総理大臣「パン屋でトングをカチカチするのを禁止します」

2019年05月23日
総理大臣「パン屋でトングをカチカチするのを禁止します」

1: VIPがお送りします 2016/04/13(水) 21:33:36.943 ID:Yipqz5+X0.net
20XX年――

国会で恐るべき法案が可決した。





総理「パン屋でトングをカチカチするのを禁止します」

2: VIPがお送りします 2016/04/13(水) 21:36:20.655 ID:Yipqz5+X0.net
禁止された理由はいくつか挙げられる。



・動物や昆虫の威嚇行動のようで、周囲の人々を不安にさせる。

・カチカチ音が騒音公害に発展するおそれがある。

・カチカチはトングの寿命を減らしてしまう。



いずれも、もっともな理由であった。

4: VIPがお送りします 2016/04/13(水) 21:39:07.197 ID:Yipqz5+X0.net
違反者には1000万円以下の罰金と、10年以上の懲役という重い刑が科せられる。





当然のことであるが、この法律が施行されてからというもの――

全国のパン屋は政府の厳しい監視下に置かれることとなった……。

6: VIPがお送りします 2016/04/13(水) 21:42:20.327 ID:Yipqz5+X0.net
<パン屋>

客「今日はメロンパンにしよっかな……」

客「ふんふ~ん」カチカチ



ピピーッ!



客「え!?」

8: VIPがお送りします 2016/04/13(水) 21:46:11.341 ID:Yipqz5+X0.net
バババッ!

客「な、なんですか、あなたたちは!?」

黒服A「キサマ……今カチカチしたな?」

客「あっ! す、すみません!」カチカチ

黒服A「またやった! これでさらに罪は重くなる!」

客「わ、わざとじゃないんです! つい……」

黒服A「つい、で済んだら我々はいらぬ。連れていけっ!」

黒服B「はっ!」ガシッ

客「うわぁぁぁっ! 助けてくれええっ!」ズルズル…

13: VIPがお送りします 2016/04/13(水) 21:49:37.012 ID:Yipqz5+X0.net
全国のパン屋で、トングをカチカチする人(通称・カチリスト)が逮捕されていった……。



「ちくしょう! 離せよ! 俺がなにしたっていうんだ!」


「妻よ子よ……カチってしまった私を許してくれ……」


「いやだっ! いやだぁぁぁぁぁっ!」


「カチカチさせてくれぇぇぇ……!」


「禁止されてるのは分かってたはずなのに、ついやってしまった……!」

18: VIPがお送りします 2016/04/13(水) 21:52:54.998 ID:Yipqz5+X0.net
<首相官邸>

秘書「総理、すでに逮捕者は10万人を超えました」

総理「順調だな」

秘書「ですが、多くの非難の声も上がっています」

総理「そのような声は無視すればよい」

総理「いつの時代でも、正しい者というのは不当な評価を受けるものだからな」

総理「なんとしても、この国からカチリストを“絶滅”させるのだ!」

秘書(総理、あなたは一体なにを考えているの……?)

20: VIPがお送りします 2016/04/13(水) 21:55:13.574 ID:Yipqz5+X0.net
もはや、カチリストの命運は風前の灯――





しかし、カチリスト側も決してやられっ放しというわけではなかった。

あるカリスマカチリストが、全国の骨のあるカチリストたちを一堂に集結させていたのである。

23: VIPがお送りします 2016/04/13(水) 21:58:21.081 ID:Yipqz5+X0.net
<アジト>

リーダー「全国のカチリスト諸君、よく集まってくれた」カチカチ

リーダー「パン屋におけるトングカチカチは、“パン屋の全て”といっても過言ではない」

リーダー「カチカチ禁止などという、総理の暴挙を見過ごすわけにはいかない!」

リーダー「よって、私は今ここに『カチカチ団』の結成を宣言する!」カチカチッ





オーッ!!!

26: VIPがお送りします 2016/04/13(水) 22:03:04.336 ID:Yipqz5+X0.net
リーダー「かつて行われた『あなたがパン屋に行く理由』というアンケートで」

リーダー「こんな結果も出ている」



・トングをカチカチするため 63%

・パンを購入するため 22%

・トレイに好きなパンを乗せる一瞬がたまらない 9%

・その他 6%



リーダー「カチカチは我々の文化であり財産であり、当然の権利である!」

リーダー「なんとしても総理の目を覚まさせ、カチカチを復活させるのだ!」カチカチッ



オーッ!!!

