪「おっとぉ、行かせねえよ? クク、立場変わっちゃったね。この部屋からは一歩も出さねえよ? 武道家ちゃん」

武道家「ど、どけぇッ!!!!」

赤髪「はい、終わりィー」

 武道家の拳を躱し、赤髪の盗賊は武道家の腹を膝で思い切り蹴り上げた。
 それで、最後。武道家は今度こそ意識を手放し、崩れ落ちた。

赤髪「火事場の馬鹿力なんてちょいと集中力削いでやりゃ、こんなもんだよね。さて、一応小太りも回復させてやっか」

 赤髪の盗賊は再び小太りの盗賊の口に乱暴に薬草を突っ込んだ。

小太り「がはッ! 苦ッ!!」

赤髪「お前一日で何回倒されてんのよ。ダッセェな」

小太り「く…! それもこれも、このクソ野郎が!!」

 小太りの盗賊は、倒れた武道家の体を思い切り蹴り上げた。

赤髪「あ」

小太り「死ね! 死ね! クソが!! クソ野郎が!!」ゴッ!ゴッ!ゴッ!

赤髪「はいストップ」

小太り「ぬああ!?」ズダーン!

 武道家の体を蹴り続けていた小太りの盗賊の足を、赤髪の盗賊が払った。

小太り「何すんだ!!」

赤髪「何すんだじゃねえよ、殺す気か」

小太り「はあ!? 殺さねえのかよ!!」

赤髪「殺さねえよ? そっちの方が面白いからな」

216: SS速報VIPがお送りします 2015/02/08(日) 20:38:36.41 ID:wu5m6QQa0
小太り「どういう……ことだよ?」

赤髪「ちょっと考えりゃわかるだろ。そっちの戦士は処女で、あの僧侶は処女じゃなかった。そりゃつまり、あの僧侶の方がコイツのオキニってことだ」

赤髪「あの僧侶はすぐに捕まる。コイツがこんなに必死になって助けようとした女なんだ。コイツの目の前で犯してやった方が絶対楽しいじゃねえか」

小太り「な、なるほど……」

赤髪「分かったか? んじゃ、あの僧侶が捕まるのをのんびり待とうぜ。ノッポ、わし鼻、そいつ抱えて連れて来いよ。取りあえず地下室にでも放り込んでおこうぜ」

ノッポ「こ、ここに、お、置きっぱなしじゃ、だめ、なの…か…?」

赤髪「ちょっとは気ィ使えよ。なあ? ボス」

首領「ん?」

赤髪「今からその女で遊ぶだろ?」

首領「んっふふ……だからお前のことは好きだぜ? 赤髪」

赤髪「そりゃどーも。飽きたら俺にくれよな」

首領「約束しよう」

217: SS速報VIPがお送りします 2015/02/08(日) 20:39:38.79 ID:wu5m6QQa0
 大広間には、戦士と盗賊の首領の二人だけが残される。

首領「さて……」

戦士「近づくな……」

首領「そりゃ聞けねえな。待ちに待ったお楽しみタイムだぜ、お嬢ちゃん」

戦士「貴様に辱められるくらいなら……舌を噛んで死んでやる……」

首領「それすら出来ないほど弱っているくせに。このまま抱いてやるのは簡単だが、生憎俺もお人形遊びが趣味ってわけじゃねえ」

 盗賊の首領は戦士の鼻をつまんだ。
 ふが、と力なく戦士の口が開けられる。

首領「ほれ、飲みな」

戦士「もが、がぶ…!」

 戦士の口に奇妙な瓶が突っ込まれた。
 中に収められていた液体がどくどくと戦士の口内に流れ込み、抗うすべもなく戦士はその液体を飲み下す。

戦士「貴様…! 何を……!!」

首領「調子はどうだ?」

 言われて、戦士は気づく。先ほどまで全身を包んでいた痛みと倦怠感が消えている。

戦士「これは…!?」

首領「ちょっと前に商隊から強奪した一品でな。飲めば体力が全快する魔法薬らしい。体力回復したろ?」

 戦士は盗賊の首領の意図が分からず困惑する。
 盗賊の首領はその顔におぞましい笑みを浮かべていた。

首領「やっぱり女は嫌がるところを無理やり犯すに限る。特に戦士、てめえのような勝気な女はな!!」

戦士「……ッ!?」ゾクゥ…!

218: SS速報VIPがお送りします 2015/02/08(日) 20:41:05.65 ID:wu5m6QQa0
 戦士は盗賊の首領の体を跳ね除けようと身を反らす。
 しかし、もがくうちに巧みに両腕を頭の上で拘束された。
 両手首を片手で掴まれ、押さえつけられる形だ。

戦士「な…く……!!」

 戦士は驚愕する。
 相手は片手、こちらは両手。
 なのに、戦士は盗賊の首領の手を払いのけることが出来ない。

首領「どんな気分だい? 男に腕力で全く敵わないってのは」

戦士「ぐ…! く…!!」

首領「今まで腕力で負けたことがなかったろう? じゃなきゃ、あの調子こきっぷりは有り得ねえ」

 つつ…、と残った手の指先で、盗賊の首領は戦士の首筋をなぞる。

戦士「ひぅ…!! やめろ!! 離せぇッ!!!!」

首領「そぉだ戦士!! 俺ァそんな顔を見んのがたまんねえんだァ!!!!」

 盗賊の首領は戦士の鎧に指をかけ、腕力で無理やりはぎ取った。
 その勢いに下に着ていた肌着も千切れ、さらしに包まれた戦士の胸が露わになる。

戦士(もう…もう耐えられない……! こんな男に辱めを受けるなら…! ならばいっそ……!!)

 体力は戻っている。
 そう、舌を容易くかみ切れるほどの体力が。

首領「させませぇ~ん!!」

戦士「もが!」

 口の中に布を突っ込まれた。
 これでは舌を噛み切ることも出来ない。

戦士「もがぁ~~~~~!!!!」

首領「頼むぜ戦士!! なるべく長いこと抵抗してくれよぉ!?」

戦士(くそ、嫌だ、こんな、こんな奴に…!! 嫌だ、嫌、嫌嫌嫌……!!)

戦士(助けて……! 誰でもいい……誰か…誰か……)






戦士(誰か……? ―――――誰が?)




219: SS速報VIPがお送りします 2015/02/08(日) 20:41:49.83 ID:wu5m6QQa0


 誰もいない。

 武道家は倒れた。

 僧侶は今頃きっと捕まってしまっているだろう。

 町の人々が決起してこちらに向かってくるか?

 あり得ない。ならば他に誰が?

 誰もいない。自分には誰もいない。

 武道家と僧侶以外には、自分には誰も――――――

 ふと、勇者の顔が浮かんだ。

 だが即座に振り払う。

 あいつは私たちを捨てた。

 私もあいつを捨てた。

 それで終わりだ。

 私たちの関係は、そこでどうしようもなく終わってしまっている。


220: SS速報VIPがお送りします 2015/02/08(日) 20:42:35.65 ID:wu5m6QQa0
 戦士の目から大粒の涙が零れ落ちる。
 同時に、戦士の全身から力が抜けた。

首領「ありゃ? マジかよ~。もうギブアップ? はえーよ戦士ちゃーん」

 盗賊の首領の言葉にも、戦士は反応を示さない。
 まさしく、自棄。

首領「マジか~、ちょっと追い込み間違ったかぁ? いや、でもまさかこんな脆いなんて思わねえもんなぁ~」

 盗賊の首領はしばらくウンウンと唸っていたが、やがて気持ちを切り替えたのか、さっぱりした面持ちになって言った。

首領「ま、いいや。とりあえず続けよ。もしかしたら破瓜の痛みで我に返るかもしんないし」

 盗賊の首領は戦士のズボンに手をかけ、そして―――――

221: SS速報VIPがお送りします 2015/02/08(日) 20:43:04.95 ID:wu5m6QQa0

















































 

222: SS速報VIPがお送りします 2015/02/08(日) 20:43:42.13 ID:wu5m6QQa0





 部屋中に振動と轟音が響いた。





223: SS速報VIPがお送りします 2015/02/08(日) 20:45:06.52 ID:wu5m6QQa0
 何事かと盗賊の首領は首を巡らせる。
 原因はすぐに判った。
 大広間の壁、その一角が崩れている。
 壁の破片は内側に散らばっていて、つまり何かが壁をぶち破って中に入ってきたのだ、ということは容易にうかがい知れた。
 というより、既に答えは目の前に見えていた。

出っ歯「あ…が…か……」

 僧侶を追って出ていったはずの出っ歯の盗賊が破片の中に埋もれている。
 その上に、一人の男が立っていた。
 大穴の開いた壁から射す日差しを受け、風に揺られたマントがたなびいている。
 その姿を目にして、戦士は信じられないというように頭を振った。

 だって、終わってしまっていた。

 終わってしまっていたはずなのだ。



 なのに何故、アイツは今ここに居て―――


 なのに何故、私の胸はこんなにも高鳴ってしまっている―――――!?



224: SS速報VIPがお送りします 2015/02/08(日) 20:45:55.08 ID:wu5m6QQa0

 戦士の体からゆっくりと立ち上がり、盗賊の首領は男に問う。

首領「随分とカッコイイ登場じゃねえか……で? 誰よお前」

 男は淀みない口調で答えた。

「勇者」




勇者「『伝説の勇者』の息子―――――勇者だ」





第八章  伝説を継ぐ者(中編)  終

240: SS速報VIPがお送りします 2015/02/19(木) 23:54:56.31 ID:fD5F1wfBO
乙。

話が前の方へ行っちゃうけど、勇者の母親って勇者が死にそうになった時どう思ってたんだろう。

勇者が生死をさ迷ったのは自分が勇者の父親の血を薄めたからとか思ってたのかな。

241: 1 2015/02/23(月) 14:20:20.64 ID:/8g/6ulx0
>>240
勇者の命の心配なんか毛ほどもしてなかった
何故なら、勇者の父がすることに間違いはないと思っていたから
死んでもかまわない、ってんじゃなくて、死ぬはずないって感じ
実際勇者が死ななかったことで、母はますます父親第一主義の考え方をこじらせていった

とか、そんな感じ?

242: SS速報VIPがお送りします 2015/02/23(月) 14:23:13.50 ID:/8g/6ulx0
 僧侶は涙で滲む視界の中、必死に町に向かって駆けていた。
 背後からは、出っ歯の盗賊が下品な野次を飛ばしながら追ってきている。

僧侶(どうして…! どうして、私、こんなに足が遅いの…!)

出っ歯「おらぁ!! ケツぷりぷりさせて走ってんじゃねえよ!! これ以上俺を興奮させてどうしようってんだてめえはぁ!!」

僧侶(やだ…! 捕まっちゃう…折角武道家さんが助けてくれたのに……なんにも出来ずに捕まっちゃう……!!)

出っ歯「おうらぁ!!」ガッシィ!

僧侶「いやぁ!!」

 遂に僧侶は盗賊の手に捕らえられた。
 掴まれた腕を振りほどこうと僧侶は必死で身をよじる。

出っ歯「無駄な足掻きを……してんじゃねえっ!!」

僧侶「ああっ!!」

 僧侶の体は腕力で無理やり地面に引きずり倒された。
 その上に盗賊は馬乗りになる。
 走った直後故ということもあるのだろうが、興奮状態で盛大に息を荒くする盗賊の様子は僧侶の不快感を殊更に煽った。

出っ歯「ふへへ…も、もう我慢できねえ。連れて帰る前に、一発ここでぶち込んでやるぜ…! げへ、ふへへ…!」

僧侶「い、やぁ……!!」グググ…!