30: VIPがお送りします 2016/04/13(水) 22:05:09.831 ID:Yipqz5+X0.net
団員A「ところでリーダー、具体的な方策はあるのですか?」

リーダー「カチカチ復活のため、大勢の人の署名を集めるんだ」

リーダー「そうすれば、総理はきっと分かって下さるはずだ!」

団員A「はぁ……」

団員A(署名……か。期待してたようなものとは違うな……)

35: VIPがお送りします 2016/04/13(水) 22:08:11.269 ID:Yipqz5+X0.net
地道な署名運動が始まった。



リーダー「カチカチ復活にご協力をお願いしまーす!」

「皆さまの声でカチカチを復活させましょう!」 「よろしくお願いしますっ!」 「どうか署名を!」



カチカチ団の活動は功を奏し、短い期間で実に100万以上の署名が集まった。

39: VIPがお送りします 2016/04/13(水) 22:11:23.046 ID:Yipqz5+X0.net
ところが――

<首相官邸>

秘書「総理、カチカチ復活を求める署名が100万以上集まったと報道されていますが――」

総理「署名など関係ない。紙切れに大勢の名を記しただけの代物に、一体なんの価値があろうか」

秘書「!」

総理「現状維持だ。いや……もっと厳しくカチリストどもを弾圧せよ!」

秘書「は、はい……」



総理(カチリストたちのリーダーはおそらく……下らぬマネを)

41: VIPがお送りします 2016/04/13(水) 22:14:14.675 ID:Yipqz5+X0.net
<アジト>

リーダー「……諸君、我らの署名はどうやら総理の心には届かなかったようだ」

リーダー「だが、これでくじけてはいけない! 諦めたら全てが終わってしまう!」

リーダー「もっともっと署名を集めれば、総理は心を開いて――」

団員A「……」

団員A「リーダー、はっきりいいましょう! アンタのやり方は甘い!」

リーダー「なに?」

43: VIPがお送りします 2016/04/13(水) 22:18:53.803 ID:Yipqz5+X0.net
団員A「署名なんかいくら集めたところで、あの総理は無視し続けるに決まってますよ!」

団員A「こんなのいくらやったって時間の無駄だ!」

リーダー「無駄かどうかはまだ分からないじゃないか!」

団員A「分かりますよ! あの総理のカチカチへの憎しみは尋常じゃない!」

リーダー「くっ……!」

団員A「とにかく俺は、これ以上生ぬるい運動をするつもりはない!」

団員A「俺は俺のやり方で、日本にカチカチを取り戻してみせる!」ザッ

団員B「ボクも好きにやらせてもらいますよ!」ザッ





カチカチ団は早くも内部分裂を起こし始めてしまった……。

45: VIPがお送りします 2016/04/13(水) 22:21:18.651 ID:Yipqz5+X0.net
団員Aは地下に潜り『闇パン屋』を開業し、人々が自由にカチカチできる場を作った。



団員A「さあさあ、いらっしゃーい! この店では自由にカチカチしていいよ~!」



「久々のカチカチだわぁ~……」カチカチ

「たまんねぇや!」カチカチ

「これやらないと、買ったパンも美味しく感じられないんだよなぁ~」カチカチ



団員A(ふふふ、上手くいってる。最初からこうすべきだったんだ!)

47: VIPがお送りします 2016/04/13(水) 22:24:28.417 ID:Yipqz5+X0.net
しかし――

黒服A「そこまでだ!」



団員A「なっ!?」



黒服A「闇パン屋とは考えたものだな。だが、総理は全てお見通しだ!」

黒服B「店員はもちろん、客も全員逮捕だ!」



団員A「ちっ、ちくしょう! 総理も生ぬるくなかったってことか……!」





『闇パン屋』は開業から二週間足らずで廃業してしまった。

48: VIPがお送りします 2016/04/13(水) 22:28:19.168 ID:Yipqz5+X0.net
<テレビ局>

団員Bはなんと総理と直接、テレビ番組で討論することになったが――



~ 朝まで生激論! トングカチカチは是か非か!? ~



団員B「総理、なぜあなたはカチカチを禁止するんです?」

総理「それは法案可決の時に説明しただろう」

総理「カチカチは騒音を引き起こし、トングの性能を著しく劣化させる要因になるとな」

団員B「くっ……!」

総理「逆に聞こう。君たちカチリストは、なぜカチカチするのだ?」

団員B「そっ、それは――」

49: VIPがお送りします 2016/04/13(水) 22:30:38.616 ID:Yipqz5+X0.net
団員B「カチカチすることで、トングの挟み具合を確かめるためだ!」

総理「なんのために挟み具合を確かめるのだね?」

団員B「それはもちろん、パンを落とさないように挟むためだ!」

総理「ほう……」

総理「しかし、それならば――カチカチじゃなく“カチ”で十分なのではないかね?」

団員B「!?」

53: VIPがお送りします 2016/04/13(水) 22:33:42.331 ID:Yipqz5+X0.net
総理「さらにいうならば、そもそもテストをする必要性があるかどうかすら怪しい」

総理「店に並ぶトングは、出荷前に工場などで品質チェックを受けているのだからね」

総理「君たちがパン屋で、改めて火打石の如くカチカチカチカチする必要はない!」

総理「君たちの行為は、トングメーカーを侮辱する行為に他ならない!」

団員B「ぐっ、ぐぐぐっ……うあぁっ……!」

団員B(総理の理論は……完璧すぎるッ!)

総理「黒服たちよ、こやつを逮捕せよ!」



完全論破されてしまった。

57: VIPがお送りします 2016/04/13(水) 22:37:33.199 ID:Yipqz5+X0.net
裏社会でも表舞台でも敗れたカチカチ団――

追い詰められたカチカチ団の面々は、仲間の無念を晴らそうと国会へのデモに打って出る。



「カチカチを復活させろーっ!」カチカチ

「カチカチは日本の伝統文化だーっ! 滅ぼしてはいけないっ!」カチカチ

「我々は総理の横暴に断固抗議する!」カチカチ

59: VIPがお送りします 2016/04/13(水) 22:40:16.848 ID:Yipqz5+X0.net
機動隊員「デモを鎮圧しろーっ!」ドドドドドッ

自衛隊員「カチリストたちは反逆者だ! 残らず牢獄へ放り込め!」ドドドドドッ





ウワァァァァ…   キャァァァァ…   ヒイィィィィィ…





起死回生を狙った“カチカチデモ”は総理の強硬手段によって、瞬く間に鎮圧されてしまった。

63: VIPがお送りします 2016/04/13(水) 22:43:32.712 ID:Yipqz5+X0.net
<アジト>

リーダー「……」

団員C「リーダー! 主要なカチリストはみんな逮捕されてしまいました!」

リーダー「……」

団員C「残された我々は……どうすべきでしょうか!?」

リーダー「……」

リーダー「……私が出る」

団員C「!」

65: VIPがお送りします 2016/04/13(水) 22:46:22.314 ID:Yipqz5+X0.net
リーダー「いつだったか、団員の一人にいわれたことを思い出すよ」

リーダー「そう、私は甘かったのだ。初めから私が出るべきだったのだ」

リーダー「この私が直接総理のもとに出向き、この騒動に決着をつけるッ!」カチカチッ



団員C(カリスマ的カチリストであり、穏健派だったリーダーがついに動き出す……!)

団員C(このカチカチ禁止騒動がどういう結末を迎えるのか、もう予測もつかない……!)

68: VIPがお送りします 2016/04/13(水) 22:50:23.523 ID:Yipqz5+X0.net
――

――

<国会議事堂>

総理「……!」

黒服A「キサマ、何者だ!?」バッ

黒服B「総理になんの用だ!」ババッ



リーダー「私は『カチカチ団』のリーダーだ」カチカチ

リーダー「総理、あなたと話し合うために、ここまでやってきた!」カチカチッ

団員C(こんな真正面からぶつかるようなやり方が、あの総理に通用するのか……!?)

70: VIPがお送りします 2016/04/13(水) 22:53:23.378 ID:Yipqz5+X0.net
総理「『カチカチ団』か……反逆者の戯言に付き合ってる暇はない」

総理「黒服たち、あの男どもをつまみ出せ」

黒服A「ははっ!」ガシッ

黒服B「かしこまりました!」ガシッ

リーダー「ぐっ!」

団員C「わわっ!」

総理「秘書よ、次のスケジュールを確認したい」

秘書「はい……この後は米大統領とパン屋で会食――」

リーダー「待てぇっ! 逃げるのか総理ッ! いや――」

72: VIPがお送りします 2016/04/13(水) 22:56:01.717 ID:Yipqz5+X0.net
リーダー「兄さん……!」カチカチッ



総理「……!」





黒服AB「な、なんだって!?」

秘書「ウソ……反逆者のリーダーが……総理の弟さん、ですって……!?」

団員C(なんて……悲劇だ……!)