出っ歯「けへへ…弱っちい抵抗だねえ。そんなもん、俺を盛り上げるスパイスにしかならねえよ僧侶ちゃあん!!」

僧侶「いやぁーーーーーーーーーーッ!!!!」

出っ歯「叫んだって誰も助けになんて来やしねえよぉ!! ぎゃははははははッ!!!!」


「―――そうでもないさ」


 いつの間に現れたのか、一人の男が盗賊を見下ろしていた。

勇者「彼女が叫んでくれたおかげで―――俺はこの場所に追いつくことが出来た」

243: SS速報VIPがお送りします 2015/02/23(月) 14:23:51.82 ID:/8g/6ulx0
 ――――『盗賊のアジト』に向け、天高く上空を勇者と出っ歯の盗賊は飛ぶ。

勇者「二人が居る部屋は二階北東の部屋だったな?」

出っ歯「は、はい…そうです…」

 勇者は眼下に見えてきた盗賊のアジトを睨み付ける。

勇者「ならそろそろか……『翼竜の羽』を渡せ」

出っ歯「は、はあ…」

勇者「『呪文・火炎』」

 勇者の手の中で『翼竜の羽』が燃え尽きた。

出っ歯「なああああああああああああああああ!!!?? 何考えてんだ!? 羽が無けりゃ、無事に着地するための最後の浮力が発生しねえ!!」

出っ歯「このままじゃ、この速度のまんま、アジトに突っ込んじまうじゃねえか!!!!」

出っ歯「…おい、何してんだ、離せ! おい、まさかお前!!」

出っ歯「お、俺をクッションに使うつもりか!!!?」

出っ歯「は、話が違う! 『翼竜の羽』でお前をアジトまで案内すりゃ、それで解放してやるって…!!」

出っ歯「ち、ちくしょう!! ちくしょう!! うわああああああああああああああああああああああ!!!!!!」

244: SS速報VIPがお送りします 2015/02/23(月) 14:24:34.80 ID:/8g/6ulx0





第八章  伝説を継ぐ者(後編)





245: SS速報VIPがお送りします 2015/02/23(月) 14:26:01.62 ID:/8g/6ulx0
 ―――盗賊のアジト、二階大広間。

出っ歯「あ…が……」ガラ…

首領「壁をぶち破って突っ込んで来るとはな……一体どうやったんだ?」

勇者「答える必要はない」

首領「ふーん、あっそ……まあいいや。それにしても勇者……勇者ねえ……」

 盗賊の首領の顔に獰猛な笑みが浮かぶ。

首領「あの野郎、息子が居やがったのか…!! こりゃいいぜ、積年の恨みをここでてめえ相手に晴らしてやる!!」

 盗賊の首領が戦斧を構え、勇者に向かって駆けだした。
 呼応するように勇者も剣を抜き、構える。

首領「馬鹿が…!! なまっちょろい剣ごとぶち折ってやらあ!!」

 振り下ろされる首領の一撃。
 戦士の膂力すら上回るその攻撃を―――勇者は刃を斜に構えて受けることで受け流した。
 かつての戦士との決闘の際にも使用した技術だ。

首領「おお!?」

 戦斧の一撃を流された首領はその勢いのままに前方の瓦礫の山に突進した。

出っ歯「ぐぎゃあああああ!!!!」

 押し潰された出っ歯の盗賊が断末魔の叫びを上げる。

首領「お、悪ぃ」

 首領はさして気にした風もなく、後ろを振り返った。
 首領とすれ違う形になった勇者は、いつの間にか戦士の傍に屈みこんでいた。

戦士「き、貴様…何故……」

勇者「話は後です。武道家はどこに? 僧侶さんからはこの部屋にいると聞いていましたが…」

 勇者の雰囲気にどこか違和感を覚えた戦士だったが、今は勇者に言われるがまま状況の説明を優先した。

勇者「地下に連れていかれた、か。戦士…さん、見たところ大きな怪我はないようですが、体は満足に動かせますか?」

戦士「あ、ああ」

勇者「ならば武道家の救出をお願いします。もう少しすれば、『出っ歯の盗賊に化けた僧侶さん』も戻ってくるはず。合流し、二人で行動してください」

戦士「は、はあ?」

 勇者の言葉の意味が分からず、困惑する戦士。

勇者「とにかく、砦内で出っ歯の盗賊を見かけたら攻撃しないように。戦士さんの話を聞いた限りでは武道家がすぐに殺されることはなさそうですが……それでも、今どんな目にあっているかわからない。急いでください」

戦士「お、お前はどうするつもりだ」

 戦士の問いに、勇者は笑みを浮かべた。

勇者「『伝説の勇者の息子』として為すべきことを為すだけ――――盗賊の首領を、ここで足止めします」

 そう言って微笑みを浮かべた勇者の姿に、戦士は何か言い知れぬ不安を感じたが――――今は状況を優先するしかなかった。

246: SS速報VIPがお送りします 2015/02/23(月) 14:26:45.02 ID:/8g/6ulx0
 戦士は砦の中を駆ける。
 階段を飛び下り、一階へ到達。地下への入口を探す。

「戦士!!」

 その途中で、突如背後から名を呼ばれた。
 振り返り、声の主の姿を確認する。
 果たして、そこに居たのは二階大広間で瓦礫に埋もれていたはずの出っ歯の盗賊であった。

戦士「ッ!!」

出っ歯の盗賊(?)「きゃあ!! 違う違う!! 私よ戦士!!」

 反射的に剣を構え、すんでの所で踏みとどまる。
 恐る恐る、戦士は目の前の人物に確認した。

戦士「僧侶…なのか…?」

僧侶「ええ!! その様子だと勇者様は間に合ったみたいね! 安心したわ!」

 戦士の目の前で出っ歯の盗賊がきゃぴきゃぴ跳ねている。
 戦士の口元がひきつった。
 中身が僧侶だというのは分かっているが、やはりどうにも落ち着かない。

戦士「いや、しかしなんだ……どういう事なんだ? その姿は……」

僧侶「『変化の杖』。勇者様から預かったアイテムよ。なりたい人物を頭の中でイメージするだけで、その人物に化けることが出来るの」

戦士「とんでもないアイテムだな……あいつ、そんなものをどこで……」

僧侶「勇者様は私たちの与り知らぬ所で冒険を続けてらした。あの時はやはり武道家さんの言う通り、何かお考えがあって戦闘を一時的に離脱したに過ぎなかったんだわ」

戦士「………」

僧侶「武道家さん…そうだわ、戦士。武道家さんは? 姿が見えないようだけど……それに、勇者様は今どこに?」

戦士「武道家は地下室に連れていかれた。勇者は盗賊の首領の足止めをしている。私は勇者の指示で、今地下への入口を探しているところだったんだ」

僧侶「なんてこと……急いで地下室を探しましょう!!」

247: SS速報VIPがお送りします 2015/02/23(月) 14:27:51.74 ID:/8g/6ulx0
 元々貯蔵庫としての役割を持っていた地下室である。
 特に隠ぺいされているということもなく、入口はあっさり見つかった。
 耳をすませば、地下へ降りる階段の奥から男たちの話し声が聞こえてくる。

戦士「これからどうする?」

僧侶「私がこの姿で中に入り、何とか武道家さんの傍に寄ります。そして、武道家さんを回復し、解放します」

戦士「ならばそのタイミングで私も突入し、一気に盗賊を殲滅する」

僧侶「では、戦士。頃合いを見計らって、お願いします」

戦士「気を付けろよ」

 僧侶は戦士に頷いて返すと、ごくりと喉を鳴らして地下への階段を降りる。
 陽の光は無く、灯明台によってのみ照らされた空間はぼんやりと薄暗い。
 階段を降り切った所には一畳分ほどの廊下がある。
 その先のドアが、わずかに開いていた。男たちの声は、そこから漏れていたものだった。
 意を決して、僧侶はドアの隙間に顔を寄せる。


 男たちが、思い思いに座り、杯を呷っていた。
 赤ら顔になっている者がいるあたり、中身は恐らく酒だろう。
 干し肉を齧り、陽気に笑い合う男共。
 その奥で、武道家は壁に背を預け項垂れていた。
 否、壁際に打ち捨てられていた―――そう表現した方が正しかろう。
 それほどに、武道家は酷い有様になっていた。
 僧侶と別れた時よりも更に傷は増え、ぼろぼろになっている。
 手の指などは、四方八方バラバラの向きに折れ曲がっていた。
 地下室に連れ込んだ後、男たちが更に武道家に暴行を加えたことは明白だった。


 僧侶はドアを開き、部屋の中へ踏み込んだ。

248: SS速報VIPがお送りします 2015/02/23(月) 14:28:53.81 ID:/8g/6ulx0
小太り「誰だぁ? おう! 出っ歯じゃねえか!!」

わし鼻「遅かったなぁ。あれ? お前なんで一人なんだよ」

ノッポ「ま、まさか、逃がし、たぁ~?」

出っ歯「馬鹿言うなよ。そんなわけあるかっつーの。ただ、あの女があんまり煩かったもんだから、ちょっと眠ってもらってんだ」

赤髪「はは、流石の出っ歯もそこまで無能じゃなかったか。で、女は?」

出っ歯「すぐそこまで引っ張って来てるよ。部屋ん中見たらおもしれえことになってたから、思わず女置いて先に入ってきちまった」

出っ歯「で? なんだコイツ。何でこんなにボロボロになってんだ?」

赤髪「そこのイケメン嫌いの方々がよぉ~、まるでこの世の理不尽に対する憤りを全てぶつけるかのようにぼっこぼこよ。もう容赦なしよ」

わし鼻「てへぺろ!」

小太り「イケメン死すべし!!」

赤髪「こら! それだと俺も死ななきゃいけないだろ!!」

出っ歯「ははは……生きてるのか?」

赤髪「おう。ギリギリな。どうせならコイツの目の前であの女犯してやろうと思ってな。今は意識失ってるけど、薬草口に突っ込みゃ目ぇ覚ますだろ」

出っ歯「そうか……」

 出っ歯の盗賊は武道家の傍に屈みこむ。
 震える指で武道家の頬に触れ、耳を口元に近づけた。
 呼吸は、ある。浅く、とても弱弱しいものであるが、確かに。

出っ歯「……るさない」

赤髪「あん? 何だって?」

出っ歯「絶対に許さないと言ったんです!! この、人でなしッ!!」

 出っ歯の盗賊は―――僧侶は、呪文を発動させる。
 青白い光が武道家の体を包み込んだ。

僧侶(絶対に死なせない―――この人だけは、絶対に死なせない!! 傷一つ残さず治してみせる!)

 強い思いは、確固たる決意は彼女の呪力を一つ上の領域へ押し上げる。

僧侶「『呪文・――――大回復』ッ!!!!」

 今まで僧侶が行使してきた回復呪文と比較して、実に三倍以上の速さで武道家の傷は治療されていく。
 腫れ上がっていた武道家の顔が、折れ曲がっていた指が、見る見るうちに元に戻っていく様子を見て、赤髪の盗賊は目を見開いた。

赤髪「何してやがる。誰だてめえ――――出っ歯じゃねえな!?」

僧侶「戦士ッ!!」

 僧侶の叫びと同時に戦士が部屋の中に飛び込んできた。
 戦士は瞬く間に扉近くに陣取っていたノッポの盗賊を打ち倒す。

赤髪「何ィ~~!? 何でお前が!? どうやってボスから逃げ出した!? くそ、さっきのでっけえ音が関係してんのか!?」

小太り「や、野郎!!」

戦士「遅いッ!!」

 慌てて立ち上がる小太りの盗賊とわし鼻の盗賊だったがしかし、戦士の攻撃に全く対応できずあっさりと斬り捨てられた。

赤髪「ち、ちくしょう……」

??「おい」

 曲刀を構え、戦士に対して向き直った赤髪の盗賊に、背後から声がかけられた。

武道家「どこを向いている。貴様の相手はこの俺だ」

 赤髪の盗賊は目を剥いた。
 出っ歯の盗賊の姿は既になく、立ち上がった武道家の傍には僧侶が佇んでいる。

赤髪「なんだそりゃ……ずりぃなあ。どんな魔法使ったんだよ」

 完調に復帰した戦士と武道家に挟まれて、赤髪の盗賊は苦笑することしか出来なかった。

249: SS速報VIPがお送りします 2015/02/23(月) 14:29:37.07 ID:/8g/6ulx0
武道家「そうか…勇者が……」

 盗賊たちを全滅させた後、状況の説明を受けた武道家は微笑みを浮かべた。

戦士「急ごう。悔しいがあの首領は強い。とても勇者一人で手におえる相手ではない」

武道家「そうだな。足止めをすると言った以上、防御に徹してはいるのだろうが……それでもあの首領が相手だ。何がどうなるかわからん」

僧侶「勇者様…!」

武道家「だが、大丈夫だ。俺達は四人揃った。全員が力を合わせれば、あの程度の盗賊など取るに足らん相手さ」

戦士「ふん…」

武道家「どうした、戦士。まさか、それでも俺達が負けるとでも?」

戦士「……馬鹿を言うな」

 戦士は―――笑みこそ浮かべなかったが、それでも自信の漲った声で言った。

戦士「負ける気など―――私も、していないさ」

250: SS速報VIPがお送りします 2015/02/23(月) 14:30:14.67 ID:/8g/6ulx0



 階段を駆け上がり、二階の大広間へ―――


 扉を開けた戦士たちの目に飛び込んできたのは――――



251: SS速報VIPがお送りします 2015/02/23(月) 14:30:49.64 ID:/8g/6ulx0


首領「た、頼む! 許してくれ、殺さないでくれえ!!」

 恥も外聞もなく命乞いをする盗賊の首領と。

勇者「駄目だ―――あまり動くなよ。手元が狂う」

 それを拒絶し、首領の首を斬り飛ばす勇者の姿だった。


252: SS速報VIPがお送りします 2015/02/23(月) 14:32:10.92 ID:/8g/6ulx0
 数分前―――二階大広間。

首領「うらぁッ!! おらッ!! とりゃあッ!!」ブンブンブン!

勇者「くっ…! ぬ、あ…!!」ギンギンギン!

 次々繰り出される盗賊の首領の攻撃を、勇者は何とか受け流す。
 一撃でもまともに受ければ先ほどの首領の宣言通り剣を叩き折られてしまうだろう。

首領「ぬああ!!!!」ダーン!

 苛立ちから殊更大きく振り下ろされた戦斧は勇者の体を捉えず、地面を叩く。
 石畳の床に大きな亀裂が走り、改めて首領の一撃の重さを勇者に実感させた。

首領「うぜえ!! うざってえ!! なんなんだてめえは、クソつまんねえ戦い方しやがって!!」

 ぎろりと勇者を睨み付け、首領は威圧するように戦斧を振り回す。

首領「防御、防御、防御、防御……たまにはてめえの方から仕掛けてきやがれってんだ!! てめえが『伝説の勇者』から受け継いだのはそんな臆病者の剣だってのかぁ!!?」

勇者「ふ、はは……」

 首領の戦斧を受け流すだけで既に満身創痍の勇者だったが、首領の罵倒を受けて思わず零れたのは笑みだった。

首領「てめえ、何を笑ってやがる」

勇者「受け継いじゃあいないよ……俺は、親父からなーんにも受け継いじゃいない」

首領「あぁ?」

勇者「俺の方こそちょっと聞きたいね。どうしてアンタ、そんなに強いんだ?」

 勇者が口にした疑問。それは、先ほど首領と相対した戦士も同様に抱いていたものだ。

勇者「精霊の加護を得るには体を極限まで鍛え抜く必要があり、精霊の加護を高めるには魔物を屠り、多くの精霊に認められる必要がある」

勇者「或いは、精霊を奉る『神殿』を汚れから解放するか……」

勇者「俺には、どうもアンタがそんな殊勝なことをする人間には見えない。それとも実は、昔は魔王討伐に燃えてた若者だったりしたのかい? だとしたら驚きだが」

首領「く、ふふふ……」

 勇者の問いに、首領からたまらずといった様子で笑みがこぼれた。

首領「かははは!! そうか、そりゃそうだ! てめえらみてえないい子ちゃん連中は知らねえかもしれねえなあ!!」

勇者「どういう意味だ?」

首領「小僧……お前、人を殺したことが無いだろう?」

253: SS速報VIPがお送りします 2015/02/23(月) 14:33:25.07 ID:/8g/6ulx0
勇者「……ない。だが、それがどうしたってんだ」

首領「加護持ちの人間が死んだとき、そいつが持っていた精霊の加護はどうなると思う?」

勇者「土地の精霊の元へ還る。当然だ」

首領「そう、通常、事故や病による死や魔物に殺された時などはそうなる。だが、例外は存在する」

勇者「まさか……!」

首領「そう、それが『人間に殺された時』だ。その時、加護の力は全てが土地の精霊に還るわけではなく、一部は殺した人間に移り変わる」

首領「この現象を、知る人間の間では『加護の継承』と呼んでいる。なあ、勇者よ。これが何を意味するかお前にわかるか?」

勇者「……ッ!!」

首領「いい顔だ。賢しいな。気付いたか。そうさ、精霊が加護を与える基準に、善悪など存在しない!!」

首領「誰でもいいんだよ奴らは!! こいつよりコイツの方が強いのか、ならそっちにしよう、そんなもんだ!! 頭空っぽの尻軽共、実に俺好みの性格してやがるぜ!!」

首領「だから俺はお前らが精霊様、精霊様と奴らを祭り上げる様が可笑しくってしょうがない!! 信仰など不要!! 奴らと仲良くなりたいなら簡単だ、力を示せばいい!!」

勇者「……理屈は分かった。じゃあ、アンタ……それだけの加護を得るのに加護を得た人間を一体どれだけ殺してきたんだ」

首領「覚えてねえよ、そんなもん」

勇者「加護を得るまでに己を鍛えた人間ってのは、大半が志高い人物だ。国を守るため、家族を守るため……或いは、世界を守るため、魔王討伐を志していた人間もいたかもしれない」

首領「ああ、いたな。そりゃ確かに」

勇者「……お前は、何とも思わないのか!! 魔物に侵略されているこんな世界の中で、どうしてそこまで自分勝手でいられるんだッ!!!!」

首領「世界だなんだ、周りの状況なんて知るかよ。俺はただ、俺が幸せになるために生きている。そしてそのために、お前も今からここで死ぬんだぜ、勇者ッ!!!!」

 盗賊の首領が一足飛びで勇者との距離を詰める。
 勇者の反応が遅れた。
 振り下ろされる戦斧。勇者は身をよじり、躱すことを選択する。
 胸元を掠めた刃が勇者の皮膚を裂いた。

254: SS速報VIPがお送りします 2015/02/23(月) 14:34:21.79 ID:/8g/6ulx0
首領「ちっ、浅かったか」

勇者「が、く……」

首領「ん…?」

勇者「いた、い…痛い……!」

 盗賊の首領は怪訝な目で勇者を見る。
 様子が変だ。
 手応え的に、それ程深いダメージが通っているとは思えない。
 にもかかわらず、勇者の顔からは汗が吹き出し、目は虚ろで、足元はがくがくと覚束なくなるほど震えていた。

首領「なんだぁ…?」

勇者「ひ…!!」

 首領が一歩勇者ににじり寄ると、勇者は飛び跳ねるように首領との距離を取った。

首領「……おいおい、その程度の傷でおたついてんじゃねえよ。ガキかてめえは」

勇者(痛い、痛い…! 痛いのは嫌だ、死ぬのは嫌だ…怖い、ああ、いやだ…!!)

 勇者は自身の胸元を手で拭う。

勇者「あ、ああ…!!」

 手に真っ赤にこびりついた血を見つめ、勇者は震えていた。涙ぐんでさえいた。
 獣王との邂逅後、生死の境を彷徨ったことで、勇者の心には幼いころのトラウマが鮮明に蘇っていた。
 許されるのならば、すぐにこの場から逃げ出したかった。

 だけど、逃げられない。

 『伝説の勇者の息子』として、絶対にこの場から逃げ出すことは許されない。


勇者(痛い痛い怖い怖い嫌だ嫌だ死にたくない死にたくない死にたくない!!!!)

首領「へへへ…」

 盗賊の首領は愉快そうに笑みを浮かべ、ゆっくりと勇者との距離を詰めてくる。
 勇者は震える足を叩き、零れる涙を拭って、込み上げる吐き気を飲み込んだ。

勇者(痛いのは嫌だ、怖いのは嫌だ、死ぬのは嫌だ、死にたくない―――――)

255: SS速報VIPがお送りします 2015/02/23(月) 14:35:03.47 ID:/8g/6ulx0






勇者(死にたくないなら――――先に殺すしか、ない)







256: SS速報VIPがお送りします 2015/02/23(月) 14:37:22.24 ID:/8g/6ulx0
勇者「『呪文・睡魔』」

 勇者は言霊を発し、盗賊の首領を指差した。

首領「むお…!?」

 突然襲って来た眠気に盗賊の首領は必死に抗う。
 頭を大きく振り、気合を入れることで何とか盗賊の首領は眠気を吹き飛ばした。

 ―――次の瞬間首領の目に飛び込んできたのは、目の前に迫った勇者が自身の首元を狙って剣を振りかざす姿だった。

首領「うおおおお!?」

 必死に戦斧を合わせ、勇者の刃を打ち逸らす。
 切っ先が腕を掠めた。走る痛みに盗賊の首領は奥歯を噛みしめる。

首領「なんだ今の眠気は……てめえがやったのか!?」

 勇者は答えず、今度は真っ直ぐ首領に向かって駆けだした。

首領「真正面からだと…!? 舐めんな!! 叩き潰してくれる!!」

勇者「『呪文・火炎』」

 勇者の指先から放たれた火球が首領の顔を襲った。

首領「ぐおお!!」

 熱によるダメージはさほどでもない。このような初級呪文で甚大なダメージを負うほど柔な加護は受けていない。
 だが目の前に広がる炎の赤。視界を奪われた。それが致命的だった。
 やぶれかぶれで首領は戦斧を振り下ろす。が、勇者には届かない。
 手に残るのは再び石畳を叩いた感触のみ。
 太ももに強烈な痛みが走った。

首領「あ、がああああああああああ!!!!」

 ようやく効力を失った火球が首領の顔から散る。
 勇者は首領の背後側に立っていた。
 痛みがあった足を確認すると、左太ももが大きく裂かれていた。
 出血が夥しい。
 このままではまずいと首領は薬草を傷口に刷り込んだ。
 血は止まったが、機能を回復させるまでには至らない。
 この足では満足に踏ん張りがきかず、とても全力で戦斧を振り回すことなど出来そうにない。
 勇者が再び襲い来る。
 次々に繰り出される刃を、盗賊の首領は防御に徹し、ひたすら防いでいく。

首領(いつだ…!? 次は、いつ、どんな呪文が来る……!?)

 勇者の右手が剣の柄から離れた。盗賊の首領は警戒し、右手の動きに注視する。
 勇者は左手一本で突きを繰り出してきた。
 右手の動きにつられていた首領の反応は遅れ、その肩口に勇者の剣が深々と突き刺さる。

首領「ぎゃあああ!!!! ちっくしょおおおおおおおおおおお!!!!!!」

 盗賊の首領は捨て身の行動に出た。
 肩に刺さった剣を左手で握りしめ固定する。
 この剣は抜かせない。抜く前に―――殺す。

首領「死ねやおらああああああああああああああああ!!!!!!」

 首領は残った右腕で戦斧を振りかぶる。
 勇者の剣は固定した。無理やり引き抜こうとしてもその間に戦斧が勇者の頭を叩く。
 逃れるには剣を離すしかない。剣を失わせることが出来れば、形勢逆転することは容易い。

勇者「『呪文・烈風』」

 風の塊が戦斧の横っ腹を叩いた。
 軌道を逸らした戦斧の刃は勇者のマントをわずかに掠めただけで、三度石畳を叩いた。

257: SS速報VIPがお送りします 2015/02/23(月) 14:38:11.07 ID:/8g/6ulx0
首領「は…?」

 盗賊の首領が唖然とした隙に、勇者は剣の柄を両手で持って、肩で担ぐように思い切り引っ張った。
 刃を掴んだままだった首領の手が切り裂かれ、何本かの指が地面に落ちた。

首領「あっひいいいいいいいいいいいいい!!!!」

 左足に続いて、左手も機能を失った。
 この状態での勝ち目はもはやゼロに等しい。

首領「なんなんだ…!! なんなんだてめえはぁ!! 呪文も剣も使えるなんて、そんなもん反則だろぉ!!」

 勇者は答えない。
 無表情のまま、再び剣を構える。
 その冷たい眼差しに、盗賊の首領の背筋が凍った。
 思わず盗賊の首領は戦斧を放り投げ、その場に跪いていた。

首領「た、頼む!! 命だけは、命だけは助けてください!!」

 ぴくり、と勇者の肩が震えた。

258: SS速報VIPがお送りします 2015/02/23(月) 14:39:23.52 ID:/8g/6ulx0
首領「お、お願いします! もう二度と悪いことはしません!!」