77: VIPがお送りします 2016/04/13(水) 23:00:27.687 ID:Yipqz5+X0.net
総理「ふん、お前に兄さんと呼ばれるなど、何年ぶりのことだろうな」

リーダー「……」

リーダー「兄さんが何故カチリストを絶滅させようとしているのか、理由は分かってる」

総理「!」

リーダー「かつて……兄さんは天才カチリストだった」

リーダー「それこそ、私など足元にも及ばないほどの……」

リーダー「兄さんがカチカチしたパン屋は必ず繁盛する、といわれるほどの腕だったよ」

総理「よせ……」

81: VIPがお送りします 2016/04/13(水) 23:03:36.007 ID:Yipqz5+X0.net
リーダー「しかし、兄さんはあまりにカチりすぎた……!」カチッ

リーダー「長年カチカチしすぎた、兄さんの腕は……重度の腱鞘炎になってしまった!」カチカチッ

総理「やめろっ!」

リーダー「いいや、続ける!」

リーダー「腕を満足に動かせなきゃ、もはやトングを自在にカチカチすることは不可能」

リーダー「カチリストとしての道を断たれた兄さんは――」

リーダー「夢を諦め、しかたなく総理大臣になったんだ……!」




秘書「総理に……そんな壮絶な過去があったなんて……」

85: VIPがお送りします 2016/04/13(水) 23:07:11.301 ID:Yipqz5+X0.net
団員C「総理は怪我でカチリストの夢を挫折してしまった……」

団員C「だからカチリストを憎んでいたってことですか?」




リーダー「いいや、そうじゃない……その逆さ。兄さんはカチリストを愛しすぎていたのさ」

リーダー「自分と同じ悲劇を繰り返させないため、兄さんは鬼になった!」

リーダー「カチリストを絶滅させるという、“鬼”に!」

リーダー「そうじゃないのか、兄さんッ!」

総理「ぐ、ぐぐっ……!」

87: VIPがお送りします 2016/04/13(水) 23:09:29.772 ID:Yipqz5+X0.net
リーダー「兄さんは弱虫だ!」

総理「私が弱虫!? なぜ……!?」

リーダー「腕が使えなきゃ、足を使ってカチカチすればいいだろう!」

リーダー「足が使えなくなったら、口でカチればいいじゃないか!」

リーダー「なのに、あなたはカチリストを諦め、“鬼”になるという安易な道に逃げた!」

リーダー「どうだい、否定できないだろう!」

総理「私は……私は……!」

96: VIPがお送りします 2016/04/13(水) 23:12:50.232 ID:Yipqz5+X0.net
黒服AB「総理!」

秘書「総理!」

団員C「リーダー!」





リーダー「また一からカチカチしようよ……兄さん」

総理「……ああ」





こうして兄弟は和解し、逮捕されたカチリストたちは全員釈放され、一連の騒動は終結に至った……。

98: VIPがお送りします 2016/04/13(水) 23:15:20.179 ID:Yipqz5+X0.net
<パン屋>

客「今日はクロワッサンとダークチェリーにしよっかな!」カチカチ

女「自分へのご褒美にアップルパイ買っちゃおっと!」カチカチ

少年「ぼくはカレーパンだ!」カチカチ

少女「あたし、ジャムパン食べる~」カチカチ




日本が誇る伝統文化“カチカチ”が蘇ったのである――

105: VIPがお送りします 2016/04/13(水) 23:19:30.274 ID:Yipqz5+X0.net
<コンサート会場>

元総理「イエーイ! みんな、カチッてるかーい!」カチカチッ

ワァァァッ! カチカチカチカチ!

元リーダー「今日はいきなり俺たちカチリスト兄弟の新曲をお送りするぜ!」カチッカチッ

ワァァァッ! カチカチカチカチカチ!



元総理「それじゃ聴いてくれ! 俺たちの新曲――『カチカチ山』!!!」







おわり

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