勇者「しかしお前たちはかつて一度親父に見逃された後で、悪事を働いている」

首領「今度こそ心を入れ替えました!! それに、見てください! こんな手じゃ、もうまともに武器を振ることなんて出来ません!!」

勇者「お前の実力なら片手でも十分に戦えると思うがな」

首領「いえ、いいえ! あなた様と、あなたの父上様に懲らしめられたことでようやく悪はこの世に栄えないということを実感することが出来ました!!」

勇者「……お前がそれを実感するまでに、一体何人が犠牲になった」

首領「悔やんでも悔やみきれません。この償いは必ず行います……」

勇者「その言葉、神に誓えるか?」

首領「は、はい!!」

勇者「そうだな……確かに、その言葉を信じ、慈悲の心で許してやるのが人として正しい行いなのかもしれない」

首領「さすが、『伝説の勇者』様の息子様!! 心が広ぇや、へへへ!!」

勇者「だけど万が一……万が一、お前が心を入れ替えなかった場合の事を考えると、やはりそういうわけにはいかないんだろうな」

首領「……へ?」

勇者「もしかしたら、お前は本当に心を入れ替えてこれからは善人として人々のために生きていくのかもしれない。だけど、万が一そうじゃなかったら、また新たに犠牲となる人が増えてしまう。そういう可能性は、やっぱり残しておいちゃ駄目だと思うんだよ」

首領「ば、馬鹿な!! そ、そんな考え方!! ただ、念の為にって、そんな、そんな感じでお前は俺を殺すのか!?」

勇者「……ああ。そうか、そうだな。その通りだ」

 自分の為ではなく、誰かの為でもなく、怒りに燃えた訳でもなく、何の大義もなく。

勇者「俺は……『念の為に』お前を殺すんだ」

259: SS速報VIPがお送りします 2015/02/23(月) 14:40:38.97 ID:/8g/6ulx0
 ―――盗賊の首領の首が舞う。
 その返り血に染まり、勇者はぼそりと呟くように言った。

勇者「ああ…『加護の継承』…成程確かに……加護の高まりを感じるな……」

武道家「ゆ、勇者……」

勇者「武道家…無事だったのか。良かった……それにタイミングもいい。もしかしたら、精霊の加護は皆にも移っているかもしれない。……どうだ?」

武道家「む…?」

僧侶「え、あ…確かに…」

戦士「精霊の加護が強化されているな……これは一体……」

勇者「やっぱり手を下した奴以外にも移るんだな。そうだよな、土地に縛られる精霊は戦闘そのものを観察できる訳じゃない……半ば自動的にその場にいる人間に移るような仕組みになっているのかも……」ブツブツ…

武道家「どうしたんだ? 勇者。何を言っている?」

勇者「ああ、いや、すまない……何でもない。何でもないんだ…」

戦士「勇者……この盗賊はお前が一人で倒したのか?」

勇者「は、はい…」

戦士「すまんが、お前のレベルでは到底太刀打ちできる相手ではなかったはずだ。一体どうやって……」

勇者「不意打ちで呪文を使って、たまたま隙を突けただけです…本当に、大したことは何も……」

武道家「何だその敬語は。何キャラ気取りだお前は」

勇者「いや、はは…」

戦士(勇者の剣の腕前は私にすら数段劣る……それ程の差を覆すことが出来るのか。呪文というものは……)

戦士(勇者は…私との決闘の時は全然本気を出していなかったということなのか…?)

260: SS速報VIPがお送りします 2015/02/23(月) 14:41:37.14 ID:/8g/6ulx0
僧侶「勇者様、今回は危ない所を助けていただき、ありがとうございました!!」

勇者「いや、その、俺はただ……」

武道家「いや、本当に助かった。手紙にも書いたが、改めて痛感したよ。このパーティーはお前があってこそだ」

僧侶「はい! 勇者様、どうかこれからもよろしくお願いいたします!!」

勇者「え…? いいのか? 俺、このまままたこのパーティーに参加させてもらっても……いいのか?」

僧侶「勿論です! むしろ、こちらからお願いさせてもらうべきところです!! 勇者様、どうかこれからも私たちを旅のお供とさせてください!!」

武道家「何度も言わすな。このパーティーはお前が居なくては成り立たん。これからもよろしく頼むぞ、勇者」

勇者「あ…ああ! ま、任せろ!!」

武道家「……」ジ~…

僧侶「……」ジ~…

戦士「な、なんだよ。こっちを見るな」

僧侶「ほら、戦士も言わなきゃいけないことがあるんじゃないの?」

戦士「ふ、ふん! こ、今回の件で借りが出来たからな!! しょうがないから、お前の同行を認めてやる!!」

戦士「だがな! あれ程の醜態を晒した後なのだ! 今度無様な姿を晒したら即刻出て行ってもらうからな!!」

武道家「やれやれ、まったく強情な奴だなお前は」

僧侶「まったくもう、素直じゃないんだから戦士ったら」

戦士「な、なんだ? 何でそんな生暖かい目で私を見る? や、やめろお前ら!」

武道家「顔が赤いぞ、戦士」

僧侶「ごめんなさいね勇者様。この子なりの照れ隠しなんですよ~」

戦士「だぁ~違う!! 本気にするなよ勇者!!」

勇者「………」

261: SS速報VIPがお送りします 2015/02/23(月) 14:42:58.27 ID:/8g/6ulx0


 ――――少しだけ、この時の戦士の言動について擁護しておきたい。

 彼女は何も、かつての勇者の逃亡を責めるつもりがあってこんなことを言ったのではない。

 むしろ、逆。

 『変化の杖』という新たなアイテムをどこかから手に入れていたこと。自分達の窮地にしっかりと助けに来てくれたこと。

 これらのことから、戦士は勇者がただ逃亡したのではないということを既に確信していた。

 だからこそ、気軽にあんな言葉が出てきたのだ。

 勇者は戦士の言葉を受け「何を言っているんだ、俺だって苦労してたんだぞチクショウ!」といった旨の返答をし、その経緯を訥々と語り出す。

 勇者はしたり顔で戦士に礼を強要し、戦士はそれに反発する。


 そんないつもの流れになると、彼女は思っていたのだ。



262: SS速報VIPがお送りします 2015/02/23(月) 14:43:58.80 ID:/8g/6ulx0
勇者「ごめんなさい」

 勇者は膝をつき、地面に額をこすり付けた。

勇者「厚かましいとは思ってます。恥知らずなのは分かっています。だけど、俺にはこれしかないんです」

武道家「え…?」

僧侶「勇者……様……?」

 突然のことに、訳も分からず武道家と僧侶はただ勇者を見下ろしている。

勇者「もう二度と、あんな無様な真似はしません! 『伝説の勇者の息子』として相応しい立ち振る舞いをすることを誓います!! だから、どうか…!!」

 勇者の声は震えていた。
 勇者の瞳からは、大粒の涙がこぼれていた。

勇者「お願いします…! 何でもします…! 皆さんの為なら、命も惜しみません…!」

武道家「ま、待て…勇者、おい!」

勇者「『伝説の勇者の息子』として生きる以外に、俺には何もないんです!! この旅を続けられない俺に存在価値なんかない…だから…だから……!!」

武道家「勇者ッ!! 顔を上げろ!! 何があった!! おい!!!!」

勇者「お願いします、お願いします、お願いします、お願いします……!!」

僧侶「え……え…?」

 武道家が勇者の傍に屈みこみ、その肩を揺らしても勇者は顔を上げようとしない。
 僧侶はただおろおろと視線をあちこちに彷徨わせている。
 戦士は―――動けなかった。
 ただ唖然として、声を出すことも出来ず、蹲る勇者を眺めていた。

 耳には、嗚咽まじりの勇者の叫びがいつまでも残っていた。




第八章  伝説を継ぐ者   完


273: SS速報VIPがお送りします 2015/03/08(日) 23:32:32.97 ID:lWFgcz740
 ―――とある貴族の屋敷にて。

貴族「これはこれは勇者殿。かの高名な『伝説の勇者』の息子様に訪ねていただけるとは光栄ですな」

勇者「初めまして。事前の約束も無しに突然押しかけた無礼をお許しください」

貴族「いえいえ。して、此度は何用でいらっしゃいますかな?」

勇者「ええ。互いに多忙な身故、単刀直入に参りましょう―――――ルーシー・ヴィレジノア。この名前に憶えがありますね?」

貴族「……ッ!!? な、なんのことですかな…?」

勇者「『第七の町』近辺の小さな山村を出身とする亜麻色の髪が特徴的な美しい少女……ああ、とぼけても無駄ですよ。既に彼女の身柄は保護しています」

貴族「ば、馬鹿な!! あの屋敷には衛兵を配備し、私以外誰も入れるなと厳命していたはず!!」

勇者「ええ、彼らはきちんと仕事をしていましたよ。くれぐれもお責めにならないようお願いします。さて、それはともかく」

勇者「この事実を告発すればどうなるか……この国の王は悪を許さぬ、心優しくも苛烈な『善王』。領地没収、国外追放で済めばいいが、最悪、斬首ということも考えられましょう」

勇者「『伝説の勇者』の息子たる私の証言、さらには拐かされた本人の証言もある。言い逃れは出来ますまい」

貴族「……な、何が目的だ。金か? 金が欲しいのか?」

勇者「察しが良くて助かります。ええ、告発するつもりならとっくにしている。それをせず今私がここにいるということは、私には別の目的がある。そしてその目的とは」

勇者「――――そう、金。あなたのおっしゃる通り、私は金が欲しいのですよ」

274: SS速報VIPがお送りします 2015/03/08(日) 23:33:03.33 ID:lWFgcz740





第九章  そして彼は自分を殺す





275: SS速報VIPがお送りします 2015/03/08(日) 23:33:49.24 ID:lWFgcz740


赤髪『なあ、取引をしようぜ』

勇者『取引?』

赤髪『ああ。俺は今まで攫った女をどいつに売ったかってのを全て完璧に覚えてる。後々その件で客を脅して大金をせしめるつもりだったからな』

赤髪『その情報をくれてやるよ。あんた等にとっても有益だろう?』

武道家『だから、貴様らを見逃せと?』

赤髪『そうだ。ああ、そっちでまだのびてる奴らに関してはどうにでもしてくれていいぜ? 俺だけ解放してくれりゃ、それでいい』

戦士『貴様ぬけぬけとッ!! 自分がどれだけの罪を重ねてきたのかわかっているのか!!』

僧侶『……でも、その情報があれば攫われてしまった女の子達を助けることが出来るわ。私は、どんな手を使ってでも、その子達を救うべきだと思う…!』

戦士『僧侶……』

武道家『勇者、どうする?』

勇者『…………』


276: SS速報VIPがお送りします 2015/03/08(日) 23:34:23.65 ID:lWFgcz740
勇者「あなたは―――まだ運がいい」

貴族「……なに?」

勇者「あなたは盗賊から買った少女に対して、確かに下卑た獣欲をぶつけていた。それでも、少女に別邸を用意して住まわせるなど、その待遇は決して悪いものじゃなかった」

勇者「だから私はあなたを告発しないのです。盗賊と取引関係にあった他の貴族の中には、少女をまるで物のように扱っている者も居た」

勇者「それは断じて許されることではない。そういった者には交渉する余地なく、問答無用で王へと告発している」

 勇者の冷たい目に晒されて、貴族は肩を抱えてぶるりと震えた。

勇者「今回の件は私の中に飲み込みます。私はただ、盗賊に襲われて身寄りを無くしてしまった者のための寄宿舎を建設するため、貴方に出資のお願いに来た……そういうことにしておきましょう。よろしいですね?」

貴族「は、はい……」コクコクコク…!

勇者「ではこの契約書にサインを―――言うまでもありませんが、貴方が再びこのような愚を犯すようなことがあれば……その時は、御覚悟願います」

貴族「し、しません…!! 神に誓います……!!」

勇者「よろしい。具体的な請求金額など詳細は追って連絡します。それでは」

277: SS速報VIPがお送りします 2015/03/08(日) 23:34:51.37 ID:lWFgcz740
 『第七の町』―――勇者一行がしばらくの間拠点としているその町では、盗賊を成敗し、かつ次々と攫われた者を救出してくる勇者たちを英雄として歓待していた。
 宿屋などは、無料で勇者たちに部屋を提供してくれる始末である。
 勇者たちは申し訳ないと通常通りの支払いを申し出たのだが、頑なに宿屋の主人はそれを受け取らなかった。

宿屋の主人「この町の救世主様からお代を頂戴するなんてとんでもない!! 勇者様万歳!! 『伝説の勇者』の息子、万歳!!」

 勇者は宛がわれた二階の部屋のベッドの上に座り、窓から町の様子を見下ろした。
 小さな子供たちが往来を駆け回っている。
 離れていた時を埋めるように、肩を寄せ合って歩く夫婦もいた。
 人々の顔には笑顔が目立ち、町は活気を取り戻し始めている。

「『伝説の勇者』の息子、万歳!!」

「『伝説の勇者』の息子、万歳!!」

 外でそんな風に叫ばれているのが勇者の耳に届いた。
 勇者はベッドの上に胡坐をかいたまま、こつんと壁に頭を預ける。

勇者「頑張らなきゃ…もっと、もっと、もっと、もっと……」

 勇者は立ち上がり、剣を腰に装備すると部屋を出た。
 行き先は三つ隣に用意された戦士の部屋だ。
 ここ数日日課となっている行為を行うため、勇者は戦士の部屋の扉をノックする。

勇者「戦士さん、お疲れのところ申し訳ありません。勇者です。今日もお相手を願いたいのですが」

戦士「……わかった。待っていてくれ。すぐに準備する」

 部屋の中から、戦士が固い声で返答した。

278: SS速報VIPがお送りします 2015/03/08(日) 23:35:31.89 ID:lWFgcz740
 時を前後して、僧侶もまた、武道家の部屋をノックしていた。

武道家「……誰だ?」

 部屋の中で鍛錬を行っていたのか、上半身裸で汗に濡れた武道家が顔を出す。

僧侶「はわ…! あ、あの…!!」

武道家「ああ、僧侶か。すまんな、ちょっと待っていてくれ」

僧侶「は、はいぃ…!」

 一度扉がしまり、ごそごそと物音がした後、今度はしっかり服を着て武道家は顔を出した。

武道家「悪かった。不快な物を見せたな。謝罪する」

僧侶「い、いえいえ! ソンナコトナイデスヨ!?」

武道家「それで、何か用事か?」

僧侶「は、はい! じ、実はお願いしたいことがありまして!」

武道家「わざわざ改まってどうした? そんなに大層な願いなのか?」

僧侶「私に、闘い方を教えてください!!」

武道家「……詳しく話を聞こうか。立ち話もなんだ。良ければ中に入ってくれ……少々、汗の臭いが気になるかもしれんが」

279: SS速報VIPがお送りします 2015/03/08(日) 23:36:09.01 ID:lWFgcz740
武道家「それで、なんでまたそんなことを?」

僧侶「この間の盗賊との一件で、私、痛感したんです。このパーティーで私は足手まといになっているって。私がもう少し強ければ武道家さんもあんなに傷つくことは無かった」

武道家「それは求められる役割の問題だ。僧侶は『回復・補助役』という自分の役目をしっかり果たしている。気に病む必要はない」

僧侶「それでも、私が自分自身を守れるようになれば、それはパーティー全体への貢献に繋がるはずです。戦士も武道家さんも、前衛としてもっと集中することが出来るはず」

武道家「それは、まあ、そうだが……」

僧侶「お願いします、武道家さん!! 私、もう守られるだけなのは嫌なんです!!」

武道家「……わかった。それ程の決意ならば、俺も教えるのにやぶさかでない。だが、何故他の二人ではなく俺に?」

僧侶「私が身につけるべきは、如何に敵の攻撃を逸らし、躱すかという護身の技術だと思うんです。そしてその技術は、剣を持つ戦士や勇者様より徒手空拳で闘う武道家さんの方が優れていると思います」

武道家「ふむ。まあ、正鵠を射ているな」

僧侶「それに、戦士と勇者様は最近二人で―――」

武道家「ああ……今日も、恐らくやっているんだろうな。あの二人は」

280: SS速報VIPがお送りします 2015/03/08(日) 23:36:57.30 ID:lWFgcz740
 第七の町より西に200mほど進んだ所に広がる草原にて。
 二つの金属が激しくぶつかり合う音が響く。

戦士「つああッ!!!!」

勇者「ぐ、く…!!」

 激しく攻め立てる戦士の大剣を、勇者は必死で打ち逸らしていた。

戦士「ハッ!!」

勇者(……ッ!! 今ッ!!)

 焦れたのか大降りになった戦士の横薙ぎの一撃を、勇者は受け止めると見せかけてから身を伏せ、躱す。
 あるべき抵抗が無かったことで戦士の体は剣に引っ張られ、体勢を崩した。
 その隙を狙い、勇者は一気に戦士の懐に潜り込む。
 次の瞬間、剣の柄を握りこんでいた勇者の手は戦士によって下から蹴り上げられていた。
 予想だにしていなかった衝撃に、剣は勇者の手を離れ、くるくると宙を舞う。
 唖然と剣の行方を追っていた勇者の肩に戦士の大剣がトン、と触れた。

戦士「……これで私の十二勝目だな」

 ざくりと勇者の剣が地面に突き立った。
 勇者は最後の攻防について思い返す。
 戦士の一撃が大降りになったのは、果たしてこちらの突進を誘発する誘いだったのか。
 いや、戦士の一撃を躱したところで、彼女は確かに体勢を崩していたはずだ。
 にもかかわらず、戦士はそこからこちらの手元を狙って踵で蹴り上げてきた。
 空振りする勢いを利用したというような、計算ずくの行動ではない。
 彼女はこちらの意図に気付いた瞬間、体幹を捻じりあげることで無理やり慣性をねじ伏せ、反撃に転じたのだ。
 そんな無茶苦茶な動きを可能とする戦士の体幹の強さ、高いバランス感覚―――勇者は改めて感嘆し、舌を巻く。

勇者「……参りました。まだまだですね、私も」

戦士「いや、お前も確かに強くなっているよ……なあ勇者。何故、私に剣の稽古を申し出てきた? いや、それ自体は非常に素晴らしいことだとは思うが、お前は独力で盗賊の首領を打倒した。こう言ってはなんだが、魔法を併用すればお前は既に私を上回っているんじゃないのか?」

 戦士の問いかけに、勇者は首を振った。

勇者「いえ、いいえ……盗賊の首領を倒せたのは魔法を使い、不意を突くことでたまたま一気に押し切れたからです。それまでは、首領の攻撃に圧倒されていました」

勇者「もし同様に戦士さんを相手とした時に、魔法を使用することで私が優位に立てるかというと、そうではありません。戦士さんは私が魔法を使うことを知っているため、不意を突くことが難しくなるからです」

勇者「私の戦い方では、相手が初見で魔法に面食らっているうちに大勢を決することが望ましい。そしてそのためには、そもそもの剣の地力を上げ、決定力を高めることが必要なのです」

戦士「そうか……わかった。ならばこれ以上何も言うまい」

勇者「戦士さんには私の修業に付き合わせてしまい、苦労をかけます」

戦士「気にするな。元々稽古をつけると最初に言い出したのは私なんだ……それももう随分昔のことに思えるが……だが、勇者、その……無理はするなよ?」

勇者「大丈夫ですよ。『伝説の勇者の息子』として、この程度のことでへこたれてはいられません」

戦士「いや…………そうじゃなくて、その………」

 『伝説の勇者の息子』としてじゃない。勇者は、『お前自身』は大丈夫なのか。
 そんな言葉は、もごもごと戦士の口の中で留まるばかりだった。
 そんな言葉を吐く資格が自分にあるのかと、考えてしまった。
 何故なら彼女もまた、『伝説の勇者の息子』としての振る舞いを、かつて彼に強要した内の一人だったから。

勇者「それではまた、明日もよろしくお願いいたします」

 彼の『伝説の勇者の息子』としての言葉が戦士の胸に突き刺さる。
 ほんの数日前までは見られていた、彼の『彼自身』としての言動を思い出し、戦士はたまらなくなって思わずその場にしゃがみこんでいた。

281: SS速報VIPがお送りします 2015/03/08(日) 23:37:37.88 ID:lWFgcz740
 公明正大、清廉潔白として高名な『善王』。
 先代の王が病にて逝去し、若くして王の座に就いた彼はまず乱れていた治安を正すことに注力した。
 窃盗、傷害罪の厳罰化。不当な略取の禁止。課税権を王の元に一元化。etc. etc.……
 大改革ともいえる法の施行に反発は大きかった。
 しかし彼はそれを断行し、遂にはやり遂げた。その背景には、彼の人徳の高さにより志高い兵が彼の下に集ったことや、民衆から強烈な支持を得ていたことがある。
 結果、高い水準で治安が安定した国は栄え、彼はやがて民衆や周囲の国家から『善王』と呼ばれ称えられるようになった。

 勇者たちが訪れたのは第七の町よりさらに40km北上し、山脈を越えたところでその威容を見せる、人口規模にして勇者たちの故郷『始まりの国』のおよそ三倍を誇る城下町、件の『善王』が治める『善の国』である。

 入口の関所にて、『始まりの国』の国王より賜っていた王印付きの身分証明を提示し、勇者たちは城下町に足を踏み入れた。
 まず目に入ったのは関所から城に向けてまっすぐ伸びた大通りで、その両端には露店商が所狭しと並んでいる。
 がやがやと威勢よく飛び交う声、大量の人々が打ち鳴らす雑踏に、勇者たちは思わず圧倒されていた。

武道家「これは……なんとまあ……」

僧侶「活気のある国ですねえ……」

戦士「一体何人歩いているんだ、今この道を…」

勇者「この国に限っては大丈夫だと思いますが、皆さん一応スリには気を付けてくださいね」

 一行は大通りを進みながら辺りを見回す。
 大通りからは一定の感覚ごとに脇に道が伸びていて、その先を眺めれば、道ごとに宿屋街や歓楽街などに区分けされているのが見て取れた。

武道家「景観から推測するに、碁盤目状に街は整備されているようだな」

戦士「二階建てや三階建ての建物が多いから、自分たちが今どっちの方向に歩いているのかわからなくなるな」

僧侶「うう、ま、迷いそうです……」

勇者「ある程度良い宿屋に行けばおそらく外部の人間向けの地図が置いてあるでしょう。とにかく先に宿を確保して、当初の予定通り善王の元へ謁見に向かうとしましょうか」

282: SS速報VIPがお送りします 2015/03/08(日) 23:38:17.27 ID:lWFgcz740
 宿屋にて―――

勇者「さあ、王宮に向かいましょうか」

武道家「勇者」

勇者「ん?」

武道家「見てみろ。ここの歓楽街の地図だ。宿の主人から旨い肴を出す店も教えてもらった。最近、一日も休みなくあちらこちらと駆け回って来たろう?」

武道家「今日くらい、ゆっくりと休んでも罰は当たらないんじゃないか? その…お前も色々溜まっている様子だし、酒でも飲んで一度盛大に発散するのも悪くはなかろう?」

勇者「それは出来ないよ、武道家。こうしている今も、盗賊に売られた女の人たちは辛い目に合っているかもしれない。一刻も早く、助けに行かなくては」

武道家「む……それは、まあ、そうなんだが……」

勇者「でも確かに…そうですね、皆さんにも無理を強いてしまい申し訳なく思っています。疲れが溜まっているようでしたら、武道家の言う通り、歓楽街で美味しいものでも食べて英気を養っていてください。王への謁見は私一人でも問題ありませんから」

武道家「そういうことじゃない。誰がお前一人に責務を押し付けたいと言ったか」

勇者「無理する必要はないのに」

武道家「……それはこっちの台詞だ、馬鹿野郎…」

戦士「………」

僧侶「………」

283: SS速報VIPがお送りします 2015/03/08(日) 23:39:08.56 ID:lWFgcz740
 『善の国』王宮、謁見の間にて―――

善王「おお、勇者。よくぞこの国を訪ねて来てくれた」

勇者「お初にお目にかかります。『伝説の勇者』の息子、勇者です。かの高名な善王様にお目通りいただき光栄です」

善王「あまり畏まってくれるな。光栄なのはこちらも同じだ。あの『伝説の勇者』の息子が私を訪ねて来てくれるとはな」

武道家(この人物が善王……初めて実際に姿を見たが……)

戦士(本当に若いぞ……まだ三十の半ばくらいのものじゃないのか、これは……)

僧侶(お顔立ちも本当に整っている……民衆から強烈な支持を得たというのも納得だわ)

勇者「善王様は私の父と面識が?」

善王「ああ。君と同じように魔王討伐の旅路の途中で寄ってくれたのだ。まるで昨日の事のように思い出せるよ……うむ、面影がある。似ているな、父君と」

勇者「そう、ですか………」

勇者「……………」

善王「……?」

勇者「………大変、嬉しく思います。善王様、大変厚かましく、恐縮なのですが、お願いしたいことがございます」

善王「何なりと申してみよ」

勇者「この国の守りの要となっている大神官団……その『神官長』様に、我々の旅の無事を祈っていただきたいのです」

284: SS速報VIPがお送りします 2015/03/08(日) 23:41:19.69 ID:lWFgcz740
 結界。
 かつて勇者と邂逅したエルフ少女の弁によれば、元々エルフが持っていた技術。それを流用し、人々は己の生活圏を守ってきた。
 結界は、町の周囲をぐるりと呪言で囲い、そこに魔力を輪転させることで魔物を拒絶するフィールドを枠内に構築する仕組みとなっており、呪言は城壁などに仕込まれている場合が多く、これを結界陣と呼称する。
 結界の発動には当然魔力を陣に送り込む必要があり、その役目を担った者を『神官』と呼ぶ。結界の設けられた町には必ずこの神官が配置されており、その人数は町の規模によってまちまちだ。
 町の規模によっては危険を察知した段階で結界を発動すれば事足り、一日中魔力を輪転させる必要がない。そういった場合、配置される神官の数は少数だ。
 しかし、ここ、『善の国』のように数万人が居住する程に街の規模が大きくなれば、周囲への警戒を行き届かせることなど不可能だ。故に、常に結界を発動させ続ける必要がある。
 また、陣の大きさも桁違いであるため、必要となる魔力量も大きく、並の神官では結界を維持するための魔力を提供することが出来ない。
 そのため、『善の国』には神官の中でも選りすぐりの『大神官』が集められ、『大神官団』が結成されている。
 そこに集う神官のレベルはこの世界でもトップ・クラスであることは疑いようもなく、さらにその長を務める『神官長』は世界随一の神官としてその名を轟かせているのだ。


 そしてその神官長こそが――――盗賊の顧客名簿の中の、最後の一人なのである。


神官長「勇者殿。まだまだ未熟な身で不肖なれど、私が貴殿の旅の無事を祈らせていただきます」

勇者「恐悦至極であります。神官長殿」

 勇者は片膝をつき頭を垂れながら、ちらちらと神官長を観察する。
 柔和な顔にたくわえられた豊かな白鬚。放つ威厳は確かにこの人物が稀代の傑物であることを勇者に実感させた。

勇者(だからこそ、解せない……善王からも絶対の信頼を得ているであろうこんな人物が、何故あんな盗賊と接点を持ち、かつあんな取引に乗ったのか……)

 公明正大、清廉潔白な政治で高い治安と豊かさを保っている善の国。
 その中枢たる神官長が盗賊から少女を買っていた、などと知れたらとんでもない不祥事である。
 事と次第によれば、善王の信用は地に落ち、その人徳によって高い志が保たれていた兵士たちにも動揺が走るだろう。
 かつて力で押さえつけた己の利益を優先する貴族たちが再び反乱を起こす可能性もある。そしてその時、果たしてそんな状態の善王勢力が対抗できるかどうか―――
 事の重大さを噛みしめながら、勇者はしっかりと神官長の姿をその心に刻み付けたのだった。

285: SS速報VIPがお送りします 2015/03/08(日) 23:43:39.56 ID:lWFgcz740
 後日、神官長の屋敷にて。

神官長「ふう……」

メイド「おかえりなさいませ、神官長様」

神官長「ああ……すまないがキミ、この荷物を私の部屋まで運んでくれないか?」

メイド「かしこまりました」

神官長「私は少しそこのソファに座って休んでから行くよ。少し疲れていてな」

メイド「お薬などお持ちいたしましょうか?」

神官長「それには及ばない。足腰に少しガタが来ただけだ。私ももう年かな、ははは」

メイド「ご冗談を。神官長様はまだまだ精力たくましい方でいらっしゃいますよ。それでは、先に荷物を運んでまいります」

神官長「頼むよ」

 メイドは神官長から手渡された鞄を恭しくその胸に抱え、歩き出す。
 正面玄関から入ってすぐにあるロビーの階段を上がり、二階へ。
 廊下を進み、四番目のドアを開け、メイドは部屋の中に入った。
 部屋の中には天蓋付きの大きなベッドがある。その前に置かれていた丸テーブルの上にメイドは神官長から預かった鞄を置いた。

神官長「なるほど、ここが神官長の部屋なんだな」

メイド「え?」

 背後からかけられた声にメイドは後ろを振り向く。
 いつの間に追いついたのか、神官長が部屋の中に入ってきていた。

メイド「神官長様?」

神官長「すまないな」

 神官長はそう言って、メイドの顔を指差した。

神官長「『呪文・睡魔』」

 指先から放たれた魔力を受け、メイドの体が崩れ落ちる。
 神官長はメイドの丁重に体を支え、そこにあったベッドに寝かせた。
 その時、神官長の顔から煙のような物が噴き出した。
 煙が出たところから、見る見るうちに別人の顔が現れてくる。
 やがて足先まで至ったところで煙は止み、そこには神官長ではない、全くの別人が立っていた。
 勇者である。
 その手に持っているのは、エルフ少女から頂戴した、想像した人物に変身できるアイテム、『変化の杖』だ。

勇者「とりあえず潜入は成功、か……急いで売られた少女たちの手がかりを探さないとな」

 勇者は杖を掲げ、頭の中でイメージを描く。
 やがて勇者の姿は目の前のベッドで寝息を立てるメイドの姿と寸分違わぬものとなった。

286: SS速報VIPがお送りします 2015/03/08(日) 23:45:27.05 ID:lWFgcz740
 メイドの姿となった勇者は屋敷の調査を開始した。
 神官長の部屋を捜索し、見つけた鍵の束を使って次々と部屋に入っていく。

勇者(買ってきた少女たちを監禁している部屋がある、なんてわかりやすい話はないか……そもそも、そんなんじゃ使用人にすぐばれるだろうしな……使用人全員がグルだっていうなら、話は別だけど……)

 勇者は危険を冒し、途中すれ違った別の使用人などに話を聞いてみたが、使用人連中が買収されて何か秘密を守っているような印象は見受けられなかった。

勇者(となると、何時ぞやの貴族の様に別邸を用意し、そこに少女を囲っているのか……神官長ほどの身分にある者が、そんな周囲に露見しやすい方法を取るとは思えないが……)

 と、考えながら調査を進めていると、ある部屋の前で勇者に疑問が生じた。

勇者(あれ…? この部屋、どの鍵を使っても開かない……)

 念の為鍵束をもう一周して使ってみるが、やはりどの鍵も適合しなかった。

勇者(どういうことだ…? どうして屋敷の主人すら入れない部屋が存在する?)

勇者(単純に、この鍵束とは別にこの部屋の鍵だけ別に保管してあるってことなのか…? だとすれば、この部屋の管理は特別厳重にしてあるってことで、怪しさは非常に増すけれど……)

??「キミ」

勇者「ひゃいッ!?」

 突然かけられた声に勇者の肩がびくりと震える。
 あまりに思索に没頭していたため、誰かが接近していたことに全く気付けなかった。
 勇者は恐る恐る振り返る。
 そこに居たのは年若い青年だった。

勇者(なんだ…? 誰だ…?)

青年「僕の部屋に一体何の用だい? ここには近づかないよう、使用人たちには厳命していたはずだが?」

勇者「す、すすすすいません!! 何だがぼーっとしちゃって、フラフラしてこんな所まで来てしまいましたわ!! 申し訳ありませんでした!! 失礼します!!」ドヒューン!

青年「あ、ちょっ…!」

勇者(あっぶね!! あっぶねーーーッ!! いかんいかん、もっと慎重にならなくては……!!)

勇者(にしても、あいつ誰だ? 『僕の部屋』って言っていたし、態度は雇い主側のそれだった……ってことは、神官長の家族? ……まさか、息子!?)

勇者(息子が居たのか! ならば、もしかして盗賊と取引していたのは神官長ではなく、その息子!? ……あの部屋、どうにかして中に入る必要があるな)

287: SS速報VIPがお送りします 2015/03/08(日) 23:47:41.53 ID:lWFgcz740
 勇者は踵を返し、再び先ほどの部屋の前に戻る。
 先ほどの青年の姿は消えていた。

勇者(ってことは、さっきの奴は今この部屋の中に……?)

 勇者はそっと扉に耳をつける。
 中からは何の物音も聞こえない。

勇者(……あれ? 居ないのか?)

青年「おい」

勇者「ぴょわあ!!」

 いつの間にか、また勇者の背後に青年が現れていた。

青年「人がちょっとトイレに行ってる間にまた……なんだ? どういうつもりなんだ君は」

勇者「いや、あの、えーと、そのー」

勇者(いかーん!! 焦りすぎてまた慎重さを失っていた!! どうする? 逃げても事態は進展しないし、いっそ色々突っ込んで聞いてみるか…?)

青年「……はあ、やれやれ。どうも君は僕の部屋に並々ならぬ興味を持っているようだ……こうやって何度も来られても迷惑だからね。いいよ。見たいなら中を見せてあげようか?」

勇者「え!? いいんですか!?」

青年「やっぱり僕の部屋に興味があるのか」

勇者(やべっ)

青年「まあ、いい。君の目的は知らんが、別に見られて何がどうということもない。ほら、どきたまえ。鍵を開けるから」

勇者(……いやにあっさりだな。もしかして俺の見当違い? 何にもないのか? この部屋……)

 扉が開く。
 ベッドと本棚と机があるだけの、殺風景な部屋だった。

青年「ほら、面白いものは何もないだろう?」

勇者「………」

 勇者は部屋の中を観察する。確かに、青年の言う通り特に変わった点は見当たらない。
 机の上に勉強していた形跡があることや、本棚に並べられている本の種類などから、部屋の主人が非常に真面目な人柄であることが推察される。
 本棚。
 ぴたりと勇者の目が留まった。
 影が、おかしい。
 立ち並ぶ本棚の下の影が、一部分だけ極僅かにだが壁と反対方向に伸びている。
 それはつまり、『本棚の後ろの壁側に何か光源がある』ということで―――
 勇者が一歩本棚に歩み寄る。

勇者「もが…!?」

 突然後ろから湿った布を口に突っ込まれた。

勇者(しまっ……意識が……)

 どさりと崩れ落ちた勇者の―――倒れこんだメイドの姿を見下ろして、青年は、『神官長の息子』は苛立たしげに舌を鳴らした。

青年「まさか気付くとは……洞察力の鋭い奴だ。仕方がない。君は全く僕の好みではないけれど……君も『飼って』あげるよ」

288: SS速報VIPがお送りします 2015/03/08(日) 23:49:13.47 ID:lWFgcz740
 勇者は暗闇の中で目を覚ました。

勇者(ここは……俺は一体……)

 ぼう、とする頭を振り、意識を覚醒させる。

勇者(そうだ……薬か何かであいつに眠らされて……どれくらい時間がたったんだ? 多分そんなに深く眠った感覚はないから、あまり時間はたってないとは思うけど……)

勇者(本棚に近づこうとしたところであんな真似をしてきたってことは、本棚の裏にやっぱり何かあったんだな……推測するに、隠し部屋の入口か?)

勇者(ってことは、俺は今そこに入れられている可能性が高いな……棚から牡丹餅というか、なんというか……運がいい。早速この部屋を調査しよう)

勇者(もうメイドの姿でいる必要はないな……変化の杖の力は解除しよう。よし……)

勇者「『呪文・火炎』」

 勇者は手のひらの上に小さな火球を出現させた。
 普段ならすぐに消えてしまう火球を、魔力を注ぎ込み続けることで無理やり維持させる。
 例えるならそれは貯水槽の栓を開けっ放しにするようなもので、火球の大きさの割に非常に魔力を消耗する行為だった。
 その上、火球の維持に常に神経を注がなければならず、かなりの集中力を要する。

勇者(うおおキッツイ…! まあ、燭台を見つけるまでの我慢我慢……!!)

 火球の明かりを頼りに前に進むとすぐに勇者の目の前に鉄格子が現れた。

勇者(げっ…鉄格子で閉じ込められてんのか)

 勇者は一度火球を消し、鉄格子に触れて質感を確認する。

勇者(城の牢屋で使われるような、マジック・コーティングされてる種類じゃないな。この程度の強度なら、今の俺の加護のレベルなら……)

 勇者は二本の鉄棒を両腕でそれぞれ掴み、思い切り両側に引っ張った。
 思ったより抵抗なく、鉄格子はぐにゃりと曲り、隙間が拡がった。
 鉄格子を抜けて、勇者は再び火球を出現させる。
 目の前にテーブルがあって、その上に燭台があるのが見えた。
 勇者はテーブルに歩み寄り、燭台に火を灯す。
 部屋の中が燭台の明かりで仄かに照らされた。
 勇者は火球を消し、ほっと息をつく。そしてあらためて部屋の中を見回して――――




 ――――勇者は、絶句した。




289: SS速報VIPがお送りします 2015/03/08(日) 23:51:01.84 ID:lWFgcz740
 部屋の中には、猪などの、捕らえた獲物を閉じ込めておくための檻が並べられていた。
 その中に、少女たちが入れられていた。

勇者「な…あ…?」

 ある者は生気のない目で、ある者は怯えた目で勇者を見上げている。
 見上げて―――そう、檻の広さは幅も高さも100㎝ほどしかなく、少女たちは地に伏せ、立ち上がることすら出来ない有様だった。

茶髪の少女「ぶ、ぶひい!! ぶひぶひい!!!!」

勇者「は…?」

 殊更怯えた様子で勇者を見上げていた少女が、勇者が目を合わせた途端、奇妙な叫びを上げ始めた。
 あまりの状況に勇者がぽかんとして少女を見つめていると―――

茶髪の少女「いやあ!! ごめんなさい!! もっとうまく鳴きますから、ひどいことしないで!! お願い!! ぶひぶひぃぃ!!!!」

 少女は大粒の涙をこぼしながら一心不乱に叫び出した。
 少女の入れられている檻に、札がかけられていた。
 札に記されていた文字を、勇者は読み上げる。

勇者「豚……?」

茶髪の少女「ぶひ、うう、ぐす…!! ぶひぃぃ…!」

 勇者は視線を隣に並ぶ檻に移していく。
 ある者は『犬』、ある者は『蛙』、ある者は『鶏』―――すべての檻に、何かしらの動物が記された札がかかっていた。

勇者「あいつ…あの野郎……まさか、そんな……」

黒髪の少女「ねえ」

 『犬』と記された檻の中から、黒髪の少女が勇者に声をかけてきた。

黒髪の少女「あなた、誰? そこの壊れた檻。あの男がメイド姿の女の人を入れてた檻だけど、壊れてる。あの女の人はどこにも居ない。あなたがあの女の人に化けてたってこと? あなたは一体何者なの?」

黒髪の少女「あなたは――――何をしにここに来たの?」

 勇者をじっと見据え、気丈に振る舞っているように見える少女。
 だがその声は震えていた。
 その目は何かに縋りつくように濡れていた。

勇者「……俺は『伝説の勇者』の息子、勇者だ。俺は、君たちを助けに来た!!」

290: SS速報VIPがお送りします 2015/03/08(日) 23:52:44.61 ID:lWFgcz740
メイド「う~ん……どうして私、神官長様のベッドで寝てたのかしら。神官長様が帰ってくる前に起きられて良かったわ。とんでもなく怒られるところだった」

青年「おい貴様!! 何故ここに居る!!」

メイド「ぼぼぼ、坊ちゃま!!? ち、違うのです、私にも何がなんだか…」

青年「どうやってあの檻から脱出した!! 言え!!」

メイド「へ…? 檻…?」キョトン…

青年「……? 何だその顔は。貴様、俺の部屋に侵入しようとしていたメイドだろう?」

メイド「坊ちゃまの部屋に!? めめ、滅相もない!! 坊ちゃまに固く言いつけられている故、坊ちゃまの部屋には絶対に近づかないようにしております!!」

青年「ど、どういうことだ…? 俺の部屋の前に居たメイドが、貴様ではないというのなら……」

 神官長の息子は慌てて自分の部屋に向かって駆けだした。

青年「俺は一体、『誰』を閉じ込めてしまったのだ!!?」

 神官長の息子は部屋に戻ると、本棚の前に立ち、三冊の本を抜き取った。
 抜き取った跡に表れた文字列に触れ、魔力を注入する。
 重さを失った本棚を横にずらし、壁を押す。
 壁はくるりと回り、隠し部屋―――地下室への階段が現れた。
 階段を駆け下り、地下室のドアを開け―――そこで、神官長の息子は目の前の男が発する言葉を聞いた。
 すなわち、ようやく『神官長の息子』は、自分と相対した男が『伝説の勇者の息子』であることを悟ったのだった。

291: SS速報VIPがお送りします 2015/03/08(日) 23:54:51.71 ID:lWFgcz740
青年「『伝説の勇者の息子』……か。そういえばこの前、俺の父に洗礼を受けているのを見かけたよ。面倒だから声はかけなかったがね」

勇者「『神官長の息子』……俺はお前を王に告発する」

青年「あの時とは随分様子が違うな。そっちが素か? まあいい……こうなっては俺も観念するしかないな。何しろ、こんな部屋を見られたんだ。何の言い逃れも出来まい」

勇者「随分と潔いな」

青年「足掻く無意味さを悟っただけだ。ほら、拘束でもなんでも好きにしてくれ」

 神官長の息子は両腕を揃え、勇者の前に差し出した。

勇者「……」

 怪訝に思いながらも、勇者は荷物から縄を取り出すため、神官長の息子から視線を外した。
 その瞬間、神官長の息子は勇者に向かって隠し持っていたナイフを突き出してきた。

勇者「なっ!?」

 咄嗟に身を躱すも、ナイフの刃は僅かに勇者の頬を掠め、皮膚を切り裂いた。

青年「当たったーーーッ!!!! ははッ!! 当たりやがった!! 俺の勝ちだぜ、『伝説の勇者』の息子!!」

勇者「何を…!?」

 突然勇者の視界が歪んだ。
 体力が一気に削られるのを感じる。
 毒だ。ナイフに毒が仕込まれていたのだ。

青年「この毒は強力だ。通常ならものの数分で死に至る。貴様ほど強い精霊の加護を持っていても、そう長くは耐えられん」

勇者「が、く…! その前に、お前を倒して解毒剤を手に入れる…!!」

青年「やってみろ。腐っても俺はこの国の将来を担う『神官長』の跡継ぎだ。防御にかけては一級品だぞ?」

勇者「『呪文・火炎』!!」

青年「『呪文・魔法障壁』!!」

 勇者の放った火球は神官長の息子の前に現れた光の壁によって弾かれる。

勇者「くそ…!」

青年「そもそも何故俺が裁かれねばならん!! 俺は父親の後継者として今まで身を粉にして修業してきた。多少の見返りがあって然るべきだろう!!」

勇者「ふざけるな…! その為に、他人の人生を犠牲にする資格なんて…!!」

青年「あるッ!! 何故なら俺は、何万人もの人間の人生の為に、己の人生を犠牲にした!!」

勇者「……ッ!?」

青年「勇者、お前にもわかるのではないか!? お前とて『伝説の勇者の息子』として周囲から重圧を受け続けてきたんじゃないのか!?」

青年「お前が今魔王討伐の旅を続けているのは、本当にお前の意志なのか!?」

勇者「それは……」

青年「であれば分かるはずだ。『どうして俺が』と嘆く俺の気持ちが!! そして気付け勇者!! もしお前が、俺と同様に大多数の人間の為に自分自身を犠牲にしてきたというのならば!!」

青年「お前にも有る!! あらゆる犠牲を厭わず、自身の欲求を満たす権利が!!」

勇者「………」

青年「そうだろう? 頷け、勇者。そうすれば解毒剤をくれてやる。俺達は似ている。きっといい友になれるはずだ」

勇者「………」

勇者「………」

勇者「…………そうだな」

292: SS速報VIPがお送りします 2015/03/08(日) 23:55:30.19 ID:lWFgcz740







勇者「お前の気持ちは理解できる。でも、俺は頷けないよ。『神官長の息子』」







293: SS速報VIPがお送りします 2015/03/08(日) 23:56:38.09 ID:lWFgcz740

勇者「わかるよ。本当によくわかる。どうして俺が、なんて今までの人生で何回叫んだかわかりゃしない」

勇者「誰も彼もが親父の事を通して俺を見てる。素直に俺自身を見て評価してくれる奴なんて誰もいない」

勇者「ふざけるな、やってられるか、どうして俺が……ずっと思ってきたし、今この時だって思ってる」

勇者「それでも駄目だ。駄目なんだ。俺は『伝説の勇者の息子』として、皆の期待に応えなくちゃならないんだ」

青年「何故だ、勇者。何故お前はそうやって今になっても自分を犠牲にし続けられる」

勇者「そうしなければ、俺の存在に価値なんかなくなるから……いや、違うな……もっと、根本的な問題で、俺はただ……」






勇者「俺が『伝説の勇者の息子』として、『理想の勇者』を演じなければ、悲しむ人達がいる……それを見るのが、嫌なだけなんだ」






294: SS速報VIPがお送りします 2015/03/09(月) 00:00:22.38 ID:JsQJvIf70
青年「理解できんな。愚かしいし、哀れだ。俺の方が人として正常な気すらしてくる」

勇者「そうか、残念だ。やっぱり友達になるのは無理だったな、俺達」

青年「そのようだ。お前はそのまま毒で死んでいけ」

勇者「そういう訳にもいかねえよ……俺は『伝説の勇者の息子』として、魔王討伐の旅を続けなきゃならないんだ」

青年「なに…?」

勇者「『呪文・回復』、『呪文・回復』、『呪文・回復』、『呪文・回復』……」ブツブツブツブツ…

青年「なんだ…? 何をしている、勇者!!」

勇者「『呪文・火炎』!!」

 勇者の指先から小さな火球が迸る。

青年「性懲りもなく…!! 『呪文・魔法障壁』!!」

 神官長の息子は火球に備え、目の前に光り輝く壁を生み出す。
 ―――迫る火球を追い越して、勇者が目の前に肉薄していた。

青年「何ィッ!?」

勇者「魔法障壁はあくまで魔力を遮断するもの……物理的な干渉の前には無力だ」

青年「くっ…! 呪文・物理障へ…」

勇者「遅い!!」

 勇者の拳が神官長の息子の顔にめり込む。
 その勢いのまま、勇者は神官長の息子を地面に押し倒した。

青年「ぐ、ぎ…!! ば、馬鹿なぁ!! どうして、どうしてあの毒を食らいながらそんな風に動ける!!」

勇者「回復呪文を重ねがけして一瞬だけ無理やり体力を戻した……今はもうフラフラでもう一回やれって言われても無理だけどな」

青年「くっそぉ…!! 呪文・回ふ…」

勇者「させると思うか?」

 ぼきり、と音がした。
 勇者が神官長の息子の腕の骨を折ったのだ。

青年「あぎゃあああああああああああああああああああ!!!!!!」

勇者「呪文を使おうとするたびに骨を折るぞ。素早い動きは無理でも腕力はさほど衰えてはいない。大人しく意識を失っておけ」

 勇者はそう言って、神官長の息子を締め落とすため、その首に手をかける。

青年「あ、ぐ…くそぉ…! くそぉ!! 違うんだ!! 俺は全然悪くない!! あいつだ、アイツが全部悪いんだ!!」

勇者「あいつ? 神官長のことか?」

青年「違う…俺の幼馴染だ……赤い髪の盗賊で……あいつが、あいつが俺を唆したんだ!! ちょっとくらい良い思いしろよ、って!! 俺がその方法を教えてやる、って!!」

青年「俺は…それまでは本当に良い子ちゃんをやってたんだ! 皆に文句も言わなかったし、ずっと我慢だってしてきた!! あいつが俺にあんな取引を持ち掛けてこなけりゃ……!!」

勇者「そりゃそいつも悪いが、結局取引に乗ったお前も悪いだろう」

青年「知ったふうな口をきくな!! 俺が、『神官長の息子』としてどれだけ苦労してきたか知らないくせに…!!」

勇者「わかるよ。俺も『伝説の勇者の息子』だからな」

青年「~~~~ッ!!!! そうだ、お前が『伝説の勇者の息子』だっていうんなら、俺みたいな小物を相手にしている場合じゃねえだろう!! 『赤髪』だ!! あいつこそが元凶なんだ!! 俺を捕まえるより先にあいつを何とかするべきだろう!!」

勇者「そうだな、確かにお前の言う通りだ。俺も順番的にはそっちが先だと思うよ」

青年「そうだ!! 筋を通せよ!! まずそっちだ!! だから、俺を解放して……!!」

勇者「安心しろ。だから盗賊たちはちゃんと始末したよ。ちゃんと順番通りだ……盗賊と取引してた貴族連中に警戒されちゃ困るから、まだ届け出ちゃいないがな。お前が町の噂に疎くて助かったぜ」

青年「な…え…?」

勇者「連中の中に、確かに赤い髪の盗賊もいた。あいつがお前の幼馴染で間違いないだろう。確かに『赤髪』なんて呼ばれていたしな」

勇者「そいつも含めて全員始末したよ……だから、安心しな」

295: SS速報VIPがお送りします 2015/03/09(月) 00:01:27.58 ID:JsQJvIf70


武道家『どうする? 勇者』

勇者『…………』

赤髪『へへへ……』

勇者『帳簿があるな』

赤髪『へ?』ギクリ

勇者『盗賊の首領と少しだけ会話したが、頭の悪い男じゃなさそうだった。もし本当に後々取引の相手を脅すつもりだったなら、その証拠をちゃんと残していたはずだ。記憶なんてあやふやなものじゃなく、もっとしっかりとした形で』

赤髪『ば、馬鹿じゃねえのか? 自分たちの犯罪の証拠なんて残すわけねえだろう』

勇者『お前たちが自分の罪を隠ぺいしようなんて柄か? もう喋らなくていいぞ。お前の反応で帳簿の存在は確信した』

勇者『武道家、戦士さん、僧侶さん。申し訳ありませんが砦内の捜索をお願いします』

赤髪『待て待て待て!! わかった、取引の内容を変えよう! 帳簿があることは認める。だが、それはちょっとやそっとじゃ見つからないところに隠してあるんだ。その場所を教えるから、俺を解放してくれ』

勇者『………』

赤髪『悪い取引じゃ、ないはずだぜ…?』

勇者『……それも嘘だな』

赤髪『ッ!?』


296: SS速報VIPがお送りします 2015/03/09(月) 00:02:34.49 ID:JsQJvIf70
勇者『もしその話が本当なら、俺達がこの砦を散々捜索した後、途方に暮れてから持ち出した方がいい。その方が信憑性も高い』

勇者『そうしなかったってことは、今のタイミングで切り出さざるを得なかったってことは、すぐに帳簿が見つかる可能性があったからだ。つまり、帳簿は特に隠していない。どこかの棚にでも普通に置いてあるな?』

赤髪『ぐ、く…!』

勇者『つまり、俺達の間に取引は成立しない。残念だったな』

赤髪『ま、待て、待ってくれ!! じゃあこれは純粋な命乞いだ!! 頼む、見逃してくれ!!』

勇者『駄目だ』

赤髪『そんな…! 頼むよ、俺は他の連中と違ってあんたの親父の時にはここに居なかったんだ。他の奴らとは違う。俺は約束を破らないと誓う! だから……!!』

勇者『駄目だ』

赤髪『そんな殺生な!! 頼むよ!! この通りだ!!』

勇者『駄目だよ。お前が約束を違える可能性が万が一にもある以上、お前は見逃せない。それに……』




勇者『……一度目だから許されるなんて、そんな道理はないだろう?』




297: SS速報VIPがお送りします 2015/03/09(月) 00:04:20.21 ID:JsQJvIf70
 神官長の息子の意識が完全に無くなったことを確認し、勇者はふらふらと立ち上がる。

勇者「解毒剤を探さなくては……まずい、もう時間がない……」

 いくつかの理由から、勇者は解毒剤がこの部屋にあることは確信していた。
 だが、進行した毒に体力は奪われ、視界がかすみ始めている。
 こんな状態で、解毒剤の在りかを探すことが出来るのか――――

黒髪の少女「そっち」

勇者「え?」

黒髪の少女「そっちの戸棚の上から二段目の左端。そこに解毒剤はあるはずだよ。一度そこから取り出して、またしまうのを見たから」

勇者「あ、ありがとう」

 勇者は少女の指示に従い、解毒剤を無事見つけ出し、それを飲み下した。
 途端に全身を襲っていた苦痛が薄れ、視界も明瞭さを取り戻していく。

勇者「助かったよ、ありがとう」

黒髪の少女「ううん、それはこっちの台詞……本当に、ありがとう」

 そう言って頭を下げる少女の姿を見て、しかし勇者の顔は晴れなかった。
 理由は、少女が余りにも傷だらけだったからだ。
 黒髪の少女だけではない。檻の中に閉じ込められていた少女たちは全員、体中に傷を負っていた。
 これが、勇者が解毒剤がこの部屋にあることを確信していた理由である。
 つまりは、虐待。
 少女たちを虐げることで快感を覚える、神官長の息子はそんな性的嗜好を持っていたということだ。
 であれば、神官長の息子が勇者に対して使用した毒も、元々は少女たちに対して使用するものであったことは想像に難くない。
 そして少女たちに使用する以上、目的は『殺すこと』ではなく『いたぶること』であったはずであり、そのためには解毒剤の存在が不可欠であったはずだ。

茶髪の少女「私たち、助かったの…?」

 『豚』と記された檻に閉じ込められていた少女が茫然と呟いた。

勇者「そうだ。君たちは家に帰れる。待たせてしまってすまなかった」

茶髪の少女「う、うぐ……ふえええええええええええん!!!!」

 茶髪の少女を皮切りに、檻に閉じ込められていた少女たちが一斉に泣き始めた。
 歓喜にむせび泣く少女たちを見回して、勇者はようやく頬を緩ませる。

 ―――直後に、勇者の顔が固まった。

298: SS速報VIPがお送りします 2015/03/09(月) 00:05:44.61 ID:JsQJvIf70
勇者「なあ、キミ……この部屋にいる女の子は、これで全部なのか?」

 勇者の問いの真意を汲み取ったのだろう。
 少女は唇を一度固く引き結んでから、ぽつりと呟くように答えた。

黒髪の少女「……ええ、そうよ。これで全部。他には『もう』いないわ」

勇者「ぐ…く…!」

 勇者はがりりと歯を噛みしめた。
 ぼろぼろと零れる涙をこらえることが出来ない。
 部屋の中には、五人の少女が捕らわれていた。
 しかし盗賊の帳簿によれば、神官長の息子は盗賊から合わせて七人の少女を買い取っていたはずなのだ。

勇者「足りない…!!」

 足りない。居るべきはずの二人の少女が居ない。
 黒髪の少女は言った。五人で全部、『もう』いない、と。
 『豚』として扱われていた少女は、何故あんなにも怯えて、必死に豚の真似をしていたのか。

勇者「あ、ぐ、ふぅ……!!」

 あとからあとから悔恨の涙が溢れてくる。
 間に合わなかった。間に合わなかったのだ。

黒髪の少女「顔を上げて…! あなたが悪いんじゃないわ。お願い、自分を責めないで…!!」

 少女は檻の中から必死に勇者に向かって声をかける。
 それでも勇者は顔を上げることが出来ず、しばらくの間そこで泣き続けていた。


299: SS速報VIPがお送りします 2015/03/09(月) 00:07:44.36 ID:JsQJvIf70
 後日、善の国にて神官長の息子の裁判が行われた。
 結果は、そのあまりに身勝手で残虐な行いに情状酌量の余地なしとして、斬首。
 その教育責任を問われ、神官長は国外追放となった。
 神官長はその裁決に「陛下のご慈悲に感謝いたします」と涙を流し、何ら反論することなく罰を受け入れたという。
 神官長の息子は最後まで口汚く父を、王を、民衆を、国を罵りつづけた。
 曰く、「俺がこうなったのはお前らのせいだ。お前らこそが罪だ。裁かれるべきなんだ」とのこと。
 勇者が心配していた善王の治世については、さほど影響なく収まった。
 善王が腹心であろうと変わらず厳しい刑を断行したこと。事件により人身売買の実態を知った善王が即座に勇者に盗賊の討伐を命じてこれを成したこと。
 それらの理由により、国民からの信用を失わずに済んだからである。
 後者の件について、国民にそう発表しようと善王に提案したのは勇者だった。
 勇者とて、自分が為したことで結果的に国が乱れることなど望んでいない。
 善王は勇者の提案を受け入れ、見返りに勇者に対して今後出来うる限りの援助を行うことを誓った。

善王「勇者よ。望みをなんなりと申してみよ」

勇者「今は特に何も。ああ、『翼竜の羽』をいくつか都合をつけていただけると助かります」

善王「すぐに準備させよう」

勇者「それと……被害者の少女たちを何とか幸せにしてあげてください。本当に、お願いします」

善王「……ああ、約束しよう」

 程なくして行われた神官長の息子の処刑は、国民に公開される形で執り行われた。
 被害者となった少女の親族を始め、処刑場には多くの民衆が集まった。
 処刑台に神官長の息子が上げられると、民衆のボルテージは一気に高まった。
 神官長の息子に対し、民衆は口々に罵詈雑言を投げかけ始める。

 勇者は、神官長の息子を見下ろしながら、じっと聴衆の声を聴いていた。

300: SS速報VIPがお送りします 2015/03/09(月) 00:08:32.60 ID:JsQJvIf70



 勇者は少し気になって、事件が発表される前夜に、色々な人に神官長の息子の評判を聞いていた。


 ある主婦は言った。
 本当に良い人よ。神官長の息子としてきちんと修業してて、うちの子にも見習わせたいわ。


 ある青年は言った。
 彼はこの国の為に戦う勇者だ。我々は彼の為ならこの身を犠牲にすることすら厭わないよ。


 彼の同僚たる『大神官団』の一人が言った。
 彼は我々にとっての誇りだ。たとえどんなことがあろうとも、我々は彼を裏切らないよ。
 そうだ、そうだと周りの大神官団も同調した。




301: SS速報VIPがお送りします 2015/03/09(月) 00:09:56.74 ID:JsQJvIf70




「殺せ!! さっさと首を斬れ!!」


「『大神官団』の面汚しが!!」


「神官長の息子失格だ!!」


「神官長様がおかわいそうだ!! 貴様のせいで名は汚れ、国を追い出された!!」


「神官長の息子として生まれながらこんな罪を犯すとは、穢れた魂を持って生まれてしまった突然変異の悪魔に違いない!!」


「殺せ!! 殺せ!! 殺せ!!」





302: SS速報VIPがお送りします 2015/03/09(月) 00:11:18.28 ID:JsQJvIf70
 遂に、神官長の息子の傍らに処刑人が姿を現した。
 観衆はヒートアップし、歓声はどんどん大きくなる。
 神官長の息子は涙を流し、顔を真っ赤にしながら何かを叫んでいる。
 だが、周りの歓声が大きすぎて、その内容までは聞き取れない。

勇者(目に焼き付けておけ。あいつは俺だ。失敗した俺なんだ)

勇者(どれだけ高い評判を得ていたって、すぐにそれは一転する)

勇者(例えば、俺が魔王討伐の旅を諦めたりしたら……)

 周りの観衆が神官長の息子に投げかける悪口がそのまま自分に向けられているような錯覚がして、勇者は思わず身震いした。
 処刑人の持つ斧が振り下ろされ、神官長の息子の首が落ちる。
 歓声が上がった。
 かつて『神官長の息子』として全国民から愛されていた彼。
 その死を悲しむ者は、今この処刑場に一人も居はしなかった。





第九章  そして彼は自分を殺す  完



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